彦山川合戦 決着
某薩摩人の影に隠れるけど、地味に大友家もガンギマリ。
香春岳城
八 凸
■■ 金田陣
■■ 凸
■ 吉弘
■■戸■■■
毛 小 ■■■■■■ 金辺川
■ 吉川 ■
■ ■鍋
■ ■
中元寺川 彦山川
大友軍 一万二千六百
戸次鑑連勢
戸次鑑連 千
十時惟忠 二百 戸次鑑連指揮
安東家忠 二百 戸次鑑連指揮
高野大膳 二百 戸次鑑連指揮
朽網鑑康 四百
佐田隆居 四百
由布惟信 百 本陣守備 戸次鑑連指揮
安東長好 二百 本陣守備
香月孝清 二百 本陣守備
曾根宣高 六百 本陣守備 根来衆
鹿子木鎮有 百 本陣守備
三千六百
吉弘鎮理勢
吉弘鎮理 四百
城戸直盛 四百
土居清良 五百
桜井武蔵 三百 土居清良指揮
小野鎮幸 四百
白井胤治 四百 小野鎮幸指揮
二千四百
大友鎮成勢
大友鎮成・有明・果心・井筒女之助・柳生宗厳・石川五右衛門・薄田七左衛門
佐伯鎮忠 二百 馬廻
大鶴宗秋 二百 大鶴鎮信 大鶴家郎党
野崎綱吉 三百 雑兵化
古庄鎮光 三百 雑兵化
上泉信綱 二百 雑賀衆
多胡辰敬 九百 多胡家郎党+尼子家旧臣
二千百
鍋島信生勢
鍋島信生 二千 小河信俊
木下昌直 五百
百武賢兼 五百
江里口信常 五百
上瀧信重 五百
犬塚鎮家 五百
四千五百
毛利軍 七千五百
毛利元就勢
毛利元就 四百
飯田隆朝 五百
仁保隆慰 五百
九百
小早川隆景勢
小早川隆景 千
杉原盛重 八百
坂元祐 八百
財満忠久 三百
津島通顕 三百
三千二百
吉川元春勢
吉川元春 千八百
天野隆重 八百
佐藤元正 八百
三千四百
俺達が金田陣を視野に入れた時、大友軍と毛利軍の死闘は佳境に入っていた。
戸次鑑連本陣の突撃という状況に、俺の馬印を見つけた伝令が次々と報告を俺に告げてゆく。
「戸次様本隊と朽網隊及び佐田隊が小早川勢と戦っております!」
「由布惟信殿より『本陣に入ってもらい、残兵を指揮して小早川勢に攻撃を』との事!」
「吉弘鎮理殿より『独自に動く』との事!」
「竜造寺家の使者が本陣にてお待ちでございます!」
「敵小早川勢の抵抗しぶとく、吉川勢からも後詰を受けている模様!」
その情報の氾濫に溺れることなく、俺は指示に順序を出してゆく。
「まず、本陣に入ったら少し休憩する!
駆けてきた隊はそこで体を休ませろ!!
本陣残存兵力の再編は大鶴宗秋と由布惟信に任せる!
吉弘鎮理には『好きに動け』と返しておけ!」
その上で馬上から必死に戦況を確認する。
起こっていると思っていた毛利元就の率いる騎馬隊の突撃が発生していなかった理由は簡単で、小早川勢を押しているとはいえ戸次勢は上陸できずに川中で戦っていたからである。
騎馬の機動力も水中では意味がないが、同時に戸次隊の継戦能力が水でどんどん低下している事を意味していた。
ここで救援に向かいたい所をぐっと我慢して、金田陣に駆け込む。
金田陣には思ったより兵力が残っていた。
「おお!
お待ちしておりましたぞ!八郎様!!」
実に嬉しそうな顔で出迎える由布惟信の顔を見て俺は露骨に顔をしかめる。
やりやがった。
戸次鑑連の気遣いという策に勘付いた瞬間である。
「残った隊の兵は少なくて、束ねる旗頭が欲しかった所。
毛利元就が出てきたら、八郎様御自らの手で討ち取って頂きたく」
「その割には、俺が連れてきた根来衆が丸々残っているのはどういう意味だ?」
馬から降りて不機嫌全開で尋ねる俺に、由布惟信は堂々と言い放った。
忘れていた。
修羅の国九州に根付いただけあって、大友家もまたガンギマリという事を。
「はっ。
我が殿より、『毛利元就か小早川隆景が出たら、自分ごと射抜け』と……」
「却下だ!たわけものぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
キレた俺の怒声に周囲の視線が俺に集まるが、元凶の由布惟信は何が悪いのか分かっていないのか、更に説明を続ける。
価値観の違いによるコミュニケーションの摩擦が、指揮の混乱を引き起こしつつあった。
「何をおっしゃいますか!
ここで毛利の首を落とせば、我が殿の首が落ちてもお釣りが来るというもの」
「来るか馬鹿者!
残された俺の身にもなれ!!」
首をかしげる由布惟信。
本気でわからないらしい。すげぇ。
「何も問題ないのでは?
この戦いの功績を持って、晴れて八郎様は加判衆の座に座れましょうて」
その時の俺の顔を自分が見れなかった事をこれほど嬉しいと思ったことはなかった。
なんだこいつらは?
家が大事という事は分かるし、その為に自分の命を差し出すことも厭わないというのも知ってはいる。
だが、ここまで家の事を考える事ができるのは何故だ?
「……戸次の家はどうするつもりだ?」
「一族が多いので誰がに継がせてもよし。
八郎様と政千代様の間にできた子に継がせてもよし。
何も問題がございませぬ」
そういう事か。
俺と政千代の縁がうまくいっており子供ができたら戸次家を任せてしまう事で、戸次家は大友同紋衆の義務を果たしたという訳だ。
すげぇ。
本当に家本位で、戸次鑑連本人の意思が微塵も入っていない。
「お忘れかと思いますが、我が戸次家は元は大神国人衆の流れを組み、それを大友一族から養子をもらって同紋衆となった家でございます。
だからこそ、その恩を血によって示さねばならぬのでございます。
その血を流すのは、兵だけではございませぬ!」
こんな事をされたら、いやでも大名はその信頼に報いなければならない。
その結果、大友家同紋衆は合戦における討死率がかなり高い。
「ご主人!ご主人!!!」
コミュニケーションの摩擦による指揮の混乱は少しの空白を生む。
だが、その空白で起こった出来事に俺の頭は真っ白になる。
その情報を告げてくれた井筒女之助も真っ青だった。
「吉弘鎮理勢が竜造寺勢に向かって進撃している!!
竜造寺勢は味方じゃなかったの!?」
「………………は?」
香春岳城
凸
■■ 金田陣
■■ 凸
■ 八
■■戸■■■
■毛小吉川■■■■■■ 金辺川
■ ■ 吉弘
■ ■鍋
■ ■
中元寺川 彦山川
「八郎様!どういう事か!?」
竜造寺家の使者として来ていた小河信俊は今にも斬りかかりそうな形相で俺を糾弾する。
その為、間に柳生宗厳と薄田七左衛門が入って小河信俊を斬れるように警戒していたり。
「それはこっちの台詞だ。
まさか、吉弘勢に攻撃なんてしていないだろうな?」
「旗幟を鮮明にしたのにどうして味方に攻撃しましょうか!」
「両天秤をかけていたのは事実だろうが!
こっちも、状況が分からんのだ!!」
吉弘鎮理の金辺川渡河に真っ先に反応したのは吉川元春勢である。
全力で小早川隆景の後詰めに出向いて、戸次鑑連の撃破に賭けたのである。
それができなかったのは、陣の外から聞こえる轟音のおかげだろう。
上泉信綱と曾根宣高指揮の雑賀・根来衆鉄砲隊の河川越の威嚇射撃だった。
勇猛な吉川勢とはいえ、鉄砲の威嚇射撃下で部隊規模の戦力投入を川中に送ることはできなかったのだ。
そんな状況なのに、戸次鑑連勢は川中でまだ戦っている。
多胡辰敬率いる安東長好・香月孝清・鹿子木鎮有の諸隊を救援に向かわせて何度も後退を指示しているのに、戸次鑑連は下がろうともしない。
既に行動限界に達しているはずなのだが、一向に崩れない。
あとで知った事だが、戸次鑑連隊は実は足軽・飛び道具・騎馬三部隊構成で編成されており、特に弓・鉄砲に長けた者を二手に分けた上に『早込』という独自技術を習得したことで、他家よりも鉄砲の発射速度が三倍速い速射を行えたという。
こいつらの制圧射撃が毛利軍を容易に近づかせない。
次に、長刀を装備した足軽連中が毛利の槍隊の槍を片っ端から切り落としてゆく。
戸次家にはどうもこれ専門の流派である『影流』という流派があるとか。
で、無力化した槍にこちらの槍隊が突っ込んで、蹂躙すれば後は騎馬隊の出番である。
これら一連の流れを『長尾懸かり』と言うらしい。
前日に陣を作っていた佐田隆居が居た事もあって、浅瀬を知って戦っている戸次勢の最前線にある輿にて戸次鑑連が指揮を執っているが、小早川勢も吉川勢もこれに近づけない。
だが、そんな幸運がいつまでも続くとも思えない。
「吉弘勢!
彦山川を渡りだしました!!
竜造寺勢もこれに続いています!!!」
俺と罵り合っていた小河信俊がその報告を聞いて、とりあえず矛を収める。
吉弘勢の不可解な動きが納得できたからだ。
「……どうも吉弘鎮理は、功績を鍋島殿に譲るらしいな」
やる気のなかった竜造寺勢への脅し。
竜造寺勢の目の前で渡河して竜造寺勢が渡河しなかったら『何をやっていた?』と突っ込まれるのは目に見えている。
俺と同じく勝っていてこれ以上の功績のいらない竜造寺勢は、吉弘鎮理のガンギマリな行動によって戦に引きずり込まれた。
「これ以上の功績があれば竜造寺が妬まれましょう」
小河信俊の返事も予想していたものだった。
俺と竜造寺は立場が違えども、この合戦そのものに何の価値も見出していなかった。
「奇遇だな。俺もだ。
だが、吉弘鎮理といい、戸次鑑連といい、功績を譲るのが好きなお人好しらしくてな。
存分に手柄を立てられると良い」
小河信俊と皮肉のやり取りをしている俺たちの顔は、互いになんとも言えない顔になっているのだろう。
ため息を一つついて、小河信俊は懐から鍋島信生からの書状を俺に差し出す。
「こちらが、大友についた理由でございます」
そこに書かれていたのは、府内におけるやり取り。
既に竜造寺は調略で高橋家にクーデターを起こし、高橋鑑種を幽閉していると書かれていたのを見て、竜造寺家の功績の高さを思い知る。
書状を握りしめ、本当にこの戦はする必要がなかったという事を思い知らされて、笑いたくなるのをぐっと我慢する。
「竜造寺は大友に、八郎様に賭け申した。
それをお忘れなきよう」
「その賭け札は、ここで流す血と心得よ。
戸次鑑連が死んだら、俺も鍋島信生も毛利によって首を落とされるぞ。
それを伝えて、もう少し真面目に戦をしろと伝えてこい」
「……かしこまりました」
小河信俊が去った後、隣りにいた有明に俺は投げやりに言ってのけた。
戦はほぼ勝敗が決しようとしている。
「有明。
俺、また側室が増えるらしいぞ。
竜造寺家の娘で子持ちだそうだ」
「あらあら。
本当に閨で討ち死にするかもね」
さして困っていない顔で有明が苦笑する。
ここでの戦はあくまで戸次鑑連の戦であり、吉弘鎮理の戦である。
俺の、大友鎮成の戦ではない。
「申し上げます!
吉弘勢が吉川勢に横槍を入れだしました!
吉川勢崩れております!!」
「竜造寺勢が毛利騎馬隊の手に阻まれて、包囲が遅れています!!」
「小早川勢が崩れています!
戸次勢は後退しており、追撃を八郎様にと!!」
それでも、戦況は刻々と動いており、俺は最後の役者として戦場に出ないといけなくなる。
追撃の最後の切り札として。
毛利元就の首をとる者として。
「出るぞ!」
「八郎様が出るぞ!
隊列を整えよ!!」
「残っている兵は集まれ!
今こそ手柄を立てる時と心得よ!!」
当たり前のように有明を馬に乗せて、俺は将兵の前に姿を見せる。
馬廻り二百、大鶴宗秋指揮の八百。
それが、俺に残っていた兵だった。
「高橋鑑種。
家中の謀反で押し込められたらしい」
有明に聞こえるように言った一言だが、有明からの返事は無かった。
香春岳城
凸
■■ 金田陣
■■ 凸 木
菊■八 戸
■■■■■■
■小吉川 ■■■■■■ 金辺川
■ 吉弘■
■ 毛鍋 ■
■ ■
中元寺川 彦山川
戦いは掃討戦の段階に移りつつあった。
ここでどれだけ追撃できるかで毛利軍への打撃が決まると言ってよかったが、さすが毛利軍というか崩れているにも関わらずその戦いは統制が取れたものだった。
戦い疲れた戸次勢が川から上がった隙を突いて小早川勢が撤退を開始。
吉川勢と吉弘勢の戦いは、金辺川と彦山川と二回も渡河した上に寡兵の吉弘勢の攻撃を吉川元春自身が必死に食い止めて退路の確保に努めていた。
そして包囲の主力になる竜造寺勢だが、わずか四百の毛利騎馬隊に良いように蹂躙されていた。
考えてみればある意味当然で、兵のほとんどが反大友家の彦山僧兵によって構成されている上に、調略で武功を確保しているのでこれ以上の功績は必要ない。
吉弘勢への横槍を防げばいい程度の考えしか無いから、自分達が攻撃を受けると簡単に脆く崩れる。
だが、そこから勝ちに持っていける体力と気力が毛利軍には残っていなかった。
ほぼ無傷の四千五百の兵力というのはそれだけの意味があり、たとえ足止めはできても鍋島信生の将才は本物で、彦山川を渡河した事で死地に入った竜造寺勢は毛利軍に殺されない為に全力を出さねばならなかったのである。
「お味方が!
お味方が現れましたぞ!!」
香春岳城入城を目指していた木付勢の早馬に大友軍に歓声が広がる。
仲哀峠を越えてきたのは大内輝弘を大将にした簑島城の軍勢で、軍監として田原親宏と更に府内から臼杵鑑速と佐伯惟教の手勢に加え、居城簑島城に帰り着いた杉隆重と城井鎮房の戸代山合戦で負けた二人が汚名返上と兵を伴って加わっていた。
その兵力はおよそ三千。
かれらの軍勢が香春岳城に入った事で、香春岳城の破壊工作は沈静化し、木付鎮秀が彼らの先導として戦場に戻ってきたのである。
「門司に入られても香春岳の合戦で負けたら、周防長門の国衆は靡きませぬぞ!」
「大内家を継ぐならそれに相応しい武功を。
大内義胤殿にはまだそれがありませぬ」
と、大内輝弘をその気にさせた田原親宏と臼杵鑑速の才覚が光る。
というか、彼らの手勢を運んだ佐伯惟教率いる佐伯水軍の全面協力が無かったら、この手勢は簑島城になかったのだから彼らに足を向けて眠れない。
足掻いて、藻掻いて、繋いだ縁がここに現れる。
それを宿命というのならば、対岸の敵もまた宿命なのだろう。
「対岸に敵勢が!
旗印から麻生・秋月・菊池と思われ、その数は三百!!」
勝ちは決まった。
する必要のない戦だ。
それでもまだ戦う理由がある。
そんな戦いが、彦山川と中元寺川の合流点あたりで幕を開けた。
そんなガンギマリエピソードの一つ。
http://www1.bbiq.jp/hukobekki/hahago/hahago.html
戸次家も実に頭がおかしいと思う……