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修羅の国九州のブラック戦国大名一門にチート転生したけど、周りが詰み過ぎてて史実どおりに討ち死にすらできないかもしれない  作者: 二日市とふろう (旧名:北部九州在住)
豊芸死闘またの名を因果応報編

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八郎大回り

 由布惟信が報告した大友軍と毛利軍の合戦だが、毛利軍が挑発しそれに大友軍が乗った形になっていた。

 第一報らしくそこから先の報告がまだ入ってきていない。


「早いな。

 合戦が起きるにしては早すぎる」


 俺の呟きに由布惟信が首をひねった。


「何が早いと?」

「毛利の動きさ。

 門司落城を受けて何かをするとは思っていたが……」


 そこで気づく。

 この戦国時代、情報伝達にはタイムラグがある事を。

 そして、このあたりの間者働きで負けているのでこちらの動きは毛利側に筒抜けだという事を。


「この話、何処から聞いた?」

「八郎様が用意した小早にて」


 やはりだ。

 陸路周りでの伝令や早馬は阻害されていると見て良いだろう。

 毛利軍がこの情報を知るのは船で芦屋、そこから早馬で丸一日。

 こっちは、船が蓑島城までしか届かず香春岳城まで丸二日、妨害されていたら三日かかるかもしれん。

 このタイムラグを使って毛利軍は攻勢に出た。

 その意図は?


「……っ!

 後詰を叩いて、勝利と言い切るつもりか!」


 戦略上の敗北をひとまず置いておいて、香春岳城の戦いという戦術面での勝利を欲したのだろう。

 国人衆達にとって門司陥落は真綿で首が絞まるのだが効き目に時間がかかるの対して、大友後詰軍の撃破は分かりやすいという訳だ。

 豊前国人衆は現在に至るまで完全に大友家に従っている訳ではなく、彦山や宇佐八幡宮が反大友家姿勢をとっている事もあって、後詰部隊の壊滅は豊前国人衆一斉蜂起という逆転ホームランになりかねない。

 何よりもこの策のすばらしい所は、吉川軍と小早川軍が合流すればおよそ二万、一万三千の大友軍が苦戦を強いられるという点。


「ですが、まだ勝ち負けはついておらぬと考えます」

「その理由は?」


 俺の質問に由布惟信は経験者として語る。

 その言葉には重さと説得力があった。


「小競り合いから始まったという事は、ある種の物見を兼ねているのでしょう。

 次に合戦、そこで勝敗がつかねば翌日にという流れになります。

 合戦が終ったのならば、こちらの耳には敗報が届いてるはすです」


 理路整然とした由布惟信の説明に俺も納得する。

 そうなると、俺の取る手はいくつかあった。


「この城には馬が何頭いる?」


「囲まれているような城ゆえ、物見用に二十頭ばかり」


 控えていた吉田興種が俺の質問に答える。

 今の状況は早さが勝負だった。


「この城は瓜生貞延に任せる。

 吉田殿は忠義を見せてもらうため、ついてきてもらうぞ。

 目指すは帆柱山城だ」


「御意」


 俺の宣言に由布惟信と吉田興種が唖然とするが、俺の決意は硬い。

 門司城には瓜生貞延と麻生鎮里の二将を残す。

 吉田興種の手勢五百と多胡辰敬の兵千、由布惟信の兵百は勝手について行くだろうから、上泉信綱が率いる雑賀・根来衆千、合計二千六百を率いて帆柱山城を目指す。

 もっとも、兵を連れて帆柱山城を目指すと三日から四日かかりかねない。

 速度こそが今は大事。

 畿内でやったように騎馬二十騎で先行する。

 由布惟信はこれを嫌がったが、現状の速さ優先には賛同してくれたので渋々納得してくれた。

 馬上で駆けるのは、俺・有明・明月・政千代・篠原長秀・柳生宗厳と残りは由布惟信がつけてくれた武者達。

 果心と井筒女之助と石川五右衛門は忍者達を駆使して先行し道中の掃除をしてくれているはずである。

 で、その日の夕方には小倉宿に着こうとした時、滞在してた騎兵集団を見つける。


「止まれ!

 何処の兵だ!!」


 俺の声に聞き慣れた声が返事を返す。


「八郎様!

 佐伯鎮忠でございます!」


「どうしてお前がここに居るんだ!?」


 驚く俺に佐伯鎮忠率いる馬廻が即座に俺たちを囲む。

 万一の襲撃を警戒する程度には彼も経験を積んだという事なのだろう。


「お蝶様の采配にて」


 助かった。

 彼女は香春岳城での合戦の報告と俺が門司城を落とした報告がほぼ同時に届いた時、即座に後詰を送ってくれたのだ。

 陸路豊前松山城を経由して、小倉宿に到着し明日は門司という所で俺達と出会ったという訳だ。


「馬廻衆二百。

 どうか八郎様のお側に」


「助かる」


 とりあえず、小倉宿の商家を借りて今日はここに泊まる。

 明日には帆柱山城に入りたい所だが、佐伯鎮忠はお蝶からの文、香春岳城での合戦の詳報を俺に書いてくれていた。

 由布惟信の読み通り、まだ小競り合いが始まった所で、現在どうなっているのかについては不明である。


「毛利軍は吉川元春が、境口の渡しに一万の兵で布陣中。

 小早川隆景が一万の兵を連れて東蓮寺に布陣。

 そこより香春岳城に向けて物見を数度放ち、我が方を挑発。

 安心院公正がこの挑発に乗り、木付鎮秀隊が釣り出される。

 それを見捨てられず大友軍諸隊も順次出陣し、諏訪山城周辺で合戦に及ぶ……か」


 諏訪山城というのは鷹取山城の出城の一つに当たり、彦山川北岸にあって香春岳城と鷹取山城の連絡線を確保するのにうってつけの城である。

 もちろん、毛利軍の大軍が支えられる規模の城では無く、吉川軍の襲来時に放棄していた。

 この小競り合いに毛利軍は素早く撤退し、大友軍は諏訪山城を奪還。

 本陣をこの城まで進出させていた。


「良くないな。

 完全に引きずり出されたか」


 鷹取山城の森鎮実の手勢数百も味方に加えられるが、それでも毛利軍二万を相手にするにはきつい。

 戸次鑑連と吉弘鎮理という大友軍最強コンビに小野鎮幸を加えたとしても、兵力に勝る吉川元春と小早川隆景相手では荷が重たいだろう。

 それは、清水宗治が守将をやっているであろう猫城が空であるという事を意味している。

 俺達が猫城を落とすのが先か、毛利軍が大友軍を撃破するのが先かというチキンレースになってきた。


「門司から回す兵が猫城を攻撃するのに最短で一週間。

 その間に、毛利軍は大友軍を撃破しかねない」


 こういう時は、たとえ戸次鑑連と吉弘鎮理と小野鎮幸という将の将才を信じていても、最悪を想定するのが基本だ。

 ならば、小早川隆景の視線をこっちに向ける必要がある訳で、それは寡兵で小早川軍一万を相手にする事を意味する。


「猫城に圧力をかける為にも、明日には帆柱山城に入るぞ。

 石川五右衛門。

 畑城に出向いて、城主香月孝清殿に後詰に来たと知らせて味方につくように伝えよ」


 手札が足りない俺達を左右するのは、引きこもり続けてきた畑城主香月孝清の動向だった。

 彼の兵は数百だろうが、その数百の兵と猫城の対岸に位置する畑城という地理的要因が、ここに来てクローズアップされてきたのだ。

 明確な親大友家で無い分、毛利家もここは寝返る可能性があると踏んで調略を仕掛けてきているのは、香月孝清自身が俺に手紙で暴露してくれていた。

 おそらく、六対四で大友側。

 分の悪い賭けではない。


「八郎。

 ちょっといいかしら?」


 有明が入ってきて俺に用件を告げる。

 女がらみは有明に任せているのでその有明が声をかけるという事はそれだけ厄介な事なのだろう。

 その考えは見事に的中した。


「明月に客が来ているのよ。

 許斐氏則。

 麻生鎮里旗下で元園田浦城主と言えば分かるかしら?

 明月は会う気でいるけど、どうする?」


 間者働きは結局の所、地元の人間が一番強い。

 間者は流れ者として入り込むのに対して、動かない地元の人間は狭く深く情報を握っているからだ。

 そして、この時代の国人衆はよほどの事が無い限り、一点張りをしない。

 間者働きで負けている現状、宗像家と繋がりがある許斐氏則の来訪はある意味天佑と言っても良かった。


「会わせてやれ。

 俺たちも立ち会おう」


 過去というのはどうしてもついて回るものだ。

 けど、逃げる事無くそれを向き合って、俺の為に尽くすと決めた明月ことお色の決意を俺は尊重した。


「八郎。

 この戦終わってからでいいから、明月孕ませちゃいなさい」


「嫌がるのにか?」


 有明が強く俺の背中を叩く。

 明月が妊娠したがらないのは知っているし、祟り子と呼ばれるのを恐れているのも知っていた。

 この時代の祟りの怖さが分かるがゆえに、俺もそれを尊重したのだ。

 けど、神も仏も無かった所から這い上がってきた有明は笑って明月の嘘をぶった切ったのである。


「愛する人の子を宿す女の幸せを望まない女は居ないわよ」


と。





「姫様。

 お美しくなられましたなぁ……」


「元気そうでなりよりです。

 許斐氏鏡どのはまだお元気なのですか?」


「ええ。

 この戦でも水軍衆を率いて、大島の城を守っているそうで」


 嫁いだ姫の所に旧臣がやってきた微笑ましい風景に見える。

 旧臣の父親が未だ敵対している大名家の重臣に名を連ねている事を除けば。

 そういう事もあって、急遽商家から服を買い取って、お色と有明に姫装束を着させる。

 とはいえ、再会をいつまでも懐かしむ訳にも行かないので俺が口を挟む。


「久しいな。

 本来なら歓迎の宴でもと思ったが、色々と忙しくてな。

 二つばかり質問させてくれ。

 どうしてここが分かった?」


 ある程度の予想はついているが、裏とりをしてくれという果心からのオーダーである。

 許斐氏則は俺が想像していた答えを言ってくれた。

 

「門司城に入った麻生鎮里殿の手勢にそれがしの兵がおりましてな。

 門司から帰る船便に乗せてもらって、長野城の守りについていたそれがしの耳に。

 麻生殿にはこの行動については了解を得ております。

 それがしの手勢、百人。

 どうか八郎様の下で働かせてくだされ」


 聞くと、許斐氏則は今は客将扱いらしい。

 許斐氏鏡との関係があって、家臣に取り込めなかったらしいが、それゆえにこうした行動が許されるとも言える。

 兵の供出も含めて麻生鎮里の下心も見えるが、今は少しでも信頼できる将兵が欲しい所だった。


「これから毛利との大戦で、下手すれば宗像とも戰う事になるぞ。

 それでもか?」


「だからこそでございます。

 それがしの功績で宗像の家が守れるのならば。

 お色様と八郎様のお子が継ぐ家を守るのがそれがしの役目と信じておりまする」


 お色が俺の子供を孕めば必然的に宗像家の次期後継者に推され、滅亡という最悪の事態まではいかない。

 毛利がこのまま勝利しても宗像家は最初から毛利側についている事もあって所領安堵は確定だろう。

 国人衆のしたたかな生存戦略がそこに存在していた。


「分かった。

 お主の働きに期待させてもらうぞ。

 で、だ。

 もう一つの質問だ」


 わざと間をおいて許斐氏則を睨む。

 空気を冷えさせて、それが本当に大事である事を分からせた上で、俺はその質問を口に出した。


「お主が入っていた園田浦城。

 今はどうなっている?」


 宗像家の内情とかを想像していたのだろう許斐氏則は少し抜けた声で答えた。


「縄張りは壊していないはず。

 あの城は要衝にあったので、あのあたりの領地を得た朽網殿も崩す事はなさらないでしょう。

 とはいえ、毛利の大軍を支えられぬでしょうから、兵を退いて帆柱山城に退いていると思いますが?」


 その答えに俺がどれだけ喜んだか。

 そして、その答えの意味を皆が理解していないのを構わず周囲の目を気にせずガッツポーズをしてしまう。


「つまり、陣城として使えるんだな!?

 明日は、なんとしても園田浦城まで出るぞ!!」




 その夜遅く、駆けてきたらしい由布惟信の手勢が小倉に到着する。

 大友家最強の一つである戸次家の将兵は士気も練度も違うと感心するしか無い。

 残りの本隊の到着は翌日夕方になるらしい。

 明日、園田浦城に陣を構えたら、確実に毛利軍に捕捉されるだろう。

 それは、門司落城の衝撃の上に、猫城攻撃と北から包囲されるという恐怖を植え付けるはずだ。


「篠原長秀と柳生宗厳はここで兵を募れ。

 武具無しで後ろから石を投げるだけで、一合戦限りでいい。

 とにかくできるだけ多く集めてくれ」


「はっ」

「かしこまりました」


 後からの報告になるがこの時集まった雑兵は三百人ほどで、女子供まで雇ったらしい。

 俺の今の手勢は、時間差で移動せざるを得なくなっていたのでそれでも大いに助かるのだが。




 大友鎮成直轄  有明・明月・果心・政千代・井筒女之助・石川五右衛門


  佐伯鎮忠      馬廻      二百

  許斐氏則      許斐家郎党    百

 

 半日差

  由布惟信      戸次家郎党    百


 一日差

  篠原長秀・柳生宗厳 小倉宿雑兵   三百

  多胡辰敬      多胡家郎党    千

  上泉信綱      雑賀根来衆    千


 二日差

  吉田興種      大内家残党   五百



 合計               三千二百




 これに、これから向かう先からも兵を抽出できる。


  朽網鑑康      帆柱山城     千

  香月孝清      畑城      数百


 合計して四千数百から五千。

 猫城を突くギリギリの兵力である。

 あとは、これらの兵が園田浦城に集まる三日後までに香春岳城の大友軍が敗れていない事を祈るのみ。

 早朝、小倉に飛び込んできた報告は、危ない綱渡りを否応なく俺に認識させた。


「昨日、大友軍と毛利軍が諏訪山城周辺で激しく争うが勝敗はつかず」


 早く大友軍が負ける前に猫城を攻めないとと焦ろうとした俺に、またあの違和感が走る。

 毛利側に兵力差があるのに、激しく争って勝敗がつかない?

 あの、吉川元春と小早川隆景が引き分けで終る戦なんてするのか?


 ぞくりと背筋が凍った。

 何であれだけ間者働きで負けて情報が入ってこなかったのに、この合戦は昨日の情報が小倉に飛び込んできているんだ?

 今、俺の周りの兵は三百しか居ない。

 俺が大回りをして北から猫城を攻める事を想定して、大軍が率いれない事を見越していたら?

 猫城の守将は清水宗治。

 彼が千程度の兵で襲ってきただけで、こっちは簡単に全滅しかねない。

 あくまで可能性だ。

 だが、毛利元就相手だとこの可能性を否定できない。

 

「八郎?

 どうしたの?」


 馬上から有明が心配そうな顔を向ける。

 俺は笑顔を作って、馬に乗って有明の隣に並ぶ。

 とはいえ、まだ罠は先に見えている。

 この罠の分水嶺はまだ先にある。

 少なくとも、罠の可能性に気づくのが早くなった事を喜ぼう。 


「とりあえずは何でもない。

 帆柱山城は安全なはずだ。

 そこまでは駆けるぞ!」


 改めて確信したことがある。

 この戦いにおいて、どこかで毛利元就相手に博打を打たねばならぬという事を。

 それほど、毛利元就という幻影が俺を縛っているという事を。

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