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彦山川合戦 急変

ドリームマッチ。

はっじまるよー♪

「しかし、よく首が落ちなかったね?」


 再編作業中は大将である俺はすることがないので、男の娘が何となしに話しかける。

 こっちも暇なので、そんな戯言に付き合う。


「まったくだ。

 あのまま突っ込んできたら、半々で俺の首は落ちていたかもな」


「半々?

 意外に落ちないと思っていたんだ?」


 陣の外では散った足軽をかき集めている。

 その外では倒れた毛利の足軽に槍を突き刺してとどめを刺している光景が見えていたりする。


「崩れるとは思ったが、そこから首を落とすのが難しいんだよ。

 見れば分かるが、生き残っている連中結構いるだろう?」


 俺の提唱した騎馬隊は機動力による部隊の無力化が基本だ。

 だからこそ、無力化した後の兵の生死は基本的に問わない。

 逃げ散ったのをかき集められるならば、こうやって再編ができるのが欠点といえば欠点なのだろう。


「ちなみに、逃げる時には僕に言ってよね。

 ちゃんと逃してあげるから」


「それ果心から聞いたが、そのあと俺に迫るのはやめろ」


「えーっ!

 戦の習いじゃない!!」


 実にあざとく怒るぺたん娘の井筒女之助だが、御陣女郎姿がまたはまっているから困る。

 ついでに言うと、これで仕事を忘れないから叱れない。


「鷹取山城からの物見から。

 戸次勢が小早川勢に猛攻をかけているって。

 吉弘勢は後詰を戸次勢に送っているけど、竜造寺勢が毛利を攻撃しだしたから少し下がって兵を再編させているみたい」


 おそらく、吉弘鎮理を追撃戦の切り札にするつもりなのだろう。

 俺の軍勢が崩壊したのもあって追撃の手駒が足りない可能性があるからだ。

 戦には勝っているのに、合戦に手を抜かないあたり戸次鑑連という武将の真髄が見える。


「結局、毛利元就が俺の首を落とさなかったのはこれが原因さ。

 俺はこの戦の大将ではないからな。

 俺の軍勢が崩れたぐらいで戸次鑑連は攻撃を止めない。

 本陣蹂躙をするのならば、戸次鑑連の陣でしないといけないんだよ」


 あの戸次鑑連の本陣相手にである。

 それだけでも俺はいやだねなんて言うのは野暮なのでそのまま説明という名の独り言を続ける。


「あの時の毛利元就の騎馬隊はおよそ五百人。

 こっちは、それ以上の兵に御陣女郎達の崩れに巻き込まれたけど多胡辰敬隊が居た。

 蹂躙するには時間が足りなかったんだろうな」


「高田隊と雑賀衆を崩した宍戸隊が本陣にちょっかいをかけていたら?」

「その時には、雑賀衆の鉄砲が毛利騎馬隊を射抜いていたさ。

 毛利元就にとって想定外だったのは、俺が指揮権を主張しなかった事だろうよ」


 これだけは確信を持って言う事ができた。

 大友家は戦国大名に成り切れない組織ゆえに、どうしても同紋衆という一族出の譜代を加判衆という最高意思決定機関に座らせた者を大将として送り出す必要があった。

 しかも大名は守護大名時代の名残でお飾りよろしく後方に控え、複数の加判衆が合議して決めるスタイルである。

 指揮系統が割れる事間違いない方法で、その上俺なんて地雷が混ざれば、それこそ『混ぜるな危険』である。

 それでもこのスタイルを続けたのは、動員する国人衆が納得できる旗を用意し、その国人衆を動かす同意が必要だったからだ。

 今回の部隊編成は俺に近いもしくは俺の指揮下の将兵で構成されていたのだから、俺が総大将を主張すると考えざるをえない。

 実際、戦場から一番遠い場所に居た俺を総大将と見て毛利元就は突撃をしたのだと思う。

 だから読み誤った。

 俺が総大将ではなく副将格でしか無かったのが毛利元就の誤算の一つだっただろう。


「毛利元就がそれに気づいたのは、合戦が始まってからだろうな。

 俺の方に後詰を送ったのに、金田陣の方で激しくやり合うなんて考えていなかっただろうよ。

 俺が総大将だったらの話だが?」


「総大将だったら何か違ったの?」


 相槌を適当にうちながら男の娘が続きを促す。

 俺の独り言が考えをまとめるのを知っているからだ。


「吉弘勢と小野勢に戦を任せて、戸次勢は全軍反転していただろうよ。

 総大将が居る本陣崩壊はそれだけ恐ろしいんだ」


 事実、俺が史実で死んだ今山合戦なんかが良い例だが、総大将の討ち死にと本陣の崩壊で動員していた国人衆が『戦は終わり』とばかりに、言うことを聞かずに帰還するのを止められなかったという側面がある。

 だからこそ、多くの戦ではなんとしても本陣を守る訳だ。

 戸次勢が後詰を送るだけで反転しなかった。

 その時点で俺への突撃は無意味だと気づいたのだろう。


「で、俺たちを蹂躙してくれた毛利元就の部隊は飯田隊と仁保隊を連れて中元寺川に陣を構築している。

 あそこが、殿になるんだろうな」


「ならば、そこを攻めるの?」

「また蹂躙されて、今度は首が落ちるのが関の山だろうよ。

 勝てない相手に勝つ方法はいくつかあるが、今回は一番楽な方法をとらせてもらうさ」

「なになに?」


 相槌を打っていた男の娘に俺は茶目っ気を出してその答えを告げる。


「勝てる相手を連れてくることさ」


 つまり、戸次鑑連か吉弘鎮理を。

 毛利元就VS戸次鑑連・吉弘鎮理というドリームマッチ成立の瞬間である。


「殿。

 再編終わりました!!」


 俺の所に大鶴宗秋が駆けてきて報告する。

 半刻には少し早いが、遅いのも困るのでこのあたりが限度だろう。



 大友鎮成

  有明・果心・井筒女之助・柳生宗厳・石川五右衛門・薄田七左衛門

  佐伯鎮忠      二百    馬廻

  大鶴宗秋      二百    大鶴鎮信 大鶴家郎党

   野崎綱吉     三百    雑兵化

   古庄鎮光     三百    雑兵化

  御陣女郎      四百    田原お蝶・お色・政千代指揮

   許斐氏則      百    許斐家郎党+雑兵化

   如法寺親並     百    田原家郎党

  上泉信綱      二百    雑賀衆

  多胡辰敬      九百    多胡家郎党+尼子家旧臣


  木付鎮秀      三百    朽網鎮房・篠原長秀合流

   野仲鎮兼     三百    雑兵化


  合計      三千三百



 この雑兵化というのは、士気が折れたという他にも所属が分からずにとりあえず足軽大将につきましたという連中を強引に組織化した事による、練度の低下も含まれる。

 所属部隊が違うのならまだましな方で、毛利の足軽が生き延びるために大友兵の旗を奪ってなんてのがざらにあるから結構怖い。

 それでも、これだけの兵が再編できるのだから大将が残っているという意味のなんと大きいことか。

 どうも大友が勝ちそうだという情報が広まっている事もあるのだろうが。

 この三千三百のうち、まともに戦えるのは俺の馬廻二百と御陣女郎につけた如法寺親並の田原家郎党の百、多胡辰敬隊の九百の千二百しか残っていない。

 家の郎党が強いのはこういう時で、互いの顔を知っているからそれで身分を保証すると同時に他者を排除できる。

 兵は少なくとも士気と練度は一番マシな訳だ。

 なお、木付隊は俺が頼んだ香春岳城入城の為に先に出発している。

 その際に、縁のある許斐氏則を引き取って御陣女郎につけて、代わりに野仲鎮兼隊を渡していたり。


「申し上げます!

 戸次勢の猛攻により小早川勢を押しております!!

 八郎様の所より後詰を出して頂きたく」


 出発しようとした時にやってきた戸次家の伝令に俺はためらうことなく頷いた。


「構わんぞ。

 借りていた多胡勢をお返しすると伝えよ」


「はっ!」


 慌ただしく伝令が早馬で駆けてゆく。

 俺はそれを追うのを止めて視線を川向うの宍戸隊に視線を向けると、俺達の移動に気づいているのに隊を動かそうとはしない。

 おそらくは、俺たちが見えなくなったら撤退するのだろう。

 退路は空けてあるから、落ち武者狩りと遠賀川の渡河さえ気をつければ生還はできるだろう。

 その二つが致命的に難しいのだが。


「で、竜造寺勢はどうしてる?」

「あいも変わらず、川を挟んで矢と鉄砲を放つのみ。

 向こうのやる気を察したのか、吉川勢が小早川勢の後詰めに入っているだって」


 井筒女之助の報告に俺は苦笑する。

 最低限の仕事で最高の成果を出していやがる。

 吉川隊をひきつけてくれているだけで功績は十分というのが分かっているからこそ、あぶない橋を渡ろうともしない。

 更にやって来た戸次家の伝令が戸次鑑連の言葉を伝えたのはそんな時だった。

 

「申し上げます!

 戸次様より、『これより本陣を持って敵小早川勢に突貫する。八郎様におかれましては、後ろの備えをおまかせしたく』との事」


「は?」


 素ですっとんきょうな声が出た。

 今、やってきた早馬は何と言った?


「すまない。

 聞き間違いだと思うから、もう一度頼む」


「はっ。

 戸次様より、『これより本陣を以って敵小早川勢に突貫する。八郎様におかれましては、後ろの備えをおまかせしたく』との事」


 皆が見ている前で壮絶に頭を抱える。

 ついさっき本陣崩壊の怖さを聞いたばかりの井筒女之助が、これも仕事とつっこんでくれた。


「『総大将が居る本陣崩壊はそれだけ恐ろしいんだ』……」


「言うな。頼むから。

 皆の者聞いたよな!

 これで戸次殿を討ち死にさせたら末代まで笑われようぞ!!

 とにかく戦場へ駆けよ!!」


 俺のヤケクソに近い悲鳴に諸将も慌てて隊を走らせてゆく。

 後ろで突っ立ていれば勝ちという甘い考えが味方に崩された瞬間である。


「はっ!

 皆の者聞いたか!!

 駆け足!急げ!!」


 大鶴宗秋の号令に次々と各将が叫んで部隊を走らせてゆく。

 移動し始めた多胡辰敬の声が遠くから聞こえる。


「戸次殿より前で死ね!

 その忠義は大友は忘れぬぞ!!」


「褒美は望み次第!

 我が殿八郎様の富をあなどるでない!!」


 次に聞こえていたのは上泉信綱率いる雑賀衆か。

 傭兵故に銭という分かりやすい理由で彼らは戦場に駆け戻ってゆく。


「駆けよ!

 今、総大将が討たれたら我らは今度こそ総崩れになるぞ!!

 助かりたければ駆けて戦場の戸次様をお救いするのだ!!」


 聞きなれない声だなと思ったが野崎綱吉だった。

 生還の理由を提示して、恐怖で視野狭窄に陥らせて雑兵達を駆けさせてゆく。

 並の足軽大将ではできない統率だ。


「走って!

 ここで置いて行かれたら野盗達の慰み者として二度と帰れなくなるわよ!」


 お色が御陣女郎達を急かすが、彼女たちの足は鈍い。

 そして、お蝶が俺にはっきりと告げる。


「許斐殿と如法寺親並がおります。

 我らを気にせずに行ってくださいませ!!」


 それに何か言う前に、井筒女之助が追加の報告を持ってくる。


「毛利騎馬隊が中元寺川を渡河したって!!」


 毛利元就が戸次鑑連の挑発に乗った。

 というか、毛利軍が生還する為には、この戸次勢の撃破が絶対条件になる。

 乗らざるを得ない賭けだった。

 こちらは、戸次鑑連が毛利元就を相手にしている間に、大友軍全体を勝利に導くよう本陣に入って指揮をせねばならない。

 なんて戦だ!


「すまん!」

「ご武運を」


 俺は馬廻に戻り、お蝶はおれに頭を下げる。

 俺たちも前に出ないと、というかせめて金田陣に入らないと指揮する人間が居ないなんて事態になりかねない。


「馬引け!」


 馬廻の兵達が並ぶ中、有明が俺に残ると言おうとするのを抱きしめて阻止する。

 連れてきた馬は大柄で二人ぐらいは疲れないだろう。多分。


「呆れた。

 こんなのまで用意していたなんて」


「物分りが良いお前を黙らせる方便さ。

 乗れ」


 有明を前に乗せて、俺も馬に乗る。

 なお馬上スキルはあまりというか殆ど無い。

 だから、手綱を引っ張る果心が居ないと成り立たない乗り方である。

 

「駆けよ!

 とにかく金田陣まで急げ!!」



 馬廻と共に駆けながら、俺は苦笑するしか無い。

 勝ちは決まったのに、なお戦う侍の愚かさに。

 その愚かさに振り回される俺に。

 それでも俺が守ると決めた有明の為に、この戦を勝ちで終わらせねばならぬ為に。

 俺達はまた戦場という地獄に舞い戻る。

「あんであんた総大将が本陣空にして突っ込んでいるんだよぉぉぉ!!!」


つ「道雪とはなんと、武士冥加の強い侍なのだろうか」

http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-6705.html


つ「戸次道雪が常々言っていた事に」

http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-6696.html


つ「すわ、例の音頭が出たぞ!懸かれ!」

http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-6695.html



……あ。これは突っ込む。間違いない……orz



戦国ちょっといい話・悪い話まとめ

http://iiwarui.blog90.fc2.com/

ネタ元としていつも使わせてもらっています。本当に感謝。

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