頭と尻尾は猫に食わせたいがそもそもその餌がない話
帰る前に、一つ気になることがあって俺達は堺に滞在している。
既に岸和田城は三好康長に渡し、畿内の浪人や流れ者で作った大鶴宗秋の兵は手切れ金を渡して解散させ……られなかった。
まさかの雇用継続である。
曰く、
「きちんと銭と米が払われ、食う場所も住処も用意され、酒だけでなく女すら用意されている職場をどうして辞すると?」
まったくそのとおりである。
なお、これと同じ状況に陥ったのが遊女たちで結婚退職で居なくなった百人を除いた五百人が俺たちについてゆく事になった。
「ふぁ……おはよう。八郎」
「おはようございます」
「んっ……」
仲屋乾通の堺屋敷の離れ。
なれたものだが、昼過ぎに目を覚ますとあられもない女たちが目を覚ます。
孕んでも一緒に寝る有明と性技指導の果心はともかく、ここ最近の担当は次の子供が欲しいお蝶とめでたく色にハマった政千代である。
「とりあえず食事を頼む。
着替えは面倒だからいいか」
爛れた生活にもなれた自分がいるが、これでもONとOFFが切り替えられるからここの女たちはすごい。
有明と果心が俺の体を拭いていると、お蝶と政千代が食事を持ってくる。
「いただきます」
「「「「いただきます」」」」
食べながら今日の確認をする。
このあたりは政千代が最近はするようになっている。
「今日は、堺の町衆の皆様と帰る船の手配についてお話する事になります」
「大鶴様が率いていた兵と遊女の手配だったっけ?」
「はい。有明様。
そのほとんどを宇和島で受け入れることになるかと」
政千代が淡々と話すが、二千人もの人間の移動はかなり大変である。
佐伯水軍と淡輪水軍も船を出してくれるが、数度に分けての帰還は避けられない。
阿波-土佐-南予の太平洋航路の停泊地と宿泊場所の手配はそれだけで銭と時間が飛ぶのだ。
「伊賀忍者との手打ちも済みましたし、ある程度雇用できるようになったのは大きいですね。
それまで毛利忍者にやられたので、御身が守りやすくなるのは大きいです」
「とはいえ、三好内府がお隠れになったあたりからぱたりと襲撃がこなくなったがな。
浦上殿の勢力の拡大に手を焼いているのだろう」
見るからにお腹が大きくなった果心がそのお腹をさすりながら安堵のため息を吐き、言葉を繋いだお蝶はそんな彼女のお腹を羨ましそうに見る。
宇喜多直家の寝返りから元サヤへの降伏に煽られた形での三村家離反は、三村家が浦上家に支援を求めた事と即座に介入した尼子残党によって大火事となって炎上中である。
もちろん、目指すはなつかしき出雲の月山富田城。
後詰に来ていた吉川元春軍が備中に転戦した為に押しとどめる軍勢は何処にもなく、尼子勝久率いる一万数千の尼子軍はついに月山富田城を開城に追い込んだのである。
その戦の影に、俺が押し付けた数千の雑賀・根来衆を指揮して軍師よろしく尼子勢にアドバイスをした謀将がいるとか居ないとか。
浦上家内部のガタガタぶりと、毛利の視線が三村家と宇喜多直家に向いた瞬間を的確に見抜いてのこの出雲急襲は、後の世に軍師として名を残すだけあると感心するしか無い。
なお、彼自身が俺に送った書状によると、本人はそこまで出張るつもりはなかったらしく、尼子残党が美作から出ることで彼が仕える浦上清宗の勢力を拡張させたかっただけらしい。
尼子家復興の第一功として引き抜きを打診されたが断ったらしく、それを読んでなんとなく彼らしいと思ったのは内緒だ。
尼子勝久による月山富田城奪回に伯耆国と東出雲の国人衆が尼子勝久に忠誠を誓い、尼子勝久は養女を浦上宗景の息子浦上宗辰との縁組が成立。
浦上家はこれで備前・備中・美作・東出雲・伯耆・西播磨と六カ国にまたがる大大名として君臨し、しれっと京での工作もしていたらしく備前守護を獲得して絶頂の真っ只中に居た。
「だからこそ、今のうちに帰るという訳さ。
毛利の視線が東に向いている内に博多を奪還する」
おそらくはそうなるだろう。
その為に、今日は堺の商人達と会うのだ。
気になっていた、この年の収穫の確認のために。
「ようこそおいでくださいました。
今日は良き茶をご用意しておりますぞ」
今井宗久は屋敷の前で俺を出迎えてくれていた。
なお、彼は今でも堺における織田派として織田家を財政面から支援していた。
そんな彼に会うのは、東日本の収穫の出来を尋ねる為だ。
博多と堺にコネがある俺は西日本についてはある程度情報が入ってくるが、東日本になるとそのコネが使えない。
実際に織田信長と取引している今井宗久から東日本の情報を得られるのは、堺に滞在しているこの瞬間しかなかった。
せっかくなのでと、女たちを連れての来訪である。
「奥の皆様はこちらへ。
色々なものを取り揃えております」
今井宗久の言葉に、俺が鷹揚に頷く。
せっかくだから良い所でも見せておこう。
「好きなものを買えばいい。
それぐらいの銭はあるからな」
この手のお洒落が大好きなのが女というものだ。
あの政千代ですら、揃えられた品々に目移りしている。
というか男の娘。
お前も買うのか?まぁ構わんが。
「出迎えてもらってありがたいが今日は、茶人としてでなく侍としての来訪だ。
風流は程々で構わん」
そんな事を言いながらも、珠光茶碗を持ってきていたり。
篠原長秀が取り出した箱から出した珠光茶碗を見て、今井宗久は俺たちを茶室に誘う。
作法通りに茶を堪能して俺は本題に入る。
「今年は不作か?」
「ですな」
額に手を置いて頭を抱える。
予想はしていたが、その予想は当たってほしくはなかった。
そんな俺に今井宗久が追い打ちをかける。
「まともなのが九州と四国ぐらいしかありませぬぞ」
見ると今井宗久も俺と同じような顔をしている。
つまり、飢饉の予感だ。
「九州は毛利殿が戦を手控えた事で、荒れなかったのが大きかったですな。
筑後川流域は近年まれに見る大豊作だそうで」
それは多分いい養分が筑後川に流れ込んだからだと思うな。
人の死体という養分が。
「南の方では島津と伊東がまだ争っていたと思うが?」
「あちらは土地が貧しいので、そもそも計算に入りませぬとも」
また身も蓋もないぶっちゃけを。
とにかく、九州の穀倉地帯である筑後川流域の豊作によって九州は救われた事は分かった。
それは筑後国を押さえる大友家はともかく、筑後川下流域を押さえている竜造寺家にもかなりの兵糧が入ったことを意味する。
「四国は大きな戦がなかったのが大きいですな。
とはいえ、こちらに兵糧を回せるとも思いませぬが。
あとは目の前のお方の働きかけでしょうか」
ともかく山ばかりの四国において余剰兵糧が出ることが珍しい。
ここは木材を輸出して食料を輸入しないと暮らせないからだ。
で、俺は早くから救荒作物に手を出し、山羊等を導入して飢えさせないようにしていた。
これを見ていた長宗我部家や三好家がそれを真似した結果、この飢えから逃れることに成功したという訳だ。
「山陰・山陽とも出来高はそこそこなのですが、戦続きで疲弊しておりますな」
今井宗久からついに聞き出したかった言葉を聞いて俺は内心ガッツポーズをするが、そこから先の言葉は予想していなかった。
「博多を押さえていなかったら、おそらく戦は続けられなかったでしょう」
つまりこういう事だ。
石見銀山の銀を垂れ流すことによって、博多商人から兵糧をぼったくり価格で購入して戦を続けていると。
支払いについては多分大丈夫だろう。
商人側に毛利家御用商人である神屋紹策がおり、現地司令官で超有能だった高橋鑑種が居る。
俺の兵糧攻めはこの二人が居る限り崩せない。
「待てよ。
いくら博多があったとしても、博多の蔵が無くなれば動けなくなるのではないか?」
「それは無いでしょう。
博多商人たちは近年末次船を始めとした大型船を大量建造し、大陸との交易を拡大させています。
これらの船は千石とも二千石ともいわれる荷を積めるらしく、この不作に大いに賑わっているとか」
俺がやらかしたブーメランが俺に突き刺さった瞬間である。
山羊と唐芋という大陸商品フィーバーは博多商人達の大型船建造ラッシュを導き、大友家の兵糧確保に大いに役に立ったが、それが毛利家にも機能していると。
商人たちは銭を払うならばちゃんと取引するから商人なのだ。
これだけ多方面に戦場を抱えても、まだ兵糧が枯渇しない毛利家の底力に俺は感嘆するしかない。
「とはいえ、追いつめられたのは事実。
毛利翁自ら出陣するとの噂にて」
だからこそ、石見銀山を危うくする尼子再興は看過できないという訳だ。
尼子・浦上連合軍に対して本人の出陣。
おそらく最後の総予備の投入だろうから、これで九州に後詰は送れない。
待ちに待った、大友家の反撃の瞬間がやっと来た。
今井宗久の会話は俺が聞きたかった東に移ってゆく。
「畿内ですが、大規模な戦続きでどうにもなりませぬ。
出来高はともかく、兵が兵糧を食い尽くすありさまにて。
我らも博多商人を真似て大型船を作り大陸に出していなかったらと思うとぞっとしますな」
畿内の食糧事情も大陸からの食料輸入によって支えられていた。
なお、こちら側の輸出品は、海産物、刀、工芸品等だが、一番大きな輸出品は人間、つまり奴隷だったりする。
これでも商品だからと救いがある方なのだ。
「織田殿の領国まではなんとか兵糧は回せるのですが、東は無理ですな。
戦の乱取りと長雨で飢饉が発生して農家が逃散する始末」
最悪の報告に俺の顔は真っ青になる。
中部地方における飢饉の発生。
それは、武田家や上杉家の略奪の激化と同時にこの二家が近視眼的に動かざるを得ない事を意味する。
「関東は出来高はましなのですが、上杉家が南下し北条家と争い他所に出せる兵糧などある訳もなく。
奥州も同じくこちらに回せる出来ではありませぬ。
武田家は再度の美濃侵攻を企んでいるとか」
こうなるともう末期である。
越前は飢えた一向一揆勢がなだれ込み、武田と歩調を合わせる形で今川家が徳川家を叩くだろう。
そんな背後で反織田家を貫く浅井家の攻略まで織田家の手が回らない。
それは、ろくでもない事しかしない足利義昭にフリーハンドを与えることを意味する。
「浅井家に兵糧を流している連中がいる。
気づいているか?」
織田信長を伸ばすとやばいのは分かるが、足利義昭を放置するとろくでもない事しかない。
ある意味究極の二択だが、それならばまだましな方を選ぶことにする。
「ある程度は察しておりますが……」
本願寺が淀川-琵琶湖経由で浅井家に兵糧を始めとした支援をしているのは織田信長も勘付いているらしい。
問題なのは、その取次役で幕臣となっている一色義輔こと斎藤龍興に手が出せない所だろう。
ならば、その理由を提示してやろう。
「亀背越の戦で伊賀忍に狙われたが、その雇い主が分かった。
どうも、浅井家に兵糧を流している輩と同じ人間らしい。
幕臣ゆえに手をだすのを控えていたが、困ったものだ」
もちろん嘘だ。
伊賀忍者との手打ちでそんな背後を教えたら誰も取引を持ちかけなくなるので、その手の過去は問わないのがこの手の者を雇う時のお約束である。
だが、例外があって、己が調べだした場合の報復についてはとやかく言えないというのがある。
つまり、正しかろうが間違っていようが、己が調べたという正当性が保証されてそれが勝つならば、その報復は正当化される。
さすが戦国時代。
「その話は本当で?」
「俺にもその手の輩に伝手があるのは知っているだろうに」
ある意味幕臣ではない俺の暗殺未遂で、斎藤龍興の粛清理由になるかというと基本的にはならない。
だが、ある複雑な解釈を展開すると、これが合法になるのがこの畿内の面白い所である。
そして、今井宗久はその複雑な解釈ができるからこそ、この堺で豪商なんてやっているのである。
「管領様の領国の御方を害するなど、管領様がお怒りになるでしょうな」
幕府組織に深く食い込める管領の身内という解釈である。
もちろん、俺自身そんな身内になった覚えはないが、三好家が独立する前は細川管領家の家臣として面子を立てていたのは誰もが知っている事だ。
そんな準一門待遇ともなれば、広義解釈で身内と言えなくもない。
織田信長に気づいてほしいのは、足利義昭が彼の手をはなれつつあるという事。
今の彼はまだ足利義昭という飾りが必要だという事。
「しばらくはこちらには来れないだろう。
場合によっては、これが最後という事もありうる。
今の話、松永殿と細川殿にも話しておいてくれ。
悪いようにはしないだろう」
松永久秀も細川藤孝も、南宗寺にやってきた足利義昭の黒幕が彼だと勘付いているだろう。
そして、あの無礼極まりない物言いに対する報復の機会を逃す訳がないはずだ。
今井宗久がようやく察したらしい。
「大きな借りができたと感じるでしょうな。
あの御方は」
今井宗久の苦笑に俺も苦笑で返した。
彼との話で気づいたことがある。
俺も、織田信長に借りを作るよりも、三好長慶の葬儀の場を侮辱した事へ怒っていたという事に。
なお、この報復を十二分に利用したのは案の定松永久秀だった。
足利義昭側近の座を巡っての暗闘に利用した上で、細川藤孝から提出された『管領家身内の襲撃に幕臣が絡んでいる』という抗議で弾劾し、謹慎という形で居城宇佐山城に追い払うことに成功する。
もちろんそこで許す訳も無く、松永久秀は一万の兵を率いて上京し京都所司代や細川家の兵を糾合した一万数千の兵で宇佐山城を急襲。
支えきれないと悟った斎藤龍興は比叡山延暦寺に逃げ込むが、延暦寺は彼の身柄を保護して差し出すことを拒否し、助けてもらっていた浅井家が湖西側から後詰をだした事で織田家も呼応し合戦に発展。
兵火によって延暦寺が焼かれた事を知るのは俺が畿内を離れてからの事。
松永久秀は織田信長にこれ以上ない恩を売ることに成功したのである。