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宗像鎮撫 その6

 宗像の祟り騒動が沈静化した事で、旧宗像領の統治も回復に向かう。

 宗像大社に参拝した俺たちは、許斐岳城に入ってそのまま薬王寺まで進む。

 己の過去を歩く事で、この地の民に俺という将の物語を記憶させる為だ。

 そうする事で、宗像の祟りを抑えることができるからだ。

 一方で、祟り沈静化を報告した臼杵鑑速が即座に手勢を率いて岳山城に入る。

 行政が本格的に動くのと、俺や小野鎮幸や吉弘鎮理が兵を各地に展開させているので祟りの残存勢力も動くに動けず、更に宗像家から奪われていた金の猫を奉納。

 事、ここに至って宗像の民は祟りより大友家についた。


「けど良かったわね。

 政千代さん」


「きっと朽網様は泣いて喜ぶでしょうね」


 有明と果心の会話を聞きながら俺たちは馬を進める。

 この行軍に政千代がいないのは、政千代の妊娠が発覚したからだ。

 彼女はそのまま護衛をつけて芦屋経由で帆柱山城の朽網鑑康の所で養生するように命じている。

 兄の家の復興を一番望んでいたのが朽網鑑康だから、喜びもひとしおだろう。

 問題は政千代は戸次鑑連の娘として来ているので、戸次家の子扱いという一悶着があるかもしれない所だが、まぁ大丈夫だろう。


「着いた。

 ここも変わらないわねぇ」


「せっかくだから、霊験あらたかな水を皆でいただくとするか。

 あと、喜捨も忘れないように」


「承知いたしました」


 寺の境内が見えた所で有明が声をあげ、俺の命を大鶴宗秋が受ける。

 そして近くには旗持として薄田七左衛門も居る。

 柳川調信は外れているが、思えばここに戻るまで遠くに来たものだ。

 参拝後、そのままとんぼ返りで許斐岳城に宿泊。

 翌日、小野鎮幸や吉弘鎮理を残して宗像領の始末を臼杵鑑速に任せて芦屋へ。

 ここから船で博多に向かう事にするが、その前に佐々木小次郎に会うことにした。


「八郎様。

 祟りに祟られなくてなにより」


「お主とて憑き物が落ちたような顔をしているぞ」


 湯屋の二階で養生していた佐々木小次郎はまるで何かを悟ったかのような穏やかな笑みを浮かべて俺を見る。

 誰だこいつ?


「師匠にこってりと絞られましたよ。

 技に溺れていると。

 お恥ずかしい限りで」


「お、おう」


 どもる俺だがこいつが歪めた毛利元就の策を聞くためにここにやってきたのだ。

 顔を引き締めて、俺は佐々木小次郎の前に座る。

 もちろん、護衛として薄田七左衛門と上泉信綱が控えている。


「お前が好き勝手した毛利元就の策を話してもらうぞ」


「それは構わないのですが、基本八郎様を襲えば問題ないと言われて我らは集まったのみで。

 襲撃の時期や場所もこちらが好きにしろとの事で」


 何だと!?

 その声を出さなかった俺は額をかきながら佐々木小次郎を問い詰める。


「俺の首を落とすではなく、襲えだけか?」


「ええ。

 八郎様には生きてもらわねばなりませぬから」


 その一言に背筋が寒くなる。

 こいつは何を言っている?

 俺の怯えを察したのか、佐々木小次郎は笑った。


「そう怖がらなくて結構。

 簡単な策でございます。

 八郎様を襲う輩をそれがしが防ぎ続ければ、それがしの功績としてお屋形様にお目見えできるのは必然。

 その場にてお屋形様を討てと」


 あっさりと言う佐々木小次郎に俺の中で時が止まる。

 襲撃の目標は俺じゃなくてお屋形様こと大友宗麟だったとは。

 たしかにそっちの方が効率的だ。

 いやでも俺に襲撃の主犯のレッテルが貼られて大友家は確実に割れるからだ。


「そんな事を何で話すんだ?」


「まぁ、師匠に叱られたというのもありますが、それがしの手の届かぬ所で策が進んでいるからでございます。

 あの毛利元就が二の矢三の矢を用意していないとお思いですか?」


 その言葉が俺に重たくのしかかる。

 だとすれば、毛利元就の刺客が大友宗麟を討つ最高の場所は何処だ?


「……太宰府。宝満城の受け取り。

 高橋鑑種の降伏もこの流れという訳だ……」


 俺が呻く中で佐々木小次郎はさらなる爆弾を投下した。


「毛利元就は、未だ九州の地に留まっております」


「は?」


 己の間抜けな声がまるで他人事のように聞こえた。

 佐々木小次郎は何を言った?

 毛利元就がまだ九州に留まっているだと!?


「それがしや他の間者がどこから話を仕入れていたかお忘れですか?

 彦山の山伏たちであり、そこから毛利元就の指示を受け取っていた。

 その指示が未だ続いている。

 これ以上明確な証拠は無いでしょう?」


 という事は、高橋鑑種の謹慎は嘘か!?

 竜造寺隆信の降伏は……いや、彦山川合戦であそこまで綺麗に寝返った以上それは無い。

 毛利元就と高橋鑑種のラインのみが生きていると考えるべきだ。

 額の汗がぽたりと膝に落ちる。


「博多は毛利の巣という事か」

「だから、八郎様を早く行かせたかったのですよ」


 いけしゃーしゃーと言い放つ佐々木小次郎を無視して、俺は少し考える。

 大友宗麟に対する刺客が動いているとはいえ、それは太宰府に入らねばおそらく発動しない。

 むしろ危険なのは、何も知らずに博多に入る事だ。


「博多へは行かない。

 お屋形様に合流する」


 海路を使えば博多へは二日でつくが、筑豊を突っ切ると一週間はかかりかねない。

 それでも今博多に突っ込むのは毛利元就の罠の巣に飛び込む事を意味する。

 無理をしてでも、お屋形様こと大友宗麟が太宰府に入る前に合流する必要があった。


「佐々木小次郎。

 お前、動けるか?」


「まぁ、ここで八郎様を斬れる程度には動けますが」


 佐々木小次郎のその一言で薄田七左衛門が刀を抜こうとするが、俺が手で制す。

 上泉信綱が微笑を浮かべたまま何も動こうとしなかったからだ。


「お前が仕向けた策だろう。

 最後までお前にやらせてやる。

 座頭一。

 斬り捨ててみせよ」


「それは構いませぬが、報酬をいただきたいですな」


「貴様っ……」


 激高する薄田七左衛門だが、俺の顔を見て不承不承矛を収める。

 それを確認して俺は口を開いた。


「どうせそこの上泉殿との手合わせとかだろうが」


「わかりましたか。

 結局それがしはそれのみの男。

 大名になりたい訳でもなく、長者に憧れる訳でもない。

 女にもてたくはないと言うのは嘘になりますが、かと言って溺れるのは本末転倒。

 人斬りとしても師に叱られましたが、剣を手放したくはなかった。

 結局それがしは、己の剣、その果てを見たいのでございます」


 今までのどこか飄々とした感じではない真摯な声に俺は納得する。

 人は何かしら譲れないものを持つものだ。

 俺にとっての有明であるように、佐々木小次郎にとってはそれが物干し竿だったと。


「こっちも失っても惜しくない手札が手に入るのは歓迎だ。

 上泉殿。

 こいつの世話を頼む」


 そう言って俺は部屋を出る。

 たまらず薄田七左衛門が口を挟んだ。


「おい。八郎!

 いいのか!?」


「良くはないが後ろで何かされる方が怖い。

 連れてゆくしか無いよ。

 それよりもだ……」


 俺は薄田七左衛門を見つめて、真顔で頼む。

 最後の最後で、時間との勝負になる。

 その賭けを俺は共に、英彦山の山伏でもあった薄田七左衛門に全賭けする事に決めた。


「教えてくれ。

 ここから、原田宿に向かうならば、どの峠を超えてゆけばいい?」

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