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筑前剣豪五番勝負 鐘捲自斎戦

 芦屋での滞在を終えて、俺達はついに宗像への道を進む。

 そのルートはお色との出会いの地である妙見の滝への道。

 吉弘鎮理の手勢を加えての大規模行軍は、順調に進んでいるように見える。


「物見を絶やすな!

 この地で戦が起こると心得て進め!!」


 先陣の吉弘鎮理は今までの祟りを知っているだけに、合戦時の警戒で進撃する。

 その分俺たちの行軍が遅れるのだが安全のためと割り切っていた。

 祟りなり毛利の刺客なりが仕掛けてくるのは分かっていた。

 問題は、いつ、どこで仕掛けるかだ。


「この手勢の中で俺を討つのは簡単にはできないだろうからな」


 まだ出発前なので新たな滞在先にした湯屋の二階で俺は煙管を回しながらぼやく。

 俺を討つ場合は芥田六兵衛みたいなケースしか考えられない。

 新免無二みたいに合戦時に狙おうとすると逃げられるからだ。


「そうなると、この時が仕掛け時ではあるのか」


 俺がぽつりとつぶやくと、部屋に居て準備を整えていた女たちがぴくりと動きを止める。

 隊列を組んで徐々に向かうから、必然的に警戒が緩くはなる。

 とはいえ、数百人もの兵を相手に何か仕掛ける策は俺の頭では考えつかない。


「たのもう!

 それがしは毛利家食客鐘捲自斎!!

 大友主計頭殿の手の者に果たし合いを願いに参った!!!」


 なるほどな。

 こう来るか。




 湯屋の周囲を警戒している足軽達が槍先を向けながらもそこから先に進めない。

 剣豪の出す気合に押されて動けないのだ。

 慌てて侍がこちらに伝令を走らせる。

 その一部始終を俺は湯屋の窓先からすべて見ていた。


「大友主計頭だ!

 果たし合いとの事。

 誰をご指名か?」


 俺の大声に鐘捲自斎がニヤリと笑うのが見えた。

 さしあたっては、俺が餌に食いついた形になったか。


「大友殿の所にそれがしの弟子がおるのを聞きましてな。

 弟子の成長を見ようと訪ねて参った次第。

 大友殿におかれましては、立ち会いをお願いしたく」


 合戦ではなく、立ち会いとして俺をこの場に留まらせるか。

 これを断ると面子が大事な戦国時代において己の面子が派手に汚される訳で。

 合戦が実質的に終わった事で、毛利の間者として斬る事すら難しくなっていた。


「敵味方に別れようとも、師は師であり弟子は弟子。

 情もあろうというもので、毛利様より暇をもらってこうしてやってきた次第。

 大友殿が間者に襲われた事は承知しているのでこの場で斬られても文句は言いませぬ。

 ですが、大友殿に情けがおありならば、どうかそれがしを斬る役目を弟子の佐々木小次郎にお願いしたく候!」


 ここまで言われて、駄目と言えないのが侍である。

 駄目と言いたいのだが。

 すごく言いたいのだが。


「おーい。佐々木小次郎。

 この状況で俺を斬る事はできるか?」


 下で舌舐りをしている佐々木小次郎に俺が尋ねる。

 佐々木小次郎は、俺の声に上を見上げてあっさりと言い切った。


「それがしと師匠が組んで相討ち覚悟で襲っても一手足りませぬ。

 それがしが本気で八郎様のお命を狙うならば、この時に鉄砲を用意して射抜きますな」


 周囲の時が止まり、果心と男の娘に窓から引っ張られて身を隠される。

 その警戒ぶりが面白かったのか、佐々木小次郎が笑う。


「ご安心なされよ。

 その射手だった垣生村の太兵衛を八郎様は捕まえたではございませぬか。

 宗像に出る前の即興の見世物とでも割り切って楽しんでくだされ」


 清々しいまでの声に俺は怒りよりも苦笑するしか無かった。

 祟りも、毛利元就の策も、俺たちの動きも、今全てが佐々木小次郎の趣味によってネジ曲がっているという事を否応なく証明されてしまったのだから。

 かくして、佐々木小次郎は物干し竿を片手に師匠たる鐘捲自斎の前に出る。

 鐘捲自斎は太刀でも小太刀でもないその真中ぐらいの長さの打刀を腰に二本ぶら下げていた。


「おう。

 佐々木小次郎よ!

 だいぶ人を斬ったようだな。

 顔に鬼がでておるぞ!!」


「なんのなんの。

 その鬼を隠しておられる師匠にくらべればまだまだ。

 やっと人斬り程度になれた所ですな」


 楽しそうな師匠と弟子の心暖まる会話を尻目に、俺達も一階に降りる。

 立ち会いを頼まれた以上、それが見える場所に行かないと立ち会いが果たせないからだ。


「周りを警戒せよ!

 殿に刺客が向けられるのは今ぞ!!」


「屋根の上を確認しろ!

 鉄砲の火縄の匂いを嗅ぎ逃すな!!」


 柳生宗厳が警戒を密にさせ、石川五右衛門が屋根の上の警戒をさせる。

 果心と井筒女之助が有明達を守り、薄田七左衛門と上泉信綱と伝林坊頼慶が俺を囲むように湯屋を出た時にそれは起こった。


「曲者っ!」


「大友主計頭!

 覚悟っ!!」


 鐘捲自斎と佐々木小次郎の反対側から刺客が現れて、俺めがけて突貫する。

 それを、外の足軽が討とうと集まった時に、俺の近くに居た足軽がこっちを向いた。


「新免無二っ!?」


 遠賀川で見ていた伝林坊頼慶が錫杖で払うと地面にクナイが落ちる。

 俺に向かって突貫する新免無二の小太刀を薄田七左衛門の小太刀が払い、背後から斬ろうとする柳生宗厳に鞘を投げて牽制して足軽の中に紛れ込んだ。


「っ!?」


 その瞬間悪寒が走る。

 神経が新免無二に行ってしまった隙を狙う刹那の殺意を背後から感じたのだ。

 慌てて振り向くと、その背後に上泉信綱の背中が。

 その先に、佐々木小次郎と鐘捲自斎の姿が見えた。


「困りますな。八郎様。

 ち ゃ ん と み て も ら わ ね ば こ ま り ま す ぞ !」


 朗らかな声でこれ以上無い脅迫をいけしゃーしゃーと佐々木小次郎は言ってのける。

 新免無二にこれ以上気を移したら佐々木小次郎と鐘捲自斎が背後から襲いかかると言っているのだから。

 俺だけならば、抱え込んでいる剣豪の手を借りて助かる可能性はあった。

 だが、この場には有明達もいる。

 誰が主導権を握っているか明らかだった。


「曲者討ち取ったり!」

「もうひとり居るぞ!

 探せ!」

「待て!!」


 最初の陽動役だった刺客を討った報告を聞いた薄田七左衛門が新免無二に追手をかけようとした所を俺が制する。

 ここで、新免無二を討つために手を分けたら佐々木小次郎と鐘捲自斎を抑えきれなくなる。

 彼を見逃す代わりに、鐘捲自斎を討つという佐々木小次郎の取引に俺は乗るしか無かった。


「それでこそ八郎様ですな。

 分かっていらっしゃる」


「脅しておいてよく言う。

 新免無二を取られたくないだけだろうが」


「ええ。

 あれは私の獲物です」


 じりじりと佐々木小次郎は餓狼のように鐘捲自斎を己の間合いに入れる。

 ぽつりと、上泉信綱が呟いたのはそんな時だった。


「負けたな。

 佐々木殿」


 一気に近づく鐘捲自斎に佐々木小次郎の燕返しが襲う。

 刀を抜いていない鐘捲自斎は一太刀、二太刀と躱すが三太刀目が鐘捲自斎を捉える。

 リーチの長い物干し竿はそれ故に近づかれるとその威力が落ちる。

 懐に入られたら負けなのだ。

 だからこそ、佐々木小次郎は己の長めの間合いを維持するために後ろに下がって三刀目で鐘捲自斎を仕留めるはずだった。


「っ!?」


 鐘捲自斎の体から血しぶきがあがり、その血が佐々木小次郎の目に入る。

 彼の精緻な間合いが崩れたのを鐘捲自斎が見逃すわけがなかった。

 佐々木小次郎の腹に刺さる鐘捲自斎の刀の柄。

 そのまま佐々木小次郎は物干し竿を持ったまま倒れ込んだ。


「未熟者が。

 技に溺れよって……」


 抜刀術で一斬りではなく、刀を抜き飛ばす事で佐々木小次郎の崩れた物干し竿の間合いを破壊したのだ。

 佐々木小次郎の物干し竿を浅く受けて、致命傷にならないように返り血を浴びせるなんて事をやってみせるなんてどんな化物なんだ?この人は。


「図々しいとは思いますが、それがしと愚弟子の手当てをお願いできませぬか?」


 鐘捲自斎の穏やかな声を聞いて固まった俺が何か言おうとする前に、上泉信綱が口を挟む。


「殿。

 どうか手当てを。

 鐘捲殿も新免殿も、殿をもう襲えませぬよ」


「ああ。

 だが、聞かせてくれ。

 何で佐々木小次郎が負けると分かったんだ?」


 伝林坊頼慶が鐘捲自斎の傷の手当をするのを眺めながら俺が尋ねると、上泉信綱はあっさりとその理由を告げた。

 ある意味納得するしか無い理由を。


「目の前の相手では無く、新免殿に気をかけているようでは勝てませぬよ。

 ましてや、相手は佐々木殿の剣の師。

 いくら腕が上がろうとも、鬼に成り果てても、間合いを知られた相手にそれは致命的な隙となるのにです。

 ここで師に倒されて良かったと思いますな。

 彼の剣は魔に魅入られていたようですからな」


 これも宗像の祟りのせいだろうかと俺は勝手に思うことにした。

 両者とも奇跡的に命に別状はなかったらしいが、佐々木小次郎は起き上がってからまるで憑物が落ちたような顔をしていたという。

 もっとも、その二人の事が伝聞なのは、彼らの回復を待たずに俺たちが宗像に入ったからだったのだが。

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