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覇王対峙 その1 【地図あり】

挿絵(By みてみん)

 飯盛山城に将兵を残して、馬廻のみで俺達は京に向かう。

 合戦が行われるのは、高屋城であり信貴山城だろうからだ。

 そんな出発前に一人の男が俺に会いに来る。


「おや。

 本多殿。

 どうなさいましたか?」


「己の才覚が足りないばかりに、殿より暇を出されましてな。

 三河に帰る前に挨拶をと」


 その一言でピンとくる。

 三好長慶暗殺で害が及ばないようにと、その暗殺が思ったより近いという事を。

 徳川帰還の見返りは、畿内の情報と俺というコネ。

 松永久秀が得るメリットは、織田寝返りの際の徳川家康からのフォローという保険と言った所だろうか。

 彼も三河者だろうから主君の害にならない程度には友好的関係が築けるだろう。


「そうか。

 本多殿からもらった鷹は大事にさせてもらおう」


「ありがたいことで。

 大友殿はこれから京に上がられるとか。

 何か用があるので?」


 はぐらかしてもいいが、口にだすことで己を奮い立たせる。

 それはできればしたくなかったことだったのだから。


「ああ。

 織田信長の顔を見てこようと思ってな」




 飯盛山城から三好家の京拠点である勝竜寺城に移る。

 今までは松永久秀が睨みをきかせていたが、彼が飯盛山城に移ったので睨みをきかせるのは城代である松永久通の役目になる。

 なお、この城には現在二千の兵しか居ない。

 高屋城の戦いに向けて戦力を南に集めている証拠である。


「良くいらっしゃった。

 歓迎いたしますぞ」


 松永久通の歓迎を受けながらも俺は仕事の話に入る。

 時間は今の俺にとって敵である。


「公方様に挨拶がしたい。

 よろしければ、先触れを出してほしいのだが」


 俺の申し出で松永久通も考え込む。

 その意図を計りかねているという所か。

 だから俺は続きを口にした。


「大友主計助としての挨拶だ。

 九州がきな臭くなってな。

 合戦があるかもしれぬから、公方様への伝を作っておきたいというのが建前」


 九州がきな臭くなっているのは本当だ。

 お蝶の情報で竜造寺の暴発が近い。

 そして、その暴発に兄の菊池則直が使われ、その糸を操っているのは毛利元就。

 西国を巻き込む大戦が近づいている。


「で、大友殿。

 本音は?」


「畠山の一件の探りを入れたい。

 公方様を擁したとはいえ、畠山の動きには明らかに無理がある。

 それを探りたいのだ」


「公方様自ら仕掛けられたと?」


「それを疑っている。

 畠山が強気なのに、副将軍様は何の音沙汰もなしだ。

 何が起こっているのか探りたい」


 織田信長の本拠である岐阜から京に来るまでおよそ三日。

 京から合戦想定地域である高屋城や信貴山城まで二日。

 京周辺の織田軍は、京都所司代のある二条城に詰めている村井貞勝と中川重政の三千と淀城の森可成の三千の六千が駐屯している。

 対三好戦で防衛をするには十分な戦力だが、攻めるとなると明らかに足りない。

 対三好戦で畠山が負けると、場合によってはそのまま京に雪崩れ込む可能性があるのに、織田信長はこのつぶしあいを静観するらしい。

 その齟齬はこの仕掛けを織田信長ではなく足利義昭が作っているからではと俺は疑っている。

 史実と違い最初に逃げ込んだのが織田信長の元だったので、今の足利義昭には成功体験しか無い。

 俺の推察は悪い形で的中した。

 使者を出して二日。

 散々焦らされての入京で、この一連の仕掛けを足利義昭が作っている事を確信したのである。




「大友主計助鎮成と申します」


「ほぅ。

 三好ではなく大友としての挨拶か。

 九州の仁将殿も気苦労が多くて大変じゃな」


 足利義昭は見事なまでに増長していた。

 ついでに言うと、近習の幕臣達も増長している。

 一人露骨に手を顔に当てている細川藤孝が見ていていたたまれないぐらい。


「此度は大友家の使者として。

 畿内での因縁はありましょうが、それはひとまず脇において頂きたく」


 足利義昭への挨拶も終わり、幕臣達との実務協議に入る。

 現政権は織田信長の京都所司代が全てを握っているので、そっちでの交渉をと思った所で呼び止められる。


「大友殿」


 見ると細川藤孝だったので、誘われるがままに部屋に入る。

 彼とは久しぶりという事もあって気を抜いた俺を見て細川藤孝は苦笑する。


「お久しぶりでございます。大友殿」


「細川殿もお変わり無くとは言えませぬな。

 気苦労をなさっているようで」


「お恥ずかしい所にて」


 足利義輝時にて細川家の一員として幕政に加わり、三好政権下で宇佐山城を得るまで優遇された細川藤孝だが、それゆえに今の足利義昭には良く思われていない。

 それでも、幕臣として名を連ねているのは、織田信長の強い推挙があったからだという。


「宇佐山にて織田との繋ぎをとっていたら押し込まれてしまい申した。

 まさか大友殿。

 これを見越してそれがしにあの城を譲ったのではございませぬな?」


 鋭い。

 この人も歴史に名を残すチート武将だって言うのを忘れていた。

 俺も苦笑しながら肩をすくめる。


「ご推察のとおりにて。

 ただ、六角を想定しておりました」


 時代が変わる。

 六角や細川や大内が消えて、三好や織田や毛利が出て来る。

 知ってはいたが、それを時代として肌に感じるとまた違った思いが出てくる。


「話を戻しましょう。

 畠山殿の鼻息の荒さ。

 何か聞き及んでおらぬか?」


 俺の質問に細川藤孝も真面目な顔に戻る。

 その顔に苦味が少し入って苦労しているのが分かってしまう。


「公方様は飾りでいいのですが、その周りは領地が早急に欲しいのです。

 兵を雇って上洛したは良いが、領地が無ければその支払いができませぬ」


 三好家が戦力を残したまま戦略的に後退した事がここで響いていた。

 織田信長から紐付きの資金は出ているだろうが、それだと側近達に銭を回せない。

 彼らを養う領地が早急に必要だった。

 ここで三好家が損切りした事が判断を狂わせる。

 強く押したら相手が下がったのだ。

 ならば更に強く押してしまえという事らしい。

 その流れに畠山高政が乗った訳だ。


「少なくとも織田はこの件に関しては動いた様子はござらぬ。

 織田は今動きたくはないはず」


 予想外の答えに俺は怪訝な顔をする。

 現状の織田に死角は無いように思えたからだ。

 だが、織田を側で見ていた細川藤孝は俺の見えないものが見えておりそれを指摘した。


「織田はあまりにも領地を急激に広げ過ぎました。

 それに家が追いつけないのです」


 領地の急拡大に伴う、統治人員の不足。

 チート級武将を多数抱えている織田家でもそれが発生しているとはと苦笑していたら、細川藤孝は更に続きを話す。


「前に行われた一揆の弾圧。

 あれがまずく、越前や近江を中心に逃散が頻発しており……」


 あ。これやばいやつだ。

 深く聞くと、織田家の内情がだんだん分かってくる。

 この時期の寺社というのは、その地域の知的拠点であり、冠婚葬祭絡みで住民と接するから行政組織を担っている事もあった。

 一向宗みたいに力を持ちすぎた所もあるが、織田信長はそれを一気に排除したのである。

 その結果、行政に空白が出て統治コストが更に嵩み、負担がよその所にしわ寄せとしてやってくる訳で。


「尾張や美濃を抱えているからその負担が払えぬとは思えぬな。

 津島などのあがりで賄えるだろうに」


 まぁ、体制内の掃除をしたと考えれば長期的にはプラスになるはずだ。

 だからこそ、今は動きたくないという発言に繋がるのだろう。

 そんな事を考えていたら今度は細川藤孝が肩をすくめた。


「そんな事できるのは大友殿ぐらいでござるよ。

 まぁ、逃散の一因に大友殿が絡んでいると言えば言えなくもないのですが」


「はて?

 そんな仕掛けはした憶えはありませぬぞ?」


「堺から琵琶湖まで繋いで何をおっしゃる。

 あれで、逃散農民は町に流れ込んだのですぞ。

 それがしの治める大津にも多くが来て、えらく苦労したのですが」


 うーわー。

 物流の活性化による都市化がそのまま逃散農民の労働先になったのか。

 田舎を捨てて都会で働くのと同じじゃねーか。

 頭を抱える俺に細川藤孝の糾弾は続く。


「西国から魅力的な品物が次々と流れ、それにともなって銭の需要が急増。

 悪銭を掴まされて畿内以東の商家では泣くどころの騒ぎではない始末。

 こんなものがここまで流れて来ているのですぞ」


 細川藤孝が俺の手に一枚の銭を手渡す。

 銭にしては光って……これ、武田の甲州金じゃねーか!


「武田家は大友殿が卸す荷についてえらく興味がおありのようで。

 彼の地は山国ですから、山羊や水を上に運ぶ仕組みは喉から手が出るほど欲しいのでしょうな。

 山羊については、大津に来る物は奪い合いになっている始末にて。

 信虎殿も色々動いていられるようで」


 需要があるのに供給が追いつかない。

 だったら、奪ってしまえというのが戦国時代あるあるである。

 多分今川侵攻も海が欲しかったというのがあるが、その海を経由して何を得たいのかはなんとなく見当がつく。

 そして、その過程でどうしても邪魔になるのが織田信長。

 もちろん織田信長もこの動きに気づいていない訳がない。


「まだ今川は滅んでいないと思うが?」


「ええ。

 手を引いたと聞き及んでおります。

 代替わりをした北条氏政殿の仲介にて手打ちをしたとか」


 何だと!

 今川が生き残っただと!?

 武田信虎が幕府に仲介を頼んだ和議内容だと、今川氏真は崩壊しかかっていた今川家臣団を何とかまとめて、駿河一国と遠江半国を守りきったそうだ。

 三増峠で勝ち過ぎた武田に対して、北条が今川を抱き込んで押さえにかかったという感じなのだろう。

 だが、対今川戦で損切りをした武田の次が織田なのは間違いがないが、勝てる算段があるのか?

 こっちの考えている事を察した細川藤孝が実にわざとらしい声で、その武田勝利の切り札を口に出す。


「この金、大友殿への仲介を頼まれた時に頂いたものにて」


「……」


 時間が凍る。

 というか、聞かなかったことにしたい。

 つまり、俺が畿内に来た事で織田と三好の大戦が起こり、勝つか負けるかは知らんが織田も大打撃を受けるだろうと。

 その隙を突いて、豊かな美濃を頂くという腹づもりなのだろう。

 今川を損切りした以上、徳川は今川に任せるつもりなのだろうからな。

 で、織田信長はその対処に追われて、足利義昭の暴走を放置というか畠山高政を使って誘導したと。

 三好を畠山に任せて、自分は対武田の対処に専念する。

 織田信長が岐阜から動かない訳だ。


「幕臣にこの仕掛を動かしている者がおります。

 お気をつけを」


 細川藤孝からその人物の名前を教えてもらって俺は部屋を出た。

 京都所司代への挨拶も終わった時にその人物を見かける。

 相手は俺を認めて挨拶をし、俺もそれに応えてその場を立ち去った。

 なるほど。

 元大名のお手並み拝見といたしましょうか。

 一色義輔いや斎藤龍興殿。

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