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香春岳城攻防戦 その1 10/29 冒頭部加筆

「よくぞ我が屋敷に参られました。

 歓迎いたしますぞ」


「叔父上もお変わり無く。

 武名は府内でも耳にしておりますぞ」


 雄城屋敷を俺の屋敷として使っているが、その一角に茶室を作っていた。

 畿内の流行に合わせた茶室で、府内の人々の話題になっていたが、その完成と共に最初の客を招待する。

 招待したのは後継者である大友義統。

 近習として田原成親を連れて俺の所に向かう付き人の数は百人を超えていたという。

 後継者の大友義統が一門衆の俺に会いに来るという政治的意味を、府内に見せる事も必要だという訳だ。

 少なくとも今の段階で俺の粛清可能性は危険水域には届いていない。


「ささ。

 どうぞ中へ。

 畿内の作法にて茶を馳走しましょう」


 俺の茶というのは千利休あたりが目指した侘び寂びの茶では無い。

 むしろ豊臣秀吉あたりが政治的に使っていた権勢の誇示と、内々での話し合いのためにある程度の広さを用意した茶室になっている。

 六畳ほどの広さの茶室に雪舟の山水図が飾られている。

 完成記念にと仲屋乾通からのプレゼントである。

 主人として座るのは俺、茶を立てるのは有明、俺の近習として篠原長秀が後ろに控えている。

 客として大友義統と田原成親が座る。


「そう固くなるな。

 作法は最低限で良い。

 京でこのような茶が流行るのは、立場を無くした上で密談をするためよ」


 俺の砕けた口調に大友義統が足を崩す。

 きつかったらしい。


「気をつかっていただいてありがとうございます。叔父上。

 武も文も少しずつ学んでおりますが、雅まではまだ手が回りませぬ故」


「知らぬままでは京では侮られるぞ。

 それに溺れるのも本末転倒だろうがな」


 有明が珠光茶碗を取り出し油屋肩衝から茶を入れ、芦屋釜で湧かした湯を注いで茶を立てる。

 油屋肩衝は俺がこの茶室を作っているのを三好家経由で知った堺の豪商油屋常言から頂いたもので、祝の他に俺と三好と堺が未だ繋がっているアピールなのだが、大友義統にはそこまではまだ分からないだろう。


「どうぞ」

「いただきます」


 大友義統が苦そうな顔をするので俺と有明は笑うのを我慢する。

 初陣を果たしたとは言え、味覚はまだお子様なのだろう。


「こちらを。

 南蛮人の菓子でぼうろでございます」


 かつて食べたそれを見て大友義統の顔がぱぁっと明るくなる。

 そんな彼を眺めながら俺は本題に入る。

 現在の府内の状況は、第三次姫島沖海戦で一段落したと認識している対毛利戦線よりも、火がつきつつある対島津戦線の方に視線が向きつつある。

 そのことについては俺は基本的に歓迎していた。


「どうしてなのですか?」


 説明を聞いた大友義統が俺に尋ねる。

 田原成親と篠原長秀が後ろに控え、有明が白湯を皆に振る舞う。

 それらの茶碗もそこそこの名物なのだが、ひとまずおいておこう。


「両方を敵に回しては兵がいくらあっても足りん。

 片方に集中するならば、その方が対処しやすい。

 これが表向きの理由」


 そこで言葉を切って、俺は有明から差し出された茶を堪能する。

 気づいてみたら珠光茶碗とも長い付き合いになり、手に馴染んできた気がする。

 初陣を経て大人となった大友義統だが、まだこの茶碗の価値をいまいち理解していないみたいだ。

 そういうのもこれからは教えてあげないといけないと思ってこういう場を用意してみた。

 この手のは本物を見せるのが一番だからだ。


「もう一つの理由。

 こっちが本命だ。

 博多を焼かずに済む」


 俺が始めた内政チートの結果、日本有数の商業都市からアジア有数の商業都市に成り上がった博多を戦火で焼く事は大友宗麟ですら躊躇っていた。

 高橋鑑種の首は必須だが、その首の価値は博多と釣り合うものではないというのを大友宗麟以下加判衆は認識していたのである。

 大友家が現状このように振る舞えるのも、大友家が他の大名家と違って銭払いが機能しているのが大きい。

 このあたりも俺が銭払いを重視して下級武士層が大名家と繋がっているのが大きい。


「では、父上が命じた高橋鑑種討伐の命をどうやって果たすので?」


 大友義統が興味津々の様子で俺に尋ねてくるので、俺も芝居かかった口調でそれを言ってのける。

 難題なのはそれを一緒に解決しようとするからだ。

 ならば、バラしてしまえばいい。


「たしかに高橋鑑種の首を取るとは言った。

 だが、何時取るかまでは言っていない。

 それを間違えないでほしい」


 珠光茶碗を置いてパンと手をたたく。

 それで篠原長秀が地図を目の前に広げる。

 状況を俯瞰するためには地図は必須。

 これを篠原長秀と田原成親には理解させている。

 大友義統も学んで欲しいと思っているが。


「既に兵を動かしている。

 俺がここに残っているのは、肥後情勢を見極めるためだな」


 豊後から猫城に行くには二つのルートがある。

 一つは日田経由でもう一つは豊前経由だ。

 それぞれのルートに小野鎮幸と吉弘鎮理を大将に兵を動かしていた。


 日田ルート

  小野鎮幸    五百

   白井胤治   五百

   淡輪重利   五百

   曾根宣高    百


  計      千六百


 豊前ルート

  吉弘鎮理    五百

   鹿子木鎮有  三百

   内空閑鎮房  三百

   城戸直盛   五百


  計      千六百



 兵を分けた理由は兵站に負担をかけない事と、政治的な宣伝のためだ。

 旧秋月領出身の小野鎮幸には凱旋という意味合いがあり、古処山城に寄った後北に向かい香春岳城が目的地となる。

 吉弘鎮理率いる豊前ルートの途中にある国東半島は吉弘一族の本拠地である屋山城がある。

 彼も次男から城主になったので凱旋させてやろうという思いやりで、その後豊前の海岸線を北上して簑島城に入ってもらう。

 なお、俺たち自身は府内滞在後に田原親宏の歓待を受けるため、田原一族の居城である飯塚城に行く予定で、船が使えるならば海路で豊前松山城まで行くつもりだ。


「あくまで今回の戦は、お屋形様の許可をもらった俺個人の戦いだ。

 そこで毛利と戦はするが、高橋鑑種討伐はもう一度お屋形様に出てもらわねばならん。

 紙と筆を頼む」


「こちらに」


 篠原長秀が動く前に田原成親が差し出した事に思わず苦笑する。

 篠原長秀と田原成親は何度か文を交わす仲らしいが何が書かれているのかは興味がある。

 俺への愚痴でなければ良いのだが。


「物事に順番をつける癖をつけておけ。

 何が大事なのかを忘れるな。

 まず、大事なのは博多の奪還。

 次に高橋鑑種の首、それらをする為には毛利軍を九州から追い出す必要がある。

 で、その段階で肥後が騒がしい」


 『博多』、『高橋鑑種』、『毛利』、『肥後』と書かれた紙を順に重ねる。

 そして、一番上にあった肥後の紙をのける。


「既に肥後には兵を出しているから、これは除こう。

 俺の猫城奪還の戦は毛利を排除する戦の一つだ」


 俺は『毛利』と書かれた紙を持つが、それを二つに破り、破った一つを重ねた紙の上に戻す。


「毛利はこの戦、吉川元春と小早川隆景を投入している。

 俺が猫城で戦っている間、どちらかが博多を守っている訳だ」


 このあたりキャンペーンの概念を説明しないといけないので、語彙が無い戦国日本で説明するのが結構難しい。

 だが、大友義統と田原成親は目を輝かせてちゃんと理解したらしい。


「つまり、残った紙を取り除くためには更に何かの手を打たねばならないという訳ですね!」

「それだけでなく、毛利の紙を取り除いても『高橋鑑種』の紙がまだ残っていると。なるほど」


 おもったより理解力があって助かる。

 このままなら愚将にはならないだろう。

 名将になるかはまた別の話だろうが。


「全て一回で片付けるのは無理だ。

 その為に、お屋形様や俺は何度かに分けて事を片付けようとしている訳だな」

 

 俺はそのまま地図のある場所を指す。

 門司城。

 猫城奪還の戦だが、結局あのあたりの戦はあの城の動向に左右される。


「猫城奪還が目的ではあるが、門司城への牽制も兼ねている。

 猫城を奪還して門司城が自由に動けない場合、九州と中国の毛利は分断される。

 今は博多が使えているが、毛利の連絡を支えているのは芦屋で、猫城の直ぐ側だ」


 後にして思う。

 えてしてフラグとはこういう時に立つものだと。


「ご主人」


 すっと入って来たのは井筒女之助。

 女中姿が板について府内でも噂のスレンダー美人の一人である。

 そんな男の娘が文を差し出す。

 こいつの真顔と声でだいたいろくでもない事だろうと察していたが、文の中身はさすがに読めなかった。


「鷹取山城主森鎮実殿から急報だ。

 遠賀川対岸に毛利軍の存在を確認。

 数は数千から一万。

 吉川元春の旗印あり」


 俺を含めた全員に緊張が走る。

 真っ先に口を開いたのは田原成親だった。


「この事はお屋形様の耳に入っているので?」


「この文の取次をしたのは香春岳城主の志賀鑑隆で、お屋形様にも同じものを送っているとある。

 すぐ加判衆が招集されるだろう」


 そう言いながら俺は急いで紙に命令を書き井筒女之助に渡す。

 戦国時代はとにかくこのあたりの情報伝達手段がどうしても後手に回る。


「小野鎮幸と吉弘鎮理に早馬を出せ。

 小野鎮幸は戸次鑑連の指揮下に入り、毛利の出方に備えるように。

 吉弘鎮理には、簑島城にて俺か派遣される大将が来るまで待機せよと書いてある。

 急げ!」


「承知!」


 男の娘が去ると俺はそのまま大友義統の方を振り向く。

 その顔はちゃんと侍らしい顔になっていた。


「先に府内館にお戻りを。

 我らは打てる手を打ってから館に駆けつけますゆえ」


「叔父上。

 それがしに何かできる事はありませぬか?」


 俺は顎に手を当てて考えるふりをする。

 若干まともになったとは言え、相手は吉川元春である。

 俺ですらまともに戦えば負ける可能性が高い。


「なれば、兵の動員はまだ遅らせておいてくだされ」

「何故に?」


 若干不満げな大友義統に俺は侍ではない理で説得する。

 銭という理で。


「大戦が終わり、多くの侍が支払いを終えた所。

 ここで動員をかけたら、また借金をする侍が続出するでしょう」


 俺は床に置いてあった紙の束に指を指す。

 半分に破れた『毛利』の紙の下に『高橋鑑種』の文字が見えている。


「この戦で土地は手に入りませぬ。

 勝っても借金、負けたら大借金。

 こんな戦にまともに付き合ったら損です。

 篠原長秀。

 若様をお送りしろ」


「待って。八郎」


 緊迫した場を凛とした声で有明が戻す。

 たとえ悪巧みをしていたとしてもここは茶室で、茶を楽しんだあとならばその挨拶はしなければならない。


「結構なお手前でございました」


 型に沿ったきれいな挨拶をしたあと、篠原長秀の先導で大友義統が部屋を出る。

 その僅かな時間を田原成親は見逃さなかった。


「で、何か隠し事はあるので?」

「やらかしたというのが本音だ。

 姫島沖の戦で勝ちすぎた」


 三次に渡る姫島沖の海戦で、毛利軍は連絡線を脅かされる事態に陥っていた。

 俺の猫城奪還は隠していなかったから毛利軍には筒抜けになっており、その先にある芦屋の防衛に否応でも動かざるを得なかったという所だろうか。

 状況がじり貧だから、攻勢防御に出たという訳だ。

 現在の大友軍と毛利軍の戦線は、門司城周囲を除いた遠賀川以東は大友軍がほぼ占拠している状況である。

 毛利軍が遠賀川を渡河するだけの目標と言ったら、鷹取山城では無い。

 香春岳城だ。

 あの城を取られると、遠賀川上流からの進行はほぼ不可能になる。

 そうなると小倉経由で攻めるのだが、必然的に門司城がとてつもなく邪魔になる。

 猫城を中心とした戦は俺が出てくる事を隠していなかったから、これも対俺への毛利軍のメタなのだろう。

 兵の動かし方や戦略状況への手の打ち方がいやらしい事この上ない。

 

「島津と毛利が繋がっているのは薄々察していたが、こちらが肥後に兵を出したのを見て動くのだから、やっぱりあれは狐だよ。

 舐めてかかると化かされる」

「では兵の動員云々は?」

「それは本当に頼む。

 こうやって動く以上、奴らの本命は間違いなく肥後だ。

 毛利については、俺が抑えておく」


 ここまで手を打った以上、何か肥後の方で仕掛けているという確信があった。

 そこまで聞いていた田原成親が苦笑する。

 俺の意図に気づいたからだ。


「つまり、また貧乏くじを引くと?」

「言うな。

 自覚はしているのだから」


 田原成親も去った後に有明もぽつり。

 地味にそれが心に刺さる。


「思うのだけど、八郎って逆境楽しんでいない?」


 絶対に違うと言いたいが説明できないので、俺は強引に笑顔で誤魔化すことにした。

10/29 冒頭部加筆

11/4  タイトル変更

11/16 再度タイトルを変更


油屋常言 あぶらや じょうげん

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