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戦国大名大友義鎮

 豊前国松山城は門司城がある企救半島の根本にあり、水軍が駐留できる入り江がある。

 瀬戸内海は毛利の海ではあるが大友にも水軍が居て、門司合戦においてはその大友水軍も動員されていた。


「御曹司じゃないか。

 探しましたぜ!」


 城前の陣幕で声をかけられたと思ったら火山神九郎だった。

 してやられた感となかなかやるな感を足して二で割ったような顔で俺達に近づいてくる。


「こっちも探していたんだ。

 何しろ勲功第一だからな」


 まずは皮肉をちくり。

 俺の言葉に火山神九郎の顔がしてやられたの方に傾く。


「よしてくれ。

 まさか本当に勲功に載せるとは思ってなかったんだ。

 お陰で俺らは大友の旗を担がないといけなくなっちまった」


 許斐岳城をめぐる戦いで、俺は火山神九郎の内通を勲功第一としてあげていた。

 その結果、二重スパイなのに毛利側から大友についたと疑われてこうやって逃れて来たのだろう。

 自業自得であるが、同時に貴重な水軍スキル持ちである。

 飼えるならば飼っておくにこした事はない。


「柳川調信。

 お前の一族でこれ飼えるか?」


「この戦が終わって畿内と博多が再度繋がるならば、船乗りは足りなくなるでしょうな」


 後に居た柳川調信があっさりと言ったので、この件は片付く。

 いい笑顔を作って、火山神九郎に褒美を渡してやることにした。


「よかったな。

 火山神九郎。

 また海で一仕事できるぞ。

 俺と違って柳川調信は対馬国宗家の出。

 船乗りの扱いは長けているからしっかり働け。

 それとも、城一つくれてやろうか?」


 こっちの笑顔に押されたのか、火山神九郎が一歩下がり苦笑する。


「お断りだ。

 あんたとの関わりは許斐岳城でこりたんだ。

 おとなしく柳川殿の下で気楽な水軍家業を楽しませてもらうさ」




 豊前松山城の歴史は古い。

 伝承では藤原広嗣の乱の時に築かれ、源平合戦のクライマックスである壇ノ浦の戦いでも平家軍がこの城に詰めていたそうだ。

 今回の門司合戦でも門司城だけでなくこの城も最初は毛利軍に奪われ、天野隆重が守将として大友軍相手に奮戦するも大兵に押され撤退。

 今では大友軍の本陣として陣幕や盾や筵を使った三角小屋が立ち並んでいる。

 これでも戦が終わり、帰国が始まっているので少なくなっているのだろう。

 案内を先頭に俺は火山神九郎から受け取った書状を眺めて渋顔を作る。

 この書状の送り主は高橋鑑種。

 俺達がのんびり陸路でやってきている中、火山神九郎を使って俺にこの手紙を届けさせた。

 その意味をいやでも噛み締めざるを得ない。


 制海権を握っている毛利水軍あふれる関門海峡を通って、火山神九郎はここに船でやってきた。


 彼を庇え、通行が出来る程度には高橋鑑種は毛利と繋がっているという事実を。



 大友軍本陣に指定されていた事もあって、本丸屋敷だけは急ぎ仕事だが屋敷が立っていた。

 とはいえ、警護の足軽は鎧つきで見張っているのでまだ警戒は完全に解いていないのだろう。

 本丸からは俺と大鶴宗秋の二人だけ。

 中に居る諸将の視線が痛い。


(あれは誰だ?)

(知らぬのか。

 菊池義武殿の遺児である八郎殿よ)

(おお。

 宗像相手に初陣を果たした)


 ちらちらと耳に入る台詞も賞賛に溢れている。

 内心では、俺という駒を使ってどのような利益を得ようか考えているのだろう。

 とはいえ、それだけでもないのが人という生き物だ。


「謀反人の子がでしゃばるか」


 その陰口はあえて聞こえるように放たれ、俺達だけでなく諸将の顔も引きつらせる。

 激高した大鶴宗秋が反論しようとしたので彼の膝を掴んで押さえさせる。


「御曹司!」

「構わぬ。

 言わせておけ。事実だからな」


 こういう時の立ち振舞でその先が決まる。

 男を上げるか下げるかはこんな時だ。

 あえて大声で、俺は諸将に言い放った。


「それがしについて父の事を言われると何も言えぬのは事実。

 とはいえ、子は親を選べぬ以上、背負わねばならぬ枷でございます。

 それがしの忠義を疑う方は、これからのそれがしを見て判断していただきたい」


 少なくとも反論はない。

 誰が言ったかわからないが、それを暴くことをしないという事は諸将もそう思っているフシはあるという事だ。

 それが分かっただけでも収穫と割り切って、俺は大鶴宗秋を連れて広間に向かう。

 広間につくと、左右に並ぶ大友家の宿将達、そして大友義鎮が奥に座っていた。

 大鶴宗秋と共に真ん中に座り、頭を垂れる。


「菊池鎮成と名乗っております。

 此度の戦勝、まことに喜ばしい限りで」


「堅苦しい挨拶はよせ。

 まずは初陣を飾った事、まことにめでたいことよ。

 秋月謀反の際に見せた『心配無用』の文にこちらの諸将がどれだけ勇気づけられたか。

 儂がいなくなっても大友は盤石よの」


 最初から俺をだしにして同紋衆に皮肉を言うのをやめて欲しいのですが。

 顔をあげて大友義鎮と向かい合う。

 脂が乗り、自信に満ちている顔がそこにあった。

 そして、その顔の裏で絶望的なまでの人間不信を肌で感じてしまう。

 これが歴史に名を残した大名というものなのか。


「戦も勝ち、初陣も飾った。

 八郎には何か褒美を考えねばならぬ」


 表向きの言葉に隠されている悪意を感じる。

 俺は知っている。

 大友義鎮は、大友二階崩れで父である大友義鑑と弟塩市丸と傅役の入田親誠を失った事を。

 俺は知っている。

 その混乱に乗じた俺の父に当たる菊池義武を殺し、大内家傀儡当主になった弟大内義長を見殺しにし、寵臣だった一万田鑑相と小原鑑元を粛清し、宗教に走った己を妻は見捨て、耳川の大敗後の衰退で重臣から国人衆から寵臣から息子の一人にまで裏切られた事を。

 彼の大名としての栄光は、身内の裏切りと粛清という影とともにある。

 下手に領地なんぞ手に入れて謀反の首謀者の地位に立たされるなんて御免だから、俺は志賀鑑隆から頂いた書状を懐から差し出す。


「それがしへの褒美、既に頂いております故お気遣い無用に。

 肥前の事を考え、奮戦した少弐政興殿にご配慮を賜りたく」


 ざわりと宿将達がざわめく。

 ある程度の褒美については考えていたのだろうが、それをもらうとかえって動きにくくなるのだ。

 ましてや、博多あたりに領地なんて得た日には、高橋鑑種や立花鑑載の謀反の旗頭に間違いなく担がれてしまう。

 なんとしてもそれは断らねばならない。


「ふむ。

 城でもくれてやろうと思ったが、欲がないな。

 何か代わりに欲しいものでもあるならば言ってみるがいい」


 大友義鎮が興味深そうに俺に誘いをかける。

 見え透いた罠だが、大名大友義鎮とサシで話せる数少ない機会。

 罠でも踏み抜かねば、俺と有明の未来はない。


「ならば、それがしを堺に送っていただきたく」


 その言葉を発した瞬間、その意味を考えるために皆の時が止まる。

 ここで畳み掛けねば、この発言が冗談で流されかねない。

 あえて危険球を俺は言葉に乗せて投げる。


「戦を終わらせる為にも、畿内に人をやる必要があるでしょう。

 潮目が変わろうとしておりまする」


 懐から高橋鑑種が俺に送った書状を取り出す。

 皆が不審がっているこの時を逃すな。


「烏帽子親である高橋鑑種殿が、お屋形様にと先ほど早馬で届いた文でございます。

 彼が神屋紹策殿より聞いた所によると、出雲国守護大名尼子晴久様がお隠れになられたと」


「「「!?」」」


 その意味が分からぬ馬鹿がこの場にいる訳がない。

 繋がっている神屋紹策を仲介にした毛利からの明らかな手打ち。

 毛利の狙いは宗像に後詰に出した小早川隆景の帰還。

 尼子家家中に動揺が走っている今だからこそ、毛利は博多狙いから石見銀山狙いに切り替えたのだ。


「戦を止めるに幕府や朝廷を頼る必要があるかと」


「宗像と秋月はどうする?」


 俺の言葉に大友義鎮が冷たい声で食いつく。

 何かしくじったら即座に斬られる。

 そんな緊張感を感じながら、俺は戦を終わらせる段取りを話す。


「大友と毛利が和議を結べば戦う理由はなくなるでしょう。

 宗像についてはあくまで少弐の戦。

 宗像が片付き、毛利が去れば、秋月に全力が注げます。

 あとはここに居る諸将ならば、秋月を潰すのに十分かと」


 沈黙が場を支配する。

 誰もがお屋形様こと大友義鎮の一挙手一投足に向けられている。

 けど、俺にはこの危険球の成算があった。

 史実では、大友は幕府を使って和議を成立させたのだから。


「よかろう。

 だが、一門としての責務を果たしてもらう。

 雄城の姫を娶る為に宗像を切り取ったのであろう?

 ならば、その地を治めてみせよ」


 要するに畿内に行きたいのならば城を治め、治めるだけの家臣団を作れと来たか。

 まあ、妥協線だろう。


「かしこまりました。

 城ですが、奪いし宗像の城より選んでよろしいので?」


 こちらの神妙な声に大友義鎮が楽しそうに頷く。

 どの城を選ぶかで俺の技量を図ろうという算段だろう。

 選べるのは、飯盛山城・許斐岳城・冠山城・名残城・猫城の5つ。

 許斐岳城は要地だからこそ、少弐政興を押し込めたい。

 名残城と冠山城は宗像最前線に近すぎる。


「なれば、猫城を。

 落とした麻生鎮里殿より麻生家のお家争いの仲裁をと書状を預かっております。

 また、近隣鷹取山城主森鎮実殿より秋月について書状を預かっております。

 ご配慮のほどを」


 ついでにお使いミッションを終了させる。

 こっちの仕事のついでにこの手のお使いは片付けるに限る。


「ほう。

 飯盛山城や許斐岳城を選ぶと思ったが、猫城を取った理由を聞かせてもらおう」


 まさか、高橋鑑種や立花鑑載の謀反に巻き込まれたくないからだなんて言えるわけもない。

 俺は顔色を変えずに理由をでっちあげる。


「子は親から離れてこそ大人となるもの。

 何かあった時に烏帽子親を頼っては、笑われましょう」


 遠賀川の通行を監視でき収入も大きい。

 少弐政興と麻生鎮里はこちらが恩を売ったので、積極的な裏切りはしないだろう。

 何よりも小城なので、家臣団を大量に雇わなくて済む。


「いいだろう。

 ついでに、大友の名乗りと杏葉紋の使用も許す。

 烏帽子親共々励むが良い」


「はっ」


 こうして、大友義鎮との謁見は終わった。

 それで済めば良かったのだが、当然のように事務手続きという名前の重臣達の圧迫面接が待っていた。

 この場にいるのは、陣代という実質的総大将だった戸次鑑連と臼杵鑑続の後を継いで加判衆の座に座ることが内定している臼杵鑑速。

 そして、今回の出陣で功績をあげた田原親宏である。


「御曹司。

 初陣おめでとうこざいまする」


 一門衆と重臣の関係は曖昧かつ微妙なもので言動一つが死に繋がりかねない。

 お家争い頻発で大友家から一門が払底しているのもあるが、後継者候補として政権に介入することを重臣たちは恐れているのだ。

 そこを読み間違えると、とてもあっさりと詰む。 


「俺の功績ではない。

 それに、俺は既に褒美を得ている。

 少弐政興殿の功績であり、大鶴宗秋をはじめとした将兵達の功績よ。

 俺はともかく、彼らには報いてやって欲しい」


 今回は徹底的に即物的なものを受け取るのを拒む。

 大友義鎮との会見がアピールではないというの事が重臣達にも伝わる。

 最初に口を開いたのは戸次鑑連だった。


「御曹司。

 大将が賞を得ぬならば、下にも賞は回せませぬぞ。

 ある程度は受け取って頂かねば」


「だから、猫城をもらっただろうが。

 言っておくが、俺の家臣は柳川調信一人しか居ないぞ」


「えっ?」

「えっ?」

「え?」


 最初が臼杵鑑速、次が大鶴宗秋、最後が俺である。


「御曹司!

 それがしの事を臣と捉えていないとおっしゃるか!!」


 大鶴宗秋の声に怒気がこもるが、こっちは首をかしげざるを得ない。

 何か認識のズレでも有るのだろうかと確認のために口を開く。


「だって、お前最初の自己紹介の時になんて言った?

 『柑子岳城督臼杵鑑続様の命を受け、宝満城城主高橋鑑種殿の了承のもと、寄子になりに参った』って言ったろ。

 ならば、俺から賞をあげるのは筋が違う。

 もらうのは臼杵鑑続殿からもらってくれ。

 もちろん、功績はちゃんと伝えるさ」


「……」

「……」

「……」


 今度の沈黙、最初が大鶴宗秋、次が戸次鑑連、最後が田原親宏である。

 今回の合戦において、あくまで俺は旗印でしかない。

 つけてもらった兵力も臼杵鑑続と高橋鑑種が用意したものだ。

 だからこそ、こっちは功績の証明と斡旋はできるが、彼らを賞する権限がない。


「御曹司。

 兄上の事ですが……」


 臼杵鑑速がぶっちゃけようとするのを手で制する。

 分かっているけどせめて彼の死の報告が出るまではこの茶番を続けさせて欲しいと目で訴えて彼の言葉を抑えた。


「御曹司。

 このような時は、御一門として振る舞ってもらった方がありがたいのですが」


 田原親宏の言葉に、俺が必殺の毒を吐く。

 全てはこれを吐くためのお膳立てなのだ。


「で、増長して父上や兄上の後を追わせるつもりか?

 与えられた命と地位で最善を尽すことは約束しよう。

 だが、それ以上はお断りだ」


「……」

「……」

「……」

「……」


 俺以外の全員が黙りこむ。

 彼らとて戦国武将、俺の謀反を想定していない訳ではないが、俺自身がここまで謀反や粛清を警戒して地位や名誉や権限を受け取らなかったのは想定外だったようだ。

 ふっと笑みがこぼれる。

 この毒を本当に言ってやりたかったのは、彼らではなかったからだ。


「これを、臼杵鑑続殿の前で言ってやりたかったんだがな。

 すまん。

 彼は病身だったな。

 忘れてくれ」


 ぽろりと涙が零れる。

 俺に戦国武将としての覚悟を教えてくれたのは、臼杵鑑続だからだ。

 この功績をぶら下げて、柑子岳城に有明を連れていって、彼の計算違いを見せつけてやりたかったのだ。

 それはもう叶わない。

 彼との関わりはほんの僅か。

 けど、戦国武将として大事な何かを教えてくれた恩人でも有るのだ。


「御曹司。

 今はまだその涙お忘れになりなさるな」


 全てを察した戸次鑑連が人生の先達としてやんわりと告げる。

 そして、大友家の重臣として、真顔に戻って俺に釘をさしたのである。


「ですが、もし御曹司が大友家に必要となった時には、その涙を忘れてもらわねばなりませぬ。

 それを、臼杵鑑続殿も望んでおりましょう」


と。

藤原広嗣 ふじわらの ひろつぐ

天野隆重 あまの たかしげ

尼子晴久 あまこ はるひさ

田原親宏 たわら ちかひろ



3/24 少し加筆

3/25 更に加筆

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