久米田合戦 後編 【地図あり】
「伝令!
畠山軍!魚燐の陣にて押し寄せてきます!」
「敵の先鋒は安見宗政!
前衛篠原長房殿の陣に向かっています!!」
「法螺貝を鳴らせ!
合戦準備!!」
まだまだ寒い初春の頃。
野に咲きつつある梅の花を見ていた俺とて戦の顔にならざるを得ない。
太陽は中天にあり。
絶好の合戦日和という所だろう。
「御曹司!
尼子勢準備できましてございます!」
「同じく馬廻、準備できましてございます!」
「浪人衆も準備できましたぞ!殿!!」
ほぼ同時に多胡辰敬、一万田鑑実、大鶴宗秋の三人から声がかかる。
具体的に人数はこんな感じである。
馬廻 300
大友鎮成・有明・お色
一万田鑑実 200
鉄砲組
明智十兵衛 100
尼子勢 500
多胡辰敬 400
福屋隆兼 100
浪人衆 300
大鶴宗秋 300
合計 1100
この手の合戦において、現場指揮をする足軽大将をどれだけ確保するかが戦力化の肝となる。
まず、合戦を行う最小単位である『組』や『備』というものを作る。
大体これが三十人から百人ぐらいでまとめられる。
今回の戦いでは明智十兵衛率いる鉄砲『組』がこれに当たり、この『組』を指揮する侍の事を『組頭』と呼ぶ。
今回の明智十兵衛の場合、『鉄砲組頭』となる訳だ。
浪人衆をまとめたり、小さな国人衆が勝手働きに来た時も大体この『組』や『備』でまとめさせる。
このあたりまでは、アルバイトやパート等の臨時雇用と言っていいだろう。
で、これらの組頭をまとめるのが足軽大将と呼ばれる侍である。
足軽大将がいかに大事か分かってもらえただろうか?
今回の足軽大将役は、福屋隆兼が引き受けることが決まっていた。
彼の手勢だけでは足りないから、不足分は大鶴宗秋が管理する浪人衆から抽出するという段取りでだ。
実戦力は多胡辰敬の尼子勢と馬廻の700が担う事になる。
俺は、控えていた明智十兵衛に話しかける。
「さてと、鉄砲の弱点だっけ。
合戦で指摘してゆこうか」
大規模な轟音が轟き、久米田池の水鳥達が一斉に飛び立つ。
こうして久米田合戦が始まった。
「鉄砲の欠点その一。
火を使うって事さ。
福屋殿に伝令!
打ち合わせどおりに動くようにと!」
合戦は春木川を渡河する畠山軍に三好軍が攻撃をしかける所から始まった。
鉄砲と兵力で勝る畠山軍は対岸にて支援射撃を展開。
畠山軍先鋒安見宗政は渡河に成功しつつあった。
その合戦場後方に福屋隆兼指揮の尼子・浪人衆300が展開する。
はなから彼らを戦力として使うつもりはない。
だからこそ、彼らにはある物を持たせていた。
「放てっ!!」
水の入った竹筒。
それに紐をつけて遠心力によって敵陣に放り投げる。
くるくる回りながら飛んでいった竹筒は水を撒き散らしながら、畠山陣に降り注いだのである。
「水だ!
火縄が消えるぞ!」
「傘を掲げよ!
種子島封じなど対策済みよ!!」
種子島の有効射程距離はおよそ200メートル。
スリングを使った投石で届く距離でもある。
そして、護岸工事なんてされていないこの時代の川は川に向かって地面が抉れており、前進している畠山軍先鋒の為に鉄砲隊は前に出らざるをえない。
かくして、春木川の川岸に傘の花が咲く。
こちらの想定どおりに。
「放てっ!!」
彼らに一つだけ持たせていた赤い紐の竹筒が中身をぶちまけながら畠山軍の傘にかかる。
火種を守った鉄砲隊は安心して三好軍にその銃身を向けて放つ。
傘の花が紅蓮の炎に包まれる。
「熱いっ!
たっ……助け……」
「油じゃ!
やつら油をばら撒きやがった!!」
火縄銃は派手に火花を散らす。
その火花の上には油がばら撒かれた傘がある。
火がつくのは自明の理。
そして、鉄砲隊は次弾の為にも身の回りに火薬などを持っている。
つまり、派手に燃え上がればこうなるのだ。
この畠山軍鉄砲隊の混乱を三好軍が見逃す訳が無かった。
弓による支援の下、中堅の三好盛政隊が合戦に参加。
畠山軍を押し返しにかかる。
その状況を見て畠山軍第二陣遊佐信教隊が合戦に参加するが、篠原長房隊の勢いは止まらない。
「鉄砲の欠点その二。
強過ぎる所。
ああやって、封じがある程度成功してしまえば、前に出るのに勇気がいる」
明智十兵衛に語りながら、俺は戦況を見守る。
福屋隆兼指揮の尼子・浪人衆はわずかの損害で無事に帰陣を果たしている。
最低限の義理は果たしたという所だろう。
「伝令!
湯川直光率いる畠山軍第三陣が春木川上流より渡河しようとしている次第。
後詰をお願いしたいと申しています!!」
三好義賢の戦局判断は間違ってはいない。
この合戦は、篠原長房が畠山軍正面を突破するか、畠山軍第三陣が三好軍の側面を突くかの勝負と見切っている。
だからこそ、全ての予備兵力を畠山軍第三陣に向けて遅延防御を取らせたのだろう。
本陣をがら空きにまでして。
寡兵がここに来て足を引っ張る。
「承知したと伝えろ。
大鶴宗秋。
浪人衆を使って、三好軍の後詰に出ろ。
適当に遊んでいいぞ」
「承知」
俺の命に大鶴宗秋が浪人衆を率いて畠山軍第三陣への阻止攻撃に動く。
遠距離から石を投げるだけだが、嫌がらせにはなるだろう。
三好軍からこの阻止攻撃に出ているのは、本陣旗本に、三好康長、三好政康隊である。
かくして、三好軍本陣はがら空きになる。
俺達を除いて。
「さてと、最後の欠点を教えるから、明智十兵衛。
仕事をしてもらうぞ」
「放て」
明智十兵衛指揮の鉄砲隊が隠れていた畠山軍根来衆を射抜く。
動揺が収まる前に、残していた決戦戦力である多胡辰敬の尼子兵400が畠山軍を蹴散らしてゆく。
万一に備えて一万田鑑実指揮の馬廻はまだ使っていない。
「何事だ!」
「お味方でござる!
大友鎮成様の手勢が潜んでいた畠山勢を追い散らしている次第!!」
寡兵ながらも即座に警戒した三好軍本陣に同士討ちを避けるために一万田鑑実が大声を張り上げる。
周辺の脅威はひとまず去ったらしい。
屍となった根来衆が持っていた鉄砲を手にとって、俺は最後の欠点を口にした。
「鉄砲の欠点その三。
優れた武器と技量ならば、相手の手の内が読める。
確実にしとめるならば、待ち伏せないといけない。
という事は、殺し間に敵を誘導する必要がある。
つまり、鉄砲の射程を考えたら、どこで待ち伏せするか同じ鉄砲使いならばわかってしまうって事さ」
明智十兵衛という戦国きってのスーパーチートが居た事から、俺はこの合戦の勝利を確信した。
三好義賢は敵の鉄砲で討ち死にしたという記録が残っている。
そして、この時代の鉄砲の射程というのは短い。
確実に仕留める為には、敵を待ち伏せて殺し間に誘い込まないといけない。
だから、俺は明智十兵衛にこう尋ねたのである。
「十兵衛。
お主が畠山に雇われて、合戦に負けた三好殿を鉄砲で射抜くとしたら何処で待ち伏せる?」
と。
兵器の性能はほぼ同じで使うのがプロならば、必然的に待ち伏せポイントは限られる。
そして、三好義賢を襲った部隊が寡兵であるというのも確信があった。
戦局は三好軍が優位に進んでいた。
そんな中で大軍を本陣に迂回させられる訳が無い。
だからこそ、それに備えて明智十兵衛が答えた場所に物見を派遣して、根来衆を発見。掃討したのである。
「鎮成殿!
助かりもうした!!」
三好軍本陣と合流すると、三好義賢自ら俺を出迎えた。
戦況は畠山軍第三陣への阻止攻撃に成功し、篠原長房隊が中央を突破したという報告のせいか笑顔が浮かんでいる。
「なんのなんの。
ですが、そろそろ戦は手仕舞いにすべきかと」
俺の慎重な物言いに三好義賢の顔が引き締まる。
彼自身見落としているというのも酷だろう。
だから、俺はそれを指摘する事にした。
「この合戦、畠山軍の総大将は畠山高政でしたな。
彼はどちらにいらっしゃるので?」
その一言で、俺が何を言わんとしているのかはっきりと悟るあたり、やはりこの人もチートである。
寡兵が大軍に勝つことが歴史に残るのは、その時点で珍しいからだ。
畠山高政の本陣は岸和田城を囲んだままだが、この合戦の敗勢を知ったら躊躇う事無く後詰に出てくるだろう。
そして、既に長期間戦い続けている篠原隊はその新しい後詰を撃破する余力はない。
「若輩ながら言わせていただけるのでしたら、六角と畠山の二方向に敵を抱えた時点で負けているのです。
せめて敵を絞りなされ。
一つを確実に叩いてから、もう一つを潰せばよろしいでしょうに。
三好は、それができる力があるはずでは?」
なお、それをやっているスーパーチートがいる。
毛利元就だ。
大友とは手仕舞いにして、全戦力をあげて尼子を叩いている。
で、叩き終わった後で大友と決戦を行うのだろう。
あの爺さん、老いてなお慎重なのだからたちが悪い。
話がそれた。
言いたい事は言った。
合戦の最低限の義理も果たした。
これ以上の戦いはするつもりもない。
「今ならば、全軍無事に堺に帰れるでしょうな。
岸和田城の安宅殿も手勢と共に抜け出せるでしょう。
畠山もこの敗勢をひっくり返すために、囲んでいる手勢全てをここに向かわせるでしょうからな。
我らは、三好殿への義理は果たした所存。
これにて堺に帰らせていただこう」
「待たれよ」
三好義賢の声は穏やかなものだった。
撤退に伴うもろもろのデメリットや、戦略的敗北に伴う責任問題等が頭に浮かんだのだろうが、出てきた言葉は伝令を呼べだった。
「全軍退くぞ。
岸和田城の安宅殿にも城を捨てるように伝えよ。
全ての責任はそれがしが取る。
急げ」
伝令が走り出した姿を見て三好義賢は笑う。
こんなにも人は綺麗に笑えるものかと見惚れるぐらいの笑顔で。
「殿はそれがしがつとめましょう。
ささ。お引きになられよ」
ここで彼を見捨てる選択肢もあった。
だが、三好義賢の手勢は100騎前後。
殿なんてしたら、確実に命を落としてしまう。
運命を変えたのに、その運命を辿らせるなんて俺はしたくなった。
有明とお色を見る。
俺の視線で何を言おうとしたのか、分かったらしくただ笑顔を返す事で答えた。
だからこそ、俺も腹をくくった。
「何かの縁でござる。
共に退きましょう」
自然と声が出る。
俺の言葉に、三好義賢は頭を下げる事で返した。