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猫城修羅場合戦

「あら、いいお城じゃない」


 猫城が見えてきた時の、お色の第一声である。

 有明と並んで馬に乗る姿は凛としているのはいいが、地味に有明も競って艶気を出すのは何とかして欲しい所。

 もちろん、こんな状況なのでお色に手を出せるわけもなく。


「同情はするけど、順位は別」


 という有明の言葉が全てを物語っているわけで、この二人の鞘当てが続くことを考えると胃が痛くなる。

 ついてくる連中も女二人の見栄の張り合いに口を出すほど愚かでもない訳で。

 こんな珍道中を続けながら、俺達は居城となる猫城に入城したのだった。


「ようこそおいでくださいました。

 歓迎しますぞ」


 待ち構えていたのは、城を預かっていた麻生鎮里本人が来ていた。

 つまり、麻生家のやっかい事はそれだけ深刻の度を増しているという訳で。


「たしかに猫城を受け取った。

 慣例に従って蔵を改めるがよろしいか?」


「もちろん、ご同行しましょう」


 この手の城の受け取りで大事なのは、その城の蔵の中である。

 領地運営の資金や年貢として取り立てた兵糧、訴訟案件の書類や管理する村の書類などを互いに確認する事になっている。

 持ち逃げされたりして、それが戦の原因になる事がとても良くあるからだ。

 で、この手の管理の為の文字の読み書き算盤ができる人間は戦国時代においては全員できる訳ではなかった。

 もっとも、俺を始めとして大鶴宗秋や柳川調信、武家教育を受けている有明やお色という人材が確保できているので、この城の大きさでこの手のトラブルは心配していないのだが。


「揉めますか」


 一つしか無い木造の蔵の中を確認しながら、あえて主語を言わずに俺が誘い水をかける。

 向こうもそのつもりだから、わざわざこんな小城の受け渡しの為に本人が出張ってきたのだろう。


「お恥ずかしい限りで。

 できるならば、すぐにでも後詰が欲しい所なのですが」


 そこまで事態は切迫していたか。

 元が本家と分家の関係で、本家筋への下克上である。

 毛利も影響力を保持しているから、大友側の旗印である麻生鎮里を滅ぼしてしまえば後はどうにでもなるという考えなのだろう。


「麻生家中に何かあった場合、ここに居る小野鎮幸と許斐氏則を出す所存。

 後詰はおそらく百人を越えましょうな」


 俺の言葉に麻生鎮里の顔色が変わる。

 まさか、ここまで踏み込んで後詰を約束されるとは思っていなかったのだろう。


「それはありがたい。

 それだけの兵があるのでしたら一つ陣城をお任せしたいのですが」


 陣城。

 統治の拠点ではなく合戦時の陣としての城で、平時は兵も置かず建物すら無い事も多い。

 だが、合戦時の要地である事からこの取り合いが最終的に合戦の勝敗を決めることがよくある。


「ちなみにどの城を?」

「園田浦城」


 麻生家の本城は花尾城であり、その出城になる帆柱山城を麻生鎮里は居城に定めていた。

 園田浦城は、この猫城や中立を標榜している麻生元重の山鹿城との連絡がとれる要衝である。

 そこに兵を入れるというのはそれだけ切迫していると同時に、そんな要衝を他人に任せないといけないぐらい兵の集まりが悪いという裏返しである。


「向こうの兵はいかほどに?」


「千はあろうかと。

 こちらはその半分」


 大雑把な言い方だが、本家麻生隆実の兵力に対抗するには、分家の麻生元重と麻生鎮里が連合しなければ勝てない。

 だが、麻生元重は現状中立という形で勝ち馬に乗ろうとしている。

 ならば、足りない兵を何処からか持ってくる必要があった。


「向こうはいざとなったら、長野や貫から後詰を持ってこれるか」


 隣国豊前の長野家や貫家は門司合戦時にも毛利側として奮戦した豊前国人衆である。

 麻生家のお家争いが大友と毛利の代理戦争と見られている以上、この二家は確実に麻生隆実側につくだろう。


「御曹司。

 それに、長野家の長野祐盛は秋月の血を引くお方」


「あー」


 麻生鎮里の言葉に俺も頭をかかえざるを得ない。

 長野家の長野祐盛の父親は秋月文種。

 現在絶賛謀反中の秋月種実の弟で、長野家に養子に出されたという経緯がある。

 

「こちらにつきそうなのが鷹取山城主森鎮実殿と香春岳城代の志賀鑑隆殿。

 畑城の香月殿は?」


「去就定まらずという所で。

 秋月の謀反が鎮まらぬ限り、こちらは手を出せぬと踏んでいるのでしょうな」


 俺の質問に麻生鎮里も笑って答えるしかないぐらい追い込まれていたというべきか。

 その声はやけくそに近かった。

 鷹取山城と帆柱山城の間にあるのが畑城で、城主香月孝清もまた麻生元重と同じく勝ち馬に乗ろうという訳だ。

 門司合戦において、一応大友の勝利に終わっているのにこの有様なのは、元々筑前・豊前を統治していた大内家が大友家と激しく争ったからで、親毛利というよりも反大友という風潮がこの二国の国人衆に根付いているからだ。

 火を着ければ簡単に燃え上がる国人衆のお家争いに大友の旗を持って介入するのは、自殺行為に近い。


「麻生殿。

 本音を聞こう。

 麻生家の棟梁の座は欲しいか?」


 ここがこの件の分水嶺と感じて、俺は麻生鎮里に問いただす。

 彼が下克上を本当に欲しているのならば、現状勝ち目はないから見捨てるしかない。

 だが、彼も大名の間で右往左往して生き残ってきた国人領主のはしくれだった。


「欲しくないと言えば嘘になりますな。

 ですが、生き残る事こそ肝要。

 どうせ、大友と毛利はこのまま争わないとは思えませぬからな」


「……」


 麻生鎮里ですら、この和議が一時休戦である事を理解している。

 だからこそ、その前に逃げ出さないといけないと彼の前で失礼だが強く強く思った。




 猫城は元々支城である。

 むしろ、園田浦城と同じく陣城に近い。

 にも関わらず、この城が拠点として認識されたのも、東を流れる遠賀川の水運に絡めるというのが大きい。

 石高にしておよそ六千石ばかり。

 村の数は二十で、一つの宿場町を抱えている。

 遠賀川西岸の河川敷を中心に水田が広がっているが、対岸に長崎街道が通っており、その宿場町の一つである木屋瀬の対岸の西木屋瀬の宿場がそれだ。

 この宿場は木屋瀬から始まる唐津街道の一つで、渡しの収入もかなり大きなものになっている。

 米も銭も安定的に取れる領地だが守ることが難しく、麻生と宗像が争っていたのは前にも言った通り。

 小高い丘にあるのは宗像側に何かあった事を知らせる狼煙台と、木造の物見櫓が一つ。

 そして、先ほど麻生鎮里と話した木造の蔵が一つに、俺達の住む屋敷が一つ。

 見張り用の幌小屋が入り口の木門の側にあり、ここに兵が詰めて警備をする事になるのだろう。

 周囲に木柵はあるが木盾はなし。

 水堀があるが、用水路を兼ねているらしい。

 これが猫城の全てである。

 屋敷も作りは大きな農家そのままで、土間と俺の部屋と客間が一つ。

 水辺の近くで収入が小城の割にはあるので、風呂があるのは有りがたかった。


「さてと。

 この城の方針を決めるか」


 俺、大鶴宗秋、柳川調信、小野鎮幸の武将三人と有明とお色を入れた六人でこの城の方針を決める話し合い。

 薄田七左衛門は別れて、お色がうたれていた妙見の滝に出向いて修行をするらしい。

 有明とお色が客間の中央にある囲炉裏にかけていた茶釜から湯を入れて、皆のお椀に注ぐのを眺めながら俺は口を開く。


「遠賀川の水利を活かして水田を増やすことも、宿場町を活かして銭を集める事もできますな」


 城代に内定している柳川調信が白湯をすすりながら嬉しそうな声で告げる。

 内政を継続して行えるなら、順調に発展するだろう。

 その為に、争いが絶えなくて発展しなかったという本末転倒な現実があったりするが見なかった事にする。


「この城で守るというのはちと骨が折れますぞ。

 後詰が来るまで耐えるのは難しいかと」


 ただの小山の見張り台みたいな城なので、守将になる小野鎮幸の顔は厳しい。

 この領地で養える兵全てがこの城に入りきれないという事実がそれを物語っている。


「御曹司。

 まずは何から手をつけますかな?」


 大鶴宗秋の声には『お手並み拝見』という期待がうっすらと出ている。

 全部をするには銭も人も足りない。

 ましてや、俺はそれを丸投げするつもりなのだ。

 だからこそ、方針だけはちゃんと決めることにする。


「まずは銭だ。

 西木屋瀬の宿場の上がりに気を配れ。

 火山神九郎を使って、博多から芦屋経由で木屋瀬まで船便を用意しろ。

 小野鎮幸は訓練がてら唐津街道の巡回警備を」


「はっ」

「承知」


 稼いだ銭は即座に使う。

 使い道は猫城の防衛だ。


「稼いだ銭で、猫城に二の丸を作るぞ。

 城前の村を堀と柵で囲ませる。

 囲みは大きく作って、兵たちの長屋を用意する。

 あとは道の整備だ。

 西木屋瀬まで何かあったら行けるようにしておけ」


 初期の方針はこんな所だろう。

 あとは柳川調信に全部投げようと思ったら、有明が口を挟む。


「八郎。

 良かったらだけど、宿場から人を雇っていい?」


「何だ?

 女中でも雇うのか?」


 俺の質問に有明は荷物から本を取り出す。

 博多で売りさばいていた医書だ。


「これの写本をお願いしようと思ってね」


 なるほどと思った時に、アイデアがひらめく。

 こういうのは大きく投資するとリターンも大きいのだ。

 

「せっかくだから、宿に養生所を作るか」


「養生所ですか?」


 俺の言葉に大鶴宗秋が首を傾げる。

 戦国時代の医療は俺の本が売れる程度に滅茶苦茶だった。

 ならば、ちゃんとした医療施設ができれば金になると気づいたのだ。


「こういう医書を作って売っているのは知っているだろう?

 これを用いて、薬師や医師を雇い屋敷で治療させるのさ。

 戦で兵たちが傷ついても大分楽になるしな」


「ちゃんとした医師や薬師ならば、博多の方に行ってしまうのでは?」


 柳川調信の指摘に俺は頷く。

 そのとおりなので、俺はもうひとつの目的を話す。


「良い医師や薬師に留まってもらうつもりはないさ。

 だが、この地には医師と薬師が居て、医書があると知れれば人は集まるものさ。

 最低でもこの医書程度の事はできるようにはなるだろうからな。

 博多までの船便に薬の追加を頼む」


「かしこまりました」




 気づいてみればすっかり日が落ちて暗くなっている。

 有明が蝋燭に火を灯すとほぼ同時に三人から声がした。


「そろそろ遅くなってきましたな。

 続きは明日にして、それがしは村に家を借りたので、そこから通うとしましょう」

「それがしも同じく」

「同じく」


 待て。

 大鶴宗秋に柳川調信に小野鎮幸。

 それをすると誰も城に残らないじゃないか。

 俺がそれを言おうとして、大鶴宗秋がいたずらっぽく笑う。


「冗談でござる。御曹司。

 何かあった時のために、この三人の内一人は城に居るように既に決めておりまする」


「小野殿は、このまま園田浦城に移るとして、麻生殿への後詰は長引きそうですな」


 麻生家がまだ合戦に入っていないのは、大友と毛利の代理戦争が絡んでいるからだ。

 門司城の陥落によって、大勢は大友家の勝利として認識されるだろうが、この代理戦争はまだ秋月や宗像などで火が燻っている。

 そう。宗像もなのだ。

 大友と毛利という代理戦争の主役が和議を固めてくれないと、その下の宗像等は講和ができない。

 で、門司城陥落という敗北の失点を抑えるために秋月は暴れまわっており、それが講和条件に影響が出かねない所にまで来ていた。

 もっとも、毛利は毛利の方で早く軍を転進させて尼子に当たりたいので、この火種をありがた迷惑と考えているフシがある。

 宗像の後詰として駐屯している小早川隆景は、九州の毛利側国人衆にとってそれだけの価値のある人質なのである。

 大名の代理戦争のように見えて、国人衆たちの集合離散に大名が振り回される。

 それが戦国時代の大名家というものだった。


「仕方ない。

 烏帽子親の了解をとって、神屋殿に文を出すぞ。

 小早川隆景を動かして、麻生隆実に自重を求める」


「正気ですか!御曹司!!」


 大鶴宗秋は叫ぶが、柳川調信は笑ってやがる。

 このあたり、二人のスタンスの違いがあって面白い。


「正気さ。

 大友はとにかく秋月謀反を鎮圧して、筑前・豊前の領内の立て直しをしたい。

 毛利ははやく軍を帰して、尼子から石見銀山を奪還したい。

 互いの思惑は一致しているんだ。

 だからこそ、俺が畿内に上がって和議を推進するって流れだろうが。

 このまま国人衆の争いに巻き込まれたら、いつまでたっても戦が終わらぬ」


 秋月は大友領内奥地だから、小早川隆景が後詰に出ることは難しい。

 だが、麻生家は関門海峡の目と鼻の先。

 ここで騒動が勃発したら、大友毛利の大戦に発展しかねなかった。

 それは避けたいと小早川隆景も思っているだろう。

 先に結論だけいうが、この読みは当たり小早川隆景もこちらの提案を了解。

 麻生家の争いは発火寸前で凍結されるという微妙な立ち位置のまま終結する事になった。

 なお、一月ほどの駐屯期間を経て小野鎮幸は帰城。

 許斐氏則と元宗像兵は麻生鎮里に雇われ、そのまま園田浦城に駐屯する事になった。



 

「……」

「……」

「……」


 猫城。

 城主の間。

 夜。

 板間の部屋に畳が二つ。

 その上に敷かれている布団は一つ。

 で、その上にいるのは俺と有明とお色の三人。


「……」

「……」

「……」


 女の合戦とは布団の中で行われるものらしい。

 有明は遊女衣装を身にまとい、お色は姫装束を身に着けている。

 なお、二人共目はまったく笑っていない。

  

「不束者ですが、どうかよろしくお願いします」


 まずはお色が俺に頭を下げる。

 それを見て、有明がいつも遊郭でしていたように頭を下げた。


「どうか、一夜の夢を語ってくださいませ」


 おかしい。

 これはどういう状況なのだろう?

 相互理解はしていたはずでは無かったのだろうか?

 俺の心の声が届いたらしく、有明が艶のある声で解説する。


「同情はするけど、順位は別」


 つまりこういう事か。

 理解した上で、ちゃんとガチでやろうという事で合戦場に赴いたと。

 で、それを理解してなかった間抜けが俺だったと。

 畜生。

 麻生の件を考えていて後手に回った。

 大鶴宗秋に柳川調信に小野鎮幸の三人が村に家を借りると言った時点でこの展開を予想しておくべきだった。

 なお、今日泊まっているはずの大鶴宗秋は兵たちと語ると酒を持ってさっき出て行った。

 逃げやがった。


「あ。あの」


「「何か?」」


 知っているか?

 腹を決めた女からは逃れられないと。


「とりあえず今日はおとなしく寝ないか?

 着いたばかりだし、これからお互いを知るという事で」


「私は八郎のことを隅から隅まで知っているけど」

「八郎殿の事を知りたいのです。隅から隅まで」


 残念ながら、俺の和議提案は無視された。

 そして、無慈悲にも合戦は勃発したのである。




「んっ……」

「すぅ……」

「……」


 お日様が黄色い。

 俺の左右には何も着ていない有明とお色の二人。

 とりあえず寝よう。

 昼まで寝る。

 もう知ったことか。

 だから、己の忠実なる感想を呟いて俺は意識を失った。



「おっぱいには負けないと思っていたけど、おっぱいには勝てなかったよ……」 

もげろ。


4/6 内政シーン 加筆修正



秋月文種 あきづき ふみたね

香月孝清 かつき たかきよ


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