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外交の時間 その2 【系図あり】

【悲報】 この時期の戦国どこもこんな感じorz

 自領における北の脅威についてはひとまず問題がない。

 絶賛炎上中の南についてはあとに回すとして、地味に地雷処理が大事な西の処理を片付けようと思う。

 要するに大友家にとっての悪夢再びとなりかねない肥後問題である。


「肥後国相良家相良頼貞と申す。

 噂の仁将にお目にかかれて何より」


 何でか目の前に核地雷がいるのですが。

 だが、相良の名前を出した以上、相手をしない訳にはいけない。

 火種くすぶる肥後情勢の生情報を持っているからだ。


「大友主計助鎮成です。

 相良一族の方が何用でこの宇和島に?」


 精悍な体つきでいかにも武勇がありそうな若武者を思わせる相良頼貞はその自負を言葉に乗せる。

 彼の目は獲物を確かめるかのように俺を睨んだまま。


「大友殿が肥後の国衆に声をかけて雇っていると聞きましてな。

 我らも大友殿の旗に頼ろうと思った次第」


「我ら?」


 仮にも大名家一門ならば、監視の意味合いを兼ねて必ず家臣がつく。

 俺にとっての大鶴宗秋みたいな者たちだ。

 つまり、戦力を連れての南予入りで、それは大友家の黙認の上で行われたという訳だ。


「おうとも。

 上村頼孝、稲留長蔵ら上村一族およそ千人を引き連れてだ。

 この規模だと受け入れてくれるのはここぐらいしかなかろうと思ってな」


「……」


 さて解説タイムだ。

 肥後南部を地盤とし、近年は南蛮交易等で栄えている相良家でお家騒動が勃発。

 その主役となったのがこの上村一族である。

 またここのお家騒動も血で血を洗う一族相克する血生臭くて醜いものなのだが、その最後に残ったのがこの相良一門衆の上村家で、その長男が相良家を継ぐ事になった。 

 相良晴広である。

 これで下克上は完成に見えたが、最後の最後で躓くことになった。

 相良家家臣団の上村家への反感と、兄弟間の対立--兄が大名になったのに、何で俺ら家臣なの?--という身内の嫉妬による対立である。

 かくして、相良晴広は弟達の謀反を鎮圧し一応は許されたのだが、ここで歴史改変の波が相良家を襲う。

 北部九州における大友家の覇権確立と、俺がやらかした地方大名が幕府権威を借りる代償に兵を提供する流れがそれである。

 これにより相良家は大友家への恭順を示すため中央に兵を提供することとし、その兵として上村家を選んだのだ。

 相良家は上村家に血を流させる事でケジメとし、上村家は名誉回復の機会を与えられたと。

 大友家がこれを黙認したのは肥後でこれ以上の混乱を望んでいないからで、相良家で謀反が発生した弘治3年に大友家は秋月文種の謀反鎮圧で筑前に大兵を出して介入したくてもできなかったという過去もある。

 この相良家の騒動は毛利元就の策謀とは無関係みたいだが、肥後で何かあったら必然的に他の所に回すリソースが無くなるというのは今も昔も変わってはいない。

 なお、放置なんてできる訳がないのが、この時代特有の地縁血縁のドロドロの物語のおかげである。

 で、この相良頼貞は現当主相良晴広の息子なのだが、『腹違いの長男』である相良義陽と『同じ日に誕生した次男』という超厄ネタ持ちである。

 もちろん揉めるので寺に入れたら、気性が荒い上に武勇を好んだので勝手に還俗するなんてことをやらかしている。


 ……上村家の反乱とその鎮圧の後で。


 完全に身内が信用できない&家臣団に一門のバックアップを提示しておくためにこの還俗が見逃されたのだろう。

 まるでどこかの自分を見ているような経歴である。

 ただ違うのは、下克上によって上村家の血である当主のバックアップはあまり重要ではないという事だ。

 で、当主相良晴広の正室に子供が宿ったのもタイミング的に良かったのだろう。

 確実にお払い箱になる前に、上村家の上洛を餌に己が肥後から逃げ出す事に成功したのである。

 もちろん、旗印として上村一族は歓迎したし、厄介払いができると相良家も歓迎した。

 当然、肥後の混乱を避けたい大友家も何も言わずに目をつぶったのは言うまでもない。


「畿内に行くはずなのに、私の旗の下とおっしゃりましたか?」


「もちろん!

 主計助殿は幕府と朝廷に太い伝手を持つお方だ。

 頼りにさせていただきたく」


 うわ。断りてぇ。

 要するに勝手働きの亜種だが、なまじ将兵が整っている所がたちが悪い。

 下手に抱え込んで謀反を起こされたらたまらない。

 商人たちの支援のもとに派手な経済を回しているがそれは俺が金づるであるからで、今ここで軍備に回して彼らの信用を落とすのは避けたい。

 商人たちはそのあたりはシビアで、初期投資の大盤振る舞いを除いて俺の統治コストがちゃんと領内の収入内に留まっているのを見ている。

 一万石で兵を雇う限界はおよそ二百五十人と言われる。

 その換算で彼らを家臣に組み込むと、およそ四万石分の費用が発生するのと同義だからだ。

 かといって、毛利あたりに流れて敵戦力増強なんて目も当てられない以上、打つ手は一つしか無い。


「なるほど。

 三好亜相様への紹介状を書いておきましょう。

 それと、畿内までの旅費も出しましょう。

 誰か。

 紙と硯を持ってきてくれ」


 三好家にぶん投げる。

 絶賛混乱中の阿波にせよ、戦力がら空きの和泉にせよ、そこだったらこの戦力は十二分に生きる。

 幕府奉公衆にとも考えたが、堺大樹との関係が悪化している現在彼に動かせる実戦力を与えるのはまずい。

 控えていた井筒女之助から紙と硯を取って書状を書く間、相良頼貞は一言も発することは無かった。



「何で雇わなかったの?

 基本、来る人拒まず雇っていたじゃない。ご主人」


 紹介状と俺の旅費の証文を持って相良頼貞が帰った後、男の娘が不思議そうに俺に尋ねる。

 それに俺は城から見える宇和海を眺めながら答えた。


「そうだな。

 今回の相良頼貞を雇わなかった理由は、俺が勝ってから来たという所さ」


 多分いちばん説明しやすいのは多胡辰敬だったりするが、微妙に接点が少ないのでもう少しわかり易く説明をする事にした。

 なお、まだ男の娘は首をかしげている。


「勝ってから?」


「博打で丁半の壺を開けてから勝札に賭けるようなこと許されると思うか?」


「あーなるほど」


 もう少し早かったら受け入れても良いと思った。

 その勝負どころは、お蝶と有明の妊娠を祝う宴だった。

 内政軍事において必要なスタッフが揃い、外交できちんと領内の防備を固めた上での九州なり畿内なりの出陣となる。

 

「あとは目だな」


「目?」


 自分の目を触る男の娘に俺は相良頼貞の感想を告げる。

 間違いなく好印象ではない。


「野心に漲っていた目。

 俺もああなるんだという目」


 寺住みの一門末席の男が九州に畿内に四国にと戦を勝ち続け『仁将』と呼ばれ、遊女に堕ちた姫を救うために国を切り取ったり、美女所をあられもない格好で戦に連れて行き、食うに困らぬ銭を持ち続けてる。

 男ならば一度は憧れる『金・暴力・SEX』の頂点を極めているように見るのだろう。

 羨ましいことだ。

 替わってやりたいぐらいなのに。


「多分あれ、合戦時の一番肝心なところでこちらの命令を聞かないぞ」


 ある種の確信を口に出した俺に男の娘が尋ねる。


「どうして?」


「相良殿が八郎様と同じ立場だからですよ」


 会話に混じったのは果心。

 加わってきたという事は、さっきの会見の一部始終を聞いていたのだろう。

 で、何かしないかを見張る手の者をつけるぐらいはするチートくノ一でもある。


「渡した証文が銭と米に換金できた事で、不機嫌な顔が一気に消えましたわ。

 体よく厄介払いができたようで」


 こちらの考えていることが分かるから話に入ってくる果心。

 男の娘が果心の方に顔を向けるが、長い付き合いからか姉妹に見えなくもない。


「八郎様にできたのです。

 相良殿もできると思ったのでしようね。

 どうも体も武芸も鍛えているようですから」


 こういう同格で自信があるやつを部下に持つ場合、大体暴走して現場を混乱に陥れたあげくに、


「現場の判断!臨機応変!!」


とほざくのだ。

 とはいえ、その自信と才能がハマれば俺を超えることもできるだろう。

 そのあたり、俺は武芸も体格も所詮そこそこの男である。


「そこそことか思っていますけど、閨で無双しているじゃない。ご主人」


「それはそこの果心の手解きのおかげだ。

 おれは悪くない」


 そんな話をしていたら、鹿子木鎮有が部屋に入ってくる。

 俺達を見て正座して頭を下げる。


「鹿子木鎮有。

 お呼びにより参上いたしました」


「よく来てくれた。

 お主を呼んだのは、つい先ごろまで相良頼貞殿がいらしていてな。

 お主が知る限りでいい。

 相良家の話の裏を取りたい」


「……わかりました。

 お話しましょう」


 鹿子木鎮有の話のついでなので、俺の立場の確認もしよう。

 兄上こと菊池則直は母親が違う。

 俺の母は田島重賢の娘で側室だが、兄上の母は父菊池義武の正室だった名和武顕の娘なのだ。

 この時点で格は向こうのほうが上である。

 そんな兄上がどうして相良家に居たのかというと、これがまたドロドロの物語になるのだが解説しないと話が進まないのでご容赦願いたい。

 この名和武顕、肥後国宇土城主なのだが、この過去から語ろうと思う。

 基本的に肥後国というのは、北を菊池、南を相良が統治しており、その境界線で国人衆が激しく争ったりしていた。

 名和家というのはそんな境界線のあたりに領地があった一族である。

 そのくせ、家そのものは後醍醐天皇を助けた南朝の名家という事もあって菊池家と友好的な関係を構築しており、婚姻政策で菊池家から嫁をもらって準一門扱いみたいな立場になっていたのである。

 だが、相良家と戦う菊池家南部戦線には、菊池一族の大物である阿蘇家が居た。

 このあたりの微妙な温度差は憶えておいて欲しい。

 さて、菊池家内部で家督を巡る内紛が勃発し大友家が介入した結果、菊池義武という大友一族による家の乗っ取りが完成する。

 この時彼が嫁に選んだのが準一門の名和武顕の娘という訳だ。

 大友家からすれば菊池一族は恨みを持つ敵みたいなもので、早急に菊池一族以外を味方にする必要がある。

 かといって、彼らを完全に排除すれば統治に支障が出るわけで、このあたりの政治的綱引きの結果、彼に白羽の矢が立ったとも言えよう。

 この時期の名和家は菊池家の内紛で後詰が期待できずに相良家の攻撃を凌ぐのが精一杯だったが、婚姻外交というウルトラCでこの危機を乗り切ることに成功したのだ。

 つまり、菊池義武だけでなく、阿蘇家当主だった阿蘇惟前や、相良家当主の相良晴広にも娘を嫁に送ったのである。

 この婚姻政策で規模は小さいが血縁という形で菊池・阿蘇・相良を束ねた事が、肥後国南部の状況に多大な影響を与える。

 名和家と相良家はその後関係が悪化して離縁されるのだが、菊池家が崩壊し父である菊池義武が相良家に逃れたのもこういう婚姻関係があったからだし、阿蘇家と相良家の同盟関係もこの婚姻政策の延長と考えてもらっていい。

 なお、菊池義武がどうして大友二階崩れの後名和家に逃げなかったのかというと理由が二つあって、宇土半島の根本に領地がある名和家は菊池家から近すぎたというのが一つ。

 もう一つは、この時期に代替わりが発生して名和武顕が亡くなって名和行興が継いで大友家の圧力をかわしきれないと踏んだのだろう。

 話がそれた。


 さて、ここから話が更にややこしくなる。

 そんな中、『貴種』の菊池家の子が手元に残った。

 それは取り込まれるよねという訳で、兄上は相良家滞在時に相良家重臣格の家より嫁をもらって子供を作っている。

 ……きっと、このままだと粛清されると踏んだんだろうなぁ。兄上。

 妻も子も残しての出奔劇で現状何のアクションも相良家が起こしていないのは、仮にも大友の血脈だから粛清して大友家から睨まれるのを避けるというのと、謀反の後始末でそこまで手が回らないからなのだろう。


「井筒女之助。

 森長意殿を呼んできてくれ。

 相良家に便宜を図るよう文を書いて渡す」


「はーい」


「よろしいので?」


 走って出てゆく男の娘を見送りながら果心が尋ねる。

 意図的に相良家とあいまいに言った意味に気づいたからだ。

 相良頼貞だけでなく、『相良家』にも便宜を図れという意味に。


「構わんよ。

 兄上に合流させなかった功績は評価せねばな」


 毛利元就脚本、竜造寺隆信演出、菊池則直主演の肥後大反乱のキャスト辞退の返礼するべきだ。

 これも丸目長恵や犬童頼安の働きかけがあったに違いない。

 縁というのはどこでどう繋がるか分からない。

 そんな事を思いながら俺は文を書き出した。

挿絵(By みてみん)



相良頼貞 さがら よりさだ

上村頼孝 うえむら よりたか

稲留長蔵 いなどめ ながくら

相良義陽 さがら よしひ

菊池則直 きくち のりなお

名和武顕 なわ たけあき

阿蘇惟前 あそ これさき

名和行興 なわ ゆきおき

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