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府内館圧迫面接

 船と言うのはこの時代において貴重な交通手段である。

 筑前国芦屋湊から豊後国府内まで、およそ三日。


「ここが府内か」


 府内の街の人口はおよそ数万。

 最盛期には五千軒もの家屋が並んだという博多に次ぐ巨大都市である。

 その都市の建物は比較的新しい。

 同紋衆対他紋衆の最終決戦である小原鑑元の乱で市街地の大部分が灰燼に帰したからだ。

 九州探題就任と博多を抑えたことによる府内の繁栄は始まったばかりで、いまも何処かで建物を立てている音が聞こえてくる。 

 俺が船を降りると有明とお色と大鶴宗秋とこの船の持ち主である多胡辰敬が続く。

 彼の乗ってきた弁才船は五隻。

 当たり前だが、石見銀山の銀は博多に運ばれるので、その輸送手段は船となる。

 そして、当時は瀬戸内海に次ぐ交易路として繁栄していたのが日本海航路で、石見の諸将は当たり前のように自前の船を持っていたのである。

 多胡辰敬は一族郎党と持てるもの全てを船に詰んで俺のもとにやってきた。

 この船団が多胡辰敬の権勢と石見銀山による交易の巨大さを物語っている。

 なお、彼の船は正確には四隻で、一隻は本明城主福屋隆兼のものだったりする。

 逃げ出した福屋隆兼は多胡辰敬についてきたらしく畿内にて再起をかけるらしい。

 攻められて船で逃げ出した福屋隆兼と開城し退去した多胡辰敬の差はこんな所にも現れている。

 このため、福屋隆兼は船から降りておらず、旅が終わるまでは俺や多胡辰敬の下知に従うことになっている。

 尼子家重臣の亡命という一大事はいやでもお屋形様に報告しなければならない。

 ため息をつくが、そのため息の意味を理解できる人は俺の近くには居なかった。


「多胡辰敬と申します。

 このたびは八郎様の慈悲にすがり、こうしてやってきた次第」


 府内大友館にて重臣一同が集まっての圧迫面接。

 多胡辰敬の自己紹介と共に語られた毛利軍の石見侵攻は大友家の想像を超えていた。


「既に毛利は石見の銀山を手に入れたというのか!?」


 大友義鎮の顔色も渋い。

 石見銀山を得たら、毛利の矛先は九州に向かうと考えているのだろう。


「はっ。

 毛利と尼子の間にて、公方様仲介の元で雲芸和議が整い、石見は尼子の手を離れ申した。

 その隙に、吉川元春率いる毛利軍が侵攻。

 各個撃破された次第」


 具体的には、銀山を管理していた山吹城主本城常光が毛利軍に降伏。

 毛利に抵抗していた本明城主福屋隆兼は城を捨てて逃亡。

 櫛山城主温泉英永と鰐走城主牛尾久清は出雲に撤退。

 石見だけでなく西出雲の国人衆まで毛利に走る総崩れ状態に陥ったのである。


「それがしは城を枕に討ち死にを覚悟していた時に毛利から使者が届き、小早川隆景殿の仲介で八郎様が欲しがっていると。

 九州に渡るならば追わぬという事で城を明け渡してこうしてやってきた次第」


 お屋形様はじめ重臣一同の視線が俺に集中する。

 凄く怖いのですが。


「八郎。

 それはまことか?」


 大友義鎮の詰問に俺は表向きは飄々と答える。

 俺はこれしか持っていないはったりだが、この戦国において十二分に通用する武器でもある。


「はっ。

 秋月の謀反しかり、豊前国人衆の騒乱しかり、彼らは何かあった時には信用できませぬ。

 ならば、確実に裏切らぬ将をという訳で申した次第」


 このあたりはまだ言い逃れができる。

 問題は、重臣クラスを雇う場合城が必要になる訳で、それを勝手に与える訳にはいかない点。

 だからこそ、こうして府内にて圧迫面接をする羽目になる。

 ちらちらと周りを見ると、風向きでころころ変わる豊前・筑前国人衆に対する大友家重臣達の不信感がはっきりと見える。

 まだ門司合戦の後始末も終っていない現在、裏切らない将というのは喉から手が出るほど欲しいだろう。


「その本人が裏切った時は?」


 大友義鎮の低い声に背筋が凍る。

 はっきりとした殺気が俺に突き刺さる。

 身内すら疑わないといけない戦国大名大友義鎮の覚悟と絶望か。

 分かっていたが、この殺気を長く浴びたくはない。

 逸らしてしまおう。

 誰もが想定しない方向に。


「とりあえず、それがしにも分からぬので確かめる次第。

 多胡殿とその一党を連れてこのまま畿内に上がりまする」


「!?」


 あきらかに空気が変わる。

 大名をはじめ戦国武将にとっては領地が全てだ。

 だが、俺は戦国武将ではない。

 戦国武将なんかになってたまるか。


「聞くところによると、公方様擁する三好家は畿内の覇権をめぐって畠山と争っているとか。

 助太刀すれば、多胡殿の忠義も分かりましょうて」


 完全に固まる一同。

 何を言っているのか分かっていないのだろう。

 大友義鎮も困惑の顔を隠せない。


「八郎よ。

 気楽に言うが毛利が抑える瀬戸内をその手勢含めてどうやって渡るというのだ?」


 だからこそ、俺の発言が理解できない。

 理解したくない。

 堂々たる謀反になりかねない一言を俺はあっさりと言ってのけた。


「神屋経由で毛利に許可をもらうに決まっているでしょうが」


 俺の一言に皆ついてゆけない。

 そりゃそうだろう。

 ここまで堂々と毛利を利用すると言っているし、多胡辰敬の件は毛利が、いや小早川隆景が約束を守ったからだ。

 ならば、こちらも約束は守るべきだ。

 裏切られるまでは。


「毛利は許可しますよ。

 尼子がここまで崩れた今、一気に出雲まで取りたいでしょうに。

 そのためには九州に上げた小早川隆景とその軍勢を帰す必要がある。

 そして、怪しい動きをする俺は多胡殿と共に畿内で合戦に出るという。

 手を出さぬだけでなく、費用すら出してくれるでしょうな」


 俺の詐欺まがいの説明に誰もついてゆけない。

 だが、俺には確信があった。

 毛利元就という戦国最強クラスのチート爺は、リスクを極力とらずに己の利益を最大化させる天才でもある。

 手元に毛利隆元という駒がありながら、小早川隆景を戻すのはそういうリスク回避の為だ。

 小早川隆景を予備として備えておけば、今予備として守っている毛利隆元を尼子の方に押し出せる。

 そして、宗像と麻生が膠着状態で秋月の蜂起が鎮火した現在、九州戦線は一度手仕舞いするべきだと。


「だからこそ、尼子攻めの為、数年の和議は必ず結べましょうて。

 その後の戦いに向けて、我らは兵を養うのみかと」


 多胡辰敬が立ち上がって俺に怒鳴る。

 もちろん、これは俺の仕込みだ。


「八郎殿!

 話が違うではないか!!

 小早川殿の話だと、豊前に城をくれるというからそれがしはここに逃れて来たのですぞ!!!」


 完全に場が混乱する。

 そりゃそうだ。

 彼らの頭で理解できる話ではない。

 彼らの頭に日本地図はないのだから。


「尼子の重臣とはいえ、大友に仕えるにはそれ相応の忠義は必要。

 それはお分かりでしょう。

 そして、現在戦のない今、その忠義の見せ場がない。

 ならば、その戦のある場所まで出るのは何も間違ってはいないでしょう?」


「そ、それはそうだが……」


 ここでさらりと毒を吐く。

 それぐらいは許される場の空気だからこそ、ここまでかき回したのだ。


「ご安心なされよ。

 万一大友が仕える家あらずと判断しても、畿内の戦にて功績を立てれば他の大名家にて城ぐらい持てましょうて」


「御曹司!」


 今度は大鶴宗秋が立ち上がって怒鳴る。

 こっちは仕込みではないのでガチで怒っている。

 だからこそ、皆が信じる。

 全てはこの毒の仕込み。

 警戒しているだろうお屋形様こと大友義鎮への一刺しを俺は言葉に乗せる。


「何、場合によってはそれがしも兼帯で畿内に城を持つかも知れぬ。

 お屋形様も、畿内で好き勝手する分にはお目こぼしをしてもらえるだろうて」


 混沌とした場がはっきりと凍った。

 一応の仇である以上言わねばならない事だし、ここで俺を斬る事はできないと見切った上での毒である。

 今、ここで俺を斬ったら、粛清しきった大友一門のバックアップが居なくなる。

 唯一残った長寿丸はまだ幼く、次男となるべき常陸介こと大友親家はまだ奈多夫人のお腹の中だ。

 それは、重臣達が大友義鎮を見限った時に替わりを据えることができなくなる事を意味する。

 残った姫を娶らせて養子という形で当主を用意してもいいが、他所から持ってきた当主の末路は菊池しかり、大内しかりと大友の周りにあふれている。

 だからこそ『あんたに殺されるのがいやだから、畿内に逃げます』という俺の毒は明確に大友義鎮に伝わった。

 大友義鎮は笑う。


「わははははははははは!

 そなた、門司城でも似たような事を吐いたらしいな。

 そんなに父兄の二の舞を恐れるか!」


「そりゃそうでしょう。

 父兄だけでなく、小原殿の件もお忘れなく」


 人間、怒らせた後感情を転ばせると、その分だけ好意が深くなる。

 こちらの皮肉も俺の度量を見せる一言として大友義鎮は受け取った。

 殺しても意味が無い事を理解した上で。


「なるほど。

 たしかにそこまで恐れるなら、毛利が焚きつけても火がつかぬか」


 やっぱりやってやがったか。

 俺を使っての謀反という毛利の計略。

 それを教えてくれた臼杵鑑続に感謝する。 


「ついても畿内ならば燃え尽きましょうて。

 いずれ起こる毛利の戦、その謀略の中核はそれがしを寝返らせての肥後での謀反。

 亡き臼杵鑑続殿に教えていただきました」


 言葉に彼への敬意が出ているのを一同ちゃんと理解してくれたらしい。

 これで、俺を正しい方向に導いた臼杵鑑続という功績を臼杵鑑速に渡すことができる。

 それがあるからこそ、重臣が勝手に俺を粛清するのも無理だろう。


「よかろう。

 好きにするがよい。

 だが、大友に必要な時は呼び寄せるぞ。

 それでいいか?」


 乗り越えた。

 最大にして最後の関門を越えた。

 だからこそ、大友義鎮の次の言葉はある意味当然とも言えた。


「目付だ。

 連れてゆけ」


 その声と共に重臣達の中から一人の武将が前に出る。

 元々は和議に向けての目付だったのだろうが、こうなると責任重大だろうと人事のように思う。


「一万田鑑実と申します。

 八郎様についてゆく次第で」


 一万田一族の分家出身の彼を見て思わず博多に居る烏帽子親の笑みを思い浮かべる。

 なるほど。

 これも高橋鑑種の仕掛けか。

 もう二度と来るかと思いながらもそれを顔に隠して神妙に頭を下げたのだった。


「その時に毛利がそれを許してくれるのならば」

一万田家については家系が不明な所が多く、『大友の姫巫女』時の分家筋という設定で一万田鑑実を書いています。

偏諱がしっかりしている大友家において、『鑑』は大友義鑑だから(高橋『鑑』種や臼杵『鑑』速や戸次『鑑』連等)一万田親実の子だと年があきらかにおかしい事に。

まあ、細かいことには目をつぶっていただけると。



一万田親実 (いちまだ ちかざね)

福屋隆兼  (ふくや たかかね)

吉川元春  (きっかわ もとはる)

本城常光  (ほんじょう つねみつ)

温泉英永  (ゆの ひでなが)

牛尾久清  (うしお ひさきよ)

毛利隆元  (もうり たかもと)

一万田鑑実 (いちまだ あきざね)


4/19 少し加筆

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