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冷水峠の血戦 その2

 大友親貞の武力では毛利元就に勝てない。

 大友親貞の知力では毛利元就に勝てない。


 歴史というのはそういう意味で厳格だ。

 勝者が書き記すのだから、大友親貞は敗者として記録される。


 俺の武力では毛利元就に勝てない。

 俺の知力では毛利元就に勝てない。


 これも客観的事実だ。

 大前提として潜った修羅場の数が違う。

 西国一の大大名に成り上がった執念が違う。

 ありとあらゆる事を考えた果てに目標達成にかける努力が桁違いだ。


 そんな奴相手にタイマンに近い勝負を挑まれる。

 勝てるわけがない。

 ならば、打つ手は一つしか無い。

 勝てる勝負で毛利元就に挑むまでだ。

 最大勝率50%で、勝つか負けるかの世界。




 博打である。




 飯塚宿に到着後から俺は必死に対毛利元就への札を見せてゆく。

 謀は多い方が勝つとはよく言われたもので、少なくともそこについては手は抜くつもりはない。


「早馬を米ノ山峠の帆足忠勝殿に送れ!

 我らが明日そちらを通りたい旨を伝えるのだ!!」


 夜間の早馬なんて襲ってくれと言っているようなものだが、彼が帰るか帰らないかで米ノ山峠の脅威が分かる。

 それ以上に手を打たないといけない事があった。


「由布殿。

 見張りをお願いしたい。

 一番やられるとたまらない手は、今この瞬間に帆足殿の手勢と共にこの飯塚宿を襲って俺の首を取りに来る事だ」


「承知いたしました。

 百人三交代で見張らせまする」


 由布惟信が一礼して立ち去ると、今度は控えていた大鶴宗秋に命じる。


「朝に峠越えの荷駄持ちを集める。

 そのように触れを出せ。

 それと、馬廻はどこまで来ている?」


「既に木屋瀬宿を出てこちらに向かっているとか」


 大鶴宗秋の言葉に俺は頷く。

 最低限の手札は確保できたからだ。


「なんとしても今夜中に馬廻を飯塚宿に入らせろ。

 その後休憩をとらせて、峠を越えさせろ」


「……?

 殿は馬廻と一緒に行かないので?」


 大鶴宗秋が首をかしげるが、おれはお構いなく言い放つ。

 策というよりも博打の正体を。


「行くわけ無いだろうが。

 ここに居ると教えているようなものだ。

 俺と有明は、由布殿の手勢に混じって先に行く」


 状況認識はこうだ。



大友鎮成           飯塚宿宿泊中

 有明・お色・果心

 大鶴宗秋・上泉信綱・伝林坊頼慶・佐々木小次郎・薄田七左衛門


 由布惟信

  戸次家郎党   三百   飯塚宿宿泊中


 佐伯鎮忠

  馬廻      二百   現在木屋瀬宿から飯塚宿に移動中


 帆足忠勝

  高橋家将兵   三百   米ノ山峠対陣中 動向不明



毛利元就

  毛利家落ち武者 五百以下 場所不明 冷水峠と米ノ山峠の間の山の何処か



「多分毛利元就の手勢は五百は越えないと踏んでいる。

 それぐらい居たら、今頃ここに襲いかかってきているだろうからな。

 そういう意味でも今夜敵が来るかどうかは大事なんだ」


 俺は淡々と語っている風を装うが額の汗を手ぬぐいで拭く。

 この瞬間の恐怖を押さえ込みながら続きを口にする。


「先に早馬を出しただろう?

 あれが帰ってこなかったら、帆足忠勝は限りなく黒だ。

 彼が寝返るかどうかは置いておくとして、確実に毛利が張り込んでいる事が分かる。

 すると次の疑問が湧いてくる訳だ。

 『なんで毛利元就は襲ってこない?』とな」


 厳島合戦という奇襲を成功させた毛利元就にとって、このタイミングこそ襲えるならば襲う最高のタイミングだった。

 それにも関わらず、彼はまだここまで襲いかかってこない。

 それならば理由は二つに絞られる。


「一つは襲えるだけの信頼がない場合だ。

 つまり、帆足忠勝やその背後に居る高橋鑑種が信用できないという事」


 高橋家は高橋鑑種の首一つで大友家に降伏する事になるのだが、領地削減を始めとした大幅な処罰は避けられない。

 ここで毛利元就の首をとって減刑をというのも考えられなくはない。

 その可能性で一番大友家にとって恩が売れるのは、野盗の襲撃にかこつけて毛利元就だけでなく俺の首まで落としてしまう事で、そういう意味でも帆足忠勝の動向が大事になっていた。


「もう一つは、襲えるだけの士気と統率が残っていない場合。

 もう夜襲を行えるだけの気力体力が残っていないのさ」


 高橋鑑種の隠れた支援があったのだろうが、現状の毛利軍はどう見ても落ち武者であり、兵の士気と練度は確実に落ちているに違いない。

 それを襲撃に使えるぐらいまで立て直した毛利元就の偉大さを垣間見れるが、彼を持ってしても短期間での士気と練度の再編はできない。

 それはこの手の夜襲が行えない事を意味し、平地で戦えば同数の由布隊に負ける事を意味する。

 つまり、俺の首をとる為には、昼間に奇襲しやすい場所で奇襲するしか毛利元就の手札が残っていない事を意味する。

 山の中での待ち伏せは動かないのではない。

 動けないのだ。


「だからこそ、奴らは一撃で分の悪い勝負をするしか無い。

 そこで博打が成立するんだ」


「馬廻と合流して一気に越えるのは駄目なのでございますか?」


 大鶴宗秋のしごくまっとうな質問に俺はあっさりと返事を口にした。

 できるだけ空元気で明るく。


「隘路だから結局隊列が縦長になる。

 そうなれば、奴らは嫌でも本陣を襲うだろうよ。

 だから、隊を二つに別ける。

 由布隊と馬廻の二つだ」


 懐を探って銭が出てきたので、二つ取り出してそれを縦に並べる。

 そして、片方の銭を指さして告げる。


「由布隊は野盗の排除を目的とした先陣。

 積極的に山狩りをして敵をあぶり出し、後ろの馬廻と挟むというのが目的だ。

 だが、毛利元就の狙いは俺の首だから、おそらくは手を出さない。

 そして、野盗が馬廻を襲った時に、一気に峠を下る」


 そうなれば、一気に山家宿まで逃げ切れる。

 宿を襲えない兵数の時点で、宿まで逃げ込めたらこっちの勝ちである。


「万一、由布隊に野盗が襲いかかった場合は?」


 控えてじっと聞いていた佐々木小次郎が疑問を口に出す。

 俺はそれを聞いてこの場にて始めて作り笑顔でない笑顔を見せる。


「由布隊が支えている間に馬廻が駆けつけて潰してくれるさ。

 何のために馬廻を全部騎馬隊にしたと思っているんだ」


 そして、この賭け最大の肝の説明に入る。

 つまり、俺が馬廻に居るという錯覚する仕掛けをだ。


「果心。

 すまないが、お前は馬廻の方に残してゆく」


「かしこまりました。

 派手にこの体晒しておきましょう」


 俺の女好きは十二分に天下に轟いている。

 馬廻の中でスタイリッシュ痴女が居たら、そりゃ俺もそこに居るだろうという分かりやすい欺瞞であるが、それを見破れるかどうかも賭けの一つだ。


「果心殿だけでは嘘がバレかねませぬ。

 私も馬廻の方に残りたいと思います」


 あれ?

 今日の船では置いてゆくなと言っていたお色の言葉は正反対に変わっていた。

 それを疑問に思ったのを言おうとする前で、お色の方が機先を制して告げた。

 お腹に手を当てながら。


「まだ月のものが来ていないのでございます。

 もしかしたら……」

「おめでとう♪」


 有明がお色に抱きついて喜ぶ。

 というか、お前それだったら船でのあれこれはと言おうとしたが、お色の目から溢れた涙で全部許すことにした。

 ああ。

 彼女はこれで本当に祟りから開放されたのだと。

 凛とした声でお色は俺の方を見て言い切る。


「ですから、どうか死なないでくださいませ」


「私は八郎と一緒に行くからね♪」


 お色にカブり気味でついて行きたいと志願する有明を俺は抱き寄せて頬を撫でる。


「置いてゆくものか。

 とはいえ、その姿は目立つから、今の着物は果心に渡してお前裸蓑な」


「うん♪」


 嫌がったらそれを理由に置いていこうと画策したのだが見事に失敗したので俺は諦めてため息をつく。

 同じく、大鶴宗秋が俺に志願する。


「それがしも離れませぬぞ!」

「ああ。

 替わりに、俺が足軽になる。

 大鶴宗秋は鎧を変えて、由布家の武者として振る舞ってくれ。

 俺がその郎党で有明が荷役という設定……ちと足りんな。

 薄田七左衛門。

 お前も足軽な」


「はっ」


 嬉しそうな顔をして薄田七左衛門が平伏する。

 そのまま残っている上泉信綱と伝林坊頼慶にも声をかけた。


「上泉殿が大鶴宗秋の鎧をつけてくれ。

 俺の鎧は伝林坊頼慶に任せる。

 俺らしく振る舞ってくれ」


「それは馬上で女を抱けと言って居るので?」


 皆に笑いの輪が広がる。

 この人選は実は最初から決めていた。

 太宰府から始まった長い長い俺の旅が一区切りつこうとしている。

 だから最初と同じように、最後は始まった四人で行こうと。

 博打だからこそ、己が納得できる勝負手を出した。

 これで負けならばしょうがない。

 これはそういう俺の決意でもあった。



 米ノ山峠の帆足忠勝に送った早馬はついに戻ってこなかった。

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