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胡蝶問答 【系図あり】

挿絵(By みてみん)

活動報告で話した冒頭修正案。

これを受けて次のこれをベースに「柳町の有明の月」を修正する予定。

 夢を見た。

 懐かしい夢だ。

 いや、この今が夢なのかもしれない。

 目を覚ますと、蝶が空を飛んでいた。


「お目覚めですかな。

 御曹司」


 聞きたくない声を聞くが、そのそぶりを見せずに俺は返事を返す。

 まだ体は横になったままで、開けた目は蝶を追っている。


「夢を見ていた。

 はるか先の夢さ。

 平穏に生き、平穏に死んだ、何も成さず、何も望まなかった男の夢を見た」


 起き上がって腕を伸ばす。

 今の俺は中途半端な身分だ。

 人質として寺に預けられているが僧ではなく、いいかげん頭を丸めて僧にしろという声も俺の耳に入っていた。

 聞きたくない声から苦笑が漏れる。

 俺が何を言いたいのか分かるだけの才があるからこいつはたちが悪い。


「胡蝶の夢ですか。

 この末法の世において、その夢はさぞ心地よかったのでしょうな」


 俺は起き上がって聞きたくない声の主を見る。

 その声の主が戦装束を身に纏い、周囲に同じ姿の郎党を連れていた。

 視線をそらしてその背後にそびえる四王寺山を眺める。

 時間が変わろうとも、人の営みよりも自然というのは変わらない。

 その山が筑前国から福岡県に変わっても同じ姿で佇んでいることに俺は安堵感を覚える。


「戦か」


「筑紫が悪さをするみたいで。

 誰かが知らせてくれたおかげで先手が取れました」


 慇懃無礼極まりない声に、俺の機嫌はすっと悪くなる。

 こいつ、俺が筑紫家が動く事を博多の商人達に告げた事を知ってやがる。

 口止めしておいたのに。


「それで、御曹司には城に入って頂きたく」


 丁寧口調のお願いというのは、貴人に対する実質的な命令に近い。

 俺は起き上がって、隣の社殿に拍手を打って祈り男に尋ねる。


「天神様の加護はいらんのか?」


「今、御曹司が祈ってくれたのでしょう?

 太宰府には、筑紫の郎党を一人たりとも入れませんとも」




 戦国時代。

 日本史を知っているものならば、誰もが憧れる殺し合いの時代。

 秩序が崩れ、力が力によって覆され続ける末法のおよそ百年の時に俺は生きている。

 そう言い切っていいのだろうか?

 永禄2年4月。晴れ。

 この暦の言い方もなれた。


「あれが我が方で、向こうが筑紫勢か」


 太宰府天満宮の後ろにそびえる宝満山に作られた宝満城の見張り台で、俺は合戦を眺めている。

 筑後平野を一望できるその場所からだと、兵達の群れも蟻のようにしか見えない。

 そんな風景を眺めながら、俺は後ろにいる奴に声をかける。


「こんな所にいると危ないぞ」


「御曹司が教えてくれねば博多が危なかったのですから、こことさして危険は変わらないでしょうに」


 振り向くと、そこには俺が知っている商人の顔があった。

 神屋紹策。

 俺が筑紫勢の動きを知ってタレ込んだ商人で、博多の押しも押されもせぬ大商人の一人。

 大内家の頃から石見銀山利権に食い込み、毛利家との縁が深い神屋と俺がこうして話すのも理由がある。

 俺が読み書き算盤ができたからだ。

 人質として預けられていた俺の住処は安楽寺。

 別名太宰府天満宮とも言う。

 この時代神仏は混合していて、神と仏の仲は近かった。

 高橋鑑種の居城である宝満城の麓とも言う。

 遊女に堕ちた幼なじみを身受けする銭を稼がねばならない餓鬼の俺にそんな手段があったのは、この時代読み書き算盤ができない人間がそこそこいるという事を肌で知っていたからだ。

 なお、算盤に至ってはそもそも存在すら知られておらず、木で自作したぐらい。

 で、まずは手紙の代筆から始めて支払いなどの計算に手を出し、自作の算盤に目をつけたのが神屋紹策だった。

 彼に俺のことを教えたのが高橋鑑種だったりする。

 俺の算盤を見て理解した途端大金を持ってその権利を買って、大ヒット商品に仕立てあげたのだ。

 ちなみに、本人に直に尋ねた事がある。


「何で買い取らずに模倣品を作って売り出さなかったんだ?

 わざわざ銭を払うだけもったいないじゃないか?」


「商いは信用が大事。

 騙し騙されをやっていたら、最期は己の身に返ってくるものですよ。

 御曹司殿」


「……」


 餓鬼に軽い社会勉強でもという気持ちだったのだろうが、彼が言ってくれた『御曹司』という言葉は深く俺の心に突き刺さらざるを得なかった。

 人はチートを持って転生できても両親から生まれる訳で、それは必然的に子についてまわるという事を。

 その『御曹司』の名がずっとついて回ると同時に、それに助けられたという事も。

 だって、神屋紹策は『御曹司』という名によって信用したというのが分かったのだから。


「門司の戦に大友勢が目を向けた隙に、毛利が筑紫を煽ったとの事。

 大友軍を率いる高橋殿は立花勢および臼杵勢の後詰を得て、筑紫勢を叩くのが此度の戦になるでしょうな」


 彼が俺の前にいるのは、俺への監視兼お礼を言いに来たという所なのだろう。

 門司の戦というのは、前年である永禄元年(1558年)に発生した第二次門司城合戦の事で、関門海峡の要衝である門司城をめぐって豊後国守護大名大友家と安芸国戦国大名毛利家が万の兵をぶつけ合った大合戦である。

 豊前や筑前の国人衆が一斉に毛利家に寝返り、大友家は豊後より大軍を出してこれを鎮圧しようとしていた。

 俺の目の前で行われるこの合戦も、そんな戦いの一つに過ぎない。

 高橋鑑種率いる大友軍が戦っているのは、この地に根付いている国人衆の一つで筑紫家という。

 門司合戦において毛利家側についていたのだが、大友軍に敗れて領国を捨てて毛利家へ逃亡。

 そして、門司合戦における大友家の後背を突く形で、毛利家の支援の元で旧領である太宰府近辺で蜂起し博多を狙おうとした訳だ。

 史実ではこの筑紫軍二千によって博多は略奪されて甚大な被害が出るのだが、手紙の代筆による情報把握と太宰府近くにある筑紫旧領の国人衆達の動きから俺はそれを把握しさりげなく神屋紹策にその情報を流したのである。

 その結果が俺の前に広がっている。


「一つ聞いていいか?」


「なんなりと」


 法螺貝の音が響き、太鼓が鳴らされ、地響きと時の声がここまで届いてくる。

 合戦は臼杵勢や立花勢を後詰に得た大友軍が筑紫軍に襲いかかる所から始まった。

 見た目で、大友軍の兵数は筑紫軍の三倍ぐらいある。

 負けるとは思えなかった。


「何で、高橋鑑種に知らせた?

 筑紫から禁制を得ればよかったではないのか?」


 禁制とは合戦における禁止行為の免状で、これを両方から買えば少なくとも博多は略奪から守られるはずだ。

 俺はそれを期待して神屋紹策に垂れ込み歴史を変えたのだ。

 博多を。

 遊女に堕ちた幼なじみを戦火から救うために。


「禁制があるとはいえ、万一が有り申す。

 博多は豊かな街。

 雑兵が目をくらませても仕方がないかと」


 大友領内で暴れるだけならまだ良かった。

 だが、毛利軍の狙いは門司で、今回出た筑紫軍は大友家の背後を荒らすだけの野盗の類とかわりはしない。

 無秩序な暴力は必ず一番裕福な所を襲いに行くのは目に見えている。

 確実に被害を押さえるならば、彼らを潰したほうが早い。

 だからこそ、毛利家と縁の深い神屋は彼らを見捨てたのだ。


「しかし、惜しいことを。

 御曹司が申し出れば、初陣をと高橋殿は考えていたそうで」


「いいさ。

 おとなしくしていないと、何処に目をつけられるか分からんからな」


 既に太宰府の周囲にどこか分からぬ間者が見張っている事は気づいていた。

 それを高橋鑑種が排除している事も。

 今の俺ですら、誰かにとって利用価値があるという事なのだろう。

 合戦は大友軍優位のうちに進んでいた。

 博多を目指して北上を続けていた筑紫軍は宝満川沿いに布陣していた大友軍の数に怯み、その怯みを高橋鑑種は見逃さなかった。

 渡河攻撃という不利をものともせずに筑紫軍を数で押しつぶしてゆく。


「そういえば、面白いことを申しておりましたな。御曹司」


「何か言ったか?」


 順調に大友軍有利で推移する合戦に気が緩んだのか、神屋紹策が話を振ってくる。

 視線は合戦を見据えたまま耳だけ傾けると、彼の言った面白いことを告げた。


「御曹司が荘子まで読んでいらっしゃるとは」


 どうやらあの時に居たらしい。

 こっちは気づかなかったが、なんとなくその夢の続きを神屋紹策にわかりやすいように話す。


「普通に生まれ、色々学んだよ。

 この地の事や、剣の道も少しかじった。

 博打も打ったり、女とも遊んだが、結局商人になるために修行して店の丁稚になった。

 そこで働いて、店が持てるかどうかあたりで目が覚めた」


「惜しかったですな。

 御曹司の店ならば繁盛するでしょうに」


 神屋紹策の愛想笑いに、俺も愛想笑いで返す。

 だが、この記憶は本物だ。

 よく言う所の前世の記憶というやつが俺には残っている。

 だが、それで生き抜けるほど戦国は甘くはなかった。


「所詮夢さ。

 その知識で商人として店でも開こうと思ったが、こんな所でこんな話をしている」


 そう。

 前世の記憶で何とか出来たのならば。

 俺はここに居るはずはなかったのだから。

 幼児の戯れ言を皆は信じず、幼なじみの一族は落城の炎の中彼女を残して滅んだ。

 彼女が生き残ったのは、俺が連れだしたからに過ぎない。


「どれだけ望まれても、人は生まれだけはどうにもなりませぬからなぁ……」


 人に生まれる以上、その親を決めることはできない。

 いや、それを決めればいいというチートもあるのかも知れないが、そういうチートは俺には無かった。

 そして、人質として連れてこられた幼児の戯れ言を真に受ける大人もそうは居らず、その結果がこれだ。

 優れたチートがあろうとも、前世の記憶があろうとも、生まれと子供時の無力さは跳ね返せなかったのだ。

 だから俺はここに居る。

 運命通りに最後は死ぬつもりで。




 合戦は終盤に入ろうとしていた。

 順調に大軍で戦を進めた大友軍はその優位をついに渡さず、筑紫軍は総崩れとなる。


「勝ちましたな」

「ああ」


 遠くから眺める合戦の風景が、どこか人事のように見える。

 この合戦、おそらくは侍島合戦と呼ばれる戦いは本来筑紫軍が勝ち、彼らの略奪で博多は焼かれて甚大な被害を受けるはずだった。

 最初の歴史改変。

 その嬉しさも高揚さも今の俺にはない。


「……何かを成し得なかった……か」


 勝どきの声がここまで聞こえてくる。

 どうやら無事に勝ったらしい。

 手すりの所に蝶が羽を休めている。

 あの場所に居た蝶なのかは知らぬが同じ種類の蝶だった。


「成し得たではありませぬか。

 御曹司は博多を御守りになられた」


 神屋紹策の声は耳に入るが、俺の心に届かない。

 見張り台から戻ってくる軍勢を眺める。

 夢のなかの俺は優秀ではあったのだろうが、人付き合いも表向きのみ。

 人に関わらず、人と関わらせず、摩擦をさけてあと一歩という所まで来た。

 そこからの記憶がいまいち曖昧だったが多分成し得なかったのだろう。

 成し得ていたのならば、きっとこんな場所に転生なんてしなかったのだろうから。


「博多を守った……か」


 目の前の蝶が飛ぶ。

 その瞬間、博多にいるだろう幼なじみの笑顔が脳裏によぎった。


「俺はこの後、何を成すのだろうな?」


 答えを期待していなかったその問に、神屋紹策が意外そうな声を出す。

 彼から見れば、俺の未来なんて決められていると思っているのだろう。


「おや、九州探題になるだろう大友家一門の一人として活躍するのでは無いので?」


 そういう生まれだ。

 そうなるのだろう。

 だが、それを決めつけられるのは嫌だった。

 何よりも、それを決めた人間が、幼なじみの仇なのだから。

 変えようとして、変えられなかった挫折感が俺を蝕んでいる。


「お戻りになりましたぞ!

 下に降りて迎えましょう」


 神屋紹策に促され、俺は見張り台を降りる。

 宝満城の城門前では勝った高橋勢に残った兵や領民たちが歓呼の声をあげている。


「戦勝おめでとうございまする」


「いや。

 これも御曹司のお陰。

 御曹司。

 この功績は初陣にも匹敵しましょう。

 何か望みがあれば言ってみてくだされ」


 上機嫌の高橋鑑種に俺はいらぬと声を出そうとした。

 決められた未来がある。

 変えようとしてあがいて変わらなかった挫折感もある。

 このまま歴史通りに終わるしか無いのだろうと諦めた所でもある。

 それを言おうとしたら、蝶が俺の前を飛ぶ。

 

 もう一度。

 もう一度だけ運命を変えられるのならば。 


「そろそろ元服しようと思っている」


 このまま寺ぐらしだと最後は僧として一生を終えるか、大友家の都合のいい時に還俗させられてあの運命にまっしぐらになるのだろう。

 それは嫌だった。

 何よりも、俺の手で遊郭に落ちた幼なじみを救えないことが一番嫌だったのだ。


「では、盛大な式を用意しなければなりませぬな」


「いらぬ。

 菊池の名前を名乗るつもりだからな」


 大友一門ではなく、滅んだ菊池の名を使う。

 再興を目指す連中もいるだろうが、滅んだ家の名は浪人たちの箔付けにはもってこいで、皆俺の事を浪人と認識してくれるだろう。


「大友の名前、捨てるおつもりで?」


「捨てるさ。

 それで何処まで行けるか試したいと思う」


 俺の決意を高橋鑑種は鼻で笑った。

 それができぬと確信しているからだろう。


「お好きになさいませ。

 ですが、大友の名は何処までも追ってきますぞ」


「逃げてみせるさ」


 そのまま高橋鑑種は城に入ろうとして俺の方を振り向く。

 聞き忘れた事があったらしい。


「それで八郎様。

 どんな名前を名乗るので」


 俺の目にはもう蝶は見えない。

 だから俺は、未来においても知られていない名前を堂々と名乗る事にした。


「菊池鎮成」


と。

ここは加筆スペースとして残す予定。

立志編として数話足すかどうかはまだ未定。



高橋鑑種  たかはし あきたね

神屋紹策  かみや しょうさく

菊池鎮成  きくち しげなり


3/25「柳町の有明の月」の一部を移動


6/18 『チート』という言葉をある程度『天恵』に置き換え。


5/21 系図追加『チート』に戻す。

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