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宗像鎮撫 その1 【地図あり】

挿絵(By みてみん)

 宗像鎮撫の手段は、基本こちらの旗のついた兵を宗像領内に走らせる所から始まる。

 それは、隣接する高橋領こと旧立花家との境界まで兵を動かす事を意味しており、小競り合いという名前の合戦が起きる可能性が無い訳ではない。


「薦野家と米多比家に使者を走らせろ。

 こちらがお屋形様の命で動いている事を知らせたならば、話は聞いてくれるだろうよ」


 旧立花家の重臣である薦野宗鎮と米多比直知は、高橋鑑種によって立花鑑載を討たれた後抵抗はしなかったが、自領に戻って中立を宣言。

 大友家の勢力が強くなったのを確認して使者を大友家に送っていたという。

 彦山川合戦の後だから、この二家は問題なく城を開けるだろう。


「殿。

 肝心の宗像家ですが、誰を何処まで派遣するおつもりで?」


 地図を見ながら大鶴宗秋の確認に俺は使える兵を選択してゆく。

 ルートは三つあって、芦屋から海岸線上を進み釣川河口から宗像盆地に入るのが一つ。

 木屋瀬から猿田峠を通って宗像盆地に入るルートが一つでこれは唐津街道の枝道になっている。

 最後の一つがかつて俺たちが水浴びをしていたお色を見つけた芦屋から妙見の滝へのルートである。

 宗像家掌握のために確保しないといけないのは、四つの拠点。

 本拠地白山城に岳山城、宗像大社にそれを守る片脇城の四つである。


「木屋瀬から白山城に岳山城を抑えるのは小野鎮幸を大将に、白井胤治と野崎綱吉と土居宗珊をつけて兵千五百で。

 芦屋から海岸線上を進んで釣川河口までを吉弘鎮理を大将に、渡辺教忠と矢野政秀と島津忠康をつけた兵千八百で。

 俺達は復興の状況を見ながら本陣を木屋瀬まで移動する」


「ねぇ。八郎。

 ちょっといいかしら?」


 俺の話にめずらしく有明が口を挟む。

 彼女の口から出たのは、意外な提案だった。


「私達、妙見の滝にお礼参りに行きたいのだけどどうかな?」

「まあ、ここまで来れたのもあそこでお色を拾ったからというこじつけもできるな……私達?」

「ええ。

 八郎も入れて奥のみんなで、一緒に博多まで」


 有明の笑顔を前に俺は目を閉じて考える。

 有明は暗にこう言っているのだ。

 『祟りがやばいから逃げましょう』と。


「めずらしいな。

 有明がこういう事を言うなんて」


 軽口をたたきながら、有明の真意を探る。

 そこで有明の口から出てきたのは、すでに始まっていた祟りの仕掛けだった。


「木屋瀬に派遣した御陣女郎達からの話。

 あそこは宗像の民が商いで木屋瀬まで来るのだけど、宗像から来た商人から聞いたらしいわ。

 『宗像の祟り姫を囲っている八郎様は、いずれその祟りの報いを受けるだろう』だって。

 今、宇和島に帰れないのは私でもわかるし、そうなったら一番安全なのはここじゃなくて博多よ」


 祟りの仕掛けというのは、事前予告がどうしても必要になる。

 因果応報という訳ではないが、祟りの結果に導くためにその祟りに触れたという前兆を用意しなければならないのだ。

 つまり、俺たちを対象とした祟りが既に動き出している。


「もうひとつあるわ。

 こっちの方が多分厄介よ。 

『宗像の祟りは成就し、今の宗像家に関わる者たちに害を与えるだろう』と。

 御陣女郎達が彦山僧兵達から聞いたらしいけど、その祟りで宗像領内で犠牲者がかなり出ているらしいって」


「何だと!?」


 宗像の祟りは山田事件と呼ばれる宗像家内部のお家争いが元になっている。

 このお家争いで破れた連中の一部が英彦山に逃げ込んだのだ。

 これに対し、英彦山側は宗教施設という中立性を盾に彼らを保護したが、大内家を滅ぼしたばかりの陶晴賢に彼らを見逃す余裕は無く、その圧力に屈した宗像家は追っ手を差し向けて彼らを粛清したという。

 面子を潰された英彦山からすれば報復の機会な訳で、

 有明が言った二個目の祟りは、そんな英彦山側の連中の報復と見たほうがいいだろう。


「なるほどな。

 こうなる事がわかってて、宗像は俺の庇護下に入ろうとした訳だ。

 で、その祟りの規模は?」


 納得した俺に大鶴宗秋はその祟りの規模を告げる。

 その言葉に背筋が凍りついた。


「およそ数千から下手したら万は行くかと」


「何でそんなにいるんだ!?」


 たまらず叫んだ俺に、大鶴宗秋は苦虫を噛み潰したように言う。

 その事実は、納得すると同時に、頭を抱えたくなるものだった。


「彦山川での大戦にて、行方知れずとなった者達を考えれば、これでもまだ少ないかと。

 その中で、河原者の数が急に増えたと報告が上がっております」


 河原者とはまつろわぬ民であり、遠賀川を中心とした連中の源流の一つに壇ノ浦で滅んだ平家残党というのがある。

 河童の特徴である鱗と頭の皿は水辺から這い上がった落ち武者と特徴がとてもよく似ているからだ。 

 そんな河原者が、彦山川合戦後に急膨張しているらしい。

 理由は簡単。

 毛利軍の落ち武者連中がここに隠れているからだ。

 合戦における死亡率は大体一割程度と言われている。

 彦山川合戦は両軍合わせておよそ四万の兵が激突し、約二万の損害が出ているのだが、毛利軍の損害はその内一万五千と言われている。

 そこから計算すると、死者は千五百人ぐらいしかおらず、捕まったり落ち武者狩りにやられたり、そのまま人知れずに消えたりと多く見積もっても三割の四千五百程度。

 つまり残りの行方が分からない。

 合戦後、猫城に逃げ込んでうまく帰国できた連中もいるし、英彦山に逃れた連中もいるだろう。

 彼らの見積もりをどれぐらいにするにせよ、数千の行き場の無い連中が河原者として落ちてきた。

 その軋轢はすさまじいものになっている。

 で、この地は宗像の祟りが蠢いている。

 祟りを隠れ蓑にした夜盗が跋扈するのもある意味当然と言えた。


「宗像の連中は対処できないのか?」


 さすがに状況が悪すぎて俺が吐き捨てると大鶴宗秋が仕方ないという風体で首を横に振る。


「祟りを名乗っている連中を蹴散らして実際に祟りを食らったらどうなさるおつもりで?

 しかも、実際に宗像はそれで祟りを食らっております。

 お忘れですか?

 彦山川合戦で宗像家の当主が落ち武者狩りにやられた事で、宗像の祟りは成就してしまったのですぞ」


 詐欺にあった連中は再度詐欺に引っかかるというが、なまじ祟りを食らっているだけに宗像側の躊躇が凄いことになっていた。

 いまや宗像の地は、祟りの名目ならば何をやっても許される無法地帯になろうとしていた。


「何でこんな状況で河津殿はこっちに出向いて来ているんだ?」


「こんな状況だからこそでございます。

 領内だと祟りのせいで兵が怯えますが、毛利は祟りではございませぬ」


 目に見えない祟りより、目に見える人の方が怖くない。

 清々しいまでの迷信恐怖症だが、この時代の祟りは本気で怖いと分かっているがゆえに、それを笑い飛ばすことができない。 

 だからこそ、有明は博多に逃げるようにと口を挟んできたのだ。

 後ろに下がれない以上、安全地帯は自治都市である博多しか無い。

 有明のルートはかつての逆を行くので、宗像家の本城である白山城や岳山城を釣川を挟んだ南側を進むので比較的安心して博多まで突っ切れるメリットがあった。


「それでしたら木屋瀬から唐津街道を通った方が良かったのでは?」


「それをすると猫城包囲陣の裏を通ることになる。

 あの佐々木小次郎相手に背中を晒すなんて御免だな」


 大鶴宗秋の言葉に俺がツッコミを入れる。

 有明のルートだと芦屋に行かないといけないから、木屋瀬の方に行かずに遠賀川を渡ればいいというメリットもあった。

 また、陸路が怪しい場合は恥を忍んで海路博多へという選択肢が取れるのも大きい。


「その案には賛成ですが、でしたら少し彩りをつけてみてはと」


 柳川調信が伝林坊頼慶を連れて入ってくる。

 伝林坊頼慶は小箱を抱えていて、それを開けると輝くばかりのお宝が姿を現した。

 黄金の猫の像が二体。

 宗像家に伝わる金の猫という家宝である。


「そういえば、立花家から買っていたな。

 よく覚えていたな。それ。

 たしか金の猫の像は一体だったと思ったが?」


「宇和島で作らせたんです。

 元々、こいつも呪いの品ですからな。

 祟りを抑えるには祟りが一番でしょう」


 今蠢く祟りを更に古い祟りをもって封じ込める。

 やり方は蠱毒に近いが、祟りを名目に好き勝手している連中のロジックは破綻するので悪くない手ではあった。


「何を考えている?」


 俺の言葉に柳川調信がニヤリと笑う。

 祟りを封じるのではなく、『上書き』し『分割』させて表に出た所だけを『処理』する。

 この地に奉行として長く居たからこその彼の策の真骨頂だった。


「はっ。

 まずは、宗像の家宝である金の猫がこちらにある事を芦屋と木屋瀬にて知らしめます。

 そこに八郎様が金の猫を更に一体造り一対にした事も晒せば、宗像家の家督継承の証として皆が勝手に思い込むでしょう。

 そのお披露目にはお色様を前に出したく存じます」


 柳川調信の言葉に俺と有明の顔が曇る。

 お色を危険に晒せと言っているに等しいからだ。

 だが、それについて入ってきた別の声が了承を告げた。


「構いませぬ。

 八郎様の恩義を返すのは今かと」


「……柳川殿。

 仕組んでましたね?」


 珍しく怒気を含む有明の顔に俺も察する。

 柳川調信は先にお色に話を持って行き、彼女の了承を経てからここに話を持ち込んだのだ。

 そのお色がらみで逃げろと進言していた有明からすれば面白いわけではない。


「有明様。

 色々な配慮に感謝を。

 ですが、これは宗像の祟りなのです。

 この地に来た以上、逃れるつもりはございませぬ」


 ぴしゃりと言ったお色はそこで笑顔を見せる。

 彼女もまた武家の姫。

 こういう時の腹のくくり具合が違う。


「続きを話します。

 この金の猫は宗像家に帰る事を周知させる為にも、宗像大社に一度入れた上で宗像家に返す必要があります。

 それは祟りを行う物の怪どもに見せる隙となりましょう。

 仕掛けるならばそこかと」 


「何を仕掛けると?」


 横から口を挟んだ大鶴宗秋に柳川調信はあっさりとそれを言った。


「残っている毛利の落ち武者達の帰還ですよ」


 この話は、怨霊蠢く地にその怨霊の実行者になりかねない毛利の落ち武者が大量に隠れている事が問題の複雑化の一因になっていた。

 ならば、それを取り除いてやる事で、事態はずっと楽に処理できるのだ。


「石見に向かう神屋の船は必ず赤間ヶ関に一度寄港します。

 そこまでの船賃幾らと分かるように、既に周辺の村々に立て札を立てさせる事を命じました。

 同時に、木屋瀬宿復興の為の人足の募集をかけています。

 払う銭は船賃に少し色をのせておきます。

 遠賀川の河原者についてはこれである程度片がつくでしょう」


「釣川の河原者については?」


「正直、読めない所もありますが、残っている兵の規模を考えたら数百が限度かと」


 柳川調信が語り終わって頭を下げる。

 その規模ならば、宗像領に派遣する手勢で踏み潰せる。


「わかった。

 ただし、お色に無理をさせるな」


「仰せのままに」


 話は終わりと思ったら、それを見計らって篠原長秀が入ってくる。

 顔を見て、これは厄介事だなと悟ったら案の定だった。


「殿。

 客人が。

 佐々木小次郎殿が殿にお会いしたいと。

 『殿を狙う襲撃者についてお話がある』との事」


 佐々木小次郎からのタレコミ。

 それが次の剣豪対決の幕開けとなった。 

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