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産休にて一回休み

 水島合戦の報告を俺は阿波国勝瑞城で聞いた。

 先の内乱で荒れたこの場所は新生三好家の本拠として相応しい街づくりが進められている。

 守護大名化した事による館の再建と同時に、その隣に防御施設である城も建設し館を実質的な二の丸扱いにしているのだ。

 防御は土塁と堀に頼り、宇和島城を真似した本丸石垣にそびえる三層三階の真新しい天守閣がその権勢を主張していた。

 俺たちは客として、この城の二の丸である館に滞在している。


「ご主人?」


「ああ。すまない。

 ちょっと予想外の展開に我を失いかけただけだ。

 続けてくれ」


 実際我を失うどころかぶっ倒れてこのまま夢であって欲しいと願う水島合戦の浦上軍大惨敗。

 けれども現実は非情で、毛利包囲網の東側が完全崩壊した事を受け入れるしかなかった。


「うん。

 浦上家の大敗後、毛利軍は吉川元春を大将に一万の兵で出雲に侵攻。

 それに呼応して尼子に帰参した隠岐国の領主隠岐為清が謀叛。

 鎮圧には成功したけど、兵を割かれた尼子軍は布部山で毛利軍を迎撃するも失敗。

 尼子勝久様は籠城せずに、白鹿城に退く事にしたそうだよ」


 男の娘が言った出雲国白鹿城は『尼子十旗』と呼ばれる支城群の一つで、宍道湖の北岸にあって商業や水運の盛んな美保関とも近い。

 ここで海路兵糧を確保しつつ抵抗をするつもりなのだろう。

 ある意味史実に近い展開だが少し疑問が湧く。

 史実と違って月山富田城を尼子軍は落としているのだ。

 籠城という選択もあったと思うので、その質問をしてみると男の娘はあっさりと答えを口にした。


「兵糧がないんだって」


 そうきたか。

 俺の予想通り飢饉が発生したが、毛利家は石見銀山から銀を垂れ流してボッタクリ価格でも博多から兵糧を購入し続けたからまだ活動ができる。

 だが、普通の大名ではこの米相場だと兵糧の確保なんて無理なレベルに達していたのだ。

 飢饉というのは、消費地では発生しない。

 米を買う経済力があるからで、その経済力がない所から米を奪ってゆくのだ。

 ましてや、尼子家は長期の月山富田城籠城戦で兵糧攻めの果てに滅んだ過去がある。

 その二の舞はさけるという事なのだろう。


「そういえば、博多で話題になっているらしいけど神屋の主人が隠居したそうだよ。

 若旦那が正式にあとを継いだって」


 これについてはこちらにもその神屋から報告が来ていた。

 要するに、雑賀・根来衆を宇喜多直家に任せたあたりの件を含めた、毛利に関与しすぎた主人神屋紹策のけじめという所なのだろう。

 若旦那こと神屋宗湛に任せるとは言え実権はある程度保持してサポートするのだろうが、こちらにそれを知らせてきたという事はこれ以上の毛利への関与を控えるという宣言にも取れる。

 大陸交易と内政商品をがっちり握っている俺への不興を買うのはこれ以上は避けたいという意志が見えるから、俺はそれ以上の追及を止めることにする。


「俺より毛利元就の器が大きかった。

 そういう事だ」


 そんな感じでうそぶいていたのだが、人は悪いことをした後で責められないと不安になるらしい。

 更なる詫びという形で、俺の口利きという形での府内の侍達への借金免除や、重臣達への賄賂を贈っているそうだ。

 これをネタに俺の粛清フラグにするなら毛利元就マジ鬼畜と白旗をあげる所だが、毛利元就も神屋宗湛にそれを強要するだけの銭と信用を持ち得ていないらしい。

 そういう所からも分かるものがある。

 勝っているから多くの者は見えていないが、ボッタクリ価格で兵糧を買い続けて兵を動かし続けてきた毛利家の財政がそろそろ限界に来ているという事を。 


「とはいえ、後詰が無いのが痛いな」


 戦況は極めて尼子家に不利である。

 期待していた浦上家の後詰が降伏の仲介をした宇喜多直家の再寝返りで実質的に不可能になり、尼子再興軍快進撃の立役者だった小寺官兵衛が浦上家から去った為に外部との連絡が不可能になっていたのである。

 そして、出雲国と伯耆国の国人衆達は、国人衆ゆえに勝ち組につこうとする。

 そういう状況で、布部山の敗北と月山富田城の放棄は彼らの心情を悪化させ、毛利家に再度走らせようとしていた。


「そうだ。

 小寺官兵衛からの文は来ているか?」


「来てないよ。

 ご主人」


 水島合戦におけるとばっちりに近い小寺官兵衛の浦上家からの退去で、可哀想という気持ち半分と有名武将ゲットの下心半分で誘ってみたのだか見事なお断りを食らったばかりである。

 彼もまたチートである故に、その断り方も見事だった。


「水島合戦の敗北によってそれがしは浦上家を去ることになりましたが、ここで大友様の声に乗ったら『小寺官兵衛は最初から大友と繋がっていた不忠者』と笑われましょう。

 全ては、大友様より頂いた雑賀・根来衆を完全に握れなかったそれがしの責任であり、そのけじめとしてしばらくは野でおとなしくせねばまわりが、特に大友様の周囲が納得しないでしょう。

 大友様は九州探題大友家の御一門であり、三好家とも繋がりがある殿上人であり、そんなお方より声がかかるのは感謝こそすれどもそれゆえに多くの妬みを受けましょう」


 こんな感じで始まった彼のお手紙だが、ここからが真骨頂だった。


「大友様はそれがしのような軍配者は必要ではないでしょう。

 大友様の策に、世の軍配者はついて行けませぬ。

 だからこそ、意見を聞くのであれば、老臣をお頼りくだされ。

 彼らの言葉には齢の重みと家での説得力があります。

 老臣を使えぬ大将を見る新参者は忠義では無く、野心を持つからでございます」


 見事なまでに浦上家における失敗を自己反省している。

 そんな訳で、彼をスカウトするのは諦めた。

 彼は現在父である小寺職隆が仕える小寺政職の播磨国御着城に戻り、歌道や月見・花見の遊山をしながらも黒田の元々の家業であった薬売りを始めて充電期間を楽しんでいるらしい。

 そんな彼にせめてものという事で『太宰府諸病話衆』や四国で取れた薬草を送ったのだが、これ以上のやり取りも猜疑心を招くという事なのだろう。


「こうなると、西での動きが気になるな……」


 それた話を俺は自ら呟いて戻す。

 考えていると誰かがやって来る音が鳴り、障子越しに声がかけられる。


「失礼します。八郎様。

 府内の父より文が届いております」


 お蝶の声に井筒女之助が障子を開ける。

 文を持ったお蝶の顔を見て悪い報告ではないが、良い報告でもないらしい。


「お屋形様より豊後・豊前・肥後・筑後の諸将に正式に動員がかかりました。

 まもなく九州で戦が始まりましょう」


 毛利包囲網が崩壊したからこそ、西の大友家は動かないといけなくなった。

 ある意味予想はしていたが、戦略環境は史実より良くはない。

 俺は文を読みながらお蝶の言葉に耳を傾ける。


「その為にどうしても南予で毛利軍を引きつける必要があると。

 お屋形様は南予での更なる勝利を望んでおります」


 このまま毛利軍と当たるのは高橋鑑種と竜造寺隆信が居るので正直きつい。

 南予方面に小早川隆景あたりが出張って拘束できたら儲け物という所だろうが、そうはうまくいかないだろう。


「そうなると長宗我部との連携は必須だな。

 帰りに手配しておこう」


「それと、こちらは八幡浜の一万田殿からの文です。

 畿内より戻した手勢を使って宇都宮領内に侵攻。

 地蔵岳城を落としたとの事。

 これを持って、一万田家の忠義は見たとのお屋形様のお言葉を頂いているそうです」


 お蝶が次に出した文には宇都宮領内で行われた合戦の報告が書かれていた。

 俺が戻した手勢に佐伯家と田原家の支援で七千まで膨らんだ大友軍は再度大洲盆地に侵攻。

 長宗我部軍が河野家本拠の道後平野を狙っていた事もあって、三千ほどしか居なかった宇都宮・河野・毛利連合は肱川で戦い敗北。

 大洲盆地は抑えたが肱川河口にあたる長浜への進撃は、毛利水軍が出てくることを考えて控えているという。

 この功績を持って俺の所領安堵だけでなく、奪った大洲盆地の領有も認められることになった。

 なお、この戦いで最も功績著しかったのが入田義実で、俺が政千代に手をつけた事を知ると約束どおり一族郎党死兵となって宇都宮・河野軍に突っ込み勝利のきっかけを作ったという。

 子ができた場合、戸次家と入田家との間を取り持ってやる必要があるなと思いながら、俺は文を読み終えて口を開く。


「とりあえず、お屋形様の疑念は晴れたが、えらく都合が良いな。

 もう少し時間がかかると思っていた」


 俺の感想にお蝶はにこやかに微笑む。

 このあたりは女城主として仕込まれているだけある。


「浦上と尼子が崩れて、大友も尻に火がついたという事です。

 ここで武功著しい八郎様を討つほどお屋形様も愚かではないと」


 そういう事か。

 包囲網が機能して毛利が勝手に消耗するならば、俺を粛清してもその立て直しは比較的楽に行える。

 だが、包囲網が崩壊してガチで毛利軍と戦う場合、俺という走狗を烹る訳にはいかなくなったと。

 南予戦線へのテコ入れはそういう解釈で行われている訳だ。


「それは分かった。

 だが、南予で毛利を拘束するのはいいが、何処を攻めると思う?」


「博多か門司」


 ここ最近は牝であり母であったが、彼女は元々スタイリッシュ女武者である。

 即座にこの戦略的要衝が言えるあたり絶対に無能ではない。

 博多の奪還は大友家にとっての最重要目標ではあるが、それには後詰めに来る毛利軍が邪魔になる。

 その毛利軍を遮断できるのが門司で、だからこそここは何度も大友と毛利の争奪戦の舞台になったのだ。


「もう一つあるな。

 竜造寺家の本拠、村中城」


 文字通りの今山合戦フラグだが、博多を攻める場合は竜造寺軍の横槍が怖いので、ここはどうしても叩く必要があった。

 お蝶が俺の後ろに回り込んで抱きつく。

 控えていた男の娘は見ないふりをするが、そのあたりは序列が女同士でちゃんと話し合っているのだろう。


「で、八郎様なら、何処を攻めますか?」


 なんとなく分かってきた。

 田原親宏は南予戦線だけでなく俺を別働隊の大将として遠慮なくこき使うつもりなのだろう。

 そういう事ならば、こちらもリクエストは出しておこう。


「門司だな。

 猫城がらみで俺も動きやすい。

 博多攻めはお屋形様の本隊にお任せするさ」


 じゃれるようにお蝶は俺の耳元で囁く。

 その声は甘いのに冷えていた。


「門司攻めの場合、先陣大将は吉弘殿と争うことになります。

 どうか、そのためにも八郎様のお力添えを」


 どんな所でも必ず発生する派閥争い。

 大友家最強武闘派集団である吉弘家はその権勢を大友宗家から常に警戒され続けた田原家の分家筋に当たる。

 とはいえ、今や準一門に近い吉弘家と田原家は同じ加判衆の座に座っており同格扱いなのだから、上が納得しても下が納得できる訳がない。

 出陣前から激しい鞘当てが発生していたのである。


「ああ。

 吉弘殿はお屋形様の近くでお屋形様を守ってもらわねばならぬ。

 とはいえ、先鋒に出るのはちと難しいぞ」


 空いた障子の向こうから見える座敷を眺める。

 畿内の医者や薬師を集めて行われているのは果心の出産である。

 そう遠くない内に、有明と小少将も出産を控えている。

 彼女たちが子を産んで体力を回復するまでは、俺はここに滞在する予定だった。




 果心と有明が女の子を生み、小少将が男の子を生んで間もなく、九州の地では大友と毛利の決戦に向けた動きが本格化する。

 場所は肥後国天草。

 その主役は兄こと菊池則直。

 ここでの騒乱が九州と西国の命運を決める大乱の引き金になるとは、俺はこの時まったく知らずにできた赤子と共に宇和島に帰ることになる。

こういう時の八郎の人材登用のサイコロは腐る。

ファンブルが出るとは思わなかった。

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