猫城広間評定の一幕 【地図あり】
なお、史実よりまだましな状況だったりする。
ここから巻き返しを図る大友宗麟もチート武将の一角なのは確定的に明らか。
筑前国。猫城。天守閣の広間。
毛利軍の襲来を予期していた彼らは、次々と飛び込んでくる毛利軍襲来の報告に対処しようとしていた。
そこは戦場から離れた、奉行柳川調信の戦場だったのである。
「物見戻りました!毛利の船は凄い数です!
村上水軍に宗像水軍の旗の船が大量に芦屋に向かってきています!!」
「筑前岡城主瓜生貞延殿は何と?」
「手はず通り、一族郎党を連れてこちらに退くと」
「受け入れる!
毛利が追撃をする前にこちらに来てもらえ!
急げ!」
「はっ!!」
物見がまた走り去ると今度は伝令がやってくる。
柳川調信は筑前岡城から猫城に向けて白の碁石を並べる。
これが瓜生貞延とその郎党なのだろうと入ってきた伝令はちらりと見て、意識をもとに戻して告げた。
「麻生鎮理殿の使者が!
毛利の支援を受けて麻生隆実が蜂起!
一族郎党の猫城への避難を求めています!!」
「分かった。
受け入れるように伝えよ!!」
「承知!」
柳川調信は走り去った伝令を見ずに、帆柱山城から猫城に向けて白石を並べる。
毛利の大船団の襲来で、各地の国人衆はいやでもその去就を迫られることになった。
だからこそ、遠く畿内の地で暴れている大友鎮成のお膝元である猫城に次々と報告が入ってくる。
「鷹取山城主森鎮実殿から文が!
『我らは大友を裏切る事はせぬ』との事!!」
「豊前長野城主長野祐盛謀叛!
毛利について、毛利と共に豊前松山城を攻めております!!」
「豊前貫城主貫親清謀叛!
長野祐盛と共に毛利軍についたとの事!!」
柳川調信は次々と地図上に敵味方の碁石を並べてゆき、ある事に気づく。
そして、控えていた兵にそれを尋ねることにした。
「畑城主香月孝清殿からは何も言ってこないのか?」
「はっ。
未だ何も言わず、こちらの使者も追い返して城を閉じております!!」
この時点で堂々と去就を明かさないのは大物か大馬鹿のどちらかしかないのだが、それもまた国人衆の生き方と柳川調信はくすりと笑う。
麻生家と宗像家が敵に回った現在、内陸部では秋月家が暴れておりこちらの連絡線はズタズタになっている。
中立でも恩が売れるのだ。
少なくとも、柳川調信の知る大友鎮成はそういう恩も買う男である。
「あい判った。
今から書く文を香春岳城の志賀鑑隆殿に届けよ!」
「はっ!」
柳川調信は文を書きながら苦笑する。
誰がこんな事を想定するだろうか?
西国で武勇を誇る大友鎮成の旗揚げの地と言える猫城を一戦もせずにくれてやるという事を最初から決めていたなんて。
「柳川殿。よろしいか?」
声がかけられて振り向くと、現猫城主の大鶴鎮信が居た。
本来の城の持ち主が奉行に下手に出るという摩訶不思議が成り立っているのも、代替わりをした彼に対して柳川調信がいまだ大友鎮成と直で話せるというのが大きいのだろう。
「城主殿。
何か御用で?」
「ああ。
我らの荷駄隊も出発させた。
そちらの宿で休ませた後、香春岳城に向かわせる。
で、情報が欲しい」
撤退における最大の敵は落ち武者狩りである。
人間負けた者に冷たくなるもので、撤退が難しいと言われる理由の一つである。
それを彼らの主君は畿内の久米田合戦において、総大将三好義賢を守りながら撤退に成功している。
そんな彼は撤退についてこう指示していた。
「撤退が難しいのが、負けて算を乱して潰走するからだ。
撤退ではなく後退。
目的があり、それを将も兵も認識しているなら崩れぬ」
上陸する毛利の戦略目標が博多であり、この方面は主戦場ではない。
四国から博多まで海路連絡線を維持する毛利は、その海岸線と港に警備の兵を置かないといけない。
その警備兵が多ければ多いほど、主戦線たる博多へ向かう兵力が減ることを意味する。
だからこそ、大友軍にとって生き残ることで敵が守備兵を置き続けるという状況こそ、功績に値する。
これを彼らの主君は南予征服前に来た猫城で言い切ったのだ。
「名を捨てよ。
命を惜しめ。
捨てた名は俺が買い取ってやる」
それゆえこの方面における毛利軍の動きは鈍い。
大友鎮成が堂々と公言していたし、それに向けた準備を一切隠さなかったからだ。
もちろん、毛利軍の中にも叩いてしまって後顧の憂いを無くすと主張する将も居た。
それを毛利元就は苦々しく笑ってこう言い切ったのである。
「捨て置け。
博多を落とし、大友の主力を潰せば意味がなくなる手よ」
と。
荷駄隊の出発は撤退における落ち武者狩りへの囮であり、城はくれてやるが兵糧や物資はくれてやるつもりは無いという柳川調信の嫌がらせでもあった。
もっとも、この地において善政(という名前の放置)を敷いていた彼らへの風当たりは弱く、荷駄及び将兵に一族郎党無事に香春岳城に撤退する事ができた。
「ならば、丁度島井宗室殿からの文が着ております。
皆の前で披露しましょう」
それからしばらくして猫城天守閣の広間に集まったのは、このあたりの親大友派武将達で以下のとおりである。
大鶴鎮信 猫城主
柳川調信 猫城奉行
瓜生貞延 筑前岡城主
麻生鎮里 帆柱山城主
許斐氏則 麻生鎮里客将園田浦城主
朽網鑑康 大友家目付
「御曹司が言っていた時は戯言と思っておったが、まさか本当に毛利が万の兵を九州に上陸させるとは……」
鎧姿の朽網鑑康が目の前の地図を見ながら苦笑する。
老いてまだ盛んな彼は南予戦にも参加しており、入田義実の縁者でもあり大友鎮成を認めていた将ゆえこの危険地帯の目付を志願していた。
「とりあえず、分かっている事を伝えましょう。
その後、この城から退去いたします。
目付殿。よろしいか?」
目付の朽網鑑康が頷いたのを確認して柳川調信は地図を指差す。
「まずは我らの近くについて。
門司にも上陸した毛利軍はそのまま南下して、豊前松山城を包囲。
激しく争っているが、多胡辰敬殿が奮戦して城は落ちておりませぬ」
かつての門司合戦の大友軍本陣が置かれた豊前松山城は大友軍の北上を抑えるために是非にも落としておきたい城だった。
この城を落とすために杉元相をはじめとした毛利軍と地元国人衆連合軍数千が襲来するも多胡辰敬は防戦に成功。
毛利軍がこの城を落とせなかったのは、多胡辰敬が尼子水軍の残党を抱えていた事にある。
既に村上水軍をはじめとした瀬戸内水軍は九州の上陸と兵站維持で精一杯であり、国東半島に退避した彼らを叩くことは不可能に近かった。
そして、多胡辰敬と田原親宏は地の利と夜の闇にまぎれて水軍衆を使っての後詰に成功し、防衛に成功したのである。
毛利軍は現在門司に撤退し、廃棄された門司城を修理して篭城の構えをとっている。
「残念ながら毛利軍の襲来に合わせて麻生隆実が蜂起してしまい、我らも引かざるをえなんだ。
申し訳ござらぬ」
麻生鎮里と許斐氏則が頭を下げる。
最前線でもっとも大身である麻生家の動向は周囲の国人衆の動向を左右するから是非押さえておきたかったが、数万もの毛利軍に耐え切れる訳もなかった。
それでも城を枕に討ち死にという選択を取らなかったのは、彼らが大友鎮成を知っているからで、彼が戻ってきたら毛利軍を蹴散らせると信じているからだ。
その為、彼が九州在住時に指示した、『毛利襲来時には香春岳城まで後退して戦え』という命令に大友側の国人衆や将は従った。
結果、毛利軍は門司から宗像までの海岸線を押さえることには成功した。
だが、香春岳城という背後に大友軍四千もの兵が居るという状況が発生しようとしており、毛利軍は奪った猫城に同数の兵を置く羽目に陥る。
「で、他所はどうなっているのだ?」
朽網鑑康が続きを促し、柳川調信がまた報告に戻る。
次の報告は肥後で起こった謀叛の件だった。
「肥後については勝ったそうで、ひとまずは大丈夫でしょう」
宇土に上陸した菊池則直率いる数千は吉弘鑑理の大友・阿蘇連合軍と戦い敗北した。
というのも、菊池則直自身が自分達が囮である事を理解しており、決戦を避けてさっさと対岸の島原に逃げたからだ。
菊池則直についた国衆も『菊池の旗に仕方なく』と謝罪して、また来たら叛旗を翻すのが分かっているが、多方面に戦線を抱える大友軍にとって、かりそめでも平和になって肥後の兵を他戦線に振り向けたかったからに他ならない。
「秋月についてはしてやられた。
古処山城に篭城しておるが、おかげで兵が回せず毛利の上陸を許してしまった」
朽網鑑康が悔しそうな声をあげる。
菊池則直が囮であると自覚して逃げたのに対して、秋月種実は囮であると自覚しながら己のかつての居城である古処山城を奪って篭城。
このため、豊後から来た大友軍と筑後国人衆がこの篭城の包囲にかりだされて、博多への後詰に行けなかった事が糸島での大敗に繋がる。
「糸島の柑子岳城は落城。
臼杵鎮続殿は討ち死にし、残った者は船で博多に逃れたか……」
許斐氏則がその報告に色んな思いを込めて呟く。
かつては戦った間であり、実家宗像家は毛利につき、彼自身は未だ大友家に身を置いている。
「はい。
多くは博多に逃れて高橋殿の下に落ち着いたそうです」
糸島の大敗の詳細はこうである。
肥前統一を成し遂げた竜造寺家は三瀬峠を鍋島直生率いる数千の兵によって突破。
竜造寺家に従属している草野家とその縁者である原田家を動かして糸島半島の柑子岳城を急襲。
近くを流れる池田川で大友軍六千と激しい合戦になるが、数で押された上に唐津側から攻める草野家の手勢に横槍を突かれた為に総崩れに。
多方面に兵を割かれての奇襲に後詰も送れず、なすすべなく合戦に負けただけでなく柑子岳城まで落ち、臼杵鎮続も討ち死にするという最悪の結果になる。
これは、博多の西方面が空いた事を意味していた。
なお、竜造寺隆信は本拠村中城にて睨みを効かせているから現状の大友軍は攻めることができない。
「博多は高橋殿が守るそうで、町衆も安堵しているとか。
立花家が宗像相手に全力を出せるのはありがたいかと」
柳川調信の言葉に大鶴鎮信が頷く。
「まぁ、救いがあるとすれば、宗像で毛利軍を抑えることができそうな所か。
殿が立花殿に許斐岳城を譲ったかいがあったというものよ」
宗像家が毛利側につく事は早くから分かっていたので、立花家はもらった許斐岳城を整備して宗像家に備えていた。
それは実を結び、奪還を狙う宗像軍の攻撃を跳ね返している。
「とりあえずはこんな所にて。
あとは粛々と兵を退いて、香春岳城にて毛利を睨めば……」
柳川調信が話をしめようとした時にその声は鎧を鳴らす音と共に部屋の中に響いた。
「伝令!
伝令でござる!!
どうか通してくだされ!!!」
その声が集まった面子の顔にいやな影を落とす。
無理をしてでも通りたい伝令というのは、大体ろくでもない凶報を持ってくるからだ。
そしてそれは的中していた。
嫌なことに。
だからその報告が信じられない。
誰もが呆然とする中、伝令は現実だとその報告を繰り返した。
「宝満城主高橋鑑種様ご謀反!
後詰に向かった立花家の軍勢を背後から急襲し立花山城を占拠!
立花山城主立花鑑載殿はご自害なされ、博多は毛利の手に落ちましてございます!!!」