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戦評定 その1

 俺達が鷹取山城から諏訪山城に帰って来た時、既に戦闘は終わっていた。

 諏訪山城も彦山川の濁流の直撃を受ける場所にあった為に、被害を受けていたが小山だった為に本丸までその水は届いていなかった。

 その為、戦闘終了後にここに集まって休養と兵の再編成を行うのだが、道中に広がる景色は有り体に言って地獄だった。


「体を拭くものはあるか!」

「寒い……寒い……」

「息してないぞ!誰が手当ては出来ぬのか!?」

「火が足りん!

 薪をもっと持って来い!!」


 大友・毛利双方合わせて数千の将兵が濁流に飲み込まれたのだ。

 それでも合戦が終っていない所に、戦国の業の深さが垣間見れる。


「おかえりなさいませ。八郎様。

 既に本丸の広間にて戦評定が始まっております。

 八郎様にもお越し願うようにと戸次様が」


 近寄ってきた大鶴宗秋の言葉に俺は露骨にため息をつく。

 この大損害の後始末の知恵を出せという事なのだろう。

 そんな事を思って広間に顔を出すと、ちょうど大糾弾大会が繰り広げられていた。


「では、あの水攻めは故意ではないと言うか!」

「そのとおりでございます。

 もし我らが毛利に内応しておるのならば、どうして毛利の兵まで水に押し流しましょうか?」


 竜造寺家より弁明の使者としてやってきた小河信俊が堂々と木付鎮秀相手に釈明をしている。

 たしか鍋島直茂の実弟で、他家に養子に出されたとかなんとか。

 鍋島直茂に似て理路整然と、それがまた堂に入っているから微妙に苛立たしい。


「つまり、おのれらが参加する時に行う策が昨日の雨で崩れたと?」


「その点においては、大将である鍋島信生からの言葉どおり。

 繰り返しますが、我らは彦山僧兵の手を借りて毛利を押し流す堤を築いておりました。

 ですが、昨日の雨で水かさが増した為に、急造した堤が耐え切れずに決壊。

 その詫びとしてそれがしをよこした次第にて」


 小河信俊の白装束姿は、最悪ここで腹を切るつもりらしい。

 それで腹を切られたら片付けとか面倒なので、与えられた席--戸次鑑連と木付鎮秀の隣--に座りわざとゆっくりとした声で果心を呼ぶ。


「果心」

「ここに」


 男達糾弾の中に凛と響く果心の声に注目が集まる中、俺は爆弾を投下した。


「鷹取山城の郎党を調べろ。

 多分買収されているはずだ。

 だが殺すなよ。

 間者をおびき出すから不問にして、必要ならこちらが買収し返せ」


「承知しました」


「八郎様!

 今のお言葉はどういう意味か!?」


 すっと気配を消す果心を皆が気にする前に鷹取山城城主の森鎮実が俺を問いただす。

 俺は肩をすくめながら、この顛末のからくりを皆に披露した。


「今頃毛利に走った竜造寺の使者は、毛利の大将から褒美をもらっているかもしれませんな。

 同数の兵が消えた場合、兵力に勝る毛利の方が儲けが大きい。

 当たり前のことではありませんか?」


 小河信俊に対する視線が一気に厳しくなるが、俺はそれを気にせずに酒場の与太話のように種をばらしてゆく。


「毛利軍の狙いは二つ。

 一つはここに居る後詰軍を撃破する事。

 もう一つは俺の首。

 で、おもしろいのはここからだ。

 畑城に居た時、捕まっていた杉殿が逃れて来たのだが、彼はこんな話を俺にしてくれたよ。

 『毛利元就が生きていて猫城に居た』とな」


 広間の全員が毛利元就の名前を聞いて固まる。

 さすが戦国随一のビッグネーム。

 俺も固まりたい所だが、口はさらに滑らかに回る。


「あの時、俺の手勢は三千ほどあって猫城の対岸にある畑城に居た。

 もし、俺が毛利元就の首狙いで猫城を攻めていたらどうなっていたと思う?」


 彦山川は遠賀川の支流に当たる。

 遠賀川下流部も当然この濁流で渡河なんてできなくなる。

 遠賀川を渡った先には無駄に拡張されて防備が整っている猫城と、まったく動かなかった小早川隆景の一万の兵が居た。

 鷹取山城からの帰り道にそれに気づいた瞬間、あまりの寒気に皆から心配されたぐらいだ。


「考えてもみろ。

 あの毛利元就がどうしてこんな下手な陣を敷くんだ?

 川で分断された上に、鷹取山城という高地を我らが押さえている。

 にも拘らず、勝てると踏んだ奴らの手は何だ?」


「違いまする!

 我ら竜造寺は大友家に忠義を尽くして……」


 小河信俊がボロを出すが、ここはフォローしてやろう。

 何しろこのあたり全部俺のでっち上げなのだから。


「もちろん、分かっているさ。

 竜造寺家の忠義を俺は疑っていない。

 何しろ、竜造寺家が信心深い家だという事を俺は知っているからな」


「……」


 英彦山山伏を通じて、毛利側と繋がっていたと暗に言った事で小河信俊の顔に汗が浮かぶ。

 そんなやり取りに木付鎮秀が口を挟む。


「八郎様。

 尋ねたいのですが、でしたら何故竜造寺は水攻めを行ったので?

 八郎様がこちらに来られたのならば、毛利の策は破れたではございませぬか?」


「だからだよ。

 どっちにしろ、竜造寺は今日流さざるを得なかったのさ。

 真面目な話、治水や堤造りは南予で少しかじったから分かるが、雨で満ちた急造の堤を自ら崩すなんて危ない事は簡単にはできんよ。

 だが、崩れそうだと毛利に知らせるぐらいはできたはずだ。

 そこから毛利は策を立てたという訳だ」


 俺は持っていた竹筒の水を煽る。

 喉を潤してそのまま続きを口にした。


「毛利軍は香春岳城を攻めた時、間違いなく俺の首を狙っていた。

 で、俺がそれから逃れて門司城を落とした時に、ここに集まった後詰軍の撃破に作戦を変更した。

 毛利元就の誤算はここからだ。

 要衝である門司城を落として十二分に功績を立てたはずの俺が、兵すら置いて帆柱山城まで来ているじゃないか。

 だから迷った」


 毛利元就の本命は鍋島直茂の寝返りだと俺は確信している。

 その竜造寺軍の使者の前でそれを指摘するほど愚かではない。

 ここに小河信俊が来た事実は一つ。

 鍋島直茂は事ここまで来て、まだ両天秤をしているという事。

 つまり、鍋島直茂には俺や毛利元就が見えていない何かが見えているという訳だ。

 だからこそ、彼を赦免する前に『それを知っているぞ』と脅す事が必要だった。

 手札の悪いポーカーみたいなもので、掛け金を積み上げて相手を降ろす。

 この口八丁はそういう掛け金だった。


「門司から帆柱山城までの二日。

 俺が来なければ小早川勢を渡河させて、一気に後詰軍を撃破していただろう。

 だが、俺がわざわざ寡兵でやってきた事で、迷いが出た」


 間者働きでは西国有数の忍者組織を持ち、英彦山山伏が味方している毛利が圧倒している。

 その毛利がなまじ情報を握っていたが故に情報に踊らされた。

 そういうロジックに話を誘導する。 


「俺の首が手の届く所にある。

 ならばと毛利元就は再度狙いを切り替えた。

 こうなると、問題になるのは、わざわざ危ない所に置いた吉川勢だ。

 小早川勢が俺を潰す間に、吉川勢が潰されたら割りにあわない。

 吉川勢を逃すためにも、吉川勢と我らの間に流れる彦山川を濁流で押し流す必要があった訳だ。

 実際、我らも毛利勢も先手が潰れたのみで、まだ戦えるのがその証拠さ」


 先手というのは功績が大きい故に、忠誠の怪しい連中が志願してその忠義を証明する場でもあった。

 大友軍・毛利軍ともに今まで討死した連中はうちの内空閑鎮真を除いて、その動向が怪しいやつらばっかりなのがそれを証明している。

 真っ先に使い潰されるが、裏切ったり参陣を拒否したりと国人衆の統制は大友・毛利共に頭の痛い問題に常になっている。

 彼らが消耗してからが戦の本番とも言えよう。


「で、双方兵力が消耗した状況で無傷の竜造寺勢が控えている。

 この時点で我らは竜造寺勢を味方にせねば勝てぬ状況に追い込まれた。

 いや。その策は見事。天晴としか言えませんな」


 実にいい加減な口調で竜造寺勢の立場を褒め称えた上で、冒頭の間者うんぬんに戻る。

 つまり、今までの口八丁はこのための枕だったのだ。


「俺が鷹取山城の郎党が買収されていると確信したのは、鷹取山に登った時だ。

 八人ほど道中の伝令や早馬を襲った連中、何処に行ったと思う?

 俺の手勢が怖くて手を出さなかった?

 隠れる場所が無数にあって、俺を簡単に討ち取る機会がいくらでもあった山の中で仕掛けてすらこなかった。

 畿内でそのあたりの間者と散々やりあった経験からすればおかしいんだよ。

 毛利は目的の一つを間者をすり潰せば達成できるかもしれない機会を見逃した。

 何故だ?」


 わざと口を閉じて皆を見渡す。

 この快感を味わうと探偵はやめられないな。これは。


「つまり、そこまでの覚悟がない連中。

 伝令や早馬等単独で山を往来する奴らを狙って、ちょっとした小遣い稼ぎと考えた輩が下手人という訳だ。

 俺みたいな大物首を取る場合、褒美もでかいが護衛も多く手を出しにくいからな。

 おそらく、毛利が買収した内容は『山を往来する間者を襲い、その邪魔をしろ』ぐらいなものだろう。

 その理由については詳しく説明しなくても分かるだろう?」


 ニヤリと俺は笑う。

 水攻め、毛利元就存在の流言、全てを見渡せる鷹取山城からの情報遮断。

 複数の意思と謀略が絡まったこの戦場でその意図を誘導するのは骨が折れるが、少なくとも竜造寺勢をここで敵認定する事だけは無くなった。


「小河殿。

 明日からの戦、竜造寺勢は参陣するのだろう?

 ならば、その忠義を見事示して頂けると嬉しい」


 ここまで言って俺はこの戦の総大将である戸次鑑連を見る。

 今までずっと黙っていた彼が口を開いた。



「次は無いと思え」



 ぞくりと背筋が凍る。

 鬼もかくやと言わんばかりの凄みを俺たちに見せつけた戸次鑑連の一言に、小河信俊も汗まみれで返事をせざるを得なかった。


「その言葉、たしかに我が大将にお伝えしましょう」

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[一言] やっぱり主人公めちゃくちゃ優秀だよな
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