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特殊スキル保有人材雇用法 (急場しのぎ編)

「ご主人。

 いつも気になっているけど、どうしてご主人はそんなに相手を恐れるの?」


 戦の前、あれこれと策を考えていたら、側に居た男の娘が首をかしげる。

 いい気休めだと思いながら、俺は男の娘の質問に答えてやる事にした。


「そりゃそうだろう。

 相手は海千山千の化け物たちなんだから」


「……相手もご主人の事を化け物だと思っているのに気づいていないんだよなぁ。

 この人」


 失礼な。


「真面目に聞くけどさ。

 ご主人。

 今までの戦い言ってみてよ」


「んー。

 野盗相手にとりあえず生き延びて、宗像と小早川相手になんとか負けず。

 久米田合戦で三好義賢殿と共に敗走し、淀川では座ったまま。

 教興寺合戦ではさっさと帰ったし、観音寺は空き巣泥棒だろ。

 若狭の勢峠は勝ちだな。

 で、肥前の騒動は完敗だし、南予戦は勝ちを譲られた。

 畿内に帰ってからはただ歩いただけだ。

 せいぜい二勝どまりじゃないか」


「……ご主人。

 それ本気で言ってる?」


 ジト目で呆れる男の娘が白湯を入れた茶碗を差し出す。

 それを飲み干しながら俺はわざとらしく肩をすくめる。


「まあ冗談も入っているが、この程度この乱世にはごろごろ居るぞ」


「たとえば?」


「武田信玄とか上杉謙信とか毛利元就」


 あっさりと俺は世の名将の名前を口に出す。

 けど、男の娘の呆れ顔は相変わらずのままだった。


「ご主人気づいてる?

 そんな人とご主人同格って自分で言っているの?」



 

 大和国多門山城を中心に集まっている畠山軍の内訳はこんな感じである。


 畠山家家臣団             六千

 筒井家を中心とした大和国国人衆    八千

 雑賀傭兵               三千

 根来傭兵               四千

 足利義昭配下の幕臣達         八千


 合計                 二万九千



 これに対して三好軍はこんな感じである。


 池田勝政 摂津国衆          七千

 野口冬長 河内国衆          九千

 淡輪隆重 和泉国衆          五千

 大友鎮成               四千五百


 合計                 二万五千五百



 思った以上に国衆の動員が悪い。

 これも力を残しているとはいえ、三好が押されている事を物語っている。

 逆に、俺が居た和泉国国衆は俺に全賭けしてきた。


「殿の戦ぶりを見て、どうして敵に回れましょうか?

 我らの戦働きをぜひご覧下され」


 淡輪隆重が力強く己の胸を叩くのを見て、俺を含めてここに居る連中三好家のリストラ要員なんですなんて言える訳も無く。

 彼らに損害を出させずにどうやって帰すかを考えないといけないから実に頭が痛い。

 松永久秀に文を書いて処遇を頼んでおかねばならない。

 話がそれた。

 兵力で不利の様に見えるが、実はそれほど不利ではなかったりする。

 彼らの狙いは河内国高屋城であり、大和国から狙う場合生駒山地が邪魔になる。

 そして、その生駒山地に建っている城の一つが信貴山城と言って、今回の戦いに置いて三好軍の出城みたいな扱いになる。

 畠山軍が高屋城を落とすためには、まずこの信貴山城を落とさないといけないのだ。

 つまり、今回の戦いは信貴山城をめぐる後詰決戦という形になる。

 その信貴山城には、松永家の家臣となった福屋隆兼が二千の兵で詰めている。

 城の攻撃には三倍の兵力が必要だから、最低でも六千の兵が信貴山城攻撃から動かせない。

 そうなると、兵力は二万三千対二万五千五百となりこちらが優勢になる。


 とはいえ、懸念材料が無い訳ではない。

 一つは雑賀と根来の傭兵衆達だ。

 こいつらはとにかく鉄砲保有率が高く、まともに当たったら大損害を出す。

 こちらの鉄砲保有率も悪くはないが、次の懸念に備えて損害は出したくは無い。

 で、そのもう一つの懸念である織田信長である。

 京周辺に二万の兵を展開して、こちらの動きを見張っている。

 摂津国衆の動員が鈍いのもこの織田信長の為に戦力を温存した為だ。

 それでも、三好家は俺の為に七千の兵を摂津から抽出したのである。

 感謝の言葉しか頭には無い。


「京に居る副将軍殿はどう動くのでしょうな?」


 大将席に座る野口冬長が副将席に座る俺に尋ねる。

 彼は三好兄弟で次男と四男が死んだ事で畿内三好一門の旗頭として奮戦する立場に追い込まれた。

 それでも、彼がこうして生き残っているのは、末弟である己に兄達の才能が無い事を自覚し、できる人間に投げた為である。

 具体的には俺なのだが。


「三好と畠山が共倒れをしてくれればとは思っているでしょうな」


 野心があるわけでもない、己の分を弁え、できる人間を抜擢する。

 俺の前世では知られなかった人だが、この変わった歴史において、三好家の要石の一人として今の三好家を支えている男の顔にはその重みがあった。


「逆に言えば、戦が終わった後に何が起こるか分からぬという事です。

 織田との戦も視野にこの戦を戦わねばならぬ。

 なかなか難儀ですな」


 場を盛り上げようと俺は軽口を叩く。

 状況は不利だが、まだ分かりやすい分楽とも言えるからだ。

 そんな俺を察したか、野口冬長が少し口調を和らげる。


「という事は、何か策があると?」


「策というものではございませぬよ。

 面倒ならばまとめてしまえば良いという訳で」


 という訳で、俺が口にしたジャイアント・キリングについて評定参加武将達がドン引きしたのだが、そんなにえげつない手だっただろうか?




「おーい」


「はーい。ご主人。

 何か用?」


 果心が産休状態に入ったので、基本間者としては僕っ娘が俺の前に出てくる事が多い。

 そんな僕っ娘に俺は文を渡そうとする。


「これを宇佐山城の細川殿に届けるふりをして敵の手に渡してくれ」


「かまわないけど、ちょっと難しいよ。それ」


 了承した僕っ娘の顔が難しそうなので俺は尋ねてみる。

 僕っ娘は、その理由をあっさりと口にした。


「果心さんならあっさりできるだろうけど、僕だと失敗する可能性があるからね。

 で、公方様の所甲賀と繋がりがある人がいるから、甲賀忍が結構いるんだよ。

 敵の情報も兵力はわかったけど、将についてあまり分かってないでしょ?

 こっちの間者が邪魔されているんだ」


 思った以上に深刻な理由に俺も顔を曇らせる。

 この手の情報戦に負けると大体ろくな事にはならない。


「伊賀を雇うというのは?」


「今はお勧めしないな。

 ご主人を狙っている伊賀者が居るでしょ?

 この狙っている伊賀者が雇われる前なら動かせるけど、今から伊賀者を雇うとそれと当たったら内々で片付けられる。

 情報が入らなくなって、ご主人の周囲が危なくなるんだ。

 これは甲賀も同じ」


 そういえば居たな。そんなの。

 たしか伊賀の中忍で城戸弥左衛門だったか。

 襲撃がなかったからすっかり忘れていた。

 で、それを僕っ娘に悟られて僕っ娘がむすっとする。


「駄目だよ。ご主人!

 襲撃ってのは、こちらが忘れた頃に狙ってくるんだ!

 今のご主人の顔を見たら、僕心配だよ」


「じゃあ、お前が居た鉢屋衆……は駄目だ。

 お家再興の大事な時期だったな」


 しゅんとなる僕っ娘だが、美作国で尼子残党が出雲を狙っているのはこちらにも届いており、鉢屋衆もそれにかかりきりだったのである。

 というか、全国規模で戦乱が巻き起ころうとしている今、使える間者そのものが超売り手市場になっている。

 金を出しても雇えない可能性が高い。

 そう思っていたのだが、話はその夜に思いもしない形で転がりだす。


「殿。

 失礼いたします」


 障子越しの政千代の声で喘いでいた女たちの動きがピタリと止まる。

 こういう状況で声をかけてくるという事は、間違いなくろくでもない報告である。


「何があった?」


「上泉信綱様が城の蔵で賊を捕まえたとの事。

 それで検分をお願いしたく」


 話していた伊賀者の襲撃か?

 だが、今日の奥の見張りは僕っ娘のはすだ。


「井筒女之助」

「はーい。呼んだ?」


 政千代と違って堂々と閨に入ってくる僕っ娘。

 あ。障子向こうで控えていた政千代が中を見て顔を赤くしてやがる。

 話がそれた。


「今の話、今日話した伊賀者だと思うか?」


「違うと思う。

 ご主人を狙うなら蔵に寄らないよ。

 純粋に賊だと思うんだけど、だったらご主人を呼ぶ理由が分からないんだよなぁ?」


 首を傾げる僕っ娘に顔が真っ赤な政千代がおどおどとした声でその理由を口にした。


「はい。

 上泉様がおっしゃるには、この賊は殿が持つ『藤原純友の財宝を狙った』と口にしておりまして」




 …………なにそれ?




 上泉信綱が連れてきた盗賊は一人だった。

 閨での取り調べの後再戦予定なので、女たちはあられのない姿のまま。

 それがまた盗賊に憎まれ口を叩かせる。


「西国随一の分限者様は女も抱き放題ときたか!」


 その一言で既に井筒女之助が『これ殺していい?』と目で訴えるが却下する。

 なお、知らぬ者が見ると、ただムッと怒っているようにしか見えないので注意。


「まあな。

 で、賊よ。

 とりあえず名乗れ」  


「伊賀抜け忍。

 石川五右衛門」


 居たな。

 いや。居たのか。

 俺が居た前世では、すっかり盗賊というより剣豪のイメージがついていたが。

 そんな事を思いながら、俺は聞きたかったことを尋ねる。


「俺が『藤原純友の財宝を得た』って話、どこから聞いた?」


「京の連中は皆噂してらぁ。

 大友主計助が長者になったのは『藤原純友の財宝を得た』為で、それを狙って伊予を攻めたと」


「……」


 話をまとめると、結果が原因をでっち上げた結果である。

 畿内の派手な銭のばら撒きぶりに『何か原因があるはずだ?』と理由を探して、それが納得できる過去をでっち上げた。

 京の人にとってそれが西国を荒らし回った海賊王藤原純友だったという訳で、彼の本拠地だった日振島をはじめとした南予を俺は征服していた。

 情報の精度に難があるこのご時世。

 確かにそう言われたらそうかも知れないと納得はする訳で、それが本当である必要はない訳だ。

 で、そんなでっちあげに彼は引っかかったと。


「殿。

 それでこやつどうします?」


 上泉信綱と共についてきた柳生宗厳が俺に処遇を求めるが、俺は上泉信綱に話を振ってみた。

 この手の剣豪ならば賊を斬り殺して報告すればいい。

 それをせずに捕らえた。

 つまり、それが出来なかった理由がある。


「見たところ傷もないようですが、この賊の腕はいかほどで?」


「筋は良いですな。

 取り押さえるのに苦労したので」


 上泉信綱が苦労をする忍。

 十二分に当たりなのだが、それを知ってか石川五右衛門が胸を張る。


「当たり前だ!

 これでも伊賀の上忍百地三太夫の弟子だったんだ!」


「何で抜け忍なんかしたんだ?」


 俺の何気ない質問に石川五右衛門が露骨に視線をそらす。

 出てきた理由もろくでもないものだった。


「師匠の奥と出来ちまって、その頼みで師匠の妾を殺めちまってな」


 すっと女たちがあられもない姿なのに視線をそらす。

 まぁ、仲が良いうちの奥がおかしいと言えばそれまでなのだが、盗人にも三分の理もあるなら情状酌量の余地もあるか。


「うちの果心が孕んだ事に感謝するんだな。

 その命助けてやるし、仕事次第によっては藤原純友の財宝くれてやっても構わんぞ」


「本当か!?」

「雇うの?これ?」


 石川五右衛門と井筒女之助が同時に声をだす。

 俺は井筒女之助に昼間渡そうとした文を改めて見せる。


「敵側に伊賀者と甲賀者が居て、間者働きが難しくなっているのだろう?

 ならば、こいつらを使い捨てにすればいい」


「待て!

 どうして俺が一人じゃないと分かった!?」


 ふてぶてしかった石川五右衛門がはじめて動揺する。

 史実を知っていたからなんて言っても信じないのだろうなぁ。きっと。


「蔵破りなんて、一人でできるもんじゃない。

 引き込み役が居て、運び出し役が居て、見張りが居てとある程度の人数が必要になる。

 一党全部雇っちまうから安心しな」


「……俺が裏切ったらどうするつもりで?」


「どうもせんよ。

 所詮お前を引き込めなかった己の男ぶりを恥じるさ。

 今日は牢で寝てもらおう。

 柳生宗厳の下につけるから働く気があったら声をかけるこった。

 連れてゆけ」


 項垂れて黙り込んだ石川五右衛門を見送りながら僕っ娘が俺をジト目で睨む。

 で、再度それを口にした。


「あーれーやーとーうーのー?」


 実に心底嫌そうな声で。

 その声に返事をしたのは有明だった。


「あら?

 私は分かっていたわよ。

 あの人を雇うって」


 で、俺に抱きつきながら、その続きを口にしたのである。


「だって八郎って基本、私や貴方を含めて何処にも行き場のない人を見捨てないのよ」 


と。

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