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亀背越合戦 その1

「まともに戦って勝てる相手ではありません」

「ではどう戦うのだ?」

「まともに戦わないんですよ」




「伝令!

 お味方が亀背越と竹内峠を確保!

 陣城を敷設しました!!」


 まずはこちらが動く。

 河内と大和国境を繋ぐ二つの峠道を確保して陣城を築いたのだ。

 こちらが信貴山城と連携するように見えるだろう。

 そうなると、敵はこの二つの陣城を排除しにかかる。

 ここまではある程度予想通りだ。


「畠山軍来ました!

 大和国龍田城と椿井城に兵力を展開させています!!

 その数三万以上!」


 大兵力の合戦となるとどうしても兵站に負担が出る。

 その為、拠点の城を中心に陣城や出城を用意して連絡線を確保して、その陣城や出城を取り合うというのが序盤の合戦スタイルである。

 ここからが、戦の本番である。


「敵の旗印はどうなっている?」


「畠山家の小紋村濃に筒井家の梅鉢、根来衆の三つ柏に雑賀衆の八咫烏を確認しました!

 それと、公方様の足利二引両と織田家の木瓜紋も確認しました!」


 物見の報告に俺は顔を綻ばせる。

 それを見ていた大鶴宗秋がわざとらしくため息をついた。


「実に楽しそうですな。

 畠山と織田が同時に押し寄せてくるというのに」


「そりゃそうだ。

 畠山と織田が同時に押し寄せるように俺が手配したんだからな」


 大鶴宗秋の眉が怪訝な感じに歪む。

 とはいえ長い付き合いだから、それ以上何も言わずに俺の説明を待った。


「亀背越を押さえた時点で井筒女之助を走らせて、信貴山城に使いを送った。

 松永殿の了解も得た上で、『囲まれてから一月経ったら城を明け渡せ。それを敵に伝えても構わぬ』と伝えている。

 待っていれば落ちる城だ。

 そうなったら敵はどう出る?」


「この高屋城を狙うでしょうな。

 元々この城を狙って戦が起きたのですから」


 大鶴宗秋の言葉に俺がニヤリとする。

 それがこちらの狙いだからだ。


「一月後に手に入る城とはいえ背後をがら空きにするほど相手も馬鹿じゃない。

 城の攻撃には三倍の兵力が必要だから、最低でも六千の兵が信貴山城攻撃から動かせない。

 で、亀背越と竹内峠の陣城だ。

 抜くには少し手間がかかるだろうよ。

 それを力越しに抜くためにも、織田軍を合流させる必要があった」


 大鶴宗秋が首を少しかしげる。

 顎に手を置いたまま己の疑念を俺に尋ねてみた。


「分からぬではないですが、大兵で二つの陣城が押し切られますぞ。

 それぞれ五百しか置いていないのですから」


 陣城それぞれの将は亀背越が池田教正、竹内峠が野間長前である。

 河内の国人衆で代表格の将で地の利を知っているのが大きい。

 こちらの注文に応じて彼らを出してくれた野口冬長には感謝しきれない。


「二将にはやばくなったら逃げろと伝えてある。

 それより気づいてないのか?

 織田軍が加わって、畠山軍の兵力が三万以上に『下がっている』事に」


「?」


 増えているならともかく下がっているという俺の言葉に、意味が良くわかっていない大鶴宗秋に俺は悪巧みの種明かしをする。

 地図を持ってこさせて、まずは京を指差す。


「この間雇った盗賊連中を使って、宇佐山城の細川殿に届けるふりをして敵の手に渡した手紙には、甲斐国武田家との面談について書いた。

 それが敵の手に渡れば、三好と武田が連携するみたいに見えなくはない」


 そしてそれは遠くない内に織田信長の耳に入る。

 優先度を間違えない織田信長の事だ。

 こちらが京を制圧しない事を見抜いて、即座に自身を岐阜に帰すだろう。

 武田対策に本腰を入れないと本拠が荒らされるからで、それを俺が画策していると考えるからだ。


「で、織田信長が居なくなると、否応なく公方様の力が増す。

 公方様は頭は悪くない。

 三好と畠山の兵力は掴んでいるだろう。

 で、京で遊んでいる織田の兵力がある。

 これを合流させて三好を叩けなんてせっつかれるのは時間の問題だろうな」


 羽柴秀吉や明智光秀等成り上がった将達が京に居た事が事態をややこしくさせる。

 織田家は才能ある者を抜擢する家風ではあるが、同時に同僚がライバルになるという事でもある。

 浪人から大名に成り上がった羽柴秀吉や明智光秀を見て、古くから仕える森可成や中川重政はどう見るか?

 彼らは織田信長が畠山と三好の潰し合いの後で漁夫の利を得る事を知っている。

 つまり、畠山弱体化の後で堂々と摂津国が取れると踏んでいるのだ。

 あとは、彼らに都合の良い事を囁く口があればよい。


「結果が良ければ織田殿も文句は言わぬだろう。

 何か言ったら、公方様がとりなしてくれるだろう」


と。

 こうして、羽柴秀吉と明智光秀を京の守備に残して森可成と中川重政の二千が参陣する。

 数日後に織田信長はこの事を知ったが、まだ足利義昭と決定的な対立をしている訳でもなく、漁夫の利を得るための兵力は温存しているので事後承諾ながらも了承されたのである。

 俺は大鶴宗秋に笑って言いきった。


「名将二人の指揮する軍は凡将一人の指揮する軍に勝てぬ。

 織田・畠山・足利、三家の指揮する軍はどうやって勝つのだろうな?」




 それから一週間後、まず雑賀がさっさと降りた。

 一向宗を散々殲滅した織田家と一緒に戦えないという訳だ。

 信貴山城が実質的無血開城なのを良い事に契約終了を申し出て、費用を削りたい畠山家もこれを了承したのである。

 次に根来衆も降りる。

 この時雑賀と根来が両方来ていたのは、双方のパワーバランスを崩さないという面もあった。

 雑賀が抜けた時点でそのバランスが崩れるのを恐れた根来衆は、亀背越と竹内峠の陣城を攻略した事で任務終了を申し出て、費用を削りたい畠山家もこれを了承したのである。

 なお、池田教正も野間長前も手勢と共に無事に撤退している。

 この時点で畠山軍から七千の兵が消えているが、それでも彼らは勝ちに奢っていた。

 三好家は京を失ってからは政治的に譲歩し続けており、合戦の前哨戦となる亀背越と竹内峠の陣城での戦いでは将兵が即座に撤退している。

 包囲している信貴山城は一月後に無血開城が約束されている。

 我らの勝利は近いという訳だ。

 その実態は、戦う前に七千の兵が消え、信貴山城包囲で六千の兵が動けず、亀背越と竹内峠の陣城を落としてそこに守備兵二千を割いた事で、投入可能戦力は一万五千程度にまで落ちていた。


「どうして畠山軍は雑賀と根来を手放したのでしょうな?」


 俺の軍議で馬廻の佐伯鎮忠が首を傾げる。

 それに俺はあっさりとその答えを口にした。


「費用が払えぬと言う訳だ。

 特に兵糧がな」


 三好家と畠山家が対立した結果、必然的に淀川物流が寸断されて彼らは琵琶湖経由で兵糧の調達をしなければならなくなっていた。

 だが、そこは織田家の領内で、織田軍は虎視眈々と狙っている武田家相手に大動員をかけている。

 兵糧の高騰は当然の成り行きだった。


「これからこういう事が日の本各地で頻発するぞ。

 各方、兵糧については抜かりなく集めておくように」


 なお、三好軍側だが、堺を抱えている事で高値でも買い続けて兵を維持し続けている。

 これに阿波と讃岐の兵糧が入ってくるから、この戦については問題がないはすだ。

 来年以降は山羊と唐芋と南蛮船でどこまで凌げるかが勝負になるが、ひとまずそこで考えを止める事にした。


「で、これからどのような手筈を?」


 吉弘鎮理が俺に尋ねる。

 一週間経過したという事は、あと三週間で信貴山城が開城してしまうからだ。

 どこかでしかけないといけないのだが、その焦りは表面上出ていない。


「決まっているだろう?

 勝てる相手に戦をするのだ。

 ならば戦わないとな」


 諸将の顔を見回しながら、俺は地図を指差しながら配置を指示してゆく。


「俺達は第二陣だ。

 先陣は池田勝正殿率いる摂津国衆が亀背越を、俺達は竹内峠の陣城を攻める。

 どちらかが手間取っているならこれを助けて、そのまま駆けつける畠山軍の後詰と戦うって寸法さ。

 淡輪隆重。

 先陣を任せるから、見事峠を抜いてみせよ!」


「はっ!

 ありがたき幸せ!!」


 攻城には三倍の兵が必要である。

 陣城に千篭っているならば、その三倍の兵を当てれば抜ける計算のはずだ。

 その初撃にあえて予備マージンを含めて淡輪隆重の五千を当てる。

 これで抜けなかったら、敵将を褒めるしか無い。

 なお、池田勝正の方も七千の軍勢だから大丈夫だろう。多分。


「そこからの戦はその時の流れになるが、吉弘鎮理と小野鎮幸は好きに動け。

 任せる」


「はっ」

「承知」


 吉弘鎮理は短く、小野鎮幸は嬉しそうに声をあげる。

 小野鎮幸にとっては待ちに待った大戦だから分からんでもない。


「白井胤治、鹿子木鎮有、内空閑鎮房、田原成親の四将は大鶴宗秋の指示の元で動け。

 大鶴宗秋。

 お前の下に石川五右衛門一党をつけるから現地の物見を忘れるなよ」


「はっ」


 四将は一斉に頭を下げ、大鶴宗秋が代表する形で声をだす。

 そして残った佐伯鎮忠に俺は声をかけた。


「今回は伊賀の中忍城戸弥左衛門の一党が俺を狙っておる。

 井筒女之助が忍を使って排除を試みるが、万一を避けたい。

 俺の身辺は馬廻が守ってくれ」


「おまかせあれ!」


 翌日。

 三好軍は行動を開始。

 合戦の火蓋が切られた。

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