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水島合戦 【地図あり】

挿絵(By みてみん)

 戦国時代というのは末期に入ると地域の覇者同士の戦いに移り、多くの決戦が行われた。

 武田と上杉の死闘で名高い川中島合戦や大内家を滅亡に追い込んだ厳島合戦などはその代表例だろう。

 勝てば相手の領国を奪う決戦はそのままお家滅亡に繋がりかねないので多くの大名家は回避傾向にあったが、それでも行われる場合の理由は一つしか無い。

 どちらかが、もしくは両方が政治的に追い詰められている場合だ。

 そんな典型例の合戦の一つが、毛利家と浦上家の間にある備中国水島で行われようとしていた。


 毛利家二百隻、浦上家三百隻の船があつまったこの合戦の背景を簡単に言うと、毛利家が追い詰められていたからにほかならない。

 大内家・尼子家を滅ぼした戦国時代屈指の大大名毛利家は、それゆえに周囲にあまりにも敵を作りすぎていた。

 西は博多を奪い筑前国高橋家や肥前国竜造寺家が毛利家の武威に従うも、九州探題である豊後国大友家は未だ戦意は高く、虎視眈々と反撃の機会を伺っていた。

 南の四国は毛利家の権益の大黒柱の一つである瀬戸内水軍衆に多大な影響力を与える村上水軍の表向きの主家になる伊予国河野家が追い込まれていた。

 南西から宇和島大友家、南から長宗我部家が侵攻し、東の予州河野家は介入を始め、小早川隆景を一時派遣したが、一時的な時間稼ぎしか行えなかった。

 そして東。

 月山富田城を奪還した出雲国尼子家の復活に、宇喜多直家謀叛と降伏の余波で離脱した備中三村家の対処と完全に戦線が崩壊していた。

 だからこそ、毛利元就自らが出陣する。

 目指すは山陽道。つまり毛利家東部戦線の主敵である備前国浦上家。

 ここで再興した尼子家を叩かないあたりに毛利元就の才が光る。

 再興したと言っても尼子家は出雲の名家。

 それ相応の戦力と国人衆の支持があるのは言うまでもない。

 一方、浦上家の勢力拡大に伴い、浦上家に近い塩飽水軍が毛利家から離れだしていた。

 水軍衆は情報に長けており、利に聡い。

 この離反を許せば瀬戸内水軍全体が毛利家を見限りかねず、水軍衆が無いと伊予や九州に兵が送れずに戦わずに負けてしまう。

 それゆえに、毛利軍は当主となった毛利義元を残し、全力出撃をしたのである。


 吉川元春率いる八千は、石見銀山を守りながら尼子家を牽制する。

 毛利元就率いる本隊一万数千は備中国三村家を攻め、内応により備中松山城は落城。

 三村元親は腹を切り、三村家を滅亡に追いやった。

 この動きに浦上家も手をこまねいて見ていた訳ではなく、兵を集めて後詰を用意していたが毛利元就の動きの方が速かった上に、塩飽水軍の根拠地の一つである備中国水島に小早川隆景率いる水軍衆が襲来し占拠され動きを牽制されていた。

 三村家救援に失敗した為にせっかく尼子家再興で轟いた武威に傷が入ってしまっている。

 浦上家当主である浦上宗景は、集めた兵を毛利戦に投入する事で武威の回復を図ったのである。

 

 浦上家についたのは塩飽水軍と小豆島の水軍、播磨の水軍衆。

 東瀬戸内海に多大な影響力を持つ三好家の水軍衆はこの合戦に参加していない。

 浦上家の参戦要請について三好家より尋ねられた大友主計頭はこんな事を述べたという。


「何で戦う必要がある?

 毛利が東に兵を向けたのならば、西の九州で大友家が動く。

 それを待って失地を奪回すればいい。

 戦って水軍衆を失うと再建に時間がかかる。

 戻りの悪い博打だよ。これは」


 浦上家中からも異論が出た。

 尼子再興の立役者である小寺官兵衛である。


「三村家滅亡で我らの面目は潰れましたが、毛利家は西の大友家に脅かされ、彼らの宿敵である尼子家も領土回復に向けて動くはずです。

 わざわざここで戦を仕掛ける必要もありませぬ」


 だが、浦上宗景はうまくいき過ぎた成功に酔ってそれを無視する。

 それがお膳立てされた勝利だった事がさらに事態を悪くした。

 三好家は三好長慶の死後の内紛から、勢力が衰えたと判断し彼らの出陣見合わせはその影響であると判断した。

 小寺官兵衛の諫言も、彼が粛清した浦上政宗の長男浦上清宗の陪臣であった事から、家中から疎まれて主君の耳まで届かなかった。

 浦上宗景は天神山城から出陣し、尼子からの帰りに寄った雑賀・根来衆や降伏した宇喜多直家を先陣として水島の対岸に陣を敷く。

 その兵力は二万三千。

 小早川隆景率いる毛利軍の兵力はおよそ四千である。



 浦上軍

  浦上宗景    五千

   明石行雄   三千

   延原景能   三千

   岡本氏秀   三千

   宇喜多直家  三千 

   雑賀・根来衆 六千  延原景能指揮


  水軍衆

   塩飽水軍   百隻

   小豆島水軍  百隻

   播磨水軍   百隻  


  合計      二万三千+三百隻



 毛利軍

  小早川隆景

   乃美宗勝

   児玉就方

   飯田義武


  合計      四千 (二百隻)



 当たり前だが、船を動かすにも人がいる。

 毛利軍の場合水軍で襲撃したので、船の人員がそのまま兵力なのだが、浦上軍は水軍衆と兵力が別である。

 当時の水軍の船の人員の平均が大体20人なので、更に六千人の人間が増える。

 つまり、四千対二万九千という戦いなのである。

 浦上宗景は負けるはずがないと思った。

 だからこそ、彼は忘れていたのである。

 毛利家会心の勝利だった厳島合戦で、毛利軍はどう動いたのかを。




「ほぅ。

 この地は馬で海を渡れるのか」


 瀬戸内海の要衝である水島は、源平合戦の舞台にもなっている。

 正確に水島と呼ばれる島は無く、児島と大島の間にある柏島、乙島、連島をはじめとした島々のあつまりを地元の民がこう呼んでいる訳だ。

 毛利軍は、柏島と乙島に陣を敷き、浦上軍はその対岸に陣を敷いて対峙する。

 なお、この地で京から平家を追い落とした木曽義仲軍はこの地で平家水軍に大敗し、彼は滅亡に追い込まれる事になるのだが、その逸話はこの地に伝わっていた。


「へぇ。

 このあたりは海が浅く、馬でも島まで行けるのでさぁ。

 昔、源氏と平家がここで戦った時、平家軍は船に載せた馬で島からこっちに渡って源氏軍を急襲し、勝利を治めたと」


 近くの村長の褒美欲しさの調子の良い話から物見が渡れることを確認した浦上宗景は、褒美を渡して村長を追い払うと、諸将を前に言い放ったのだった。


「この戦、我らの勝ちぞ!

 潮が引いた時に押し渡って、一気に毛利を叩いてしまおうぞ!!」


「お待ちを」


 気持ち良く話している時に口を挟んだのは、末席に座っている宇喜多直家である。

 諸将の視線も冷たいのだが、気にすること無く彼は懸念を口にした。


「毛利の奴らは船で来ております。

 押し渡るのを知って、船で逃げられたら厄介かと」


 まともな意見具申に諸将だけでなく浦上宗景の顔も緩む。

 懸念は払拭されたわけではないが、まともな意見具申を聞かないほど浦上宗景も器量が小さい男ではない。


「それもそうだ。

 水軍衆に島を囲むように命じよ」


「はっ」


 伝令が水軍衆に命を伝える為に駆けて出てゆくと、宿老の一人である明石行雄が懸念を口にした。


「殿。

 あまり長くここに留まると、備中の毛利軍がこちらにくる事も考えられまする。

 毛利の水軍を追い出したらそれで終わらせて、西の毛利に備えるのも一つの策と思いますがいかに?」


 ここ水島から備中松山城までは高梁川の河口と上流という位置関係なので、戦に介入しようと思えばできなくもない。

 明石行雄の懸念に浦上宗景はたしかにと頷く。


「では、延原景能の手勢と雑賀・根来衆を備えとして置いておこう。

 先陣は宇喜多直家とする」


 先陣は損害が多く出るが、忠誠を試す場でもある。

 先の謀叛に失敗し降伏した以上、彼に異を唱える事はできない。

 宇喜多直家は淡々とした声でその命令を受諾したのである。


「承知いたしました」


 翌日。

 合戦は海戦より始まった。

 潮の流れを知る浦上水軍の攻撃を毛利水軍は水島に上がる事によって避けるが、それは水島に毛利軍が閉じ込められた事を意味していた。

 そして、潮が引いて水島までの道が海より現れる。

 本陣でその様子を見ていた浦上宗景は、伝令を呼んで命じた。


「宇喜多直家に伝えよ。

 今より水島に攻め込む時……何事だ!!」


 彼の命令を途絶えさせたのは背後から聞こえる轟音だった。

 しばらくして、物見が慌てた顔でその正体を知らせる。


「申し上げます!

 雑賀・根来衆裏切り!!

 毛利の旗を掲げて背後より襲いかかっております!!!」


「何……だと!?」


 宇喜多直家が寝返ることは想定していた。

 だからこそ、先陣において忠誠を試しながらも備えていたのである。

 だが、雇われた雑賀・根来衆が寝返る事は想定していなかったので、浦上宗景の頭は真っ白になる。


「殿!

 呆けている場合ではございませぬぞ!!

 延原殿はどうしておられる?」


 たまたま本陣につめていた明石行雄が浦上宗景を叱咤激励しつつ状況の把握に努める。

 伝令が人に告げた報告は悲惨そのものだった。


「梶原隊は雑賀・根来衆の裏切りで壊走!

 延原景能様は討死になされたそうです!

 現在、岡本氏秀隊が雑賀・根来衆を防いでおります!!」


「殿!

 兵力差で岡本殿だけでは支えきれませぬ!

 それがしも出させてくだされ!!」


「構わん!

 行け!!」


「ありがたき幸せ!

 裏切り者を追い払ってみせましょうぞ!!」


 明石行雄が兵を率いて雑賀・根来衆に横槍を食らわせる。

 改めて寝返った雑賀・根来衆をよく見ると、彼らの旗は毛利の『一文字三つ星』に全部変わっていた。

 ここでようやく浦上宗景は気づく。


「奴ら、本当に雑賀・根来衆だったのか?」


と。

 浦上家が勢力を拡大できた背景に、大友鎮成が送りつけた雑賀・根来衆の存在が大きい。

 彼らによって尼子再興軍は兵力を水増しできて月山富田城を落とせたのだが、その管理は宇喜多直家と小寺官兵衛に任せていたのである。


「物見を放て!

 襲っている敵が本当に毛利ならば、何処の家の誰なのかを確かめよ!!」


 慌てて物見が散ってゆく。

 浦上宗景とて馬鹿ではない。

 だからこそ、罠にはまってからからくりに気づく。


「申し上げます!

 敵勢は毛利元清勢と名乗っております!!」


 月山富田城を奪還した尼子家は雑賀・根来衆との契約を終了した。

 彼らとていつまでも戦う訳にも行かないからだ。

 その帰還途中という形にして毛利の一隊が雑賀・根来衆に化けた。

 彼らの管理が宇喜多直家と小寺官兵衛で、浦上宗景とその家臣達が握っていなかった事がこの偽装を見破れずに悲劇に繋がった。

 繰り返すが浦上宗景は馬鹿ではない。

 だからこそ、罠にかかろうとした今、その疑問に気づいてしまう。


(彼らを雑賀・根来衆と言ったのは宇喜多直家だ。

 その為、奴に兵を預けるのは危険として延原景能に渡したのだが……宇喜多直家がそれを知っていたとしたら……)


 浦上宗景は思わず宇喜多直家の陣を眺める。

 浦上宗景の顔は青く汗が一面に浮き出ている。


(……そもそも、宇喜多直家は本当に降伏したのか?)


 その予感は的中した。

 最悪の形で。

 浦上宗景はその瞬間を見た。


 本陣に鉄砲を構える宇喜多隊と、潮が引いて渡れるようになった水島から全軍で打って出る毛利軍の姿を。

 轟音と共に、誰かの声が浦上宗景には他人事のように聞こえた。


「宇喜多直家裏切り!」


「毛利軍!

 水島より打って出て来ます!

 ご指示を!!

 殿!!!」




 浦上宗景は決戦の意味を理解していなかった。

 誰かにお膳立てされた勝利を自分のものと勘違いしてしまっていた。

 そして、その齟齬を毛利元就は見逃さなかった。

 老将毛利元就その謀略の集大成ともいえる水島合戦の大勝利はこうして幕を閉じた。

 海陸からの挟み撃ちの上に、宇喜多直家の裏切りで浦上軍は総崩れに陥り、岡本氏秀と延原景能が討死。

 満ち潮になった浦上水軍衆が戦場に戻った際には、大勢が決しており彼らはそのまま帰ることになる。

 殿として奮戦した明石行雄は最後は毛利軍に囲まれて降伏したが、主君浦上宗景を天神山城に逃がすことに成功する。

 だが、重臣や多くの兵を失った浦上家は毛利家を後ろ盾にした宇喜多直家の備前制圧を止めることができなくなっていた。

 一方、今回の大敗のきっかけとなった雑賀・根来衆を管理していた小寺官兵衛はその責任を問われて浦上家を退去し、故郷播磨に帰ることに。

 彼が管理していた雑賀・根来衆は美作から播磨経由で帰って備前に寄っておらず、宇喜多直家が管理していたとされる雑賀・根来衆は調べた結果存在しなかった事を知って愕然とする。

 その報告を小寺官兵衛から聞いた大友鎮成も、カラクリ--彼の名前と神屋の銭で毛利の兵を雑賀・根来衆に偽装して宇喜多直家の所に送り込んだ--を聞いて頭を抱えるしかなかった。

 もちろん、この仕掛けは大友家にわざと漏らされて、大友家に疑心暗鬼を生み出したのは言うまでもない。 

 そんな事が起こる未来を確信しつつ、大勝利の報告を備中松山城にて聞いた毛利元就は重い荷をおろした後のようにため息をついて、吉川元春に尼子攻めを指示したという。



 

 水島合戦


  浦上軍   浦上宗景   二万三千+三百隻

  毛利軍   小早川隆景  四千 (二百隻)


 損害 (死者・負傷者・行方不明者含む)


  浦上軍   九千

  毛利軍   数百


 討死

  岡本氏秀・延原景能 (浦上家)

ここで出るか……チート爺のクリティカル。

あんこスレの熱烈歓迎は見ていて楽しいけど、実際やってみると頭を抱えるのでおすすめ。


5/5

船の乗員がらみの数字を間違えていたので修正。

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