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内政の時間 その1

 戦が終われば統治が待っている。

 その統治の方が戦よりはるかに時間がかかる。

 それでも風雲急を告げる畿内情勢を受けて、早急に旧西園寺領の統治に手をつける必要があった。


「年貢については全領地において三年間免除。

 かかる費用は全て俺に回せ」


 まずは最初の布告がこれである。

 これで貯めに貯めた銭の大部分がぶっ飛んだが最低限の支持を得ることに成功する。

 多くの奸雄と呼ばれる英傑は自領においては名君と呼ばれていた。

 それは彼らの支持がなければ追い落とされる基盤のなさの裏返しでもあるのだ。

 そこは間違えてはならない。


「旧西園寺の法については現状そのまま踏襲する。

 改定がある場合、告知して半年後に改定するものとする。

 また領内の争いは領主が裁き、それに異議を唱える場合は宇和島にて裁く」


 法律関連はそのまま統治に支障が出るので現状維持でひとまず押し通す。

 ただ、改定の可能性を先に出して半年の猶予まで与えると宣言する事で備えてもらう。

 更に、上告先の俺という存在を周知させる事で誰がここのボスかを明確にすることにした。

 これらの布告で最低限だが行政機構が回復しだす。


「新城主は西園寺旧法の変更や年貢徴収を絶対に行うな。

 揉め事の仲裁は西園寺旧法に照らして処理し、無理と判断したなら俺の所に回すように。

 一揆が起こった場合、たとえ鎮圧できたとしてもその責任は取ってもらう」


 身内である新城主には全員俺じきじきにこれだけは厳命させた。

 九州にせよ畿内にせよきな臭くなっており、俺はどちらかに出向くことが確定している。

 ここで領内で一揆なんて起こされて足を引っ張られようものなら……

 という訳で、そこまで明かした上でとにかく円滑な統治が行えるようにと命じたのである。


 居城になる宇和島城だが、大規模整備に手をつける。

 城は三の丸まで拡張した上に土塀で囲って天守を建設。

 兵糧庫や鉄砲蔵、武器庫の隣に御用商館があるのはある意味俺らしいと思ったり。

 俺個人のリクエストで作ったのが湯殿で、接客用の茶室も作っている。

 城下町は武家屋敷と港と商人街と市を整備。

 それに伴う街道と港の整備なのだが、銭を出す奇特な人間が三人ほど居た。

 神屋紹策と島井茂勝と仲屋乾通である。


「代わりにと申しますれば、商人街の差配を我らで決めさせて頂きたく」


 神屋紹策と島井茂勝は博多の豪商。

 仲屋乾通は豊後の豪商で、臼杵の街づくりに莫大な投資をした実績がある。


「店を出すことについてははなから許すつもりだったが、商人街の差配とは何を狙っている?」


 ストレートに尋ねると、返ってきたのは分かりやすい利の理由だった。

 三人を代表して島井茂勝が苦笑しながら答える。


「八郎様の儲けの配分をここで行おうと」


 この三人、微妙に商人としての属性が違う。


神屋紹策 毛利家御用商人 博多本店 石見銀山 医書関連委託 毛利家とのパイプ

島井茂勝 大友家御用商人 博多本店 朝鮮交易 水力紡績委託 大友家の紹介

仲屋乾通 大友家御用商人 府内本店 南蛮交易 金融危機共闘 大友家のコネ


 その為、俺に利益を還元する際の話し合いをここでする事にしたらしい。

 で、更に山羊だの唐芋だのやりだすので、とりあえず俺の下でカルテルを組むつもりらしい。

 島井茂勝の後で神屋紹策が更にぶっちゃける。


「博多が戦に巻き込まれても、宇和島までは焼かれないでしょうからな」


 彼らぐらいの商人ともなると、必然的にリスク分散の手を打つ。

 神屋紹策や島井茂勝は博多の商人だから、大友と毛利の戦火で博多が焼かれたら大打撃を受ける訳だ。

 で、その財産逃避先に俺が作る宇和島が選ばれたと。

 仲屋乾通も大友家における府内のゴタゴタを体験しているから、安全な財産逃避先を見逃すわけもなくと。

 仲屋乾通が商人らしい揉み手で俺へのメリットを告げる。


「八郎様の事は信頼しております故、証文は三者で満額引き取らせていただきたいと思っております。

 これからも良き商いが共に出来ますように」


 俺がこれを断る理由がなかった。

 かくして、西国有数の富豪たちが協力して建設した宇和島城下町は短時間でその姿を見せつけてゆく。

 造船所が併設された港は末次船が数隻停泊できるように拡張され、その隣には商家の土蔵が立ち並ぶ。

 替銭屋と交易所は常に賑わい、宿場の灯りは消えること無く歓楽街から嬌声が聞こえない日は無い。

 演舞場と能楽堂では旅芸人が芸を披露し、商家の庭園の茶室には茶人達が招かれて茶を立てる。

 急激に増えた人口に対処するために、溜池を掘り須賀川上流に堤を築いて水源を確保する。

 町の仕切りは土塀と堀で防御も取り入れ、町衆と奉行の合議で城下町を運営するようにした。

 これだけ人が増えると信仰も必要なので、この地に根付く真言宗寺院や博多で流行った禅宗寺院が寺を建てていた。

 あと、三間地方には稲荷信仰があるので、そこから稲荷大明神に来ていただくことに。

 宇和島ができた事で、宇和海の交易が更に盛んになったのは言うまでもない。


 さて、今度は派手に使った銭を取り戻さないといけない。

 内政資金はひとまず神屋紹策と島井茂勝の豪商コンビに証文を引き取らせることで確保したが、短期的にリターンを得たのは山羊で、長期的投資になったのは蜜柑である。

 既に西日本を中心に爆発的な広がりを見せつつある山羊は山ばかりの南予の民に歓迎を持って迎えられた。

 また、専用の山羊牧場を作っての石鹸生産も軌道に乗りつつあり、財政の足しになろうとしていた。

 まだ圧倒的に支出の方が多いのは仕方がないが、計算では七年で元が取れるだろうと踏んでいた。


「なるほど。

 接ぎ木で蜜柑の苗を増やすのか」


 戦略的な要地で生産力も低い佐田岬半島を直轄化して、蜜柑栽培を試すことにする。

 蜜柑の栽培は苦労すると踏んでいたが意外な所に解決策があった。

 俺より先に蜜柑の栽培に着手していた戦国武将が存在していたのである。

 その人物の名前は禰寝重長という。

 貴重なノウハウ提供ゆえ厳しいだろうと踏んでいたが、彼と繋ぎがつけられる人物によって実現する事になった。


「かの地には一面にみかん畑が広がっていての……

 懐かしいものよ」


 島津勝久。

 島津家14代当主だった老人は懐かしそうに宇和海の方を眺めて呟く。 

 壮絶なお家騒動の果てに追放されて、母の実家である大友家にてやっかいになっていた彼が手を貸したのは自分の息子の為でもあった。

 禰寝重就の娘との間に作った息子である島津忠康が南予戦に参加していた。

 山羊輸入と蜜柑栽培を内政の柱にしようとした俺の構想を知った彼は、嫁の実家である禰寝重長に連絡をとって交渉を仲介したのである。

 その結果、俺は大陸及び琉球交易の寄港地ゲットだけでなく、蜜柑と琉球産山羊の安定供給を得て、禰寝重長は俺から医書と薬師の供給に大陸交易という莫大な富を寄港地という形で吸うことができるという取引が成立する。

 これらの取引仲介をした島津勝久への礼は息子島津忠康に対して奉行として千貫で登用する事で返し、二人には手が足りない南予の内政要員として働いてもらうことになる。


「殿!

 民からの貢物でございます!」


 直轄化した事で直臣になった井上重房がカゴいっぱいの魚を持ってくる。

 佐田岬半島周辺はとにかく豊かな漁場である。

 迷うことなくこれも産業として利用する事にする。

 何しろ、関アジ関サバの干物である。

 それをこの当時大都市化しつつある大消費地の府内に卸すだけでも安定した利益が見込めるのだ。

 銭がなくなっている今の俺が手を出さない訳がない。


「こちらも!

 民からの貢物でございます!!」


 得能通明も負けじと小ぶりのカゴを差し出すが、こちらには牡蠣の他に十数個の真珠が光っていた。

 宇和海というのは古くから真珠の産地である。

 近代真珠養殖の技術は無いだろうが、大陸では『胡人真珠』や『仏像真珠』と呼ばれる真珠養殖技術が確立していたはずだ。

 牡蠣でも思い出したが、既に牡蠣の養殖は始まりつつある。

 宇和海でも始めることにしよう。

 うまく行けば銭の足しになる。


「すまぬな。

 奥の連中が喜ぶ」


 ついてきた井筒女之助と田中久兵衛が双方のカゴを受け取るのを見て俺が礼を言うと、二人の将の顔がにやりと笑う。

 この二人は俺の戦いを見ているわけで、俺の色狂いを見ているわけで。


「はやくお子ができると良いですな。

 そのためにもこの魚を食べて精をつけてくだされ」

「真珠は貴重な薬にもなると聞き申す。

 珠のようなお子を産んでくださると期待しておりますぞ」


 子作りOK宣言の後、スタイリッシュ痴女達はオールタイム痴女にクラスチェンジした。

 さすがに連れてこれる布面積ではなくなったので女たちは宇和島城でお留守番。

 男の娘棚ぼた勝利展開は俺も予想していなかった。

 なんて答えようかと迷っていた所に二宮新助が俺に声をかける。


「殿!

 狼煙台はこれでいいですか?」


 海上交易を行う上でこの灯台設置はあるのと無いのでは効率が段違いになる。

 直轄化して即座に命じたのがこの狼煙台兼灯台の設置だった。

 船が増えれば交易が増え、俺の所に落ちる銭も増えるという訳だ。


「試しに煙を出してみてくれ」


「はっ」


 俺の声に二宮新助が郎党に命じて狼煙台から煙がもくもくと上がってゆくが風で流されてゆく。

 風が強いから何か手を考えないといけないなと思った。




 視察後船で宇和島に帰還。

 陸路だと数日かかるのに海路だと一日で終わるというのがありがたい。

 海岸部についてはとりあえず手は打った。

 問題は内陸部というか山岳部である。

 西園寺領の山岳部の交易は二つの河川によって成り立っている。

 肱川と四万十川だ。

 その為、河口を押さえる宇都宮家と一条家に頭が上がらないという欠点が存在している。

 これについては、俺が旧西園寺領を統治することである程度の変化が発生していた。

 まずは宇都宮家。

 白木城を渡したことに加えて、毛利家に従属した形になりつつある河野家の隣りにあるから俺との関係を荒立てたくはない。

 宇都宮房綱を討ち取れなかったしこりはあるが、河野家侵攻時には後詰を行う事で合意し、経済活動も何も問題はない。

 問題が発生しているのは一条家だった。

 天ヶ森合戦の大敗と京の一条本家の介入で絶賛混乱中の一条家の為に、四万十川流域の交易に支障が出つつあったのである。

 介入という選択肢も無いわけではないが、それをしたら四国に拘束される時間がさらに長くなってしまい、畿内情勢に絡むことがほぼ絶望的になる。

 なお、この一条家の混乱を見た長宗我部元親は領地争いをしていた安芸国虎と開戦し、一条家だけでなく阿波も混乱して味方の支援がない安芸勢は各地で敗退していると聞く。

 土佐一国だけならば長宗我部元親にくれてやるのも悪くない。

 問題はそこで彼の野心が無くなるかという訳なのだが微妙な所だ。

 阿波にせよ南予にせよ彼の進出経路には俺が立ちはだかる事になるからだ。

 そこまで見越して毛利元就と手を組むという選択肢も無いわけではないが、俺を知っているだけにおそらく侮ることはしないだろう。

 そして、俺が土佐一国ならくれてやってもいいと考えるだろう事を多分長宗我部元親は見抜いている。

 だからこそ、彼は単身俺に会いに来て畿内の政変の事を告げたのだ。

 畿内の政変を俺が知れば、必然的に一条家の混乱に介入する事はできなくなる。

 一条家が混乱しているならば背後を気にしなくていいので安芸攻めは全力で行える。

 彼もまた戦国時代に名を轟かせたチートという訳だ。


「旦那。

 そろそろ宇和島の港に着きますぜ」


 乗った船は火山神九郎の手配した船だったので俺も旦那扱いである。

 船乗りたちには陸の身分は関係ないという意識があるので、こちらも気にすることもしない。


「ありがとうよ。

 そういえば見かけない顔だな」


 水軍衆の再編を命じた結果、多くの新参者がこの宇和海に集まった。

 つまり海賊と言うか倭寇というかそんな連中である。

 目の前の男がすっと目を細める。

 井筒女之助が俺の前に出て構え、田中久兵衛もそれに倣うが男は俺から視線をそらさない。


「旦那の首に銀二百貫がかかっているらしいぞ」


「そりゃ大変だ。

 石見の銀だから大陸でも使えるだろうよ」


 この手の会話のコツは絶対に目を逸らさない事だ。

 逸したら負けるというか命を落とす。


「少数でうろついているから襲ってくれと言っているかと思ったが違うようだな」


「俺を知ってる水軍衆は襲うと知ったら襲うやつを叩くだろうよ。

 それぐらいの恩は与えたつもりだ」


 目の前の男がふっと笑った。

 そして目をそらす。


「悪かった。

 昔居た大将に似ていてな。

 ちとからかってみたくなっただけだ」


 それではいそうですかと済む話ではない。

 事実、男の娘と田中久兵衛は殺気を出しっぱなしである。


「たちの悪い遊びはやめておけ。

 見ろ。

 警戒しているじゃないか」


 こちらも茶化して話はおしまいという形にする。

 俺の態度に二人も不承不承だが矛を収めた。


「悪かった悪かった。

 俺が知っていた大将も女好きで、妓女の一人が奥を取り仕切っていたのさ。

 そんなことを思い出しちまった」


 男はそのまま船縁に行き南の海を眺める。

 少し頭が上を向いているのは泣いているのを我慢しているのだろうか。


「何でその大将の元から離れたの?」


 こういう時に何も背後を気にしない男の娘は実にありがたい。

 聞きたい質問をあっさり切り出し、男はこちらを見ずに答えた。


「身代を大きくしたのはいいが、そこを官軍に付け込まれてな。

 疑心暗鬼の果てに大将が仲間を売り、仲間が大将を売って滅んじまった。

 で、俺はこんな所に居る訳さ」


 思い出話のはずが、実に耳が痛い。

 地位が人を変える。

 土地が人を変える。

 人が人を変える。

 それを見てきたからこそ、彼はここに居る。


「煩悩を捨てるにはまだ若いし、悟りを開くには年を取りすぎた。

 うちの大将の口癖で元破戒僧だったそうで」


「本当に縁があるのかもしれんな。

 俺も寺の出身だよ」


 宇和島の港が見えてきた。

 この話はここでおしまい。

 だから、最後に彼の名前を聞いておくことにしよう。


「せっかくだ。

 名前を覚えておこう」


「日向の彦太郎。

 ちんけな船乗りですよ」

禰寝重長  ねじめ しげたけ

島津勝久  しまづ かつひさ

禰寝重就  ねじめ しげなり

島津忠康  しまづ ただやす

日向彦太郎 ひゅうが ひこたろう


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