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微睡みの府内 その3

 派閥の権勢を見るならば何を見るべきか?

 簡単に見れるのは人の流れ。

 陳情や相談等の人の流れは一番分かりやすい。

 次に分かるのは書類の流れ。

 組織が組織として機能する為には、文字というのは手放せず、保存する事で記録が残る書類は官僚組織の剣であり盾であり力である。

 府内に帰ってきた大友宗麟は論功行賞の後は基本奥に引っ込んでおり、政務は加判衆が行う形になっている。

 だが、戸次鑑連と吉弘鑑理が新領地である豊後外に出て、田原親宏が第二次姫島沖海戦の敗北で謹慎した結果、加判衆のみで仕事が回らなくなっていた。

 残った加判衆の内、志賀親守は島津家との対立を深める肥後国対策に奔走し、田北鑑重は筑後国衆を動かしながら竜造寺家を見張り、戸次鑑連と共に高橋鑑種討伐の支援を行っている。

 新加判衆となった木付鎮秀は国東半島防衛で田原親宏と共に防備を固める為に領内に帰っていた。

 その為、その仕事を手伝う形で勢力が増していたのが、田原親賢を筆頭とした大友宗麟の側近グループである。

 そのメンバーは柴田礼能や佐伯惟教、右筆の浦上宗鉄に軍師としてアドバイスする角隈石宗等である。

 彼らの権力の源泉は大名と繋がっているという事で、公的な立場というのが基本的には弱い。

 だが、近習として大友宗麟の側に居てスケジュールを管理する田原親賢、軍師という立場でもろもろのアドバイスをする角隈石宗、右筆として大友家の公文書管理をする浦上宗鉄のトライアングルは最高意思決定機関である加判衆の弱体化に伴って、その影響力をはっきりと示してきていたのである。

 とはいえ、この側近グループにも欠点がある。

 公的立場の者が少ないので、大友宗麟が倒れたらその権力の源泉が一気に無くなってしまう事と、大友宗麟の寵臣を争う為に側近グループ間の仲があまり良くないのだ。

 うがった見方をするならば、斎藤鎮実の転封は大出世ではあるが、大友宗麟の側から外れた事で側近グループ内部の争いに敗れたという見方もできなくはない。

 事実、側近グループの一人である柴田礼能が府内奉行として就任すると、権益が侵されると寺社奉行になった奈多政基が不満を漏らしているとか。

 彼は奈多鑑基の長男で田原親賢の兄にあたり、死去した奈多鑑基の後を継いで寺社奉行に就いたので権力基盤がまだ固まっていなかったのだ。

 中も外も火種はくすぶっているが、それでもこの府内は微睡んでいられるのは、勝ったという幻想がこの府内に漂っているからに他ならない。

 守護大名は国人衆の連合政権だからこそ、大名が直轄で持つ領地というのは驚くほど少ない。

 それを大友宗麟は大友二階崩れからはじまる内部対立と粛清を巧みに使って、国人衆達の土地を分捕り、分け与えて戦国大名になったのである。

 もし、大友家がいつから守護大名で無く戦国大名として呼ばれるのかと尋ねられたら、今、この瞬間と俺は答えよう。

 一国の大半に等しい二十万石という石高の土地を分捕り、気前よく分け与えた今この微睡みの瞬間を。


「こちらでお待ちくださいませ」


 府内館の一室に俺は通される。

 ついて来ているのは、大鶴宗秋と吉弘鎮理の二人。

 大友宗麟への会見名目は戦勝祝いという事になっている。


「叔父上!

 いつ府内に来られたので?」


 障子が開けられると、若武者となった大友義統が笑顔で飛び込んでくる。

 後ろにつき従っている田原成親の顔を見て、こいつの差し金かとなんとなく察する。

 親に似て、優秀になったものだ。

 後は、親と同じく恨まれない事を祈るしかない。


「少し前だ。

 会いに来たという事は、何か話があるのだろう?」


「……はい」


 先ほどの笑顔と打って変わって顔を曇らせる大友義統の代わりに田原成親が説明をする。

 その口調が田原親賢と似ているのがまた面白くもあり、悲しくもあり。


「実は、八郎様の事で長く府内にて燻っていた噂がありまして。

 その確認をと」


「高橋鑑種と組んで謀反を起こすとかいう噂だろう?

 だったら、こんな所に馬鹿正直に来たりしないよ」


 俺の投げやりぎみの否定に大友義統は笑顔を取り戻す。

 だが大友家の当主になるのならば、その甘さには釘を刺しておく必要があった。


「とはいえ、この末法の世、親兄弟を疑わないとならんのが戦国の倣いなのもまた事実。

 信用はしろ。ただし警戒もしろ。

 大友義統様」


 首をかしげる大友義統に俺は吉弘鎮理の方に視線を向ける。

 常時戦場と言わんばかりに何かあったら斬りつける予備動作を隠そうともしない。

 問題は、この斬る相手に俺が入っている事なのだが、それは言わぬが華だろう。


「そのあたりはおいおい分かるだろう。

 堅い話はここまでにしよう。

 初陣の戦勝、まことにおめでたく」


 俺が笑顔でわざとらしく初陣を祝うと、大友義統は嬉しそうに笑う。

 それが彼の孤独をなんとなく浮き出させてしまう。


「昔のように長寿丸と呼んで下さい。

 叔父上こそ小早川隆景相手に見事勝ったではありませぬか。

 その話を聞きたくてやってきたのです!」


「じゃあ、少しだけ語るとするか。

 呼ばれるまでだぞ」


 俺の勝った、いや生き残った話を大友義統だけでなく、田原成親も吉弘鎮理までも真剣になって聞いていた。

 気づいてみたら畿内の戦等も語り、吉弘鎮理と共に戦の回想をしていた。


「殿が一万田殿の手勢を信用していたのは分かりますが、毛利の軍勢が八幡浜に向かう可能性は考えていなかったので?」

「八幡浜を落としても維持ができん。

 今でもそうだが、南予は水軍衆を握っていないと話にならん。

 そして、八幡浜に向かうと三崎経由で豊後からの後詰がやってくる。

 あの時点で、小早川隆景の選択は間違いはなかった」

「敵将なのに叔父上は小早川隆景をえらく評価しますね?」

「敵である事と、敵将が優れているのを認める事は何も問題はない。

 敵を知り己を知ればというやつだ。

 孫子は知っているか?」

「大陸の書であるぐらいしか」

「今度取り寄せて贈ってやろう。

 気が向いた時に写本でもしてみろ。

 角隈殿が詳しい話を知っているから聞いてみるといい」

「府内の商人達に探させておきます」

「田原成親。頼む。

 支払いは俺の方に回してくれ。

 初陣祝いだ」


「八郎様。

 お屋形様がお待ちでございます。

 どうぞお越しくださいませ」


 田原親賢が俺を呼ぶ。

 座の状況を見て一瞥するが、それ以上は何も言わないらしい。


「ここまでだな。

 また会うのを楽しみにしているぞ」


「はい!

 叔父上!!」


 大友義統と別れて、田原親賢の先導の元、大鶴宗秋と吉弘鎮理を連れて奥に進む。

 かつて会った時には一人だったのだが、今はこちらの家臣を二人連れて行けるぐらいの権勢はあるらしい。

 前は茶室だったが、今回は庭に通される。

 池のほとりに大友宗麟が立っているのが見えた。


「ここからはお一人でとの事でございます」

「わかった。

 二人はここで待っていてくれ」


 二人を待たせて俺は一人池のほとりに向かう。

 俺が側に控えたのに大友宗麟は池から視線を動かそうともしない。


「戦勝おめでとうこざいます」


「戦勝な……

 府内に戻ってその言葉を何度も耳にした。

 だがな、主計頭。

 本当に儂は勝ったのか?」


 ぽつりと呟く大友宗麟の声に俺は安堵のため息を漏らす。

 この微睡みに主君が毒されていないと分かっただけでもありがたかった。


「勝ってはいると思います。

 賭場のハメ口と同じで、最初勝たせて後で毟り取る」


「その毟るのが、お主というのが毛利狐の企みだったという訳だ。

 博多は取り戻さねばならぬ。

 烏帽子親は助けられんぞ」


「承知の上にて」


 俺の即答に大友宗麟が息を飲むのが分かった。

 俺と高橋鑑種の関係は知っているだろうから、即答で高橋鑑種を切り捨てるとは考えていなかったのだろう。

 大友宗麟が息を飲んだ時、俺はこの一連の毛利元就の罠をかいくぐった事を確信した。


「我が本貫地である猫城が今だに毛利の手に握られています。

 その奪還の許可を頂きたく」


「許可だけでいいのか?」

「むしろ、お屋形様が出ると罠にはまりかねませぬ。

 かの毛利狐は厳島にて大将を討ち取る戦巧者。

 今、お屋形様が倒れると、大友は確実に割れまする」

「お主と長寿丸でか。

 一つ聞きたい。

 何でこちらに残った?

 烏帽子親の方につくとばかり思っていたぞ」


 俺を見る大友宗麟の目に疑心暗鬼の揺らぎが見える。

 こういう目に言い訳を言っても信じてもらえないだろう。

 ならば、彼の望む言葉をわざと外れるように言うしかない。


「何のためにそれがしが三好と繋がったとお思いで?

 わざわざ九州にて乱を起こすぐらいならば、和泉国守護代として未だ畿内に留まっておりますとも。

 それでは、毛利狐は別の餌を探すまでの事」


「お主が餌でなかったら、そもそもこの様になっていなかったとも考えられるが?」


「程度の違いですな。

 毛利も大友も博多は欲しいし、竜造寺は野心を隠さない。

 似たような形になったでしょう」


 実際はもっとひどいのだか。

 それは言わぬが花である。


「分かった。

 好きにするがいい。

 今の所はお主の忠義信じておいてやろう」


「ありがたき幸せ」


 俺についての話は終わった。

 そして話が姫島沖海戦に移る。


「臼杵鑑速が毛利相手に海戦を企んでいるらしい。

 佐伯惟教経由で許可を求めてきた。

 お主の入れ知恵か?」 


 手が早い。

 さすが豊後三老に名を連ねる出来人である。

 そして、出来人だからこそこちらの躊躇いなど気にせず、全ての手を使用して勝ちに行くだろう。

 もはやこの海戦については俺の手を離れてしまっていた。


「知恵を出せと言われたので。

 義父上は加判衆を辞す事を考え、その後任に臼杵殿を指名したいとかで」


「なるほどな。

 少し加判衆が弱くなりすぎた。

 勝つのならば、考えておこう」


 そのまま話が途切れる。

 その先は海戦勝利の絶対条件になっているキリスト教布教がらみの話になるからだ。

 俺のキリスト教に対する姿勢は大友宗麟は知っているからこそ、その悩みをこぼす。


「この豊後は仏の国と呼ばれているらしいな。

 多くの仏があるからこその名だが、その仏が何を助けたのだろうな?」


 少なくとも豊後の仏達は大友宗麟を助けようとはしなかった。

 それを知っているからこそ、俺は言葉を選ぶ。


「確かに我々を助けてはくれませんでしたな。

 ですが、古の昔、大陸からやってきた仏達は確かに誰かを助けていたのでしょう。

 あれは、そういう名残と考えるべきかと」


「南蛮人の布教、どう考える?」


 多分ここが歴史の分水嶺だと俺は確信した。

 拒否すれば、火薬確保が追いつかず、練度も低下し、鉄砲の撃ち合いで毛利や竜造寺に撃ち負けるのが目に見えている。

 許可すれば、大友家内部に大規模な亀裂を引き起こし、島津相手の耳川合戦のフラグが立つのは間違いがない。



 俺が守るべきものは何だ?



 池の水面に有明の笑顔が見えた気がした。

 守るべきは有明やその周囲の幸せ。

 それを守る為には、大友家を見捨てて没落するよりも、繁栄させた方が生き残りやすい。

 人は負けて窮乏している時にこそ、ろくでもない凶行に走りやすいからだ。

 意を決して、俺は妥協策を提示する。


「博多を奪還するためには、毛利水軍を叩かねばなりませぬ。

 それを叩けるのが南蛮人の助力ならば、ある程度は向こうの要求は聞かねばならぬでしょう。

 それに溺れるかどうかはまた別の話かと」


「南蛮人は府内だけでなく、臼杵やお主の宇和島での布教も求めるかもしれぬぞ?」


「来られると色々面倒ですが、見なかった事にするのはできましょう。

 寺社が文句を言うのならば、お屋形様の問いをそのまま投げかけてやれば良いでしょう。

 揉め事は、宗派ごとの争いの調停と同じく、寺社奉行にまかせてしまえば良いかと」


 布教『黙認』。

 許可はしないが拒否もしない。

 それで、うまくまとめ上げた例を俺は知っており、その人の偉業を側で感じていた。


「畿内においては、亡き三好内府様がそれを行っておりました。

 三好様にできた事です。

 お屋形様にも出来まするとも」


 大友宗麟が鼻で笑う。

 その笑いには邪気はなかった。


「畿内の天下人と同じことが儂にできると?」

「九州探題、太宰大弐を任させている大友宰相様だからこそできるかと」


 はったりだが、幕府と朝廷から九州に関する公的な事を任されている事がここで効いてくる。

 そして、加判衆も側近ブループも無能では決して無い。

 意欲が有るならば、仮初の平穏は作れるのだ。

 この微睡みの府内と同じように。


「お主の巧言に乗っておこう。

 どうせ戦をせねば謀反を起こすのが侍という畜生どもの本性よ。

 今更火種が一つ増えた所でどういう事ではあるまい」


 言えない。

 今、特大のフラグが立っている事を言うわけにはいかない。

 そして、そのフラグを使い大友家中の疑心暗鬼を躱しながら、島津を相手に戦わないといけない俺は作り笑顔で返事をごまかした。




 この選択の結果は十日後にはっきりと現れた。

 第三次姫島沖海戦。

 大友水軍と毛利水軍の死闘第三ラウンドは、南蛮船だけでなく倭寇までかき集めた大友水軍の辛勝に終わる。

 この結果を受けて、村上水軍は毛利家に対して先の海戦の消耗回復を理由に中立を宣言。

 それは、九州に上陸した毛利軍の連絡線が脅かされる事を意味していた。

 南蛮船という超弩級戦艦の登場が勝利を決めるあたり、ノリは架空戦記で定番だった某アイアンボトムサウンド。


 艦これのお陰であのあたりの事を知る人が増えたのが実に嬉しい。

 そして、あらかたネタを食い尽くした架空戦記界隈が衰退しきっているのが、実に悲しい。



浦上宗鉄 うらかみ そうてつ

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