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修羅の国九州のブラック戦国大名一門にチート転生したけど、周りが詰み過ぎてて史実どおりに討ち死にすらできないかもしれない  作者: 二日市とふろう (旧名:北部九州在住)
豊芸死闘またの名を因果応報編

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香春岳城攻防戦 その6

 出陣中止。

 その後馬ヶ岳城に居た大友軍を中心に、ある噂が一気に豊前国全体に広がった。

 陣幕の一つの賭場で、足軽達がこの状況を愚痴り合う。


「後詰を行わずに出陣を止めるとは!

 畿内の仁将も噂のみよの!」


「よさぬか!

 上に聞こえたらどうする!!」


「構うものか!

 上が言えって言っているんだ!」


 ここまで言って愚痴を言っていた足軽が、首をかしげて神妙な顔になる。

 というか、ありありと不自然そうに続きを口にした。


「だが、不思議よの。

 足軽組頭から『出陣は中止。それゆえ我が大将は腰抜けと噂を広めよ』というのはどういう事だ?」


 サイコロを使っての丁半博打。

 銭だけならまだしも負けがこんで裸で戰う馬鹿も居るが、そういうやつは基本死ぬので放置している。

 ここの軍は大将が大将故に軍の規律が緩いが、戦支度では他の軍勢と比べ物にならない上に、負け知らずなので兵たちがついてゆくという所がある。


「なんでも、『腰抜け』『臆病者』『女狂い』といろいろやらかしているらしいからな。

 ここの大将」


「お前新入りか?

 うちの大将馬鹿にすんじゃねえぞ!」


 サイコロを振り勝ち負けが確定し、銭や酒が交換されてゆく。

 古参らしい足軽の怒気に、言った足軽は両手を上げて敵意はないとアピールする。


「だから、悪口を言えと組頭から言われてその通りにしているんだろうが!

 何でこれから戰う大将の悪口を好き好んで言わねばならんのだ!!」


「……すまん。

 悪かった。

 だが、悪い人では無いんだ。

 本当に畿内で凄い戦をしたお方でな……」


 気づいてみると周りの足軽達が、その古参の足軽の話に耳を傾けている。


「凄いお方なんだ。

 俺は和泉国の生まれでそこからついてきたんだが、岸和田ってお城を堺もかくやってぐらいな街にしてくれてな。

 おまけに、村々の争いを無くし、戦は負け知らずで、何と言ってもあの三好様の姫を嫁にして畿内を暴れまわったお方よ。

 ……ただ、女狂いだけは本物でな。

 戦の前に女を抱かねば落ち着かぬらしく、毎夜毎夜女の方が持たぬからとうとう御陣女郎衆まで雇いきっちまった。

 伊予国のとある城では御陣女郎衆を率いて城を落としたんだから、もう男として羨ましいというか、ああはなりたくはないというか……」


 話を振った足軽は陣幕から出て城に戻ろうとした所で声がかかる。

 女の声なのだが、その姿は周囲には見えない。


「ああはなりたくないなんて言われていますよ。八郎様」

「そのああはなりたくないに多大な貢献をしてくれたのは誰だったかな?三好のお姫様」


 ぼろの胴丸と陣笠で顔を汚せばますはバレない。

 おまけに、女と酒とバクチOKだから、足軽達の意識は当然そっちに行く。

 随分昔にこういう事をしたものだと俺は感慨にふけろうとして思いとどまる。


「良い感じに広まっていますよ。

 豊前国国人衆達は、疑心暗鬼に陥っています」


 間者働きで負けている現状、悪い情報ならば確実に豊前国に広がる確信があった。

 ならば、その情報網を流用する。

 情報が伝聞だからこそできる情報改竄である。


「出陣取りやめという事実に、臆病者という流言を流して真実のように見せる。

 それに、『その流言を流したのは俺だ』という事をつければ、疑心暗鬼の出来上がりってね」


「八郎様のそういういやらしい所、私は好きですよ」


 隠れての護衛なので傍目から見れば一人で何か呟く危ない人である。

 とはいえ、どうやっているのか果心の姿は見えない。


「千手惟隆とその手勢、帰してもよろしかったので?」


 出陣中止にともなって、『仲哀峠を確保する』という名目で千手惟隆とその手勢が姿を消していた。

 俺の出陣中止とこの流言は間違いなく毛利側に伝わるだろう。


「ここで百人ばかり殺しても意味がない。

 それに、本当に千手惟隆、もしくは千手一族の可能性はまだ残っているからな。

 無駄に敵を作る必要もないさ」


「お優しいというべきか、お甘いというべきか……」


 果心の呆れ声の後、聞きたかった報告がやってくる。

 毛利元就が仕掛けた罠の欠陥。

 それがついに俺の所に届いた。


「府内からの早船より報告です。

 幕府が動きました。

 公方様の停戦仲介と、和議斡旋」


 ここまでなら、別に問題はない。

 だが、それを目的とする取引材料が今回は付属していた。


「そして、備前国守護である浦上家の願いを聞き入れる形で、宇喜多直家に対して討伐令が出され、諸侯が兵を集めているそうです。

 話によると公方様御自ら播磨国に出陣するとかで、細川家、山名家、三好家の大名に播磨国・丹波国国衆も参陣するとか」


 公方足利義昭の出陣。

 彼が自前の戦力を確保したくて播磨国に目をつけていたのは知っていたし、その播磨国を抑えていた備前国守護浦上家が水島合戦で宇喜多直家に大打撃を受けた事も足利義昭は知っていただろう。

 そして、織田信長が長島一向一揆鎮圧に失敗して、動けないこのタイミングでこれをしかけてきた。

 ただのお飾りであるはずの公方に何ができるかと侮っていた結果がこれである。

 副将軍織田信長と組織的に対立する宿命にある管領細川昭元が足利義昭の扇動に乗ってしまったのだ。

 それを補佐する松永久秀や細川藤孝も、細川京兆家復興のデモンストレーションとある程度の力を見せる事を目的にこれを追認。

 畿内で足利義昭の元に集まった兵は、細川京兆家を中心とした一万五千。

 これに同じく傀儡化していた山名家当主山名豊国が傀儡からの脱却と、播磨国にあった山名家の旧領を狙ってこの動きに呼応。

 四国に引きこもった三好家も水軍衆を動かす程度だがこれに乗った為に宇喜多直家は陸路と海路の二方向から挟撃を受ける羽目になり、後ろ盾の毛利に後詰を頼んだのだろう。

 織田家もこれに目付をつける程度の兵を出したが、そこで出て来た将は織田家に身売りした荒木村重で、明らかに本腰ではない。

 

「公方様の狙いは、宇喜多討伐の名目で通過する播磨国の領有だ。

 公方様のお子を孕んだ側室の生家も播磨にあるそうだから、その家を使って播磨を抑えて自前の兵をという所だろうよ」


 播磨国は水運の要衝だけでなく、石高も四十万から五十万石もある豊かな国だ。

 ここを直轄化できるならば、自前の勢力として万の兵を確保できるだろう。

 そんな事を考えていたら果心が面白そうに囁く。


「公方様の手勢は三千ほどらしいですが、その兵を全て出して侍大将に成られたお方がいらっしゃるそうですよ。

 相良頼貞殿と名乗っておられるとか」


「……」


 最初に思ったのは、『うまく生き残ったな』だった。

 あの複雑怪奇な紀伊国に根を張って生き残るだけでなく、公方様と繋がって公方様の将になっているのだから大した立身出世である。

 そうなると、彼が出した兵の大部分は雑賀衆と根来衆を中心にした傭兵集団なのだろう。

 根を張ったと言っても時が浅いから土着化できずに銭に集中し、それゆえにのし上がった物語の先達者として俺が居る。


「畿内では、相良殿の事を『第二の主計殿』と囃しているとか」


「じゃあ、あれにも女狂いの噂がつけばいいのに」


 城門の前に有明が立っているのが見える。

 あの時のように。


「思ったんだけど、八郎ってその格好好きでしょ?」

「まあな。

 足軽連中には俺の顔はわからんだろうし、戦をしないならば気晴らしには悪くない。

 喧嘩や何やらに巻き込まれる可能性も無いわけではないが。

 一応隠れて行ったんだが、どうして知ったんだ?」

「果心がちゃんと教えてくれました」


 もちろん果心は姿を表さない。さすがくノ一。逃げ足も速い。

 有明は腰に手をあてて深く深くため息をついて笑った。


「戻ってきたんだから、いいわ。

 おかえりなさい。八郎」


「ただいま」


 間者働きで負けている現状、何処に毛利側の間者が潜んでいるか分からないので心配したのだろう。

 だが、実際に足を運んで生の情報を掴めたのには大きな収穫があった。

 少なくとも、俺が連れてきた兵達は俺の奇行に慣れたのか、俺を疑っていない。


「とりあえず着替えて頂戴な。

 簑島城に居た木付鎮秀様が古庄鎮光殿と高田鎮孝殿と共にお待ちになっておりますよ。

 此度の出陣中止の訳を知りたいって」


「分かった。

 有明と果心。

 そのままついてこい」


「果心居たの!?」

「はい。一応くノ一なので姿を隠して八郎様の護衛についておりました」

「何で私を誘ってくれなかったのよ!」


(その格好の極上遊女を連れる足軽ってどう考えても身分バレるじゃねーか!)


 というツッコミは心のなかにしまって口に出すことはなかった。

 来るだろうとは思っていたが、こちらが出向くつもりだったので来てくれる分には大助かりである。

 有明から受け取った手ぬぐいで泥がついた顔を拭いて三人が待つ居間に入ると、三人の唖然とした顔と応対していた大鶴宗秋と吉弘鎮理の憮然とした顔が俺の目に入るがここは気にしたら負けである。


「申し訳ござらぬ。

 少し間者の真似事をしていたもので」


「御大将ともあろうお方が、間者働き等感心はしませぬぞ」


 場を代表して木付鎮秀が俺をたしなめる。

 この言葉からも分かる通り、間者働きはまだまだ武功とは認められない風潮はたしかにあった。


「申し訳ない。

 だが、既に知らせたとおり、彦山と宇佐八幡が毛利側についている以上、間者働きでこちらの動きは毛利に筒抜け。

 あえてこちらから噂を流してみたまで。

 面白いように、国衆は踊っているみたいでな」


 なんと言っていいか分からない三人に対して、大鶴宗秋は付き合いも長いので達観し、吉弘鎮理の顔にはこの件で説教すると言っているが気にしない。

 人間、命がかかると泥臭くても足掻かないといけないのだ。

 それが毛利元就渾身の必殺の罠ともなれば、なおさらだ。


「たしかに不穏な空気は流れておりますが、普通己を腰抜けと罵るようにと噂を流す大将等おりませぬぞ」

「ましてや、畿内において輝かしい武功をお持ちの八郎様御自らその名に泥を塗るのはお止めくださるよう、大友家の臣を代表してお諌めさせて頂きたく」


 常識人枠の古庄鎮光と高田鎮孝が交互に諌めの言葉を言うが、本題はそこではない。

 とはいえ言わないといけないあたり大名家勤めの中間管理職の悲しい所。


「皆の諫言心に残しておこう。

 で、本題に入る。

 香春岳城を捨てるぞ」


「「「!?」」」


 既に聞かされていた大鶴宗秋と吉弘鎮理を除いた三人の顔色が驚愕に変わる。

 流石に古庄鎮光が声を荒げて俺を諌める。


「八郎様!

 何をおっしゃっているのかおわかりなのか!?

 香春岳城を見捨てれば、後詰めにしくじったと豊前国国衆が一斉に寝返りますぞ!!」


「くれてやるのは城だけだ。

 将兵の安全と囚われた杉殿の解放を条件に香春岳城を明け渡す。

 杉殿の身柄確保は府内からも言われた事だろう?」


 俺の説明に古庄鎮光が黙り込む。

 府内の命、つまり大内輝弘を周防長門に上陸させて毛利領内を荒らす作戦で、元大内家重臣だった杉隆重の名前があるのと無いのでは影響度が段違いになる。

 この作戦を知っているのは、府内でも大友宗麟の側近と計画立案者である吉岡長増ぐらいなものだろう。

 俺が知っているのは前世知識からなので、この策を口にする事はできないが。


「それにただくれてやっては俺も府内から叱られよう。

 どこかで功績を立てねばならぬ。

 その為に香春岳城をくれてやるのだ。

 狙いは、城に籠もる志賀殿達よ」


「という事は、その兵を吸収して毛利と一合戦を行うと?」


 高田鎮孝の確認に俺は笑みを浮かべて頷く。

 香春岳城守備兵千数百は、今の大友軍にとって喉から手が出るほど欲しい裏切らない味方だからだ。

 俺はそのまま言葉を続ける。


「香春岳城をくれてやるという事は、毛利軍がその城を守るという事だ。

 あの城を守るならば、今篭っているだろう千数百から二千ほどの兵を詰めないとならない。

 そうなれば、吉川元春の手勢は七千から八千の兵数まで落ち込む。

 合戦するには悪くない数だ」


「毛利軍がそのまま香春岳城に篭ったらどうするので?」


 木付鎮秀が怪訝そうな声で俺に尋ねる。

 彼は加判衆に就いてから初めての大規模合戦の大将抜擢である。

 ここで手柄を立てないと田原親宏や臼杵鑑速みたいに失脚しかねない。

 多分、これも毛利元就が俺に仕掛けた鎖なんだろうな。


「むしろ喜ばしい事だ。

 毛利両川の一角が香春岳城に篭っている。

 その分博多が手薄になるという事」


「申し上げます!

 戸代山の陣より早馬が参っております!!

 至急お目通りをと!!」


 木付鎮秀が俺に何か言う前に障子を開けて入ってきた篠原長秀に被せられて言葉を失う。

 戸代山からの陣からの急報。

 さすが毛利元就。楽には勝たせてくれないらしい。


「通せ」

「はっ」


 俺の声に既に来ていただろう早馬の騎馬武者が姿を見せて報告する。

 その内容は、俺が想定していたものとは違っていたが、ある意味毛利元就らしいといえばらしいと言えた。


「申し上げます!

 物見を出した所、城越城及び明神山城に敵兵の姿無く、鎮西原城の毛利軍も包囲を解いて撤退を開始したとの事です!」



 早いなぁ。毛利元就。

 凄いなぁ。吉川元春。


 俺が罠に勘付いた事に気づいて、即座にプランBに切り替えやがった。

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