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ある転生者のぼやき

ちょっとした実験作

 朝方に出た霧が晴れてゆく。

 陣の中は寒いが足軽に比べればまだましである。

 薄明かりの青空めがけて煙が昇る。

 風は止んでいた。


「寒いな」


 声に出すとその寒さを実感する。

 陣から出て、敵陣を見渡す。 


「殿。

 鎧を」


「いらぬ。

 死ぬ時は死ぬさ」


 近習の言葉を遮って、羽織姿で侍と足軽達の前に立つ。

 俺の後ろには俺の馬印実のついた橙の枝が高く掲げられ、侍と足軽が背負う旗には俺の家紋『片鷹羽片杏葉』が揺れていた。


「壮観だな。

 こりゃ」


 右を見る。味方の旗が朝日を浴びていた。

 左を見る。味方の足軽が陣を敷こうとしていた。

 前を見る。敵陣に動きがある。


「伝令!

 敵に動きあり!

 攻めかかってくる可能性ありとの事!」


「こちらでも見えておる。

 他陣に伝えて備えさせよ!

 我らも陣を敷くぞ!

 鶴翼陣を敷け!」


「はっ!

 各隊は鶴翼陣に備えを改めよ!!」


 伝令が馬に乗って各陣に駆けてゆく。

 そして俺の前に、陣形が作られてゆく。


「槍足軽!

 前へ!!」


 長槍を持って並んだ足軽達が侍に率いられて隊列を組んで前進してゆく。

 その横を足軽達が盾を並べてゆく。


「足軽隊!

 盾を並べよ!

 隊列を崩すな!!」


「弓隊!鉄砲隊!

 組頭の下知あるまで撃ってはならぬぞ!!」


 並んだ盾の裏側に鉄砲足軽と弓足軽が控える。

 彼らの側には弓や鉄砲を持った侍が下知を飛ばしていた。


「鶴翼陣に変えよ!

 駆け足!!」


 俺の陣を中心に陣が作られてゆく。

 本陣に控えるのは馬廻の侍で、その背後に士気の低い雑兵や浪人達が集められていた。

 馬廻は精鋭かつ俺の最後の盾として。

 雑兵や浪人は使い勝手の良い捨て駒としてだが、本陣に置いておかないと何をするかわからないからだ。

 俺の目の前に陣が現れる。

 鶴翼の陣。

 鶴が翼を広げた形に似ている陣形で、兵が多くて受動的な陣である。

 それもそのはず。

 一応俺はこの戦の総大将という事になっているのだから。


「双方万を超える大軍。

 そして八郎様はその御大将。

 武士の本懐ですな」


 俺の後ろから声がかかる。

 振り向くと侍姿の老将が笑みを見せている。

 大鶴宗秋。

 気づいてみたら、俺と長い付き合いになってしまった男である。


「実を言うとだな。大鶴宗秋。

 俺は一度として武士であった事なんてないのだよ」


 彼の顔を見て思わず苦笑する。

 緊張していた俺の気がほぐれたのを察したのだろう。

 大鶴宗秋が近習に声をかける。


「そうでしょうな。

 その姿で討ち取られたのなら、末代にまで笑いものにされましょうぞ。

 誰か、殿に鎧を着せてあげぬか」


 こう言われると、俺も仕方なく鎧をつける。

 身を守るためとは言え、重たいしきついしなれない。


「ほら。

 兜もつける」


 俺の頭に女の声の後に兜がのせられる。

 その女は俺と一番長い付き合いの遊女だった女だ。


「なぁ。有明。

 逃げろって言っても無駄だろうなぁ」


 何度も死線を潜る前に同じことを言った。

 そして彼女から同じ返事を聞いた。


「無駄よ。八郎。

 死ぬ時は一緒。

 あなたと共に死んであげるわ」


 明るそうに笑う遊女が俺の兜紐を締める。

 南蛮兜で前立に鷹羽を刺した特注品だ。

 籠手をつけ、脛当てをつける彼女の手が震えている。

 怖いのだ。

 俺と同じように。


「馬鹿を言うな。

 今まで、俺が負けた事があったか?」


 俺の軽口に大鶴宗秋が乗る。


「皆の者聞けい!

 殿は九州はおろか畿内にすら名を轟かせた西国有数の戦上手よ!

 その殿の采配にまかせておけば、この戦勝てるぞ!!」



「「「応!!!」」」



 その声に苦笑するしか無い。 

 俺の名前は、本当の歴史上ならば、愚将として記録されるはずだったのだから。

 俺の目の前に揚羽蝶が入り、俺の兜の前立に止まった。


「なぁ。有明……」

「なぁに?」


 信頼の笑顔を見せる有明に俺の質問はついに口から出ることは無かった。

 この光景が夢だったとしたらどうする?

 お前は既に死んでいて、俺は愚将として歴史に名が残り、そもそもこの戦そのものが発生していなかったらどうする?

 そんな愚かな問いかけをせずに済んだ事に安堵して深く息を吐く。

 その瞬間、揚羽蝶は俺の兜から飛び去った。

 まるで、この夢から覚めない事を俺が選んだように。


「敵陣より寄せ貝鳴りました!

 こちらも寄せ貝が鳴っております!!」

 

「敵、足軽押し寄せてきます!

 数は二千!

 いや、三千はいます!!」


「敵勢より発砲!」


「陣太鼓鳴らせぃ!

 敵勢を押さえるぞ!!」


 俺は大鶴宗秋の方を向いた。

 そして、過去何度も言った台詞を同じように吐く。


「大鶴宗秋。

 戦は任せた。

 好きにやってくれ」


「おまかせあれ!

 八郎様の武功、更に増やしてみせましょうぞ!!

 馬引けぃ!」


 大鶴宗秋が馬に乗って陣の前に出てゆく。

 すでにあちこちで戦の音が聞こえ始めていた。

 鉄砲の轟音。

 矢や石の風切り音。

 法螺貝や陣太鼓。

 大地を踏み鳴らす振動。

 そして、ときの声。


「敵勢の旗分かりました!

 敵は……」

「鉄砲隊!

 放てぃ!!!」


 伝令の声がこちらの鉄砲隊の轟音で聞こえない。

 だが、その旗印を知らない訳がなかった。

 戦国有数のチート武将の旗印を。


「敵勢!

 まっすぐに本陣めがけて突っ込んできます!」

「防げ!

 右翼と左翼は何をやっている!」

「それぞれ敵勢に足止めを食らっており……」

「兵も鉄砲もこちらが勝っておるのだ!

 浪人衆を分けて左右の後詰に送る故、前の敵を本陣に通すな!!」


 まぁ。そうなるな。

 さすが戦国有数の名将の隊である。


「転生というズルをして、未来の知識というチートまで使って、まだここまで押されるのか……」

「八郎。何か言った?」

「何も」


 内心で抑えておくはずだった思いがうめき声と共に漏れていたので、有明の問いかけをわざとごまかす。

 こっちはこれだけのズルをしているのにそれを踏み越えてくる。

 前世の戦国ゲームで公式チートの一角に居たかの将に、チート満載で作ったオリジナルエディット武将が何度敗れてその首を飛ばされた事か。

 これが歴史に名を残すという事。

 戦国最強の将の一人との戦。 

 押されているのに、笑みが出るのが止められない。

 空を見ると、さっきの揚羽蝶が俺をあざ笑うように舞っていた。


「八郎……?」


 無意識に有明の手を握る。

 それでも口に出さなかったのはやせ我慢でしか無い。


(ああ。

 俺も同じ気持ちだよ。

 まさか史実の討ち死に場所まで行けないとはな……)


 合戦は更に激しくなり、眼下に広がる殺し合いを前に何もすることがない俺は、有明の手を握ったまま過去に思いをはせる。

 気がついたら、揚羽蝶は消えていた。

冒頭に合戦シーンを入れるをやってみる。

これが畿内か九州かはまだ未定。

決まったら加筆する予定。


6/18

冒頭部のチート描写加筆。

ここを加筆したので、その他の『チート』という言葉をできるだけ置き換えてゆく予定。

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