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分水嶺 その3 【地図あり】

挿絵(By みてみん)

 鍋島信生。いや、鍋島直茂がこっちに来ているだと?

 一番重要な役回りで、決定的な戦力を持って。

 その時の俺の感情はなんとも言い表せないものだった。

 驚愕、諦観、疑念、決意……喜怒哀楽の全てが混じり合った果てに行き着いたのは『納得』だった。

 大友親貞の運命を決める戦。

 それに鍋島直茂が絡まない方がおかしい。

 知っているが故の納得に薄田七左衛門が首をかしげる。


「驚かないんだな?」


「驚いているさ。

 驚きすぎて、我に返った所だ。

 まぁ、手を変え品を変えてよく策を練ってきやがる」


 手に持っていた煙管からは既に煙は上がらず、俺は軽く振って灰を地面に落とした。

 そんな仕草を薄田七左衛門は黙って見た上で、最後の言葉を告げる。


「俺の話はここまでだ。

 斬れ」


 そういえば、そういう話だった気がする。

 煙管をしまい、刀に手を伸ばす。

 そこから先、俺はどうするつもりだったのか知る事はできなかった。

 その前に状況が動いたからだ。


「申し上げます!

 たった今、城門の方に杉隆重様と名乗る侍が!!」


 その声は隠れていた佐伯鎮忠と由布惟信に向けて言ったのだろうが、こっちにも丸聞こえだった。

 捕まっていたはずの杉隆重が逃げ出してきた。

 問題は、その杉隆重と確認できる手段が俺には無いという事だ。


「誰か杉殿のお顔を見た奴はおらぬのか!?」

「香月殿か、あるいは朽網殿ならば……」


 佐伯鎮忠の困惑した声に、由布惟信の思案する声が被る。

 本人確認ができない=毛利側の間者の可能性があるからだ。


「とりあえず会おう」


「殿!」

「八郎様!」


 俺が横から口を挟み、考えていた二将が悲鳴をあげる。

 これが間者ならば、俺への襲撃のチャンスでもあり、流言で俺の行動をコントロールするチャンスでもあったからだ。

 だが、進めば進むほど疑心暗鬼の五里霧中な俺にとって、嘘でもいいから生の情報がほしかったのである。


「薄田七左衛門。

 ついてきてくれ。

 相手が俺の首を取りに来た時は盾になってもらうぞ」


 俺がなし崩しで許すと言う事に気づいた薄田七左衛門が苦笑して目をこする。

 おれはそれを見なかったことにした。




「戦に負けて捕らわれたあげくに、なんとか帰ってまいりました。

 その責から逃れるつもりはありませぬが、どうしても知らせねばならぬ事があり、こうして会わせて頂いた次第」


「勝ち負けは兵家の常。

 よく逃れて参られた。

 顔を知る者が来るまではおとなしくしてほしいが、まずはその知らせねばならぬ事を教えてくれ」


 残念ながら香月孝清と朽網鑑康も杉隆重の顔を知らないという。

 だが、水軍経由で付き合いがある多胡辰敬が翌日に、元大内家重臣である吉田興種が二日後に来るから、その時に確認をすればいいとの判断でこうして会見を行っている。

 俺の後ろにいつものように有明が俺を眺め、俺と杉隆重の間に薄田七左衛門が控えて刺客だった際に備えて警戒している。

 横には佐伯鎮忠と由布惟信、髻砦襲撃から帰ってきた香月孝清と朽網鑑康も控えている。


「毛利元就が生きております」


 その言葉に驚かなかったと言えば嘘になるが、最初に思ったのは違和感だった。

 どうして、この場に及んで死人が生き返って戦場に出てくる?


「捕らわれたそれがしは猫城の牢に送られ、そこで毛利元就から『国一国をやるからこちらに寝返らないか?』と誘われたのでございます。

 ですが、某も大友家への恩義を忘れてはおらず、城兵の隙を突いてこうして逃げ出した次第。

 この城に八郎様がおられた事は天佑と思いましたぞ!」


 毛利元就がここに来て、己の存在をバラす。

 しかも俺の目と鼻の先にあり、俺が奪還せねばならない猫城でだ。

 その意味は何だ?


「毛利元就の甘言に乗らなかった忠義はお屋形様と大内殿に伝えておこう。

 大内殿は杉殿の身を案じて、それがしに何度も杉殿を助けるように頼んでおりましたからな。

 まずは、そのお体を休めてくだされ。

 誰か、杉殿を部屋に連れて行ってくれ」


 杉隆重が部屋から出ていったのを確認して、由布惟信が語気を強めて進言する。

 見ると、佐伯鎮忠や香月孝清や朽網鑑康も同じ意見らしい。


「八郎様!

 今こそ猫城へ進軍して憎き毛利元就を本当の亡者にしてやるべきかと!」


「猫城の兵が少ないのは、近くに居た我らが一番知っております。

 朽網殿にも確認なさってもらっても構いませぬ。

 八郎様が率いる兵全てを猫城に向ければ、勝利は間違いないですぞ!」


 香月孝清も俺を煽る。

 二日この地に留まれば、三千から四千の兵を確保できる。

 それだけの兵力があれば、寡兵らしい猫城の攻略は可能だ。

 だが、何かが引っかかる。

 毛利元就の事だ。

 どんなイカサマ……

 俺は薄田七左衛門に昔の口調でたずねた。


「なぁ。七左衛門。

 お前、賭場で博打のイカサマ見破っていたが、あれどうやって見分けていたんだ?」


「はっ。

 賭場での博打は、大勝負で賽子を変えるのでございます。

 掛札が張られた時点で親の有利な賽子を振る際に仕込んで振る。

 その為、その賽子を握るまでに見破れば、イカサマの証拠は親の手の中という訳で」


 公式な場所だからこそ臣下としての口調で話す薄田七左衛門が何となく面白いのだが、彼の言葉に引っかかりを覚え、それが違和感と繋がってゆく。

 賽子を変える……違う。

 仕込んだ所を抑える……違う。


 掛札が張られた時点で……これだ。


 そして、それがトリガーとなって違和感が連鎖する。

 そこから更に疑念が広がり、この場での違和感に気づく。


「ん?

 果心と井筒女之助はどうしたんだ?」


 それに佐伯鎮忠が答える。


「はっ。

 髻砦襲撃のせいで毛利の間者が動いているらしく、しばらく警戒と間者の排除を行うと」


 ちょっと待て。

 何で間者が動いている?

 髻砦襲撃という突発事項に対する反応としては鈍すぎる。

 杉隆重の身柄が目的ならば、そもそも彼がこの畑城に逃げ込めなかっただろう。

 それの意味する所は一つだ。



 杉隆重は間者かどうかは置いておくとして、見逃された。



「っ!?

 誰か、諏訪山城で起こっている合戦の続報を知っているものはおるか!?」


 ぞくりと悪寒が走る中、俺は大声を出して己を奮い立たせる。

 今日、帆柱山城で受け取った合戦は『昨日』の合戦だ。

 この位置ならば、『今日』の合戦が届いてもおかしくは無い。

 俺の視線に居る将達はそろって首を横に振った。

 毛利の間者の目的はこれだ。

 俺と戸次鑑連との間の情報を遮断しようとしている。

 何のために?

 決まっている。



「鍋島信生。

 お前が畿内で暴れた騎馬隊を模して作られた、竜造寺騎馬隊を率いて戸次様の所に勝手働きをした将で、奴が彦山僧兵を説得した。

 奴は今『大友軍に協力する為』に僧兵を募って、数千の僧兵を率いて香春岳城に向かっているぞ」



 これが毛利元就が用意した最後の罠だ。

 だからこそ、毛利元就の身を暴露して俺を猫城の方に釘付けにして、戸次鑑連の方に行かせないつもりなのだ。

 今だからこそ分かる。

 俺が香春岳城に入らなかった時点で毛利元就は大友後詰軍の撃破に目的を切り替えて、責任問題を名目に大友宗麟に粛清させるつもりだったのだろう。

 だが、門司城落城と関門海峡砲撃によって首が締まった毛利元就は、早急に戦術的勝利を得て英彦山や宇佐八幡宮を経由した豊前国衆の蜂起を狙わねばならなかった。

 俺を殺すための仕掛けだったそれらの勢力を使って大友後詰軍の撃破を狙ったのだ。

 鍋島直茂の北上はこれのトドメの駒という訳だ。

 おそらく、俺が門司城を奪った時点で、小倉宿、帆柱山城、畑城経由で猫城を狙うのは勘付いていたはずだ。

 猫城を攻撃された時点で、俺の建前である『猫城奪還』の名目が一応立ち、大内輝弘に献上した門司城奪還の功や府内のあれこれで即粛清にはならないと毛利元就は踏んだのだろう。

 そうなると、九州に上陸させた吉川元春と小早川隆景の両川をはじめとした毛利軍主力をどうやって帰還させるかが焦点になる。

 俺が猫城を奪っても、大友軍後詰を撃破した毛利軍の兵力は一万を下回らないだろう。

 落城によって防御能力が落ちた猫城に籠もるのを避けて、俺が猫城を落とした功績を得て下がる所まで読んでいるのだろう。

 最悪でそれだろうし、俺が猫城を攻めあぐねて、大友軍後詰を撃破した毛利軍に背後から襲われるなんて可能性が一番高い。


「伝令を出せ!

 間者が居るので、複数に分けて走らせよ!!」

「街道の安全を確保させるのが先だ!

 幾つかの組を街道に向かわせて間者を排除しないと、また間者に襲われるぞ!!」


 佐伯鎮忠が伝令を走らせようとして由布惟信にたしなめられる。

 このあたりは年の功なのだろうと感心する。


「申し上げます。

 雲取山城より伝令がやって来ております」


 居なかったはずなのに当たり前のように居て俺の耳元で囁く果心。

 このあたり歴史に名の残る忍者だと何となく納得する。

 何が凄いって、場に突如登場したのに誰も驚いていないのが凄い。


「雲取山城?」

「我が香月家の出城の一つで、畑城と鷹取山城との間にある城で、畑城や鷹取山の更に奥にある雲取山一帯を治めておりまする。

 麻生一族の麻生鎮益殿が城主を勤めており、鷹取山城の森鎮実殿の仲介によって大友側に加わりました」


 朽網鑑康が首を捻り、地元に詳しい香月孝清が説明をする。

 それを横目で見ながら果心の報告に耳を傾ける。


「髻砦が毛利に内応していた為に、伝令が寸断されておりました。

 合戦は小競り合いで終始し、双方ともに損害が出ておりますが、主な将の討ち死には出ておりませぬ。

 戸次様は、八郎様の手勢がこちらに合流して欲しいと申しております」


 戦略的に優位とは言え兵数で劣っている大友軍はここに来て持久戦に終始し、香春岳城から諏訪山城周辺の彦山川北岸に陣取った大友軍に対して毛利軍が攻撃をしかける事に終止したらしい。

 累計での損害はこんな感じになる。



諏訪山城合戦 その二

 大友軍   戸次鑑連・木付鎮秀・大鶴宗秋   一万二千

 毛利軍   吉川元春・小早川隆景       一万九千


損害 (戦死・負傷・捕虜・行方不明含む)

 大友軍   千

 毛利軍   千


討死

 内空閑鎮真・佐野親重 (大友軍)  坂田諸正 (毛利軍)



 順調に削られていると見るべきか、持ちこたえていると見るべきか。

 俺が加われば三千ほどのプラス。

 だが、毛利側に鍋島直茂の数千が入れば俺を含めても押し勝てるはずだ。

 じゃあ何で毛利元就は俺達を合流させないように動く?

 死んだと偽っていた己の姿まで晒してまでだ。



(……奴は今『大友軍に協力する為』に僧兵を募って、数千の僧兵を率いて香春岳城に向かっているぞ)



 なるほど。

 やっと毛利元就が俺を引き離そうとする理由が分かった。

 鍋島直茂、いや竜造寺隆信もまた戦国大名という事だ。




 鍋島直茂の奴、最後は勝つ方につくつもりだ。

今までの流れのおさらい


 八郎「猫城奪還の為に出兵」


 毛利元就「八郎を殺すために香春岳城を攻めておびき寄せようとする」


 八郎「罠と勘付いて直前で方向転換し門司城を急襲。攻略」


 毛利元就「八郎が香春岳城に来なかった時点で、大友後詰軍の撃破に方針転換。一時的戦術勝利で豊前国衆蜂起という戦略的状況の改善を企もうとする」


 竜造寺隆信「このあたりで彦山を使って大友軍を背後から叩くために鍋島直茂を派遣」


 八郎「大友後詰軍撃破が狙いと勘付いて、帆柱山城、畑城経由で大友後詰軍と合流を狙う」


 毛利元就「八郎の狙いが猫城か大友後詰軍との合流なのか分からない毛利元就は、杉隆重を逃して八郎の視線を猫城と毛利元就に釘付けにさせ、その間に大友後詰軍を撃破しようと企む」


 八郎「それに気づいたと同時に、鍋島直茂がキャスティングボートを握っている事に気づく」




麻生鑑益 あそう あきます

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