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修羅の国九州のブラック戦国大名一門にチート転生したけど、周りが詰み過ぎてて史実どおりに討ち死にすらできないかもしれない 作者:北部九州在住

豊芸死闘またの名を因果応報編

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第二次姫島沖海戦 【地図あり】

挿絵(By みてみん)
 九州帰還に向けて俺は兵を編成させる。
 全軍出撃とできないのがゲームと違う所で、防衛および治安維持の兵を残さないとあっさりと領地は荒れるのだ。
 で、こんな感じになった。 

 本陣
  大友鎮成 
   佐伯鎮忠    馬廻     五百
   有明      御陣女郎   五百
   柳生宗厳    雑賀衆    五百
   上泉信綱    根来衆    五百
   淡輪重利    延暦寺僧兵  五百
   曾根宣高    曾根家郎党   百

 陣代
  大鶴宗秋            五百
   白井胤治    浪人衆    五百
   鹿子木鎮有   旧菊池家郎党 三百
   内空閑鎮房   旧菊池家郎党 三百
   城戸直盛    宇都宮家郎党 五百
   土居清良    西園寺家郎党 五百
    桜井武蔵   浪人衆    三百

 侍大将
  吉弘鎮理     吉弘家郎党  五百
  小野鎮幸            五百


 水軍衆
  柳川調信
   火山神九郎   弁才船六隻 末次船二隻 ジャンク船一隻
   法華津前延   安宅船一隻、関船二隻、小早船十九隻、弁才船三隻

 合計             六千五百   

           安宅船一隻、関船二隻、小早船十九隻
           弁才船九隻、末次船二隻 ジャンク船一隻



 俺の近くに居る連中が総予備という名前の監視してないと危ない連中達で、基本は傭兵達である。
 雇った雑賀・根来衆に延暦寺僧兵はそのまま柳生宗厳・上泉信綱・淡輪重利を大将に指名して管理させることに。
 御陣女郎については要るのかという意見もあったが、商売女だけに合戦という稼ぎ場を逃したくない彼女達の嘆願から連れてゆくことに。

「私、まだ若いのにやり手婆になったみたい」

 なんてぼやく女主人有明の姿に思わず笑ったのは内緒だ。
 さて、俺の所にちゃっかりと居る曾根宣高だが、毛利側に通じて逃亡したがこっちに帰ってきたという戦国あるあるである。
 宇都宮家時代にライバルだった大野直之はもちろん良い顔はしなかったが、宇都宮戦の処置が終わった後なので大野直之の勝ちが確定している事と、宇都宮家旧臣全体が忠誠を試されている所での将兵の参陣は大きい事から許された。
 毛利元就が何か仕掛けるならばたぶんここなのだろうと疑っているが、権力者の疑心暗鬼の果てがどうなるかを俺は歴史で知っている。
 怖いし覚悟も要るが、三好長慶のように笑って受け入れる事を選択した。
 俺自身戦の才がある訳ではない。
 正確に言うと、戦術レベルにおける指揮なんてできない。
 だからこそ、戦術レベルの指揮を大鶴宗秋に陣代として丸投げするのだが、俺が合戦においてするのは合戦をする、しないの選択と俺が抱える兵力を部隊単位で後詰めとして出すぐらいだ。 
 実際の指揮を執る大鶴宗秋の所にはできるだけ戦力を集めた。
 大鶴宗秋で押さえきれるか怪しい小早川隆景や吉川元春の指揮に対抗するために、軍師格として白井胤治をつける。
 後は戦力として数えられる郎党衆を抱える鹿子木鎮有・内空閑鎮房・城戸直盛・土居清良達が大鶴宗秋の指揮の下戦うという訳だ。
 なお、派閥争いがらみで宇都宮家より上に立ちたい旧西園寺家の連中は自前で傭兵を雇って土居清良の軍師である桜井武蔵につけたあたり、派閥争いの厄介さをいやでも思い知る。

 一方、独立裁量権を与えて好き勝手に動くように命じている吉弘鎮理と小野鎮幸の二将が俺の切り札になる。
 この二将の戦術レベルの指揮は他将より抜きん出ているのだが、陣代につけるには小野鎮幸は格が足りず、吉弘鎮理だと格が高すぎて警戒されるというオチに。
 彼らを使う場合、彼らの兵に俺の手持ちをつけて好き勝手暴れてもらうしかなかったという訳だ。

 これらの兵站を維持する水軍衆は柳川調信に全部ぶん投げているが、思ったより船が少ない。
 尋ねてみたら、

「殿の稼ぎ頭である交易に使う船を削ったら意味がないでしょう?」

という至極当然な理由が返ってきた。
 納得はしたが、それは船で一気に兵や兵糧を運ぶことができないという事を意味する。
 その為、輸送計画はかなり綿密に作られた。
 基本輸送路は宇和島-臼杵と八幡浜-臼杵。
 ここを弁才船、末次船、ジャンク船で往復しながら臼杵に兵を集める。
 これには対岸の佐伯水軍にも協力してもらい、ある程度の船を出してもらう。
 また、空いている戦闘船は訓練を兼ねて佐田岬半島と佐賀関半島という最短航路を往復してもらい、運びきれない兵や兵糧を運ぶ。
 府内での評定後になるが、臼杵に集結した後は国東半島を海路で回って、豊前国蓑島城を拠点として豊前松山城、帆柱山城経由で猫城奪還の兵を出す。
 もちろん門司城の兵に警戒しつつ、ある程度の留守兵を残しながらだ。



 ……という机上の計画が瓦解するのも合戦あるあるである。



「申し上げます!
 豊後国姫島沖にて、村上水軍と我が方の水軍衆との間で大規模な海戦が発生!
 我が方勝利はしたものの甚大な被害が出た模様です!
 また、姫島が毛利軍に一時的に奪われた模様です!!」

 水軍戦力は村上水軍を始めとした瀬戸内水軍を配下においている毛利軍の方が圧倒している。
 その毛利軍が海戦において本気を出してきた。
 第二次姫島沖海戦はそういう戦だった。
 出撃した毛利水軍は、小早川隆景を大将に直属の警固衆が五十隻と村上水軍が二百隻の合計二百五十隻。
 対する大友水軍は、田原親宏を大将に浦部衆全力出撃の百隻、宇和島大友水軍二十隻、佐伯水軍五十隻と若林水軍五十隻の合計二百二十隻の大合戦である。
 浦部衆は決して弱くはなかった。
 厳しい状況の中でも地の利を活かして、激しく抵抗した。
 だが、元の水軍保有数の差からここで水軍をすり潰しても再建は容易な毛利と違い、大友は潰した後の再建が厳しくなる事を知っている小早川隆景は躊躇うことなく損害を顧みない強攻に出る。
 その数の暴力による強攻に浦部衆はついに崩れ、その最悪の瞬間に、おっとり刀で駆けつけた宇和島大友水軍、佐伯水軍、若林水軍が姿を現してしまう。
 各個撃破とはこうするという教科書に載せたい戦ぶりで掃討戦を披露し、返す刀で姫島に上陸。これを占拠してみせたのである。
 この海戦における大友軍の損害は、浦部衆の九割が沈められるか拿捕され、田原親宏はかろうじて逃れる事ができたという惨敗ぶり。
 佐伯水軍は十隻、若林水軍は三十隻、宇和島大友水軍は脱出を助けた為に一隻も帰ってこなかった。
 法華津前延は最後に残った安宅船の火薬に火をつけて爆沈し、周囲の毛利水軍の船を道連れに瀬戸内の海に消えた。
 一方毛利軍もこれだけの大合戦を無傷で終わる事ができず百七十隻もの船が被害にあったが、損害を受けた船は躊躇わずに焼き捨てられ、彼らの多くは占拠した姫島から後詰に来た毛利水軍の船に乗って帰っていったのである。
 だが、それ以上に厄介だったのが、府内の弛緩した空気だった。
 田原親宏の逃走の責を問う声は上がっているが、府内はこの海戦を引き分けもしくは辛勝と判断していたのである。
 もちろん、沈んだ船が毛利軍の方が多い事を毛利軍が積極的に流したからに他ならない。


 第二次姫島沖海戦

 大友軍  田原親宏  二百二十隻
 毛利軍  小早川隆景 二百五十隻

 損害

 大友軍         百五十隻
 毛利軍         百七十隻

 討死   法華津前延


 損害だけ見れば大友軍の勝ち判定を出してもいいかもしれない。
 だが戦略面から見たら、この海戦は大友軍の大敗北である。
 浦部衆の壊滅は、国東半島、つまり豊後北部の制海権の喪失を意味し、九州に上陸する毛利軍の兵站線を潰せない事を意味する。
 更に、豊前沿岸部が戦場に成りかねないから、豊前を通ってという進撃計画そのものが破綻する。

「っ!
 ……戦場が限定された。
 これだと、日田経由で攻めざるを得ない」

 そうなると、いやでも戦略目標として博多が視野に入らざるを得ない。
 更にいやなのが、毛利が一度占拠した姫島を放棄したという事実だ。
 その意図は明白。
 何かちょっかいをかけてきたら、今度は豊後水道を遮断するという脅しだ。
 水軍が激減した大友水軍に対して、毛利水軍は怪しい動きをしていた村上水軍を使い捨てる形で水軍戦力を温存している。
 姫島に水軍戦力を再度置いたら、それだけ豊後水道の警備戦力が居なくなる。
 今の豊後の、大友家の生命線である宇和海に、毛利水軍が侵入するという悪夢だけは防がないといけない。
 決戦に向けて、完全にこちらの戦略的自由度を押さえに来た。
 今回の敗将である田原親宏は俺の義父という立ち位置にいる。
 彼が失脚した場合、完全に大友家中における俺の命綱が無くなってしまう。
 俺が敗北を叫べば、そのまま義父が失脚する以上、この弛緩した空気に俺も乗らざるを得ない。

「つまり、勝ちに緩んだ空気を纏ったまま、毛利軍が待ち構えている博多に。
 いや、高橋鑑種が待ち構えている宝満山城に、竜造寺軍と共に攻める訳だ。
 ……厳島の二の舞だな」

 俺は深く息を吐き出して覚悟を決める。

「誰かいるか?」
「はーい。
 ご主人。
 どうしたの?」

 控えていた僕っ娘に淡々と用件を告げた。

「柳川調信を呼んできてくれないか?」

 柳川調信も察していたらしく、僕っ娘に呼ばせてすぐに来てくれる。
 いつもならば軽口の一つでも出したい所だが、今はその時間すら惜しかった。

「姫島沖の合戦は聞いているな?」

「はい。
 水軍衆の再建にはまた数年はかかるでしょうな」

 双方顔がろくでもない。
 さらに顔がろくでもなくなるのはここからである。

「ああ。
 今の俺達にはその時間はない。
 だから公方様に和議を頼む」

 吐き捨てた俺の言葉に柳川調信が返事をするのに、少しの時間がかかった。
 疑わしそうな目で俺を見つつ、俺の言葉を確認する。

「……それはまた、畿内に上がり、公方様の駒として使われますよ?」

「覚悟の上だ。
 大内再興の手であった周防長門上陸が不可能になった以上、もはや焦点は博多に絞られた。
 博多を兵火で焼かぬ為にも、先に手を打っておく必要がある。
 伊予国半国守護の礼もある」

 本気でなりふり構わないならば一つだけとっておきの切り札があった。
 南蛮船による毛利水軍撃破依頼である。
 その代償に、南蛮人は宇和島を中心とした俺の領内に布教を求めてくるだろう。
 それがまた大友家中の軋轢を生みかねない。

「わかりました。
 密かに手の者を京に送ります」

「頼む。
 それと、水軍衆の再建もお前に任せる。
 最悪、日向彦太郎の伝で倭寇を引っ張ってきても構わん。
 とにかく早急に水軍衆を再建させろ」

 俺の命に柳川調信が頭を下げたタイミングで、男の娘が声をかけてくる。
 敗北、特に大敗というのは、それだけ前線より後方に混乱をもたらすのだ。

「ご主人。
 一万田様が登城してきてご主人に会いたいだって。
 あと、地蔵岳城より早馬が来て、大野様が明日朝一でお会いしたいだって。
 大鶴様も登城して会いたいって言っているよ」

「分かっている。
 奉行衆にも登城を命じろ!
 田中成政!
 法華津本城に行き、家中の者達に見舞いと銭を届けてくれ。
 色々物入りなはずだ。
 額はそこの柳川調信と話して決めよ!」

 宇和島大友家における敗北の混乱は一週間の九州上陸遅延となって現れた。
 だが、大友家は未だ毛利家に対する警戒を感じていなかった事を俺は一週間後府内にて見る事になる。
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