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佐田岬半島攻防戦 その3 【地図あり】

挿絵(By みてみん)

「放て!!!」


 太陽が中天に差し掛かる頃、佐田岬半島に轟音が轟き、火線が陸地に降り注ぐ。

 夜明け前に宇和島を出港した弁才船三隻 末次船三隻 ジャンク船四隻の艦砲射撃と言えば聞こえはいいが、派手な音を出して目標に火をふりかけるぐらいの効果しか無い。

 これらの船は大型船で倭寇対策としての武装も備わっている。

 焙烙火矢、石火矢と呼ばれるものがそれだ。

 木造船が主体のこの時代において火というのは逃げ場がない海戦で理不尽なほどの威力を出す。

 だが、陸上目標だと逃げられてしまうのだ。

 ちょうど眼前で逃げ回る毛利軍のように。


「敵だ!」

「火を消せ!!」

「城から打って出たのか!?」

「ずらかるぞ!!」


 さすが海賊兼業の水軍衆。

 逃げるとなると足が速い。

 包囲されていた長崎城の城兵達が慌てて門を開けて打って出ようとするがあれは追いつかないだろうな。


「何事だ!」

「後詰めだ!!

 お味方が到着したぞ!!」

「……おい!

 あの旗、『片鷹羽片杏葉』に橙の枝がついているぞ!!」

「じゃあ宇和島の殿が後詰に来たのか!?

 早く知らせねば……」


 歓声と共に聞こえてくる長崎城兵達の狼狽えぶり。

 田舎のコンサートに大物歌手がやってきたみたいなノリでなんか微笑ましいが、今は戦の時間である。

 時間が勝負となる今回は、矢継ぎ早に手を打っていかないと詰む。


「佐伯鎮忠。

 馬廻の兵百をつれて中尾城に大物見に出ろ」


「はっ!」


 大物見とは威力偵察みたいなもので、その将の判断で合戦も許可するというやつだ。

 長崎城の後詰成功は準備段階に過ぎず、本命はこの次の中尾城後詰にある。

 佐伯鎮忠が小舟を浮かべて上陸準備を指揮する為に去ると、俺は日向彦太郎の方を振り向いて笑う。


「うまくいった。

 後は任せる」


「大丈夫なんですか?

 船団を帰して。

 何隻か残しても問題はないと思うんですが?」


 日向彦太郎の船団はこの後空のまま八幡浜に向かう事になっている。

 俺の後詰が八幡浜に向かったと欺かせる為だ。

 彼が言っているのは退路としての船を用意させて、やばくなったら俺だけでも逃げられるようにという保険の意味合いである。


「心配してくれてありがたいが、とりあえずは無用だ。

 宇和島を出た船と八幡浜に着いた船の数が合わなくて、小早川隆景に疑問を持たれる方が怖い」


 佐田岬半島を城壁に例えると、長崎城が城壁の内側の拠点で、中尾城が城壁の外側の拠点、焦点になっている飯森城は城門となる。

 長崎城の後詰成功は、飯森城との連絡ができる事を意味し、中尾城を攻めている敵勢が孤立化した事も意味する。

 情報が錯綜している戦場だ。

 この長崎城後詰を小早川隆景はこう考えるだろう。


「大友鎮成が八幡浜に出向き、その浮いた兵で長崎城の後詰を出した。

 そうなると、中尾城へも後詰を出すだろうから、飯森城を除いて佐田岬半島から毛利軍は一掃される。

 その目的は、海を越えた豊後からの後詰を受け取る為か」


と。

 あながち間違いでもないのが困る。

 こちらの兵が少ないのは毛利も気づいているし、そうなると後詰を頼むのは戦国時代の常識でもあるからだ。

 そこから更に思考を進める。

 こちらが八幡浜に出た事で小早川隆景の二つの選択肢の内一つが消え、新しい選択肢が一つ提示される。


 消えた選択肢は、大洲盆地に攻め込み、鳥坂峠を越えての黒瀬城侵攻と旧西園寺家家臣の調略。

 新しい選択肢は、長浜から喜木津経由での飯森城での大友軍主力の捕捉殲滅。

 残った選択肢は、大洲盆地に攻め込み、夜昼峠を越えての八幡浜侵攻による挟み撃ち。


 どれを選ぶとしてもタイムラグが出る。

 長崎城後詰が長浜の小早川隆景の元に届くのは早くても今日の夜。

 そこから喜木津に出るなら一日。大洲地蔵岳城を落とすならば最低十日稼げる。

 時間は俺達の味方である以上、小早川隆景は短期決戦を狙わざるを得ない。

 ならば、喜木津の方を想定しておくべきだ。

 つまり、この一日だけ、完全に空白の時間ができるのだ。


「よくおいでくださいました!!

 兵も民も感謝しておりますぞ!!!」


 上陸後慌てて駆けつけてきた得能通明が砂浜にて土下座をして謝意を伝える。

 こんな小城にまさかの大名の後詰めである。

 驚きと感激で彼の目に光る涙は見なかったことにしておこう。


「民と領主を守るのは大名の務めよと偉そうなことを言っておこう。

 感激している所すまぬが、この後中尾城へも後詰に行く。

 お前の所の兵はどれぐらい居る?」


「はっ。

 兵が百人ほどと、領民に武器を持たせて雑兵にしたのが百人ばかり」


 二百人が篭っていた小城を囲んで攻めていないのだから、敵もおそらく似たようなものだろう。

 浜辺に転がっている敵兵の死体を見る。

 武器は刀で防具どころか陣笠もつけておらず、頭は鉢巻。

 水軍衆の兵なのが分かる。

 中尾城も同じぐらいの兵と考えるなら、毛利軍は佐田岬半島に送り込んだ兵は数百人規模で、船から送り込んだと見た。


「よし。

 その兵半分借りるぞ。

 長崎城には同じ数だけあれを詰める」


「あれと……」


 得能通明の言葉が詰まる。

 まぁ、出てくるのが弩と即席の槍を持った御陣女郎達である。

 あれを戦力として見ろという方が無理だろう。


「空にするのは不安だろうが、城の中から弩を撃たせるだけなら十分だ。

 終わったらあれで遊ばせてやる。

 兵と雑兵から百人選抜し大鶴宗秋の下につけ」


「はっ!

 それでこの城の守りは誰に?」


「よろしければそれがしが。

 この手の城ならば一人の武勇の方が敵も怯え、味方も勇気づけられましょう」


 得能通明の言葉で前に出たのが柳生宗厳。

 俺の護衛に上泉信綱が居るからこそ、こういう形で将として前に出られる。

 俺は喜んでそれを追認した。


「佐伯鎮忠が大物見から戻ってきたら中尾城に後詰に向かうぞ。

 今日中には中尾城も開放する!」


 周囲の将兵の歓呼を他所に俺は冷徹な計算を忘れない。

 連れてきた連中は馬廻三百に御陣女郎が二百。

 それが長崎城の後詰で馬廻三百に長崎城の兵百に御陣女郎百に変わる。

 見せかけの兵が次々と本物に変わってゆく。

 小さな戦場だからこそできる詐欺である。


「おぅ。そうだ。

 一つ頼みがあるのを忘れておった。

 こちらに来る時、難破した船より御坊とその従者を助けてな。

 三崎より豊後に渡りたいらしいんだが、小船を一隻三崎に送ってやってくれぬか?」




 中尾城後詰めは日が落ちる前に終わった。

 こちらも二・三百人しか居らず、長崎城から逃げてきた連中の報告を聞いて士気が下がっていた。

 そこを完全武装の馬廻を先頭に五百の兵が整然と行進してきたのだから、彼らはさっさと三机の港に停泊されていた船に乗って去っていったのである。

 茜色に染まる空と海の間を佇む毛利の水軍衆が去ってゆくのを見て、えらく絵になるなと感慨深く眺める。


「後詰感謝したしますぞ!!

 これからも殿に一層の忠誠を誓いまする!!!」


 大きく開かれた中尾城の城門前で井上重房が平伏する。

 小領主にとって、後詰めが来るかどうかは忠誠を誓うかどうかのパラメーターである。

 この二城を助けた事は旧西園寺領に確実に広がりプラスの効果をもたらすだろう。


「何か足りないものは無いか?

 敵がこない内に長崎城に運び込んでおくから、遠慮なく言うと良い」


「敵は囲むのみで、籠城に備え兵糧の備蓄も用意しておりました。

 とりあえず、また来てもしばらくは持ちこたえるでしょう。

 で、お言葉に甘えて、一つ将兵に振る舞いたいものが……」


 井上重房が恥ずかしそうに言うが、何を言わんとするのかは城内の兵達の視線が察していた。

 人間、生命の危機が去れば生殖欲求が高まるらしい。

 そういう時に、畿内からやってきた綺麗所の御陣女郎達がずらりと並んでいる。


「皆まで言うな。

 明日にはこの城を去るがそれまであれで遊ぶと良い」


「ありがたき幸せ!」


 井上重房の言葉より城内の歓声が凄いことになっている。

 ついでに言うと、連れてきた得能通明の兵達も歓声をあげている。

 彼女たちも稼ぎ時だからセックスアピールを忘れない。

 かくして兵たち乱痴気騒ぎの中、中尾城の屋敷では将達が軍議で頭を悩ませていた。


「明日には長崎城に戻り、そのまま船で八幡浜に入る。

 井上重房と得能通明の二将はこの後もこの城を守ってもらいたい」


「お待ちを」


 俺の言葉に異を唱えたのは井上重房。

 佐田岬半島の諸港で一番繁栄している三机の立役者は海賊討伐でも功績がある、武功持ちの武将である。


「殿があのような御陣女郎を連れてきたのは兵が足りぬからでしょう。

 どうか我らも殿の兵に加えてくだされ」


 こちらの意図を見抜いたあたり、ここで終わる将ではなさそうだ。

 どこか彼が働ける場所を用意しようかと考えていた俺は二将を安堵させるように、話せる程度に今後の展開を語る。


「安心せよ。

 ここの後詰めの報告が届いたとしても明日の昼には八幡浜だ。

 飯森城を囲んでいる毛利軍はこちらの後詰めと対峙しているからそこに毛利が後詰を送るとしても明日以後だろうよ」


 俺の説明を聞いた井上重房は安堵の顔を見せるどころか、ますます顔色が悪くなっている。

 そして、彼は確認の為にとある場所を俺に尋ねた。


「殿。

 出石寺には兵を置きましたか?」


「?

 出石寺?

 何処だ?それは?」


 俺の一言で、井上重房だけでなく得能通明の顔も真っ青になる。

 それを見て、俺は何か致命的な見落としをしている事に気づく。


「おい。

 地図をもってこい!」


「ここに」


 俺の言葉に控えていた篠原長秀が地図を持ってくる。

 その地図を見て井上重房が出石寺の場所を説明する。


「金山出石寺。

 弘法大師様縁の寺ですが、由来などはひとまず置いておきましょう。

 この寺は、郷の峠と言う峠の辺りにあるのですが、この道は長浜と八幡浜を直接繋ぐ道の峠になっております」


「何だと!?」


 長浜と八幡浜を直接繋ぐルートが存在していたのか!?

 地元民でない弊害がこんな所に出たか。

 待てよ……待てよ……

 今、大友軍の主力は飯森城の後詰めに出ている。

 という事は、このルートを毛利軍が知って使った場合、大友軍の背後に出ることができる……

 まずい。


「毛利はこの峠道知っていると思うか?」


 俺の質問に得能通明がため息をつく。

 彼の顔色は井上重房や俺と同じように青い。


「毛利軍は将兵に旧西園寺家や旧宇都宮家の者を多く入れているとか。

 知らぬ方がおかしいでしょうな」


「一万田鑑実はこの峠道は知っていると思うか?」


 それに答えたのは井上重房。

 顔色の悪さだけでなく、汗が地図に落ちる。


「一万田殿は善政を敷いており、かつての宇都宮家の者を多く雇ったと聞いております。

 知らぬとは思えませぬが、夜昼峠の方を警戒せねばならぬ以上、その目は薄くなっているかと……」


 こちらの後詰めが完全に裏目に出た。

 大洲盆地に攻め込んでからの後詰だったら、毛利の選択肢は夜昼峠と鳥坂峠の二つのはずだった。

 だが、八幡浜に戦場を固定させようと動いた結果、俺が見落としていた郷の峠と言う選択肢に目を向けさせる羽目になった。

 八幡浜の陥落はまずい。

 前線が黒瀬城に後退し、大洲盆地が戦略的に無価値になってしまうからだ。

 大友家の後詰軍の壊滅はもっとやばい。

 防戦は出来るだろうが、敗北による衝撃で旧西園寺家家臣達への調略が進めてしまう。

 ならば手は一つだ。

 損切り。


「果心」

「ここに」


 スタイリッシュ歩き巫女姿の果心がすっと現れて井上重房と得能通明が驚くが、今はそんな時間すら惜しい。

 俺は果心にしかできない事を命じた。


「飯森城に入り、南方親安に伝えよ。

 『飯森城を放棄。開城して八幡浜に帰り、元城にて籠城の準備をしろ』と。

 そのまま後詰めの一万田鑑実に伝令。

 『小早川隆景率いる毛利軍が郷の峠より背後を襲う可能性あり。飯森城は放棄し萩森城にて籠城の準備をせよ』」


 果心が微笑む。

 くノ一の顔ではなく閨での女の顔で。


「たしかにお伝えしましょう」

「頼む」


 果心が去った後、俺は井上重房に尋ねる。


「井上重房。

 中尾城の兵はどれぐらいある?」


「兵が百五十。

 領民に武装させて雑兵として四百ほど用意できまする」


 井上重房の台詞に得能通明が目を剥く。

 それだけ民を掌握しているという証拠だ。

 やっぱりこいつはここで終わらせるのは惜しい。


「分かった。

 そのまま大鶴宗秋の指揮下に入れ。

 敵は八幡浜を攻めると同時に、こっちも狙ってくるぞ。

 長崎城を本陣にして、長崎城で敵を防ぐぞ!」


 時間が勝負となるこの博打。

 俺に出来るのはもう祈ることしか無かった。

 翌日、博打の結果と損切の結果が戻った果心より告げられる。


「飯森城は夜に火を放ち、その隙に撤退。

 一万田様との隊と合流し八幡浜に退いたそうです。

 毛利軍は飯森城跡地を陣城として利用しそこに小早川隆景の隊が合流。

 兵力は四千から五千」


 飯森城という佐田岬半島の城門は破られた。

 だが、八幡浜は落ちておらず、合戦で疲弊したとは言え大友家の後詰も三千は残っている。

 まだ逆転の目はある。

 そう言い聞かせて長崎城より宇和海を眺める。

 西から三崎に集まっていた法華津前延の水軍衆から送られた弁才船五隻の姿が見えていた。

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