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彦山川合戦 幕間 【地図あり】

挿絵(By みてみん)


大友軍     三千五百五十 

 大友鎮成

  有明・果心・井筒女之助・柳生宗厳・石川五右衛門・薄田七左衛門

  大鶴宗秋    六百五十    大鶴鎮信・野崎綱吉・野仲鎮兼・佐伯鎮忠・馬廻合流

  御陣女郎      五百    田原お蝶・お色・政千代指揮

  高田鎮孝       百    郎党+浪人衆

  上泉信綱      四百    雑賀衆

  多胡辰敬       千    多胡家郎党+尼子家旧臣

  木付鎮秀      九百    朽網鎮房・麻生鎮益・許斐氏則・篠原長秀合流




毛利軍       二千五百

  毛利元就      五百    騎馬隊

  宍戸隆家       千    秋月種冬・麻生隆実・菊池則直隊合流

  仁保隆慰      五百

  飯田隆朝      五百


「八郎!見て!!

 大友の旗よ!!!」


「天は我らに味方した!

 竜造寺が援軍に付いたぞ!!!」


 矢に吊るされた大友の『杏葉』と共に、その後の光景を俺は絶対に忘れないだろう。

 毛利元就。

 その無双ぶりを。


「槍衾を作れ!

 これを抑えきったら勝てるぞ!!」


「もう少ししたら竜造寺の援軍が来る!

 それまで持ちこたえるのだ!!」


「援軍が来るぞ!

 我らの勝利だ!!」


「弓構えよ!

 毛利の騎馬を近づけさせるな!」


 大鶴鎮信・野崎綱吉・野仲鎮兼・佐伯鎮忠の面々が残った将兵達を励まして必死に士気を回復させる。

 もう誰の隊の兵とか分からなくなりつつあるが、毛利元就の騎馬隊突撃を食い止めて、木付鎮秀隊と多胡辰敬隊が横槍を入れれば勝てる。

 そういう思惑を抱いていた俺は、毛利元就指揮の騎馬隊が曲がらない事に首をかしげる。


「あれ?

 何で曲がらないんだ?」


 迂回して俺の方に突撃するのだから、俺の方に騎馬隊を向けないといけない。

 彼らの先には木付鎮秀隊が居た。


「しまった!」


 俺の目には木付隊崩壊その一部始終が見えていた。

 そもそも防衛に置いていた兵だから士気も練度も低く、近くの農村や宿から徴兵した足軽も混じっていたのだろう。

 そんな装備も整っていない連中の前に鎌倉武士さながらの騎馬突撃が突っ込んできた。

 結果は見るまでもない。

 多分最後尾においていた徴兵連中がその騎馬の恐怖に怯えて裏崩れが発生。

 今度は隊の内部に居ただろう浪人衆が負けと判断し友崩れが連鎖。

 統一指揮なんてできる状況にないところへ毛利元就指揮の騎馬隊が突撃。

 鎧袖一触。

 まさにその手本となる見事な突撃だった。


「まだだ!

 奴ら首を取っていない!!

 今度こそこっちに突っ込むつもりだ!!!」


 旗持の薄田七左衛門が叫ぶ。

 俺が提唱した騎馬隊の売りは機動力による蹂躙。

 その前提である首の捨て置きをきっちり守っていやがる。

 俺の理想とした騎馬隊が俺の目の前にある。

 感動がなかったと言えば嘘になるが、その騎馬隊が俺の首を狙っているという皮肉に自虐の笑みを浮かべようとして、更なる衝撃が俺たちを襲った。


「敵宍戸隆家隊の猛攻に高田隊総崩れ!

 高田鎮孝殿討ち死に!!」


 誰もが毛利元就の行方に視線が行ったその瞬間を宍戸隆家は見逃さなかった。

 混乱から立ち直ろうとした上泉信綱率いる雑賀衆と、彼らと俺の本陣を繋ぐ位置に居た高田鎮孝隊に猛攻を仕掛けたのである。

 兵力をすり減らしていた高田隊にこの猛攻を防ぐ力は残っていなかった。

 高田隊の壊滅によって雑賀衆が孤立し、毛利元就への射撃が完全に不可能になった瞬間、更なる凶報が俺たちを襲う。


「八郎!

 御陣女郎達が!

 御陣女郎達が崩れてるわ!!」


 木付隊で発生した裏崩れ。

 それが隊規模で御陣女郎達が崩壊していた。

 彼女たちは体が武器だから武装も飛び道具ぐらいしかなく、彼女たちの前に迂回可能で襲ってくる毛利騎馬隊が突貫するかもしれない。

 その恐怖に木付隊と高田隊の壊滅の衝撃が重なって自壊したのである。

 ただ、そのタイミングが最悪だった。


「多胡隊が!

 多胡隊が御陣女郎達の裏崩れに巻き込まれております!!!」


 彼女たちとて命は惜しい。

 そのまま逃げたらどうなるか?

 敵兵の慰み者になるならまだいい。

 一番厄介なのが味方や地元民が攫ってそのまま持ち帰るパターンで、なまじ味方だからとバレたら口封じで殺すまであるからこの戦国は世知辛い。

 それを避けるためにまだ士気があって統率が取れる隊に逃げ込むのだが、俺の本陣は毛利元就の最重要目標である。

 それを避けて逃げ込める隊は多胡隊しか残っていなかった。


「何でだ!?

 何で毛利軍は崩れないんだ!?」


 今日二度目の詰んだ感にたまらず俺は叫ぶ。

 それを諌める大鶴宗秋の言葉におれははっと気付かされた。


「八郎様。

 本当に竜造寺は我が方にお味方したのでしょうな?」


と。

 その一言に暫し呆然として俺はたまらず笑い出す。

 嫌でも思い知ったからだ。

 己の失態を。

 そして、それを見逃さなかった毛利元就との力の差を。


「あはははははははは…………。

 ぬかった。

 それを忘れていた。

 ははははははは………」


「八郎!」

「殿!!」


 錯乱したかと有明と大鶴宗秋が抱きしめるが、しばらく笑いが止まらなかった。

 戦場の霧をここまで味わうとは思っていなかった。

 この戦いは広範囲に広がっており、主戦場はここより上流に当たる。

 その戸次艦連・吉弘鎮理対吉川元春・小早川隆景の戦況がまだこっちに伝わっていないのだ。

 いち早く竜造寺軍の大友側参戦を俺は知ったとしても、その情報の裏付けまでの時間にラグがあるのに気づいていなかった。

 情報を知ったが故のこっちの気の緩みを毛利元就は見逃さずに、現実の戦況を一気に動かした。


「毛利騎馬隊!

 こっちに向かってきます!!」


「絶対に通すな!

 なんとしても殿を守れ!!」


 来ない。

 それを俺は笑いながら確信する。

 毛利元就のことだ。

 五分五分、もしくは七三で竜造寺の寝返りについて感づいていたはずだ。

 そうなると、ここでの敗北は確実に見えている。

 ならばどうすべきか?


「毛利騎馬隊!

 曲がりました!!」


 その先には混乱した上に孤立した雑賀衆が。

 雑賀衆が潰された後で竜造寺勢参陣の確定情報が来ても、俺達は何もできなくなる。

 俺の首を残せば、いやでも追撃で最も有利な位置にある俺たちの軍勢は動くことができないからだ。

 俺の首を残すことで、敗走して来るだろう吉川元春と小早川隆景が生存する確率が高くなる。

 負けが決まりながらなお、毛利にとって良い負け方を追求しようとする毛利元就の凄みに俺は笑うことしかできない。

 俺の方に突っ込んでくると思っていた雑賀衆はこの突撃で完全に崩れた。


「雑賀衆潰走!

 総崩れです!!」


「敵騎馬隊及び宍戸隆家隊後退してゆきます!

 助かったぞ!!」


 伝令の魂の叫びに俺は笑うのを止める。

 ここまでズタボロにされて追撃なんて出来るわけがない。

 毛利軍には飯田隆朝隊と仁保隆慰隊が川向こうにまだ残っていたのだから。


「兵を再編する。

 本陣と多胡隊を中心に逃げた兵を回収しろ。

 追撃云々は、その後だ」


 多分勝ったはずである。

 だが、俺の回りにまともな隊は殆ど残っておらず、毛利軍は悠々と撤退してゆく。


「勝ちを譲られたか……」


 懐に入れた煙管を取り出して咥える。

 火をつけずに煙管を揺らして億劫に構えているが、屈辱よりも生き残った安堵の方が強かった。

 大将である俺がそれをとても言えないからこそ、煙管で口を塞いで黙ることにした。



挿絵(By みてみん)



 これだけズタズタでも情報そのものは間者を通じて常時こちらに入っていた。

 戦況は竜造寺軍の参陣を予想していた吉川勢が彦山川に沿って防衛線を展開し、竜造寺勢は渡河せずに弓鉄砲を放つのみ。

 激闘を続けている戸次鑑連と小早川隆景の間は未だ決着がつかない。


「足軽大将はとにかく足軽を集めなおせ!

 落ち武者狩りに化けられたら厄介だ。

 御陣女郎達はどれほど残っている?」


 大鶴鎮信・野崎綱吉・野仲鎮兼の三将が散らばった足軽を集めに走る。

 それと入れ違いでお蝶が如法寺親並を連れてやってきた。


「おお。

 如法寺殿。

 無事だったか!」


「申し訳ございませぬ。

 崩されて敵に捕らわれておりましたが、敵の隙を突いて逃げて参りました。

 この失態は、それがしの責任でありお蝶様には何の咎もございませぬ」


「八郎様は負けて腹を切れなんて言うお方ではございませぬ」


 お蝶が土下座して詫びる如法寺親並をたしなめるが、彼女自身の表情も暗い。

 その報告は俺も有明も顔色を曇らせるのに十分だった。


「今、御陣女郎達を数えたら、三分の一が消えていたわ。

 おそらくは山の方に逃げて……」


 そこで逃れた近隣農民か同じく逃げ込んだ大友軍将兵の慰み者になっているという言葉をお蝶は言わなかった。

 そういう場合、消えた半分が帰ってくれば御の字だろう。


「触れを出せ。

 うちの御陣女郎達を生かして持ってきた奴には銭を出すとな」

「それはいいけど、できれば彼女達を安全に逃がせないかしら?」


 お蝶の言葉に俺はしばらく考え込む。

 諏訪山城が使い物にならない以上、今確実に安全なのは鷹取山城なのだが、彦山川を挟んだ向こう側が毛利軍の敗走路になっている。

 しかも、その敗走路に警護の兵を置いているから、下手に逃がせば襲ってくるかもしれない。

 現状では、一番ここが安全だった。


「ひとまずはこの本陣に集めておく。

 物見を鷹取山城と香春岳城に送れ。

 追撃の兵の供出と怪我人の受け入れを頼むのだ。

 御陣女郎達はそのままお蝶に預ける。

 如法寺殿。

 散った兵をまとめてお蝶を守ってくだされ」


「わかったわ」

「承知いたしました」


 二人が去ると今度は入れ違いで大鶴宗秋が古庄鎮光と上泉信綱を連れてくる。

 俺が声をかける前に古庄鎮光と上泉信綱が土下座をする。


「真っ先に崩されたので何とか生き延びられましたが、この戦の責は陣を守れなかったそれがしにあります!」

「殿より預かりし兵を失い、その責任は腹を切っても足りぬでしょうがどうか汚名返上の機会を!」


 この手の敗戦処理は本来ならば戦の終了後に行うのだが、俺達が負けたのに大友軍全体では勝ちつつある事から発生していた。

 古庄鎮光が責任を口にするのは俺に傷をつけないためであり、上泉信綱が言うように汚名返上を願うのはまだ戦力があれば戦えるからという訳だ。


「皆の気持ちは良くわかっている。

 とはいえ、この負けは俺の負けだ。

 毛利元就相手にこれだけ負けて生き残った。

 誇る事はあれど、貶す輩などほうっておけ」


 もちろん、部下に責任を押し付けるなんてするつもりは無いし、この戦をこのままで終らせるつもりも無い。

 だからこそ、急がば回れとばかりに再編作業に着手していた。


「今、手の空いた足軽大将達に足軽を集めさせている。

 何とかもう一戦できればと思っているが、どれぐらい集まりそうだ?」


 俺の質問に大鶴宗秋が答えるが、その口調は厳しい。


「勝ち戦と分かりつつあるので戻ってきた連中も多く、数百は確保できるかと。

 ですが、士気も練度も期待はせぬ方が……」


 そこに戸次鑑連からの伝令が駆けてくる。

 少なくとも伝令が駆けてこちらに来る程度には優勢になったと見ていいだろう。


「申し上げます!

 敵の騎馬隊は飯田隊と仁保隊を連れて中元寺川に陣を構築しているとの事」


 そうなると川向うに居る宍戸隆家隊しかこの近くには敵は居ないという事になる。

 宍戸隆家隊は陣を敷いてこちらを警戒し続けていた。

 大鶴宗秋が確認の質問をする。


「それがしの手勢と多胡隊で宍戸隊を叩きましょうか?」


「いい。

 あれを叩く時に毛利の騎馬隊が戻ってきたら目も当てられん。

 追撃はするが、袋の鼠にはするな。

 俺たちも手勢が再編され次第、戸次殿の所に向かうさ」


 俺の台詞に大鶴宗秋の顔が曇る。

 現状の兵達は士気が完全に折れていた。

 ある程度の立て直しはできるが、眼の前に居る宍戸隊を潰して勝利という薬で士気を回復させたいのだろう。


「今のままでは、向こうの戦に絡めるとは……」


「そこまで働けと言えんよ。

 後ろで立っているだけでいい。

 あとは竜造寺の連中が首を獲ってくれるだろうさ」


 現状では竜造寺勢のやる気の無さと吉川勢の川を使った防御が釣り合っているが、毛利軍は撤退を考えるとどこかで撤退して中元寺川を渡河せざるを得なくなる。

 その時に戸次鑑連の猛攻を防いでいる小早川隆景と共に吉川元春が撤退できるかが、この戦のポイントになるだろう。


「川向うの敵を捨て置くと?」

「叩ける訳が無いだろうが。

 半刻時間をやるからとにかく足軽達をかき集めろ。

 その後戸次殿の所に合流する」


 激闘が続いている戸次鑑連の所に後詰を送る事で向こうの戦いを有利にすすめる事と、ここから去る事で毛利軍に逃げ道を与え敗走しやすいようにするのが目的である。

 俺の戦はほぼ終わったが、戦そのものはまだ終わっていない。


「はっ」

「かしこまりました」

「それでは」


 大鶴宗秋と古庄鎮光と上泉信綱が去ると、最後に木付鎮秀が篠原長秀を連れてやってくる。

 篠原長秀は顔こそ水で洗ったのだろうが、泥まみれ血まみれで涙目である。

 たっぷりと戦場の理不尽を味わったらしい。


「木付殿。

 ご無事で何より」


「申し訳ない。

 助けに来たつもりが、足を引っ張ってしまった。

 麻生鎮益が討ち取られ、兵も半分が逃げてしまった」


 一応上位指揮官に当たる木付鎮秀の顔色は悪い。

 加判衆に抜擢されたはいいが、今回の合戦における功績に傷をつけた自覚はあるのだろう。

 こちらからすれば、恩を売った彼に失脚されるのはまずいので励ますことにする。


「お気になさるな。

 戦に勝てば、木付殿の功績をお屋形様は認めてくださるでしょう。

 それがしからもお屋形様に申し上げておきます故」


 持ち上げておいて、とりあえず要求を出す。

 この戦力でできる事は少ないが、その立場は色々と使える。


「手勢をまとめて香春岳城に入っていただきたい。

 あの城を立て直さないと、後詰めが届きませぬ」


 香春岳城の向こうにある仲哀峠の東側には簑島城にいる大内輝弘を中心に大友軍が集まっている。

 大内輝弘の門司城入城は既定事項だが、そこに集まっている豊前国人衆達の兵が今は欲しかった。

 それを動かす権限を木付鎮秀は持っている。

 拠点としての香春岳城の被害も気になるので、彼を送り込む事で事態の処理を任せるつもりなのだ。

 ついでに、決戦中の戸次鑑連と指揮が同格になるので、命令系統の重複を避けるという理由もあったり。


「では、隊をまとめるとしよう。

 ……その前に、紙と筆を貸してくれぬか?」


 俺が頷くと控えていた男の娘が紙と筆を差し出し、木付鎮秀はさらさらと感状を書いて隣の篠原長秀に渡す。

 ふと見ると、地味にいい刀さしているがあいつあんなの持っていただろうか?


「お主の功績は、それがしが保証しよう」

「……騎馬隊の突撃に裏崩れを起こした果てに雇った足軽に首を獲られかかった無能者ですよ。私は」


 なるほど。

 篠原長秀の首にうっすらとつく刀傷はそれか。

 で、泥まみれと返り血の理由も分かった。


「何を言うか!

 そなたは毛利の間者を討ち取ったのだ!

 それは誇るべき事よ!!」


 随分木付鎮秀は篠原長秀を買っているらしい。

 ただの足軽を毛利の間者にして功績を底上げしているのに気づいて俺は苦笑を我慢する。

 言葉の節々にもそれが現れている。

 見ている俺も何だか嬉しくなった。


「ああ。お前の功績は忘れるものか。

 ちゃんとお屋形様に報告しておくさ。

 せっかくだ。

 お前も見ておけ。

 お前を突き崩した敵の首だ」


 上泉信綱が馬上の騎馬武者を討ち取った首を持ってきたのである。

 それを手土産に汚名返上を望むのだから戦国の侍たちの考え方は未だによく分かりたくない。

 徒士の彼が騎馬武者を討ち取る時点で大概おかしいと思うのだが、彼の武勇は彼の回りにしか働かず彼の隊は潰走した。


「……笑っていますね」

「いい笑顔だろう?

 そこもそうだが、見るのはここだ。髪」


 髪の根元が透き通るぐらいに白い。

 この武者が老人である証拠である。


「古の話。

 まだ源平が争っていた頃の話だ。

 木曽義仲公と争った平家の大将の一人、斎藤実盛は『最後こそ若々しく戦いたい』と髪を染めて戦い散ったそうだ。

 そんな連中であの騎馬隊は構成されているんだろうよ」


 奴らは恐ろしいぐらいの練度と士気を維持していた。

 それが毛利元就の指揮で暴れまわったのだから、この惨状はある意味幸運と言えよう。

 だって、俺の首が繋がっているのだから。

 なお、斎藤実盛は殺される寸前の幼い木曽義仲を逃したという因縁があったり、東国武士なのに平家の恩に報いるためにと倶梨伽羅峠大敗の平家軍の中で奮戦したりと今でも逸話が伝わっている。

 そんな子孫が豊後に流れて家を残したのが現在の大友宗麟の側近衆の一人斎藤鎮実である。


「お前、こんな侍になりたいか?」


 俺の質問に篠原長秀は黙り込む。

 だから、俺は場をまぜ返すことにした。


「ちなみに俺はなりたくない」

「……八郎様!」


 いい感じに場がコケて思わず木付鎮秀が突っ込む。

 けど、俺の口は止まらない。


「俺は戦場で強敵と戦って負けて、笑って首をとられるなんて死に方はまっぴら御免だ。

 俺は布団の上でおだやかに死ぬか、女の上で果てて死ぬ事と決めているからな。

 それでも、この首を見て何か思うのならば、しばらく木付殿についてゆけ。

 お前はまだ俺の生き方も、木付殿の生き方も選べる歳という事を忘れるな」


「…………はい」


 そして俺は木付鎮秀に頭を下げる。

 血は繋がっていないが、息子を預ける親の気持ちが何となく分かった気がした。


「木付殿。

 こいつの事、よろしくお願いします」


「承った。

 これにて御免」


 木付鎮秀と共に篠原長秀が去ってゆく。

 こんな時に口を挟む大鶴宗秋ではなく、有明が今までのやり取りを突っ込んだ。


「八郎。

 で、誰の上で果てて死ぬの?」


「多分、お前の上」


 やっと来客が去った俺はすとんと将机に腰掛ける。

 今更になって体が震えてきて、有明が俺を抱きしめる。

 合戦はまだ続いているが、地獄の戦場に戻るその少しの時間だけ俺は有明の暖かさを感じて生を実感したのだった。

斎藤実盛 さいとう さねもり

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