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猫城包囲 その3

 敵城の開城交渉を行う場合、第三者の仲介が必要になる。

 大体の場合は現地の寺社がそれを仲介し、そのためにその地域で徳の高い高僧は同時に外交官として扱われることになる。

 今回は無血開城を狙い、味方になった英彦山や宗像家が絡んでいる事もあって彼らのコネを使うことにした。


「博多萬行寺の住職を務めておりまする正海と申します」


「一向宗の僧ですか。

 このような場にて会えるとは」


 素直な俺の声にどうみても武人にしか見えない坊主である正海はニヤリと笑みを浮かべる。

 こいつは徳の高い僧というより、やむなく僧になった武士という方が正しいだろう。


「そういえば主計頭様は、我らが宗主と会ったことがあるとかで?」


「はて?

 田舎侍なれば会えるほど徳を積んでおりませぬよ」


 かつて三好長慶の使者として石山本願寺に行ったことを知っているというアピールである。

 こっちはそれをごまかしたのは、あの面会があくまで秘密裏のものだという姿勢で、こちらが知っていると言えば向こうのお願いを聞かないといけない可能性が出るのだ。

 それは相手も分かって言っている外交のお約束である。


「ははは。

 そんなに固くならずも構いませぬよ。

 拙僧とて元は武士の出。

 一族の者が加州大将としてもてはやされているのに、拙僧は武も学も徳も無い故にこのような所で経を読む日々を送っているだけでしてな」


 その一言に俺の視線が厳しくなる。

 加州大将……こいつ七里頼周の縁者か。

 さらりと言っているが筑前国博多での住職が経を読むだけで終わる訳もなく、商都博多の一向宗の窓口として有能な人間を送り込んだに違いないのだ。


「たしか加賀国は織田家相手に奮戦なさっているとか?」

「越前の戦に負けて追い出され、相手が長島で手一杯を奮戦というのならそうでしょうな」


 仲は悪いと。

 つらつらと本題に入る前の枕として聞いていたが、越前国九頭竜川における織田家と一向宗の決戦で大敗した事で逆に内部統制が可能になったらしい。

 一向宗と国人衆のごった煮でヒャッハーと攻め込んで壊滅したので、残った話のわかる連中が本願寺に頭を下げたというなんというか色々と突っ込みたい所ではある。

 加賀国がこんな状況だったから織田家が攻め込めば鎧袖一触だったらしいが、織田家は東の武田家との戦いがあったので加賀は後回しにされたという訳だ。

 織田家は長島一向一揆掃討失敗のダメージから動けず、武田家が弱った事を見た越後国上杉家が信濃国にちょっかいを出したので、北陸の一向一揆は一息ついているらしい。

 公方様こと足利義昭が主導した播磨攻めが大失敗に終わった事で幕府の権威は落ちているが、同時に何か火傷を負うような火遊びができなくなった事で畿内情勢は穏やかな凪になっているらしい。

 一向宗の本拠地である石山本願寺が管領細川家の領地内にあるから織田信長も石山本願寺攻めを強行できず、西国門徒の力を借りて一向宗は戦力を立て直そうとしていた。


「拙僧がこのような場に来たのも、安芸国の門徒を帰してやる事が目的でな。

 猫城に残った者たちを無事に帰せたらと思ってこの話に乗ったまで」


 いつの間にか本題に成っていたので、俺は正海に対して質問をする。

 ぶっちゃけると無血開城が目的だから、譲歩の余地はいくらでもあったのだ。


「住職にお聞きしたいが、こちらも戦は終わったものと考えており、猫城に篭っている彼らを帰してやりたいのだ。

 そのために確認しておきたいが、住職が猫城に入る事は可能か?」


 敵味方の間を取り持つから、この手の高僧がスパイになる事は多々ある。

 そのために城に入れるのを拒絶したり、高僧を殺して首を投げて交渉決裂のしるしにする事も良くあった。

 まず相手側とコミュニケーションが取れるかどうかの確認である。


「今すぐは無理でしょうな。

 彼らも気が立っておりまする。

 矢文で拙僧の文を投げてくだされ。

 それに合わせて、芦屋より荷駄隊を送ろうかと」


 猫城を人質として見たら、まんま誘拐事件に当たるのか。これ。

 まずは信頼を得る所から始めないと交渉すら行えないと。


「主計頭様にお聞きしますが、猫城の開城はお急ぎなのですかな?」


「と、申しますと?」


「大友宰相殿の出陣はこちらにも届いておりまする。

 宰相様が博多に入った後だと、茹でられた貝のようにあの城は開きましょう」


 猫城の籠城にも理由があり、その理由は主戦場である博多が落ちるまでは粘るというものだと正海は言っているのだった。

 猫城奪還戦は一応俺の私戦扱いなのだが、それを知らぬ人間が見れば博多を巡る戦いの一つに組み込まれていると考えてるのは当然だろう。

 ここで問題になるのは、大友宗麟の博多入城の際に付き従っている連中が論功行賞で有利になるという訳で、正海の前で俺は少し考え込む。


「お屋形様の博多入城には付き従った方が見栄えはいいのだろうなぁ」

「むしろ、それを考えたからこそ、拙僧を呼んだと思っていましたぞ」


 ここで時を失わずに数千の兵で博多に先回りして大友宗麟を歓待すれば、査定に大きくプラスという訳だ。

 普通の家臣ならそれでいいのだが、俺がそれをすると粛清待ったなしなんだよなぁ。

 他の重臣のヘイトが確実に集まるから。


「大友殿にお聞きしたい。

 無血開城についてなのですが、城兵の命を助けて国に帰すという事でよろしいのか?」


「……?

 普通そうではないのか?

 住職は何を言っているのだ?」


 俺の不審そうな声に正海は近づいて声を潜めて俺の耳に囁く。

 それは俺にとっては爆弾に等しい厄介事だった。


「あの城には毛利軍が九州で動く為の銀が蓄えられていると博多で既に噂が流れております。

 その内訳は銀一万貫は堅いと」


 直感で悟る。

 これは毛利元就の謀略の置き土産だ。

 そうなるとこの地に長く滞在するのはまずい。

 この置き土産が意味することは、俺をこの地に縛り付けておく事だろうからだ。

 だが、その意味は何だ?

 脳裏にこの間の会見が映る。

 あのムダに長い物干し竿をもった若武者は明らかに俺を狙っていた。

 俺を殺す事を毛利元就が諦めていないならば、刺客として……っ!


「……主計頭様?」

「ああ。すまない。

 欲に目がくらんだ」

「ですな。

 それだけあれば、本願寺の苦境も少しは助けられましょうて」


 やっと彼がここに居る理由を理解する。

 彼らもタダ働きはしない訳で、当然それ相応の謝礼をもらう訳だ。

 彼の狙いはその銀一万貫で成功報酬で一割渡してやったとしても銀千貫。

 今の石山本願寺にとって喉から手が出るほど欲しい財源だろう。

 重要なのは、本当にその銀があるかどうか分からない点で、毛利はこの地での活動に石見銀山の銀を垂れ流し続けたという過去がこの噂を強固に補強していた。

 俺が猫城を力攻めで落とす可能性を考慮して、分かりやすい欲でそれを縛りに来た訳だ。

 これからもその銀を狙ってやってくる有象無象を俺はあしらい続けないといけない。

 それでこの銀がなかった場合は俺の丸損になるが、銀一万貫ならまだ致命傷にはならないのが救いである。

 それ以上に、ここで拘束されるだろう時間のほうが痛かった。


「住職殿への礼は忘れぬつもりだ。

 とりあえず、五百貫の証文をここで用意しよう。

 無事に猫城が開いたら、更に五百貫を」


「善行を積むのに礼を期待したら意味がございませぬが、銭無くば民を助けられぬのもまたこの世の真実。

 主計頭様の篤志に感謝を」 

 

「何かあったら、大鶴宗秋に言付てくれ。

 期待している」


 立ち上がって俺は部屋を出る。

 当たり前のようについてくる男の娘だけに聞こえるようにして、俺は低く呟く。


「皆を集めろ。

 毛利元就がまた罠をしかけてきたぞ。

 できるだけはやくここから動く」


 それに対する男の娘の真顔での返事に俺は袋の鼠となった事を悟った。


「ご主人。

 動くって何処に?

 後ろはあまり仲が良くない大内輝弘殿。

 南は明らかに二心がある彦山と未だ大友に忠誠を誓っているとは言えない秋月で、西は祟り蠢く宗像じゃない。

 海路船で府内や宇和島に帰ったら、猫城をどうして落とさなかったのかって責められるよ」

5/12 タイトルを猫城開城から猫城包囲に変更

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