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修羅の国九州のブラック戦国大名一門にチート転生したけど、周りが詰み過ぎてて史実どおりに討ち死にすらできないかもしれない 作者:北部九州在住

八郎立志編 永禄二年(1559年) 秋  大規模加筆修正済

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ぶらり戦国途中下馬の旅

 名残城に入り香春岳城との連絡を取ろうとした俺のもとに早馬が戻ってきたのは、名残城に入ってから三日目のことだった。
 そして俺は、歴史が決定的に変わったことを知る。

「門司城が落ちたか」

「はっ。
 先日、戸次鑑連様を総大将に戸次・田原・臼杵勢が総攻撃を敢行。
 落城こそなりませんでしたが、毛利勢は夜半に城を焼き撤退。
 お味方の勝利にございます」

 門司城落城。
 これ以上ない大友の勝利ではあるが、だからこそ俺の顔は渋い。
 宗像と秋月という二家が毛利側に立ってまだ戦を続けているからだ。

「お屋形様は今どちらにおられる?」

 俺の質問に早馬に出した侍が嬉しそうに答える。
 味方の勝利の後は論功行賞が待っているからだ。

「はっ。
 豊前国松山城におられ、豊前国人衆の祝いを受けております。
 御曹司にも来て頂きたいと臼杵鑑速様より伝言を預かっております」

 来るべきものが来た。
 ここからが俺の本当の戦いである。
 伝令を下がらせて、大鶴宗秋と有明を呼ぶ。

「門司城が落ちた。
 戦勝祝いにお屋形様の所に行くぞ」



 名残城は臼杵鎮続に預けて、俺たちと共に宗像から門司に行くのは大鶴宗秋の手勢だけにしている。
 周囲の国人衆は門司での大友の勝利は知っているだろうから手を出しては来ないだろう。
 とはいえ秋月の連中が遠賀川を下ってという可能性は否定出来ないからだ。
 一日目は遠賀川を下り猫城に入る。
 楕円状した小振りの山に築かれた城でその姿がが猫の背を丸めた形に似ている事が由来という。
 この城は宗像家と隣接して度々境界争いをしていた麻生家の城で、宗像家に取られていたのを俺達が宗像を攻めている時に兵を送ってしっかりと奪いかえしたという武功を城主麻生鎮里は語ってくれた。
 麻生家という家は若松や黒崎という交通の要衝を地盤とした家なだけあって、大友と大内の争奪戦に必ず巻き込まれた。
 そして、麻生家宗家の麻生隆実は大内家から毛利家へとつき、分家の麻生鎮里は大友側についた。
 門司合戦で大友側の不利が伝えられると、分家筋という勢力的弱みから麻生鎮里は大友家勢力圏に兵と家族を連れて逃亡。
 宗像攻めと門司落城というチャンスに空き城に近かったこの猫城を奪取して俺達を迎えたという訳だ。
 さすが戦国時代の国人衆。抜け目がないというか何というか。

「御曹司の武威にお縋りし、逆賊麻生隆実を討ち取る力をお貸し頂きたく」

 火がついたのは秋月だけではないらしい。
 秋月みたいな大火事だけでなく、こうやってあちこちにこの戦に余波が及んでいる。
 それをどうやって鎮火するかも、大名としての手腕が問われるだろう。

「分かった。
 お屋形様に麻生殿の功績を伝えておこう」

「ありがたきしあわせ」

 口約束だが、門司落城でこの手の小火は勝手に鎮火するのは目に見えている。
 きっと、麻生隆実は今頃お屋形様の所に降伏と釈明の使者を送っているのだろう。
 で、宗像や秋月の火事を消さないといけない大友にとって、麻生隆実の降伏はおそらく受け入れられる。
 もちろん、ペナルティーとして所領没収とその没収領の幾ばくかを麻生鎮里に与えるという所までが既定路線。
 この口約束うんぬんは、その入る領地を少しでも多くという国人衆生き残りの知恵なのだ。

「秋月で火事が起こっている以上、この城は豊後との連絡に必要な城。
 この城で良いならば、麻生殿のものにとお屋形様に申し出るがいかがか?」

 ちょっとした意地悪を善意の仮面でごまかしての俺の申し出に、麻生鎮里は平伏して断る。
 遠賀川の往来を管理でき収入も多いのだが、遠賀川を越える飛び地で宗像家と隣接するからだ。
 彼の狙いは本家麻生家の乗っ取りであって、収入は多いが同時に苦労も多いこの城はお断りらしい。

「この城は博多と豊後の連絡に重要な役割を果たす城。
 大友家のしかるべき方がお治めになるべきかと」

 さすが戦国時代の国人衆。抜け目がないというか何というか。 



 二日目は遠賀川を越えて進路を南に香春岳城を目指す。
 この辺りを統治する鷹取山城主森鎮実は大友側にずっとついていた事もあって、安心して先へ進める。
 とはいえ、無視して先を行けば大体すねて敵側へなんてのはこの戦国時代においてよくある話。
 という訳で、二日目は鷹取山城にて宿泊である。

「よく参られた。
 宗像の戦の勝利お祝い申し上げる」

「それがしは何もしておりませぬ。
 全ては将兵の働きとお屋形様のご威光の賜物でしょう」

 猫城以上に鷹取山城はピリピリしている。
 それだけ絶賛大火事中の秋月家に近いという事だろう。

「御曹司には失礼だが、お屋形様は秋月については何をお考えかご存知か?」

「残念ながらそれがしも何も分からず。
 此度、お屋形様の元に行くついでに、森殿の懸念は申し伝えておく」

「さすが御曹司。
 これで大友も安泰ですな」

 俺、一応一介の浪人という紹介をしているのだが。
 自己紹介菊池で名乗っているのですが。
 さも当然に、大友一門入りさせないでいただきたいのですが。まじで。

「ぼやきながらも、書状をしたためているから諸将が頼ると思うのですが」

 どうもぼやきが口に出ていたらしい。
 大鶴宗秋の笑いながらのツッコミを無視して、森鎮実の書状を書く俺。
 麻生鎮里の時もそうだが、書状を俺が書いて、花押を彼らにつけてもらっている。
 これで、彼らの書状を俺が届けるというお使いミッションは完成である。
 ほっとけとも思うが、戦は勝ち逃げが本当に難しい。
 先の毛利がやらかしたように、勝ち逃げできない可能性は今の時点で半分はあると思っている。
 で、その確率を下げるのがこの小火の鎮火であり、書状二つで合戦が二つ減るのならば、俺も労は惜しまない。

「明日は香春岳城。
 明後日は馬ヶ岳城。
 で蓑島城に松山城か」

 のんびり道中に有明がぼやく。
 とはいえ、それはある程度道中が平和な事の裏返しでもある。
 これで宗像情勢や秋月情勢が急変すれば、とって帰らないと行けない訳で、帰路も同じ道を使う以上、この手の根回しは絶対に必要になる。

「八郎。
 香春岳城を出たら別れたいんだが」

 唐突な薄田七左衛門の申し出に俺は首を傾げる。
 臣下でなく友達間隔でのつきあいだから浮いていたのか等と考えていたのがバレたらしく、薄田七左衛門はあっさりとその理由を告げた。

「香春岳城から南に行くと霊地英彦山なんだ。
 久しぶりだから顔を出しておこうと思ってな」

 そういう理由ならば納得がいく。
 ならばと何か褒美をと考えた所でやはり見抜かれて先回りをされる。

「いらんいらん。
 友達だろうが」

 なんて言いながら、薄田七左衛門は背負っていた笈から一冊の本を取り出す。
 俺達が作っていた『太宰府諸病話衆』。
 険しい山岳の中で生活し薬草などを採取する事ができる山伏にとって、十二分にありがたいものなのがわかる。

「落ち着いたらまた文を出す。
 その時は一杯やろう」

「下戸のくせに。
 だが、奥になる有明太夫の酌なら受けても良いな」

「私の酌はお高いですわよ」

 そして三人共笑う。
 笑いながら真顔に戻ったのは俺だった。

「まあ、気楽なのはここまでさ。
 明日が山場だからな」

 香春岳城主。志賀鑑隆。
 同紋衆で大友三大支族志賀一族の一人で加判衆候補者の一人。
 つまり、大友家政権中枢に近く、この辺りの大友軍の現地司令官。
 彼と顔を合わせるのが待っているのだから。



「初陣おめでとうこざいまする。御曹司」

 香春岳城到着後に出迎えた志賀鑑隆は最初にそう言って俺を大友一門として扱った。
 香春岳城そのものは鷹取山城以上にピリピリしていて、秋月討伐に向けて準備を進めているという。

「秋月だが俺はここまで移動してきたから詳しいことは知らぬ。
 どうなっているのか?」

 こういう質問するからただの浪人扱いされないと自分でも分かっているのだが、情報伝達に格段の遅さがある戦国のご時世。
 情報がなければ即死なんて多々あるので、聞かざるを得ないというのが本音だったりする。

「こちらは遠賀川を上り、高橋鑑種殿が筑後川を上る形で挟む事になるでしょう」

 秋月家の本拠である古処山城は北は遠賀川源流の一つがあり、南は筑後川に流れるという場所にある。
 だから、川沿いに挟むというのは悪い選択肢ではない。
 双方の連携がちゃんと取れるのならば。

「高橋殿と臼杵殿からは少なくない兵を出してもらっているからな。
 宗像の戦を手仕舞いにして、兵を返した方がいいか?」

 問題はこれである。
 宗像の戦を始めるにあたって、臼杵家と高橋家からはかなりの兵を出してもらっているのだ。
 それは秋月攻めにおける兵の減少に繋がって、相互連絡の不徹底が絡んで各個撃破なんて悪夢になったらたまらない。
 だが、俺の懸念を志賀鑑隆はあっさりと否定してくれる。

「ご安心なされよ。
 既に田北殿が豊後に帰り、秋月攻めの後詰に動くとの事。
 門司攻めに動員をかけていた筑後国人衆も秋月攻めに投入する故、御曹司の初陣に泥をつけるつもりはありませぬ」

 大友同紋衆の一員で加判衆の一人でもあり、玖珠郡に領地を持って筑後方面に睨みを効かせる田北家当主田北鑑生が既に豊後に帰って秋月攻めの総大将に内定しているらしい。
 他国国人衆や同紋衆他紋衆の混成軍となる大友軍において加判衆が出陣するというのは必然的に総大将となる事と同義語である。
 頭がどこか判明するだけで指揮系統はある程度構築されるから、連絡の不徹底からの各個撃破のリスクは下がるだろう。
 こっちがそんな事を思っているなんて知らない志賀鑑隆は文箱を開けて、俺に文を手渡す。

「これは?」

「大鶴宗秋殿から出されていた、有明殿を雄城治景殿の養女とする許可です。
 お屋形様と加判衆の花押、有明殿の身分証明に高橋鑑種殿と臼杵鑑続殿の花押も書かれております。
 これで有明殿は雄城家の姫君として立たれることになるでしょう」

「……はっ」

 声が漏れる。
 顔が笑っているのが分かる。
 失笑か嘲笑なのかは分からないが、黄泉路に旅だった臼杵鑑続の花押を見ての笑顔だ。


「ですから、八郎様自らの手で、有明をお斬りになさいませ。
 その覚悟をお屋形様はじめ一同は尊重するでしょう」


 あんな事を言っておきながら、そのくせちゃんと手を回していやがって。
 人を疑心暗鬼にさせておいて、それでも俺が有明を斬れないと踏んでたからこういう所に名前が出て来る。
 泣くのを我慢する。
 ここで泣いたら黄泉路に旅だった臼杵鑑続に叱られるだろうから。

「そして、こちらが雄城治景殿より、化粧領として有明殿へ相続させる領地でございます」

 志賀鑑隆が続きの文を出そうとしたのを俺は手で制した。
 臼杵鑑続がただの善人ならば問題がないが、彼はこの修羅の国である九州の大大名大友家の中枢に居た人間である。
 必ず、どこかに罠をしかけている。

「止めておこう。
 俺が欲しかったのは有明の名誉であって、領地じゃない。
 その文は持っていてくれ」

「……」

 志賀鑑隆の顔に怪訝な色が浮かぶ。
 普通の戦国武将だったら、何よりも領地を欲しがるものだからだ。
 ここで彼に疑念を抱かせるのも失礼だろうから、方向を逸らすことにする。

「代わりに雄城殿への伝言をお願いできないだろうか?
 『有明を娶るために宗像を切り取った』とな」

「……なるほど」

 やっと志賀鑑隆に理解の色が浮かぶ。
 一応散々無視されているが、俺は一介の浪人という建前なのだ。
 これで、有明が雄城家の姫となって縁組した場合、ヒモみたいな形になってしまう。
 で、雄城家の姫となった有明に結婚を申し込む為に、一介の浪人が城を切り取ったという周囲に受けの良い物語をでっちあげたのだ。
 俺は男を見せ、雄城殿は領地を出す必要もない。
 ついでに、こういう物語を広めた上で、俺が大友の御曹司だったときたらよく出来た『めでたしめでたし』で終わる昔話の完成である。

「ご立派になられましたな。御曹司」

 淡々とかつ表情を表に出すこと無く、志賀鑑隆は俺にそう言って文箱をしまった。

 香春岳城を発ち、薄田七左衛門と別れて、馬ヶ岳城到着。宿泊。
 馬ヶ岳城を発ち蓑島城到着。宿泊。
 特に何事も無く、豊前松山城に到着。
 門司城陥落という勝利から、多くの兵が帰国についていたがまだ大軍が滞在しているこの城に俺達はついにやってきた。
 そして、お屋形様こと大友義鎮と俺は顔を合わせることになる。
麻生鎮里 あそう しげさと
麻生隆実 あそう たかざね
森鎮実  もり しげざね
田北鑑生 たきた あきなり


4/14 加筆
11/15 障子ヶ岳城を馬ヶ岳城に変更
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