釣川対陣
飯盛山城には現在俺が預かる兵以上の兵力が滞在していた。
その多くは、先の夜戦で負傷した少弐・立花軍だったりする。
「動ける者は手を貸せ!」
「薬王寺の霊水を持ってきたぞ!!」
「歩ける者は休んで薬王寺まで歩け!
陣を敷いていたから粥などがあるぞ!」
許斐岳城-飯盛山城-薬王寺で連絡線が構築できたので、負傷者の治療と兵の休養に専念しているのだ。
俺が医書を書いていた事がここで効いてきた。
医書を複数持ち込んで、簡単な治療--傷口を綺麗に洗い湯で煮沸した布で薬草を巻く--を施したのだ。
戦場の治療はでたらめに近かった事もあって、この治療は多くの兵の支持を掴むことに成功する。
とはいえ、勝ち戦のはずだが兵達の顔色は暗い。
秋月種実謀反の話が広がっている証拠である。
「筑前古処山城にて秋月種実が謀反を起こしたとか?」
「事実だそうだ。
許斐岳城を落としたから一息つけるものの、落とす前に届いていたらあの戦負けていたかも知れぬ」
「運が良かったなぁ。俺ら」
「そうよ。
これも宗像の動きを見ぬいた八郎様の采配のおかげよ」
もちろんサクラこみの情報誘導である。
なお、俺も足軽に化けてのサクラ要因として情報誘導に精を出している。
嘘をつくこつは事実を隠すのではない。
情報に価値をつけて、その重さを逆転させる事にある。
許斐岳城の戦いの勝利の余韻が秋月種実謀反でぶっ飛んでしまっているので、まずはその確認をさせるのだ。
そして、『負けたらどうなっていたか分からなかった。俺達は運がよい』と思い込ませることで、士気の回復を目指すのだ。
俺の采配うんぬんは俺が指示した事ではない。
サクラを手配した大鶴宗秋が勝手にした事だろうが、当の本人が足軽に扮して聞いていたなんて知らないだろうなぁ。
「だが、この後の戦はどうなるんだ?」
「高橋様、臼杵様が立花様と共に博多を守っておられるから、秋月とて手が出せまい。
それに、秋月単独で博多を攻めるには兵が足りぬ。
門司の戦を邪魔するための毛利のつけ火よ」
「なるほどのぉ。
毛利のやりそうな事よ。
という事は、秋月討伐の為に兵を割いたり、門司の戦を手仕舞いにさせる事が目的か」
「八郎様はそうおっしゃっておられる。
既に門司の本陣に『秋月の事心配無用。気にせず門司を落とすべし』と早馬を送ったとか」
こっちの動きは基本晒すことにする。
情報漏れが怖いというのもあるが、それ以上に流言に惑わされて戦ができない事が厄介である。
勝ち戦である以上、要点を指摘すれば士気の回復はたやすいのだ。
「安ずるな。
秋月が蜂起しても豊後と連絡が取れぬ訳ではない。
我らがこのまま進み、岳山城を落としてしまえば遠賀川に出られる。
遠賀川からは香春岳城経由で連絡できる」
「なるほど。
我らが勝ってしまえば問題はないか」
豊前国人衆が派手に暴れてくれたのがかえってここで効いてくる。
その鎮圧に大友軍は大軍を投入したので、岳山城を落として遠賀川に出さえすれば連絡が繋がるのだ。
香春岳城主は志賀鑑隆。
門司合戦で豊後から動員された同紋衆の一人である。
「じゃが、俺等勝てるのか?」
「負ける要素が見つからぬ。
宗像軍の主力は冠山城にいる。
奴らが岳山城に戻ろうとすれば、許斐岳城の少弐勢に横腹を晒すことになる」
「おおっ!」
自信満々に言ってのける俺。
勝っているからこそ、その情報を流すだけでこちらの有利を将兵が悟ってゆく。
「それに、宗像氏貞は宗像鎮氏との戦の時、勝てぬと大島に逃げた経歴持ちぞ!
秋月謀反で我らが狼狽える中、積極的に戦をするとは思えぬ。
秋月と毛利が勝てば、我らはいやでも撤退するからの」
「それもそうだな」
宗像は盆地である。
その盆地の入口に位置しているのが許斐岳城で、この城を失った結果宗像軍は盆地内の拠点防衛に割く兵が足りない状況に陥っていた。
そんな中、更に合戦を行って兵を失うと、統治に支障が出る。
それはしないだろうと俺は踏んでいた。
「宗像が守らねばならぬ城は三つある。
一つは岳山城。
もう一つは白山城。
最後の一つは片脇城の三つよ。
どれも宗像家がこの地を治める要の城だが、宗像の兵は毛利の後詰と共に冠山城に集まっておる。
そして移動せねばならぬ以上、許斐岳城の少弐軍にその姿を晒す事になる。
この時点で宗像軍は不利になっておるのだ」
「おおっ!」
更に宗像軍にとって厄介なのが、岳山城と白山城を守るために兵を移動させる場合、釣川を渡河せねばならない。
渡河中に背後を襲われたらなんて考えると下手な軍の移動はできない。
「何はともあれ疲れをとるのが肝心よ。
ほら。動けるならば粥を食べて薬王寺に行くと良い。
まだまだ戦は続くゆえな」
「おう。
もう一働きするかの!」
和気藹々と話す足軽たちの群れからそっと離れる。
士気の回復はどうやら問題なさそうだ。
「何やってんのよ。御曹司」
物陰から声がしたと思ったら、有明だった。
どうやら隠れて俺の芝居を見ていたらしい。
有明を連れて本丸に戻る。
さすがに本丸まわりの兵は俺の顔を知っているのでボロ胴丸姿の俺でも通してくれる。
怪訝な顔はされたが。
「見てのとおりさ。
足軽から話を聞いていた」
「足軽に話をふっかけていたの間違いじゃないの?」
笑っていた有明の顔が真顔になる。
彼女も秋月種実謀反の事を知っているからだ。
「で、本当に大丈夫なの?」
サクラこみの情報ではなく本当の事を聞きたいらしい。
少しだけ視線を有明の方から冠山城の方に向ける。
「凡そは事実だ。
あとは門司のお屋形様次第さ。
お屋形様が門司の戦を打ち切らねば、この戦は負けぬ」
大友も秋月という火がついて苦しいのだが、それ以上に苦しいのが尼子に圧迫されている毛利の方なのだ。
秋月謀反とて、博多と豊後の連絡が脅かされる以上の脅威は与えられず、筑後国人衆を動員して当てればそれほど問題はない。
臼杵鑑続の言葉が俺の耳に蘇る。
「毛利元就の狙いは、八郎様。
貴方様でございます。
貴方様が肥後で乱を起こせば、門司の戦はいやでも手仕舞いにせざるをえませぬ。
お屋形様は、加判衆はそれを恐れておりまする」
臼杵鑑続の言葉が本物ならば、秋月種実謀反は次善の策でしかない。
その策を採った毛利元就の狙いはなにか?
秋月と宗像の連携による背後の火事の炎上。
それに伴う、後詰に送った小早川隆景を戻すことだ。
「八郎って、いつの間にかちゃんと大将らしくなっちゃっているのね」
有明が嬉しそうな、寂しそうな顔を浮かべる。
その顔を見て、臼杵鑑続の言葉をまた思い出す。
「ですから、八郎様自らの手で、有明をお斬りになさいませ。
その覚悟をお屋形様はじめ一同は尊重するでしょう」
頭を振って臼杵鑑続の言葉を追い出して、有明を抱きしめる。
不意に抱きしめられて、有明の顔が驚くが抵抗はしない。
「変わらないさ。俺は」
「……変わってもいいのよ。御曹司」
何も知らない有明は、そう言って俺を抱きしめた。
許斐岳合戦から二日後。
先に宗像軍が動いた。
夜陰にまぎれて冠山城に火をかけて撤退したのである。
撤退先は、その後の物見の結果片脇城と判明する。
一方、二日の回復期間は三百名程度の負傷者の回復という成果をもたらした。
その兵を戦力化して少弐・立花軍に返した上で、俺は出陣を告げる。
「目指すは名残城」
名残城は宗像盆地にある宗像家の城の一つで、岳山城の支城の一つに当たる。
だが、拠点防衛の兵が足りない宗像軍はこの城を放棄して岳山城に撤退していたのである。
飯盛山城を出撃した俺達大友軍二千は許斐岳城を迂回して宗像盆地へ入る。
宗像軍が名残城を救援する場合釣川を渡る必要があり、その動きは許斐岳城からは丸見えになる。
そして、宗像軍は俺達が岳山城を攻撃するのではという疑心を捨てきれないだろう。
行軍していた俺達の所に、許斐岳城からの早馬がやって来る。
「宗像軍出ました!
釣川対岸に兵数は数百!!」
行軍中の将兵に緊張が走る。
鎧姿の俺が声を張り上げる。
いい忘れてたが、この鎧は高橋鑑種が博多商人達に頼んで作らせていたもので品物がいい。
「小早川勢は出たか!?」
「小早川の旗は見ておりませぬ!」
つまり、片脇城に残ったままという訳か。
小早川軍の水軍衆を戻さないと、門司の後詰が先細って門司城が落ちてしまう。
とはいえ、毛利側についてくれた宗像家を見殺しにすれば、九州の国人衆は一斉に毛利を見限るだろう。
この絶妙なバランス感覚を小早川隆景は秋月種実謀反というバランス棒で必死に綱渡りをしているのだ。
「少弐殿に言付を!
対岸の宗像勢は我らが相手する故、少弐殿には後詰に動くであろう小早川勢をお願いしたいと」
「はっ!
ではこれにて」
大急ぎで早馬が許斐岳城に戻ってゆく。
それを見届けると、俺は大声を張り上げる。
「対岸の宗像勢は川を渡った時のみ相手をせよ!
まずは、名残城を落とすことだけ考えよ!!」
重要なのは宗像家を潰すことではない。
門司と豊後と博多の連絡が確保できることが大事なのだ。
そして、名残城を抑えると、鞍手経由で遠賀川に出ることができる。
さあ。どうする?小早川隆景。
今、俺達を潰さないと秋月種実謀反が無意味になってしまうぞ。
そして、潰すために出陣すると、釣川渡河攻撃という地形不利の上に許斐岳城の少弐軍という挟撃のリスクを背負う事になる。
何よりもここで戦ったら、小早川勢に損害が出る。
門司城救援が行える貴重な水軍衆だ。
それを許容できるほど、門司城は持ちこたえられるのか?
向こうの手札は見えている。
こっちの手札は悪くない。
ならば、勝負に行くべきだ。
釣川に近づく。
対岸に宗像軍が太鼓や法螺貝を吹いて威嚇している。
こちらも薄田七左衛門をはじめ法螺貝や太鼓を叩いて威嚇し返している。
既に物見の報告で、名残城は放棄されているのが確認されていた。
北原鎮久の手勢は名残城の確保に動き、残りは陣を張って宗像軍と対峙する。
双方威嚇はするが動かない。
「宗像軍後詰出ました!
釣川対岸に兵数は数百!!」
「伝令!
北原殿より名残城を確保したと!!」
勝った。
この対陣で宗像軍は降りた。
小早川軍がこれ以上の参戦を渋ったからだろう。
出て来た後詰も数百と少ないのがその証拠だ。
「名残城は取った!
この戦我らの勝ちぞ!
勝鬨をあげよ!!」
兵達に勝鬨をあげさせながら、俺は大鶴宗秋を呼ぶ。
「これ以上の対陣は無用。
名残城に退くぞ。
俺も残る故、済まぬが殿を頼む」
「武門の誉れですな。
ですが、お気遣いは無用。
どうか、有明殿を連れて城にお入り下され」
万一の攻撃もあるので、警戒しつつの撤退は必ず殿を置く。
その殿を任せられるのは、その大将から最も信頼の厚い者になる。
「こんな若造の言う事を聞かせる為には、体を張らねばならんだろうが。
俺も残る」
俺の言い草に大鶴宗秋が笑う。
その笑いの意味がわからないので素直に尋ねると、大鶴宗秋はおかしそうにその理由を言ってのける。
「御曹司。
『こんな若造』が許斐岳城と飯盛山城と名残城を落としたのですぞ。
もはや御曹司は、『こんな若造』ではございませぬ。
武功をあげ、見事な初陣を果たした大友家の御曹司でございます。
その事は努々お忘れにならぬように」
つきつけられた事実に憮然としていると、更に大鶴宗秋は俺に追撃をかける。
なんとなく俺の操縦方法を知られたみたいでちょっと悔しい。
「それに、御曹司が下がらないのに、有明殿をどう説得するので?
有明殿の説得と此度の殿でしたら、それがしは殿を選びますがいかに」
「……」
なお、有明はこのやりとりの一部始終を見ている。
そりゃそうだ。
側に居たのだから。
「……」
視線が。
有明の視線がものすごく訴えかけている。
『八郎が残るならわたしも残る』
と。
「諦めろ。八郎。
泣く女と地頭には勝てん」
それ、泣く子なんだがと薄田七左衛門に突っ込みたいが、そんな状況でもない。
ため息をついて潔く負けを認めた。
「分かった。
臼杵鎮続殿と共に退く。
決して無理はするなよ」
「心得ておりますとも。御曹司」
結局、宗像軍はついに渡河せず、俺達は無事に名残城に入る事ができた。
その日のうちに間者を送り、門司の大友軍と連絡を取ろうとする。
戦は、佳境を迎えようとしていた。
『ゆふいん○森』で博多に行けない?
だったら『ソニ○ク』で博多に行けばいいじゃない?
なお、八郎が選んだのは、行橋からの平成筑豊鉄道乗り換え、直方乗り換えの西鉄高速バス博多行きである。
やってみると、とても面倒くさいぞ(笑)
志賀鑑隆 しが あきたか
4/14 少し加筆




