大名のお仕事 身内に足を引っ張られ敵に真綿で首を絞められる簡単なお仕事です 【組織図あり】
九州上陸の為に色々と準備する事がある。
まずは己の足元を固める必要があった。
宇和島大友家の政務は基本大名が手を出さなくても良いように仕組みを作っている。
その中心にいるのは、三家老と呼ばれる功臣達だ。
現家老である大鶴宗秋、次期家老である一万田鑑実、元猫城奉行の柳川調信の三人である。
この仕組みを作ったのは、元大友家加判衆で先ごろ世を去った雄城治景だった。
「大鶴殿の引退と一万田殿への交代はやむ無し。
じゃが、柳川殿を遊ばせるのは大きな損失ぞ!」
という訳で引きずり出された結果、めでたく周囲から家老扱いとなったそうだ。
まぁ、我が家の財政の中核である銭絡みを全部把握しているのは彼しか居ないので、引っ張り出した雄城治景の目はたしかなのは間違いがない。
本人曰く、大鶴宗秋と同じ家老職についたら家中の嫉妬で引きずり落とされるのは目に見えているとのことで、奉行のままの参加となった。
その為、家中では彼のことを『筆頭奉行』とか、『勘定奉行』という形で区別しているらしい。
意外な事だが、俺の家は俺が仕事をできる人間に丸投げする事で成り立っているので、統治組織が十分発達していなかった。
それでも成り立つのは、収入を銭に依存し、領地統治を地場国人衆に丸投げしていたからに他ならない。
このような状況にメスを入れたのが雄城治景である。
「いくら殿が好きにしろと言ってもこれには限度がある!
せめて、仕事の流れを作らねば話にならぬ……」
こうして出来上がった統治組織は同時に派閥を生む。
部署ができて仕事の重複が無くなった代わりに、権限の衝突が発生するからだ。
「では、朝の評定を始めようと思う。
今回は朝にも関わらず、殿にも出て頂きご裁可を承りたく」
寝ようとする俺を引っ張り出した大鶴宗秋。
普段朝方までエロい事をしている俺は昼過ぎまで寝るのだが、そんな俺を引っ張り出して仕事をさせるのはそれだけ重要な件という訳だ。
集まっているのは、右筆の田中成政に近習の篠原長秀が控え、奉行である土居清良、竹林院実親、今城能定、島津忠康全員出席。
奥からも有明とお蝶と果心が呼ばれて俺の後ろに控える大事ぶりだが、逆に言えばこれだけ集めないと宇和島大友家の重大事項が決められないとも言う。
彼らは評定に出る特権だけで無く、俺の直轄城である宇和島城・黒瀬城・地蔵岳城の城代権限を持っているという形で統治上の要人として振る舞うことを求められている。
有明はともかくお蝶は女城主としての実績から、果心は率いる間者組織の統括する立場からの出席だ。
大鶴宗秋は一度俺を含めたそんな一同を見渡して、その重大事項を口にした。
「恐れていた事が起きました。
旧西園寺の侍と旧宇都宮の侍の間に諍いが発生しております」
派閥争い。
それが出来るほど俺の家は大きくなったのか。
眠い目をこすりながら、おれは上の空でその言葉を聞いた。
元々隣り合っていた西園寺家と宇都宮家の仲が良い訳がなく、国境沿いで何度も諍いどころか合戦まで起こしていた。
大体国境というのは峠とか川とかが境になるから、水の取り合いとか里山での木の伐採とかで揉める事がとても多いのだ。
そんな西園寺家が俺の南予進攻時に滅ぼされて多くの家臣達が俺の下に入るが、この時点で宇都宮家が独立勢力として残ってしまった事が今回の導火線となる。
俺の統治は寛大ではあったが、外交関係が絡むと必然的に命令は強くなる。
つまり、新大名になった俺は緩衝地帯としての宇都宮家を望んだ為に、このあたりの利権争いを宇都宮家との交渉で譲歩して解決した訳だ。
その不満は銭という別の利権を回すことで黙らせたのだが、西園寺家の侍に不満が無くなった訳ではない。
そんな状況下で宇都宮家で政変が勃発し毛利側につき、一連の合戦の後で滅亡し俺の領土に組み込まれたのだが、旧西園寺家の侍は以前からの不満を忘れては居なかった。
「宇都宮家側に譲歩して結ばれた取り決めをどうか改めていただきたく」
宇和島大友家の序列だと、俺についてきた古参の家臣を除けば、豊後からのお目付け、流れ者をスカウトした連中の次に旧西園寺家の家臣が来る。
このあたりは一度俺と敵対していたのも大きいのだろう。
だが、ここに旧宇都宮家の家臣が、これまた敵対しての併合という形で一番下に入ったので、自動的に旧西園寺家の家臣の序列が上がる。
そんな訳で今まで譲歩していた約定の改定を狙ったのだが、旧宇都宮家の侍から見れば何を今更な話の蒸し返しだから激怒するのは言うまでもない。
「何を言うか!
これは殿が決めて殿の命で結ばれた約定ぞ!
それを西園寺出の侍ごときが口を出すではないわ!!」
かくして、派閥争いの火がついた。
この手の話の厄介な所はその派閥のトップが揉めている訳でなく、現場が揉めているという所だ。
つまり、限りなく足軽に近い侍や、国境の村の百姓や商人達が揉め、その陳情を武将が受け取った形になっているので、双方共に利害関係者がしゃれでなく居るのだ。
説明を受けて、今更ながら大名の苦労を思い知る。
「で、寝ようとした俺の所にまで話を持ってきた訳だ。
俺も大友家中で派閥の波に揉まれ続けた身ゆえ、事の大事さは理解しているが……」
(敵がいるのに身内で争う理由がこれか……)
後半部分を口で濁す。
これから九州に渡り毛利との合戦や府内での権力闘争が待っているというのに、いや九州に渡ってこれが大火になったらその責を問われる所だったから、運が良かったと考えよう。
わざとらしく咳をして改めて言葉を紡ぐ。
「基本好きにしろと言っているのだ。
ある程度の策は用意した上で、この場を用意しているのだろう?」
「はっ。
旧宇都宮家との取り決めにて著しく西園寺側の不利になる物については、いくつかを改定する用意はできております」
柳川調信が案の定対策を既に講じてくれている。
となると、俺の役割は……
「なるほどな。
不満を持つであろう旧宇都宮側の将に何かせよという訳だ」
先回りした俺の言葉に一万田鑑実が口を挟む。
これから俺の家は更に大きくなる可能性がある。
その重みにも耐えきれる自負と自信が彼の顔からにじんで見えた。
「そこまでは求めませぬが、何かの席でお言葉を二・三頂きたく」
「ほぅ。
宇都宮側の不満は抑えられると?」
「彼らはまず我らに忠義を示さねばならぬ身。
その上で忠義を見せる場を用意してやれば、不満は収まりましょう」
俺の確認に一万田鑑実は恭しく頭を下げる。
これは理の問題ではなく、情の問題なのだ。
その情をどこかで満たしてやる場を用意してやれば、それ以上の摩擦は起きないと判断しているのだろう。
「分かった。
旧西園寺の連中と旧宇都宮の連中をあつめて一席宴を開くとしよう」
こうして、宴が開かれることになった。
「よく集まってくれた。
今日は無礼講だ。
皆で飲み、騒ごうではないか」
評定より数日後に開かれた宴会、飲みニケーションだがこれが馬鹿にできない。
流れ流れて色々の人間を集めた結果として派閥対立、その解消がこの飲みニケーションなのだから。
「まずは一献。
信頼せよとは申しませぬが、これからの働きを見ていただきたい」
「これはこれは。
かつては敵だったが、今は殿の元に共に戦う仲。
殿への忠義は我らも期待いたしますぞ」
ぎこちない笑顔で互いに酒を交わすのは、宇都宮戦にて一番最初に味方について宇都宮家旧臣をまとめた大野直之と、旧西園寺家臣のトップに持ち上げられた渡辺教忠。
彼らをはじめ参加した旧西園寺家臣と旧宇都宮家臣達も作り笑顔をなんとか維持して、この宴を演出していた。
「……」
「……」
「……」
酒も山海の珍味だけでなく、わざわざ遊郭から女まで用意したのにこのギスギスぶりである。
こればかりは時間をかけて解決するしかないだろう。
両者だけを入れても盛り上がらないのは目に見えているので、仲介者として次期家老職が約束されている一万田鑑実と一門衆扱いの雄城長房と入田義実が宴に出席している。
また、宴に参加している旧西園寺派閥と旧宇都宮派閥の仕事の穴は、大鶴宗秋や吉弘鎮理をはじめとした連中が埋めているのでひとまずは問題がない。
「なるほどな。
気づいてみたら、俺の家も大きくなったものだ」
わざと大声で言って、俺は心の中で苦笑する。
そのあとの言葉を飲み込むために。
(府内の大友宗麟、いや、歴代の大友家当主もこのような宴を繰り返し続けていたのだろうなぁ……)
と。
俺は有明と明月を侍らせて宴を楽しむふりをする。
何しろ宴にかこつけての政治的ショーなのだ。
酔って失敗でもしたら目も当てられないので徳利から注がれる液体は白湯である。
「大野直之。
忙しいのに宴の席に引っ張り出して済まなかったな。
このとおり詫びる」
大名であるはずの俺が大野直之に頭を下げる。
これこそ旧宇都宮家側に見せる明確な詫びのサイン。
それを察しない大野直之ではない。
「構いませぬぞ!殿。
どうか次の戦に我らを連れて行って頂き、その忠義を示させてくだされ!」
大野直之の言葉に、気迫が篭っている。
この宴のさらに後、俺たちが九州出陣した後で、旧宇都宮家側に有利すぎたいくつかの取り決めが改定される事が決まっている。
その不満を、新参ゆえの忠義不足だからという形で明確化した上で彼らに血を流させる。
流した血と功績を俺がきちんと賞すれば、旧宇都宮家の不満は自然と治まるという訳だ。
「その忠義は期待しよう。
だが、旧宇都宮の領内はまだ治まってはおらぬ。
その上で、誰を大将にどのぐらいの兵を出すつもりなのか?
期待して良いのだな?」
俺の酔ったふりをしながらの確認に、旧宇都宮家の将から一人前に出てくる。
もちろん、このあたりも段取り済みである。
「城戸直盛。
旧宇都宮の臣を代表し、殿の九州行きについてゆく所存。
どうか我らの忠義をお確かめあれ!!」
打ち合わせ済みなので名乗りも芝居がかっている。
城戸直盛は元大野直之の配下だったという経緯もあり、他の将より信頼ができたのが大きい。
率いる兵だが、自前の兵では足りず大野直之を始めとした旧宇都宮家家臣達から兵を借りた上に、俺が雇った浪人衆を指揮する事が決まっている。
その兵力は五百人。
占領された直後の旧宇都宮領に負担をかけないギリギリの数である。
「それで九州の戦は今どうなっているので?」
適度に酒も入り仮面が外れてそこそこの本音トークが出だした中、渡辺教忠が話題を振る。
現状、反撃が順調に進んでいるように見える九州の戦は、今の彼らにとっては酒の肴でしかない。
「帆柱山城がやっと落ちたらしい。
守将麻生隆実は初陣である大友義統様に降伏し、大友義統様は初陣を飾られたそうだ」
「おお!
めでたい!!」
「これで大友家も安泰ぞ!」
盛り上がる宴の席の中、真実を知っている俺は作り笑顏を浮かべる事しかできない。
帆柱山城は、田原親宏率いる大友軍の攻撃を何度も跳ね除け、ついに落ちなかったのだから。
竜造寺家の降伏によって転用させた吉弘鑑理の兵を合流させて攻めさせてもなお落ちず、降伏は帆柱山城の兵糧が無くなったという理由で自ら開城したのだ。
城兵と己の身の安全を確保した上で毛利領内に送る事を条件にしてそれを認めさせることができたのは、大友義統が来て初陣として負けられない戦いになった事を知ったからに他ならない。
それは、未だ毛利の情報収集能力は落ちていない事を意味している。
この戦いにて麻生隆実の武名は上がり、竜造寺の降伏で意気消沈していた毛利軍は喝采をあげた。
一方の大友軍はこの戦いの後、帆柱山城に守備兵を置いて一度手仕舞いにかかる。
博多も門司も落としていないが竜造寺家の降伏という形で戦略目標の一つを達成し、混沌としつつある肥後情勢に腰を入れて対処したいというのと、毛利元就が死んだ事で毛利家を後回しにしてもよいのではという空気が出来ていたからである。
実によろしくない。
「それでは、殿は九州に何処を攻めに参るので?」
渡辺教忠の質問に、俺はにこやかな笑みを作りながら答える。
内心は真綿で首を締められたような圧迫感を感じつつ。
「筑前国猫城の奪還さ。
おそらくここで毛利の後詰と戦うことになるだろうよ」