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亀背越合戦 その3 【地図あり】

挿絵(By みてみん)

 亀背越の陣城を奪還して信貴山城との連絡線を確保した三好軍だが、俺ははなからここで戦うつもりはなかった。


「松明を用意して道を照らせ!

 負傷者を高屋城に送り届けろ!

 それに合わせて、信貴山城の城兵を吸収して高屋城に後退するぞ!!」


 俺の指示に首をひねったのは小野鎮幸である。

 この後の決戦に心躍っていただけにこの後退指示が不満なのだろう。


「殿。

 殿の指示には従いますが、よろしければ理由を教えていただいても?」


「今の畠山軍は手負いの獣だ。

 戦えばこちらも深手を負う」


 三好家というのは決して戦が強い家ではない。

 それでも畿内の覇者として君臨できたのは、負けてはいけない戦いを負けなかったに過ぎない。

 そして、畿内の覇者の座から降りる三好家にとってこの戦いの戦略的価値はそれほど高くない。

 そんな戦いに深手を負う損害を避ける必要があった。

 もっとも、それを言えば士気が下がるので、俺は別の理由を小野鎮幸に伝える。


「俺が間者に襲われたのは知っているだろ?

 今回、伊賀と甲賀が向こう側についたんで、この間者働きで負けている。

 つまり、進撃すればその先が分からんという事だ。

 ならば、退いてこちらが安心できる場所で戦うしかないだろう?」


 軍が前進した事で、ここから高屋城の安全が格段に高くなった。

 現在、石川五右衛門一党を使って退路の掃除もさせている。

 俺達のやりとりを聞いていた吉弘鎮理が口を挟んだ。


「失礼ですが、これだけ大々的に後退を見せ付けたら、敵が夜襲をするのでは?」


「その可能性もある。

 だとしたら襲われるのはここ亀背越の陣城だ。

 だから、殿としてお前らを呼んだ。

 全軍が後退するまで、絶対にここを抜かせるな」


「承知いたしました」

「同じく」


 二将が頷いて持ち場に戻ってゆくと、後退する最初の隊列が俺の前を横切る。

 負傷者と厳重な警備下で運ばれているのは、信貴山城にあった兵糧と銭と松永久秀が集めた茶器などのお宝である。

 俺の視線に気づいた一人の武者がこちらに駆けてくる。

 守将の福屋隆兼だった。


「城の中の物を全て運び出してございます。

 しかしよろしかったのですか?

 城を明け渡すなど……」


 畠山軍の夜襲の可能性が少ない理由がこれである。

 俺は戦いで捕虜になった畠山軍の侍を解放してこの撤退を伝えていたのだ。

 それには情報誘導のおまけをつけて。

 まず、畠山軍の侍にはこんな文を持たせた。


「信貴山城から我らは撤退する。

 既にあの城は公方様にさしあげる事で幕臣の某殿と話がついている。

 手を出さないで頂きたい」


 次に幕臣達の侍に持たせた文はこうだ。


「三好亜相殿からの文で信貴山城を公方様に渡す事を命じられた。

 その為、今から撤退するので、翌日に城に入られよ。

 ただし、撤退中を襲う場合はこの取り決めを破ったとみなす」


 最後の織田軍の侍への文はこうである。


「戦場で討ち取られた中川重政殿は手ごわき敵でござった。

 互いに戦場で敵味方に分かれたとは言え、三好は織田と戦うつもりはない。

 その証拠に明日信貴山城を公方様に明け渡す」


 この仕掛けの悪辣な所は、微妙に文面が違うのに、ちゃんと俺と野口冬長の花押が書かれている所だ。

 そして、夜間に松明を赤々と掲げての撤退作業に畠山軍は戸惑うに違いない。

 畠山軍は今日の戦で負けたので勝利が欲しいし、回復の時間も欲しい。

 幕府軍は何もせずに信貴山城が手に入るので夜襲をする必要が無い。

 織田軍は自分の利にならない戦だが、敵からの賞賛という勲功を与えられたので動く必要が無い。

 撤退作業は三刻ほどかかったが、無事に三好軍は高屋城まで後退する事に成功したのである。




 翌日の決戦は昼過ぎになって行われた。


「畠山軍来ました!

 その数一万!!」


 伝令の報告に野口冬長が唖然とした顔で俺の方を見つめる。

 なお、池田勝正や戻ってきた淡輪隆重も同じような顔をしているのだが、見なかった事にする。


「本当に大友殿の言うとおりになりましたな。

 亀背越を『畠山軍』しか越えて来ていない……」


 頭が三つあるという事は同じ方向を向かなかった場合分裂するという事だ。

 俺は最初から畠山軍だけを的に絞って、たまねぎの皮を剥くように、敵兵を分断させて無力化していったのである。

 兵力差はこちらは竹内峠の守備隊千の除いた二万千五百に対して、畠山軍は大和国国人衆を先陣にした畠山軍本陣の一万のみでこちらが圧倒している。

 そもそも大軍が展開できる場所ではない上に、空になった信貴山城の占拠に幕府軍が出ているからで、手伝い働きである織田軍は移動できる場所がない。

 一方、三好軍は撤退後のわずかな時間を使って疲労回復と戦力の再編成を終わらせていた。


三好軍配置


 高屋城       野口冬長   三千

       城正面 池田教正   二千

       城後備 野間長前   二千


 大和川北岸     池田勝正   五千 

           福屋隆兼   二千


 高屋城南側     大友鎮成 四千五百

           淡輪隆重   三千



畠山軍配置


 大和川北岸     畠山高政   四千

 大和川南岸     筒井順慶   六千

 信貴山城      長井道利   四千

 亀背越陣城     森可成     千      


 畠山軍は手負いの獣とはいえ、こちらは高屋城とその前を流れる石川に陣を張って待ち受ける形になっている。

 陣を構えて待ち受ける形にしたので疲労も少し回復している。

 この時点で少なくとも負けは無くなった。


「兵達も少しは休めたので崩れることはありますまいて。

 山も守りやすいですが、川の方が安心できますからな」


 ついでに言うと、手負いの獣の畠山軍は亀背越という峠を越えた上での渡河攻撃となるので、疲労度MAXで大軍を相手にするという縛りプレイをやっている。

 それを言うつもりもなく、俺は大本の事を皆に告げた。


「公方様には城を、織田殿には賞賛を渡しましたからな。

 公方様を使って、織田と三好で頭越しに手打ちをされると恐れたのでしょう。

 その為に、強引にでも高屋城を取りに行く必要があった。

 何しろ我らは勝ったのに兵を退きましたからな。

 三好は弱い。三好の兵は少ない。

 そう思い込んでいるのでしょう」


 峠の陣城をはじめとした山岳戦闘だった上に、敵の間者の勢力圏に踏み込まなかった事がこちらの兵の予測を難しくしている。

 そして、峠を降りた事で手負いの獣が窮鼠になっているのは言うまでもない。

 まだ下手をすれば噛みつかれて大損害を出しかねない。

 彼らの心を折る、決定的な一撃が必要だった。

 そしてそれは既に用意していたりする。


「畠山軍突っ込んできます!」

「敵兵発砲!

 矢戦始まりました!!」



「旗を掲げよ!」



 俺の指示の元、三好軍陣中のあちこちで旗が掲げられる。

 その旗――根来衆の三つ柏に雑賀衆の八咫烏――を見た畠山軍の足がぴたりと止まった。


「あれは雑賀衆に根来衆じゃないか!」

「どうして三好の陣中に奴らが居るんだ!?裏切ったのか!?」

「奴らは傭兵だ!

 雇われれば敵味方関係ない!

 俺達は数日前に仕事を終わらせて帰らせたばかりだ!!」

「それを三好が雇ったというのか!?」

「七千の兵が後詰に加わった……しかも雑賀と根来の鉄砲衆がこちらを狙っている……この逃げ場のない場所で……!!!」

「それだけではない!

 奴らが雑賀と根来を雇用し続けたら紀伊の本拠が危ない!!!!!」


 彼らの恐慌状態が手に取るように分かる。

 手負いの獣を窮鼠にまで追い込んだ上で、彼らが分かる理を彼らの心の中から提示してやればいい。

 ついでに言うと、三好は雑賀衆と根来衆の両方とも契約していない。

 ただ堺から大量に無地の旗を用意して、三つ柏紋と八咫烏紋を書き込んだだけだったりする。

 そして、恐慌状態の彼らに俺は引導を渡す。



「鉄砲隊!弓隊!

 狙いは畠山軍!!

 放てっ!!!」



 戦いは一方的なものになった。

 まだ石川があった為に飛び道具で殴り合っていた大和川南岸は持ちこたえていたが、障害が何もなく二倍近い敵と当たる事になった畠山軍本隊は壊走。

 それを見た大和川南岸の大和国衆も崩れ、戦いは掃討戦の段階に移る。

 戦意が崩壊し、気力のみで持っていた為体力が尽き、その状態で敵から逃げながら峠道を登る事は不可能に近い。

 降りてきた畠山軍一万の内、畠山高政と筒井順慶も討ち取られ、畠山家中と大和国人衆は討ち取られたもの数多く、逃げ延びて己の城に戻れたのは二千に過ぎなかったという。

 この畠山軍の壊滅を見た亀背越の織田軍は撤退を開始。

 畠山軍の壊滅と織田軍の撤退を見た幕府軍も崩れて同じく撤退。

 せっかく奪った信貴山城も焼こうとしたが、すばやく取り戻しに来た三好軍によって消火されその試みも失敗に終わる。

 大勝利の三好軍だが、この追撃で完全に疲弊し亀背越で追撃を断念。

 損害も三好軍全体で四千ばかり出て、戦の怖さを思い知らされた。

 うちの隊も幾ばくかの損害は出たが、侍クラスの消耗はほとんどしていない。

 夕日の大和川に映るのは、もはや動かぬ人だったもの達ではやくも周辺の住民が死体から使える物を剥ぎ取っている。


「こちらにおられましたか」


 後ろから声がかかるので振り向いたら、野口冬長だった。

 俺が見ていた大和川の地獄絵図を見て手を合わせる彼に俺も倣って手を合わせた。


「此度の戦、これが最後でしょうな」


「でしょうな。

 兄者に代わって感謝いたしまする。

 三好は、大友殿のおかげで滅亡より救われた」


 まだ折らないといけない滅亡フラグが結構あるのだが、それを言うほど野暮ではない。

 それ以上に気になることがあったからだ。

 それを野口冬長はあっさりと口に出した。


「帰られますか?」

「ええ。

 九州も戦の最中にて」


 九州の戦の詳報がまだ畿内に届いていない。

 だが、今の大友がきついだろうというのは分かっていた。

 野口冬長が黄昏る。


「皮肉なものですなぁ。

 我が三好が天下を手放す戦でこれほどの大勝利を得た。

 兄者がご無事ならば、天下は未だ三好が握っていたでしょうに……」


 思わず顔を強張らせるが、野口冬長の目に涙が流れているのを見て気づく。

 知っているのだ。

 三好長慶の命が長くはない事を。


「出来が悪かろうと、これでも兄弟の端くれ。

 兄者の事が分からずして弟は名乗れませぬよ」


 悲しそうに笑う。

 俺は手を後ろに回して振り、近習をそれとなく遠ざける。

 周囲の人払いを察した野口冬長が先に口を開いた。


「この後、三好はどうなる?」


「亜相殿のお命が尽きた時、揉めましょう。

 それに幕府と織田が介入して我らは畿内より追われる事に。

 四国と淡路にて畿内を眺める事になるでしょうな」


「揉める相手は松永殿か。

 やっと得心がいった」


 この人も三好長慶の弟だけあって十分傑物になっているじゃないか。

 いや、生き残るために傑物にならなければならなかったのか。


「松永殿をお恨みになりませぬように」

「恨めぬよ。

 大友殿と同じくな」


 そのまま立ち尽くして泣く野口冬長の元からそっと離れる。

 己の陣に戻ってきた時、僕っ娘がどや顔でやってきた。


「ご主人。ご主人。

 これだけの大勝利をしたんだから、もう天下に名前が残っちゃうよ。

 残った鉢屋の者を使ってご主人の名前を日ノ本にもっと広めて……

 痛い!痛い!いたい!!!

 ご主人!げんこつぐりぐりはらめぇ!!!!!」




亀背越合戦


 三好軍   二万四千五百

  野口冬長

  大友鎮成 淡輪隆重 池田勝正 福屋隆兼 池田教正 野間長前


 畠山軍   三万千

  畠山高政

  筒井順慶 長井道利 仁木義政 中川重政 森可成



損害

 三好軍   九千

 畠山軍   一万五千


討死

 三好軍   なし

 畠山軍   畠山高政 筒井順慶 仁木義政 中川重政 多数

うちの主人公ズ


戦術的要衝を敵に渡して敵をコントロールするのが八郎。

戦略的要衝を敵に渡して戦争そのものをコントロールするのが珠姫。

王都をベルカ式国防術で恋人ごとぶっ飛ばして包囲殲滅してみせたのがエリー。


多分八郎が一番マトモ(棒)

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