宗像鎮撫 その4
実行犯が分かって、そのまま出てゆくなんて事を少なくとも俺はしない。
果心が護衛の忍びを一人呼んで、即座に垣生村の太兵衛を捕まえるように命令する。
一方で、湯屋でのんびりとくつろいでいる事で、少しずつだが頭が冴えてきた。
「この打掛が標的の印だったとはなぁ」
「これ気に入っていたのに」
残念そうな顔で有明がぼやく。
そこから俺は話を飛躍させていった。
「けど、彦山座主は祟りを解きたい立場の人間だ。
宗像の祟りで有明が祟られたら、彦山座主が狙っていた平家の祟りを鎮めるという功績なんてぶっ飛ぶぞ」
「つまり、座主も謀られたと?」
お色の言葉に俺は煙管に火をつけて遊ぶ。
火鉢の中で煙管から煙が上がるのを眺めながら、俺は話を続けた。
「あの佐々木小次郎がいる限り、彦山座主の企みが歪んでいると見るべきだろうな。
あれは、俺を斬りたい以上に、西国の剣豪と刃を合わせる今の状況を喜んでやがる」
これが今の状況をややこしくさせていた。
毛利元就と小早川隆景と宗像の祟りと平家の祟りが佐々木小次郎という点で絡んでしまっているのだ。
この点を取り除きたいのだが、取り除けるような刺客でないのが更に困る。
「だが、あれは詰まる所刺客であって、祟りの主ではない。
あの打掛は、祟りの主が用意した物だ……待てよ?」
己のつぶやきにひっかかる物を感じた。
そして、改めて有明が着ている打掛を眺める。
そのまま何となしに有明の打掛を触った。
「ぁん♪
何処を触っているのよぉ」
「色っぽい声を出すな。
これ唐物だな」
「そうね。
極上の唐物よね」
悶える有明を放置して引っかかったものの正体を掴む。
極上の唐物。
何でそれが英彦山にあったかだ。
「何でこれが彦山にあったんだ?」
「絹の反物は銭の代わりになっているのでそれで彦山に寄進されたのでは?」
果心の返事に納得した時、推理の糸が繋がった。
そう。これが最大のポイント。
「知っていたんだ!
祟りの主はこの反物が彦山にある事を知っていたんだ。
そして、彦山が平家の祟りと深く絡んでいる事も知っていた。
そりゃそうだ。
この反物を寄進した奴が祟りの主なのだから。
そんな連中……一つしか無いだろう?」
唐物の絹の反物を贈れる経済力が有り、平家と宗像の祟りに詳しく、毛利元就と小早川隆景の情報を入手できる立場にいて、河原者に影響力を与えられる祟りの正体。
それを俺はできるだけ冷静を装いながら小声で呟いた。
「釣川長太郎の正体は、宗像水軍衆と繋がりのある、ここ芦屋の商人の誰かだ」
そこで言い直す。
ここまで分かっていて、あの襲撃が偶然であると思うほど俺はお人よしではない。
「釣川長太郎の正体は、末次平蔵だ」
そう考えると色々なものがストンと腑に落ちた。
物流だけでなく情報伝達の手段だった水軍衆と付き合いがあるからこそ、彼は俺たちに対して先手を取り続けることができた。
釣川を名乗っておきながら、遠賀川で仕掛けたのは、芦屋が遠賀川に面しているから。
そして宗像の祟りが鎮まらないのはその祟りをコントロールしている者が宗像領内に居ないから。
「旦那。
お楽しみ中の所悪いが話がある」
湯屋の外の障子から石川五右衛門の声が聞こえる。
果心に頷くと果心が障子を開けて石川五右衛門が入ってきた。
「おや?
やってなかったので?」
「昨日で打ち尽くして弾切れだよ。
で、話って何だ?」
有明の膝の上に寝っ転がったままだが、石川五右衛門は真顔で話し出す。
それは、末次平蔵の屋敷で佐々木小次郎に始末された刺客の話だった。
「奴がどこから入ってきたか分かった。
穴を掘って隠れていたらしい」
「待ってください。
八郎様が宿泊する前に周囲を確認したはず……」
「だから、その前から穴を掘って待ち構えていた。
それが何を意味するか分かるだろう?
で、主人の末次平蔵は出かけたまま未だ屋敷に帰らず」
逃げたな。
俺たちが入る前から穴を掘って待ち構えていた。
そんな事ができるのは、その屋敷の主人のみだ。
「次に柳川様からの言付けだ。
末次家は博多の豪商の家だが、その財はキリシタンとの交易で成したそうだ。
主に人を売って、唐より生糸を買い付けた」
さすが柳川調信。
末次平蔵が黒とわかった時点で背後関係を洗いにかかったらしい。
そこから見える、末次平蔵の背後は真っ黒だった。
「で、末次家で財を築いた当代の末次興善は、秋月の出身でキリシタンらしい」
石川五右衛門の報告を聞いて頭を抱えつつ苦笑する。
そりゃ、彼には俺を殺す理由がいくらでもあった。
「柳川様の推測だそうだが、『菊池則直とキリシタンを繋いだのが彼では』だと」
納得。
ここでも線が繋がった。
「それでは何故彼は宗像で祟りを起こしていたのでしょうか?」
お色の疑問の声に、俺が納得できる理由を提示する。
キリスト教が進出するにあたってそういう事が無いわけではなかったという闇の側面の一つ。
「彦山座主と同じさ。
宗像の祟りが続けば、否応なく宗像大社の神通力は消える。
その後で、南蛮の神が宗像に鎮座するのさ」
宗像の地は、博多と関門海峡の間にある海路の要衝にあり、そこを通る水軍衆は莫大な富と武力を持っていた。
布教と植民地獲得が一体化していたこの時期のキリスト教にとって狙うにふさわしい土地だったのだろう。
実際、宗像家は祟りを鎮めるためにあの手この手の地鎮を行ったが、その殆どが効果が無かった。
そりゃそうだ。
祟りの実行者がまつろわぬ民で、祟りの首謀者がキリシタンである。
なお、九州における大友と毛利の戦いが大友の勝利に終わって宗像家が従属すると、その祟りは表向きは沈静化する。
大友家がキリスト教擁護の姿勢をとっていたからだ。
「なるほどな。
彦山の失墜も狙っていたな。これは」
秋月家の利益とキリシタンの利益が相反しているが、末次平蔵の信仰というか狂信者の行動がキリシタン側に傾いた。
いや。彼が狂信者ならばここで逃げないか。
となれば、狂信者は末次興善の方だろうな。
問い詰めても『次男の暴走で、縁を切った』で逃げられる。
「とりあえず今日はここに泊まるぞ。
あの屋敷だと更に何か仕掛けがされていそうで怖いからな」
その後、大鶴宗秋が垣生村の太兵衛を捕まえたが、狙撃依頼が祟りを恐れる村の庄屋からの依頼である事に愕然とする。
いかに祟りがこの地で猛威を奮っていたか、それを鎮めるならばどれぐらい宗教的権威を高める事ができるかを思い知ることになった。
「しかしまぁ、湯屋というのは良いものですな。
一風呂浴びると、気分が違いますゆえ」
佐々木小次郎はいけしゃーしゃーと下で湯を浴びて浴衣姿で俺の前に出る。
着流し侍もなかなか乙なものだと思うが、手に持っているその物干し竿だけで殺気を漂わせていた。
「で、だ。
そろそろこの騒動も終りが見えてきた。
お前が斬りたい連中はまだ残っているのか?」
俺と佐々木小次郎の間には、上泉信綱ただ一人が同じく着流しで白湯をすすっている。
佐々木小次郎の警戒に加えて別の襲撃者対策と、完全にこちらの間者組織と俺の護衛は疲弊しきっていた。
だからこそ、彼を一人で抑えられると言い切った上泉信綱を睨みながら佐々木小次郎は笑顔を繕う。
「あと二人ほど。
一人は我が師である鐘捲自斎。
朝倉家が滅んだ時に毛利家に流れてそれがしに剣を教えていただいた方でございます」
にこやかに言い切る佐々木小次郎の目に曇りはない。
剣豪というのは、一人の達人を作る為に、一人の達人の血を吸わねばならぬような定めでもあるのだろうか。
そんな事を思っていた俺に佐々木小次郎が爆弾を投げつける。
「もう一人が毛利元就公直属の忍び、座頭衆の長で名では無く番号で呼ばれておりまする。
座頭衆の一、座頭一こそ、斬りたい相手にて。
奴は毛利元就公の命を受けて、大友宗麟様を討たんと姿を隠しているはすでございます」
てめぇ。
この祟り騒動の終わりを見越して、俺が嫌でも博多に走るように仕向けやがったな。
鐘捲自斎 かねまき じざい