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ハーレムのお誘い (戦国版)

 門司城陥落後、大友と毛利の戦いは休戦状態になった。

 宗像に後詰に来た小早川隆景がいるが、俺が博多に戻った時も宗像家と共に宗像領奪還に動く様子もなかった。

 その一方で秋月家の方は深刻で、博多にも小競り合いの話が聞こえてきていたのである。


「お帰りなさいませ。八郎様。

 戦勝おめでとうございます。

 既に八郎様に仕官したいと申すものが何人かいらっしゃっていますが?」


 俺の宿にしている神屋屋敷についた時の、神屋紹策の最初の言葉がこれである。

 額に手を乗せかるくため息をついてそれを吐き捨てた。


「追い返してくれ。

 今のところは雇う理由も必要もないとな」


 勝ってからその尻馬に乗る連中はまだいい。

 勝った結果俺の名前を知って利用しようとする連中が一番厄介なのだ。

 特に、菊池がらみで肥後の連中と接触しようものならば、いつ謀反のフラグを立てられるか分からない。

 離れに戻り、少し休んだ後で一同を部屋に集める。

 俺の他には有明と大鶴宗秋と柳川調信だ。


「さて、畿内に行きたいならば、猫城を何とかしろと押し付けられた訳だが、柳川調信。

 お前にこの城を任せる」


「よろしいので?」


 片眉をあげて柳川調信が尋ねる。

 この場合、こっちに逃げてきた彼の一族郎党を全て雇う事を意味する。

 それに俺はあっさりと同意する。


「構わんよ。

 猫城は小城だ。

 火山神九郎も手下にできるなら博多と芦屋の間で商売もできるだろう。

 猫城はそれができる場所だ。

 大いに稼いで俺の懐を潤してくれ」


 遠賀川の河口に当たる芦屋は関門海峡出口側の港の一つとして栄え、遠賀川の水運を管轄し多くの富を得ていた港であった。

 その芦屋の上流域にこの猫城は立っている。

 商売に強い将を置くのはある主当然といえよう。

 なお、猫城に籠城できる人数は百五十人を超えない広さでしかない。


「で、それがしですが、城を息子に預けて参り申した。

 八郎様にどこまでもついてゆく次第で」


 大鶴宗秋についてどうするかを言う前に、彼から己の処遇を語られ言葉に詰まる。

 これは前例がないわけではないのだ。

 たとえば、戸次鑑連の下に来る由布惟信も同じように息子に城を預けて戸次家の筆頭家老となっていたりする。

 断る理由がない。


「あと、それがしを堺に連れて行けば、京や畿内にて色々都合が良いですぞ。

 何しろ滞在していましたからな」


 うん。

 負けだ。

 松山城の一件でやり返された感じもない訳ではないが、やり返す手もない。

 このまま監視役を引き受けてもらおう。


「負けだ。負けだ。

 好きにしろ。

 お前が家老。猫城代は柳川調信にする」


 この言い回しに気づかない二人ではない。

 席次では一位が大鶴宗秋、二位が柳川調信で、城代というのは城主の代理として城を差配する事を意味する。

 城主と限りなく近くなってゆくが、あくまで持ち主は俺という所がミソだ。

 もう少し付け加えるならば、たとえば俺が複数の城を押し付けられた場合、その俺の補佐をして管理を手伝うのが大鶴宗秋になる。

 

「されば、推挙したき者がおりまする」


 こちらが引いたら追撃をかけるのが戦国の基本。

 俺の監視役の地位だけでなく、猫城への柳川調信の監視役も送り込む腹と見た。


「大身でなければ構わぬぞ。

 あの城では養えぬからな」


 俺の言葉に、大鶴宗秋がニヤリと笑う。

 こういう狡猾さは戦国武将だなと思うがそれを顔には出さない。


「秋月謀反で追われた一族がおりまして。

 仕官を求めているとの事」


「秋月?

 誰だ?」


 現在炎上中の大火事に突っ込んでゆくつもりは毛頭ないのだが、まさかの名前に思わず顔色を変えてしまう。


「はっ。

 先の秋月先代である秋月文種の討伐に功績があった、小野鎮幸にて」


 小野鎮幸。

 小野和泉の方で名前が通っているかもしれない彼だが、史実では先に出した由布惟信と共に戸次鑑連の両翼を務める足軽大将である。

 この足軽大将だが、足軽たちを束ねるから足軽大将。

 で、そんな足軽大将達は侍から任命され、それら侍を束ねるのが侍大将である。

 つまり、実際の戦場における現場指揮官で、指揮ができかつ己の武力もないと上に行けない連中の事である。

 なお、この定義だと俺は侍大将に当たる。念のため。

 話がそれたが、彼の一族の出身がこの秋月で、その秋月を裏切った事で今回の秋月謀反で一族が真っ先に粛清されたらしい。

 で、一族粛清から逃れた連中が頼ったのが彼という訳で、大友家中でもまだ下っ端な彼は逃れた一族救済に奔走しているそうだ。

 この時代、兼帯といって複数の主君に仕えるのは恥ではない。

 大友家家臣兼猫城足軽大将という身分で彼と彼の一族を雇ってくれという訳だ。

 実にお買得物件である。


「わかった。

 好きにしろ。

 だが、足は出すな。

 猫城で賄えるようにしておけ」


「かしこまりました」


 これで最低限猫城を統治できる環境は整った。

 あとは現地に入って、実際に確認して問題がなければ堺へ行けるだろう。

 部屋に戻って寝転んで天井を見上げる。

 そのままついてきた有明に、やっとこれを伝えることができる。


「堺へ行けるぞ。

 やっとここから逃げ出せることができる」


「本当に?」


 彼女の顔は嬉しいというより躊躇っているといった方がいいのだろう。

 今や彼女は遊女ではなく、雄城の姫である。

 身請けされてからのあまりの立場に戸惑っていたし、それは俺も同じである。


「堺に入ってしまえば、少なくとも戦に怯えることはない。

 俺と有明が食うぐらいはなんとでもなるからな。

 まあ、大鶴宗秋がついてくるのは諦めろ」


「仕方ないわね」


 やっとみせた有明の笑顔に俺も笑う。

 それをぶち壊してくれたのが、神屋紹策の手代からもたらされたこんな報告だった。


「失礼します。

 八郎様あてに肥前竜造寺家家臣、鍋島信生様がいらっしゃっております。

 竜造寺家より縁談の申し込みに参ったと」




「戦勝おめでとうございます。

 御曹司」


 こっちの不機嫌な顔など知ったことではないと淡々と戦勝の挨拶を述べる鍋島直茂。

 隣に控えている大鶴宗秋は興味津々、有明は困惑しているという所だろうか。

 こういう時に、利害によってこっちに判断基準をくれる柳川調信も控えているのがありがたい。


「何もしていないさ。

 戦は、少弐政興殿の功よ。

 俺はそのお零れとして小城をもらったに過ぎぬ」


 あくまでそういう建前で押そうとしたら、鍋島直茂も建前で押し返す。

 このあたりの交渉能力は俺より場数を踏んでいるのだろう彼のほうが強い。


「その少弐家に当家は恨まれておるのはご存知のはず。

 ですので、縁談を組むことによってお味方を作ろうと」


 少弐家が復興した結果、肥前の争いが微妙な変化を迎えていた。

 旗頭として使えるのはいいが、なまじ筑前に領地を得た事で、使い勝手が悪くなっているのだった。

 以前は、竜造寺家に対して国人衆が反抗した時の旗頭でしかない。

 だが、今では後詰を期待される盟主としての立場に上がってしまったが為に、後詰が遅れる西肥前の国人衆が反抗を躊躇っているのである。

 更に、少弐家を担ぎだして門司合戦の後詰に送った功績を俺自身が竜造寺家にあげている。

 表向きだが、竜造寺家は大友家の権威に従った事になるわけで、このあたりも国人衆が蜂起しにくい理由になりつつあったのだ。

 

「何で俺なんだ?

 縁談ならば、豊後のお屋形様の方に送ってもいいだろうに」


 現状において一門が少ないのが大友家の弱点である。

 だからこそ、一門扱いである俺に即座に縁談を申し込む素早さは感心するが、それならば少弐政興の方に送ったほうが関係改善も期待できるはずなのだ。

 俺の方に賭ける理由がいまいち分からない。


「御曹司のもとに送るならば正室が狙えますからな。

 この縁談が成立したならば、化粧料として千葉城を差し上げたく」


「……」


 それを控えている有明の前で言うというのは喧嘩を売っているに等しい。

 いいだろう。

 その喧嘩買っ……と言おうとして、柳川調信の顔を見ると笑っていた。

 つまり、鍋島直茂は何かを狙っている。

 俺を怒らせることで得られる何かを。

 頭が冷える。

 鍋島直茂はどこまで知っている?

 鍋島直茂は何を知っている?


「話は承った。

 返答はのちほど」


 自制心を振り絞って返答した己の胆力は誇っていいと思う。




「あれは何を狙っているんだ!」


 鍋島直茂退出後、俺は柳川調信に詰め寄った。

 鍋島直茂に怒れなかった分、語気に怒気が入っていたのはあとで反省した。

 柳川調信は俺の感情が手に取るように分かるのか、おかしそうに理由を話す。


「彼、御曹司を試していたんですよ」


「それは分かる。

 だが、ああまで挑発する事もないだろうが!

 何を試していたと言うんだ!!」


 俺の怒気を柳川調信の冷気があっさりと凍らせる。

 彼の口調はさっきと変わらないのに、その一言が俺だけでなく、有明や大鶴宗秋まで凍らせた。


「決まっているじゃないですか。

 担げる旗頭に相応しいか。

 肥前国守護代大友鎮成様と振る舞えるかどうかですよ」


 そういう事か。

 お家が復興した少弐家が肥前に攻めこむのを防ぐならば、少弐家以上の大義名分が必要になる。

 現肥前守護である大友家の御曹司を守護代にというのは、少弐家が攻め込めない理由に十二分になる。

 だからこそ、鍋島直茂が俺を怒らせる理由が……っ!


「怒らせて話を破談に持ってゆくのが狙いか!

 だけど、どうしてそんな事をするんだ?」


「その答えは簡単。

 彼の策ではなく、彼が断れないお方の命だからでしょう」


 その一言にある一人の男が浮かぶ。

 鍋島直茂の主君にて彼とは違い、怜悧で冷酷な肥前の熊と呼ばれた男。

 竜造寺隆信。

 柳川調信は面白そうに笑う。

 きっと彼もまた俺を試していたのだろう。

 一族を預けられるだけの主君かどうかを。


「お気をつけを。

 かの御仁ならば、次に有明殿を亡き者にして、再度縁談を申し込むなど朝飯前でしょうな」

由布惟信  ゆふ これのぶ

秋月文種  あきづき ふみたね

小野鎮幸  おの しげゆき

小野和泉  おの いずみ

竜造寺隆信 りゅうぞうじ たかのぶ

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