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立ち位置と主役

 高橋鑑種の謀叛は激震となって大友領内に伝わったが、筑後国太刀洗での合戦でひとまずは落ち着きをとり戻した。

 その間に大友家は体制を固めなおす。

 具体的には、怪しい連中の粛清である。


「一万田親実殿は腹を切ったか……」


 岸和田の地に居た事を心から感謝する。

 宇和島だったら府内に呼ばれて詰問されるなら良い方で、悪ければ俺も一万田親実と同じく腹を切る可能性があった。

 遠く畿内だからこそ、ある意味捨て置かれたとも言える。


「一万田家の所領はひとまずお屋形様預かりとして、家は一万田鑑実殿が継ぐ。

 一万田一族郎党は八幡浜に渡り、一万田鑑実殿の下で働くようにか」


 岸和田城の本丸にて、佐伯惟教から届けられた文に俺はため息をつかざるを得ない。

 一万田一族については、親が粛清され子が謀叛のケジメをつけないと他の家臣達の統制に関わるからだ。

 とはいえ、養子に行った次男の謀叛という事で、長男が腹を切って一万田鑑実に継がせることで家を残すことは成功した。

 ある意味穏便な落とし所と言えよう。


「殿。

 どうなさるおつもりで?」


 大鶴宗秋が俺に尋ねるが、現状において選択肢があるというのが実にありがたい。

 そして、そのどれを選んでも即座に命の危険が無いというのがすばらしい。


「烏帽子親の不始末は俺の不始末にもなる。

 宇和島大友家の所領をお屋形預かりにするよう書状を書いておこう」


「……それしか無いでしょうな」


 このお屋形様預かりというのは城と領地をお屋形様こと大友宗麟に渡す事で、大友宗麟から改めてその城を治める家臣を派遣する事を意味する。

 だが、この状況で家臣なんて派遣する余裕はある訳が無く、大体『城代』として元城主を任命する形を取るわけだ。

 で、戦が終わって功績を立てたら褒美として元の城を新しくもらうという形で、功罪をちゃらにする。


「となると功績を立てねばならぬのですが、どのようにするつもりで?」


 大鶴宗秋の問いかけに俺は苦笑しながら数通の文を見せる。

 どれも京の幕府や朝廷からの書状だ。


「長寿丸様元服について官位や幕府役職を押さえた。

 これだけでも問題は無かろうが、おそらく南予宇都宮攻めだろうな」


 現状、畿内においてこれ以上戦に関与する必要がなくなったので、少しずつ兵を宇和島に帰している所だった。

 発生した毛利との戦いにおいて宇都宮領を押さえて河野家と対峙するのは、九州で暴れる毛利家の兵の減少を意味する。


「とはいえ、今戻ると色々とまずいかと」


「だな。

 宇都宮相手の戦は一万田鑑実に任せるしか無いな」


 高橋鑑種がらみで俺以上にケジメを求められているのは一万田鑑実である。

 その為、宇都宮攻めの功績を以て一万田鑑実はケジメをつける必要があった。

 俺にできる事は、兵を帰して彼の戦を楽にする事ぐらいしか無い。

 現在の岸和田城の兵はこんな感じである。



 岸和田城主 大友鎮成

       (有明・井筒女之助・小少将・戸次政千代・果心・お蝶・篠原長秀・篠原右近・上泉信綱・柳生宗厳・石川五右衛門)


 馬廻    佐伯鎮忠  五百


 陣代    大鶴宗秋   千


 侍大将   吉弘鎮理  五百

       小野鎮幸  五百


 足軽大将  白井胤治  五百

       田中成政  五百


 合計          三千五百


 

 野口冬長が和泉国守護として堺に滞在するので、国人衆などへの命令権が無くなったのとさっき言った宇和島への帰還でここまで兵を減らしている。

 奥周りの連中がえらく増えたが、女中は慰安兼護衛要員も兼ねているのでどうしようもない。

 なお、この女中が戦場で侍や足軽とわっふるしてくっついて結婚退職なんて良くするから常時補充が必要になる。

 で、うちの場合勝ち戦続きで安全が保証され、うちのスタイリッシュ奥連中が遊女界のモードを作っているからどんどん綺麗どころがやってくる始末。

 岸和田城にも遊郭を作ったのでその連中も含め、奥の人員は現在六百人を超える。

 話がそれた。


「そういえば、この城についてはどなたが受け取るので?」


「誰も受け取らないんだよ。

 困った事にな」


 大鶴宗秋の質問に俺は苦笑しながらため息をつく。

 岸和田城を返上しようと野口冬長の所に行ったら、真顔で突き返された。


「大友殿。

 我が三好はそこまで薄情ではありませぬぞ!」


 その言葉は嬉しいが、畿内撤退が確定事項である以上岸和田城も誰かに渡さないと行けない訳で。

 白井胤治に渡すにはちとこの城は大きすぎる。

 城代の派遣は絶対条件だった。

 三好家中の勢力とバランスを考えながら、俺は慎重にこの城を任せる人間を選ぶ。


「三好康長殿だろうな。

 下に高山友照殿と中川清秀殿を」


 三好家の畿内撤退は確定だが、その殿を野口冬長と俺が務めている現状で俺が宇和島に帰るならば別の一門衆の派遣は絶対条件だった。

 そうなると、三好義賢に仕えていた彼は好都合だろう。

 高山友照と中川清秀をつける理由は彼らが織田信長の下で台頭する時下克上でのし上がった経緯があるからで、三好康長の下につけて監視する事で畿内三好領の放棄を円滑化させるのが狙いである。

 九州の現状では下手に帰れない以上、三好長慶死後の混乱まではこちらでコントロールできる事はコントロールしておきたい。


「ご主人。

 お客様だよ」


 話の最中に井筒女之助が割って入る。

 こういう感じで割って入る時は大体ろくでもない客の事が多い。


「で、誰がやってきた?」


「あの侍。

 ご主人に妙になれなれしかった茶人もするあれ」


 僕っ娘にとってはあれ扱いかよ。

 あの傾奇者は。




 図太いというか良い空気を吸っているというか、現状単身でこうしてのこのこ岸和田城にやってこれる度胸は買わないと行けない訳で。

 女連中を下がらせた遊郭の広間で昼間からの酒宴で歓迎することになった。


「しかしここの女連中は良いなぁ。

 仕事が終わったら遊びたいぞ!」


 俺の盃に酒を注いだので俺も前田慶次に酒を注ぎ返す。

 もちろん予め毒味は終わらせている。


「で、何に乾杯する?」


「仮にも敵味方に別れて戦った後で、武運をもまずかろう。

 互いの生還にあたりでどうか?」


 ある意味投げやりに言った俺の言葉に前田慶次が盃を掲げる。

 要するに酒が飲めるならばなんでも良いらしい。


「それでいいか。

 互いの生還に」


「乾杯!」


 なお、俺の隣に僕っ娘、端には剣豪二人が控えている。

 そんなの気にすること無く前田慶次はさっさと用件を告げた。


「大殿が娘をやるからこっちに来ないかと言っている」


「断る。

 ちなみに、俺の正室は三好の姫じゃないぞ。

 奥で揉め事なんて御免だ」


「なるほど。

 その手もあったか」


 ぽんと手を叩く前田慶次。

 気づいていなかったらしいが、どうせ用件なんて口実で俺と酒を楽しみたいだけなのだろう。こいつは。


「ちなみに亀背越の戦には居たのか?」


「居たぞ。

 首八つほど取ったが負け戦じゃ誇る気にならん」


 敵方大将を前に堂々と功績を誇るあたりいろいろおかしいのだが、前田慶次だからで片付くから便利である。

 適度に酒も周り互いに口も軽くなる。


「まぁ、摺鉢峠の戦の方が俺にとっては誇りたい所だがな」


「摺鉢峠って近江国中山道の峠か?」


「おうとも!

 裏切った浅井討伐の為に、美濃と近江を繋ぐ戦の一つよ!

 浅井勢千に我らは四千。

 無事に蹴散らして峠を抑えたは良いが……」


 あっさりと機密情報を漏らす前田慶次。

 素なのか策なのか分からない所が困る。


「……長比城をめぐる戦で手こずって、未だ繋がってはおらぬ。

 長島一向一揆でも手こずっているから、大殿の側にお主が居ると嬉しいのだが」


 織田領内に囲まれた浅井家の謀叛鎮圧だが、思った以上に手こずっていた。

 加賀一向一揆が越前に乱入して羽柴秀吉と明智光秀が動けず、亀背越合戦で三好家の力を見せつけられた為に織田家の影響力が相対的に落ちているからだ。

 美濃に乱入した武田家の撤退を待って中山道確保と背後で蠢く長島一向一揆殲滅に動いたのだが、長島攻めでは輪中の地を攻めあぐね、浅井家の戦もあまり進んでいない。


「買いかぶり過ぎだろう。

 天下の副将軍の元には多くの将帥が居るだろうに。

 俺の座る場所はないよ」


「信頼できる者がおらんのだ。

 あの浅井殿すら裏切った。

 次は誰が裏切るのかと家中が疑心暗鬼になっておる」


 そういう事か。

 急膨張して統治人員の不足を抱えていた織田家は、浅井長政の謀叛で一気にその忠誠度を確かめる必要が出てきた訳だ。

 浅井家の戦があまり進んでいない理由もなんとなく察した。

 速すぎる美濃領有で、美濃出身の武将を譜代化しきれていない。

 そのあたりを踏まえて武田家と本願寺を動かす絵図面を描いているのならば、一色義輔こと斎藤龍興の暗躍もかなり筋が良い。


「それならば尚の事俺の出る必要がない」


 砕けた口調で俺が断言すると、前田慶次が真顔で問いかける。


「何を言っているのだ?

 今や三好を動かしているのはそなたではないか。

 大殿の娘うんぬんは、そういう意味での話だぞ」


 は?

 思わず盃を落とす。

 待て待て待て。

 三好の畿内撤退は既定事項だ。

 その前提で再編の時間をかせぐ為に行われたのが亀背越合戦だが、これは外から見るとどうなる?

 三好一族が四国の立て直しに集まっている中で、病を良い事に三好長慶の威を借る大友鎮成……っ!


 やられた。


「大友殿。

 何を笑っておられる?」


「いや失礼。

 これがおかしくてな」


 やりやがった。松永久秀。

 分かって乗っかったな。織田信長。

 三好家中の内紛を演出する猿芝居の主役に俺を据えやがった。

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