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毛利元就の手

「徳寿丸よ。

 敵が罠にかかるのは何時か知っておるか?」


「勝ちに驕っている時ですか?

 父上?」


「少し違うな。

 一番罠にかかる時。

 それは……敵がこちらの罠を見破った時よ」




 西園寺家本拠黒瀬城を視野に入れた所まで来た南予戦役は終盤に入ろうとしていた。

 そして、終盤だからこそ戦局とは別の所で足の引っ張り合いが発生していた。

 奪った西園寺領の配分という、大友家と一条家の足の引っ張り合いである。

 この戦、あくまで『一条家による西園寺家侵攻』なのである。

 大友家はその為、『一条家の後詰』の立場を崩していない。

 とはいえ、日振島海戦で奪った日振島と、俺が攻め込んだ佐田岬半島と八幡浜についてはあっさりと大友家の領有が認められた。

 一条家の方も、渡辺教忠の内応で奪った河後森城の一条家領有を大友家は飲んでいる。

 揉めたのは、それ以外の場所だった。

 たとえば、常盤城は最初一条家が奪った後に天ヶ森合戦の大敗が発生して、西園寺家に寝返ろうとした所を大友家が守った形になっている。

 そして、常盤城を拠点とした陸路侵攻で大友軍は天ヶ森城、亀が淵城、法華津本城を落としている。

 図々しいと言われればそれまでだが、常盤城は一条家の功績じゃねと一条家がごねているのだった。

 こっちについては、常盤城の譲渡で大友家が折れた。

 というか、俺が折らせた。

 たかだか城一つで一条家を敵に回すつもりは無かったからだ。

 それよりも揉めている場所があって、そこをどうするかで激しく大友家と一条家が対立していた。

 大森城をはじめとした、西園寺家山岳部領主の処遇である。

 現在大友家が押さえているのは、南予海岸部で西園寺本拠地である黒瀬城をはじめとした山岳部盆地には手を出していない。

 ここが盆地でそこそこ生産力があるから放置はまずいのだが、その盆地部を攻めるはずだった一条軍山手勢は大森城から動けずじまい。

 大友軍がさらなる介入をするかというとそうも行かず、法華津本城までで損害をだして攻勢限界に達していたのである。

 南からの侵攻に投入した兵力はおよそ四千五百。

 そして、法華津本城を落とすまでに受けた損害がおよそ二千。

 西園寺軍の後詰勢と一戦できる戦力ではあるが、黒瀬城を落とす戦力ではない。

 黒瀬城を南北から挟撃するには、現在の占領地に最低でも一条家の後詰を持ってくる必要があったのである。

 で、この後詰を一条家は渋っていた。


「天ヶ森での大敗の後、兵を再編せねばならず……か」


 八幡浜萩森城にて八幡浜の港を眺めながら一条家からの書状を俺は読む。

 宇都宮房綱は萩森城を焼かなかった。

 焼く時間すら惜しかったのだろう。

 元城も空城だったので大鶴宗秋が接収している。

 南下して黒瀬城を攻める事はいまや不可能ではなかったのである。

 だが、一条家交渉担当の土居宗珊は申し訳無さそうな書状をこちらによこしてくる。

 天ヶ森合戦の大敗はかなり大きく、一条家内部はその責任で揉めていた。

 何しろ、原因その一が十河重存で、原因その二が土居宗珊である。

 もっとも彼らは生贄の羊であり、本当の原因は一条兼定に起因する訳で。

 十河重存に責任を被せたら、三好家と大友家を敵に回す。

 土居宗珊に腹を切らせたら、一条家が崩壊するのは目に見えている。

 常盤城譲渡は土居宗珊への功績稼ぎという側面もあるのだった。


「降伏、従属をするのならば命と現状の領地は保証する」


 というこちら側の使者については届いているはずだが、返事はなしのつぶて。

 そろそろ腹を決めて黒瀬城攻めの準備にとりかかる。


「誰かいるか!」

「ここに」


 俺の言葉に田原新七郎が紙と筆を持って駆けつける。

 いつのまにか傲慢なお子様という顔は消えて、有能な小姓という顔になりつつある。

 いろいろな人に揉まれて一皮剥けたという事なのだろう。

 なお、井筒女之助に告白して玉砕した事が一番の要因ではないかと思うが言わないでおく。


「大洲地蔵岳城の宇都宮豊綱殿に文を出してくれ。

 『後詰をお願いしたい』と」


 権勢をほしいままにする寵臣というものは基本有能な事務屋がなる事が多い。

 銭と手紙をコントロールする事で彼らは大名からの寵愛を受けるからだ。

 そういう意味では、田原新七郎もしっかりと田原親賢の血を引いていた。

 書かれた手紙の達筆さに感心しながら花押をつける。


「一万田鑑実!」

「はっ」

「働いてもらうぞ。

 日振島経由で法華津本城に向かえ。

 かわりに、白井胤治と十河重存殿を呼び寄せる。

 兵の再編と野に下った西園寺家の侍達の登用だ」


 今回の戦いで、俺の家は否応なく大きくなるだろう。

 その大友側の要石として大鶴宗秋から指名を受けたのが一万田鑑実である。

 今回の戦いで彼を酷使しているのは、次期筆頭家老としての功績を積ませているのだった。

 なんとなく思ったことが口に出た。


「大鶴宗秋は爺みたいなものだが、お前は叔父みたいに見えるな」


「烏帽子親が高橋殿ですからな。

 彼からも『殿をよろしく』と便りをもらっております。

 ここまで破天荒になるとは思っていませんでしたが」


 一万田鑑実は苦笑する。

 彼は一万田一族の分家として穏やかに生を終えるつもりなのだろう。

 だが、歴史は彼を戦国の舞台に引きずりあげる。

 落日の大友家を支えた柱石の一人として、そして身内の寝返りの責任をとって腹を切った悲劇の将として。

 どちらが良かったのか、それを問う資格は歴史を歪めた俺には無い。


「これからもよろしく頼む。

 俺が間違った道を進んだ時には諌めてくれ」


「でしたら奥方様たちの格好……」


「あきらめてくれ。

 俺もあきらめている」


 笑いながら会話を終わらせようとしたその時、毛利元就のカウンターその一が炸裂する。

 それは、黒瀬城から来た西園寺家の使者という形でやってきた。


「津島通顕と申す。

 大友勢は手強い相手でござった」


「大友主計助鎮成だ。

 要件をお聞かせ願おう」


 生きていたかと思いながら、天ヶ森合戦の英雄と面会する。

 こういう時にそれ相応の将を出してくるというのは、それだけ大事な事という訳だ。

 腹に力を入れて、相手の言葉を待った。

 耳に入ってきたのはある意味想定しつつも聞きたくなかった言葉である。  


「西園寺家は一条家に降伏。

 従属した為に戦が終わり申した。

 これが、一条様からの文でございます」


 大友家への降伏では無く、一条家への降伏。

 たしかに筋は通っているが、一条家が西園寺家をコントロールできるとは思えない。

 とはいえ、戦は終わったのだ。

 安堵していた所に、津島通顕が毛利元就の罠を炸裂させた。


「それに伴い、西園寺公広様は城を退去し大友殿に城を明け渡すとの事。

 退去日と受け渡しについてお話を詰めて頂きたく」


 はい?

 従属したのに何で城を明け渡す?

 その意味を理解するために書状を見て、その罠の意味に気づく。

 降伏先が一条兼定でなく、京の一条本家である一条内基になっている。

 さらに良く書状を見ると、京の西園寺本家である西園寺公朝から一条内基への荘園譲渡状だった。


「ちょっと待て!

 これを西園寺殿は承知しておられるのか!?」


 同じ西園寺家とはいえ土着化は一条家より長く、いまさら本家の言う事なんて聞くこともないだろう。

 だが、そんな甘い目論見は津島通顕のにこやかな笑みと共に崩れ去った。


「はっ。

 多くの者が野に下るとは思いますが、雇ってもらえる所があり申して。

 毛利とか」


 やられた。

 西園寺家の旧臣を毛利家は引き取るつもりなのだ。

 今の毛利家は尼子家滅亡に伴う石見・出雲・伯耆の併合に信頼できる将兵が必要だった。

 彼らはそんな信頼できてかつ使い捨てられる格好の駒という訳だ。

 で、大友と毛利がぶつかった時、彼らを南予に送り込むと。

 まだそこまでは分かる。

 この罠のやっかいな所は、一条家内紛をこれでもかと煽っている所にある。

 一条家本家と土佐一条家の関係は現在凄く危ういバランスにある。

 具体的に言うと、本家一条内基の今の官位が正三位権大納言に対して、一条兼定は従三位と格的には一つしか違わない。

 まだこれは本家だからこその荒業で、一時期は一条兼定の方が一条内基より上だった事がある。

 そのあたりから、一条家の本家分家争いのドロドロさが見て取れる。

 話がそれたが、この書状に従う場合、西園寺領の併合は多分平穏に行われるだろう。

 だが、確実に土佐一条家との関係にヒビが入る。

 さらに厄介なのは、今まで西園寺領を統治していた侍連中がのきなみ野に下る事だ。

 それはこの地の行政組織を一から立ち上げないといけない事を意味する。

 つまり、猫城や和泉守護代とは違って、丸投げができない。

 最低でも三年、無理しても一年はこの地に留まらないと、行政が崩壊して一揆が頻発してしまう。

 ああ。腹立たしい。

 あまりの手際の良さに感心すらしたくなるのは、西園寺公朝に恩を売っている所だ。

 彼は左大臣の地位にある朝廷の代表者の一人で、京での影響力確保にうってつけの人材だ。

 目眩がするのを我慢しながら、返事を後日にと先送りして奥に引っ込む。

 そして、目の前の壁を思いっきり拳で叩きつけた。


「八郎!

 手が……っ!」


 有明の声もどこか遠くに聞こえる。

 それぐらい俺は罠にハマったことに怒り狂っていた。


「畜生!

 してやられた。

 毛利元就は西園寺十万石で損切りしやがった……!!」


 手の痛みとか滲む血とかどうでもいいぐらい頭に血がのぼっている。

 たしかに安国寺恵瓊が京でうろついていたのは聞いていたが、こういう絡め手を仕掛けてくるとは。

 しかも、俺が九州の主戦線に絡めず、畿内の幕府や朝廷に関与できないなら、西園寺十万石は安いと踏んだ訳だ。

 しかもただでくれてやる訳ではなく、土佐一条家との離間策つきで。


「奥に皆を集めてくれ。

 すぐにだ!」


 早急に対策を立てねばと焦りながら、俺は井筒女之助を走らせる。

 だが、毛利元就の次の手はそれよりも早かった。


「殿。

 お客様がいらっしゃっていますが?

 すごい美人が」


 田中久兵衛のやっかみ声も俺の顔を見て小さくなる。

 そのまま手に薬を塗っている有明に尋ねた。 


「お前が呼ぶとは思えないな。

 果心が呼んだのか?」


「あの人も、この手の人を入れる時は八郎に一声かけるわよ」


「あ。

 その客人から言付を。

 『阿波での障子越しの逢瀬は楽しかった』と」


 有明の顔がじと目になるが俺はそれどころではなかった。

 思い当たるフシはあるが、それが何を意味するのか考えたくなかったからだ。

 かくして、毛利元就の次の手となった小少将は俺達の前に姿を表した。



 ツヤツヤのテカテカで。



「亡き三好豊前守の妻、小少将と申します。

 主計助様のお力にすがりたく……」


 妖艶極まる牝の臭いを醸す小少将に見向きもせずに、俺は額に包帯が巻かれた手を当てて天井を眺める。

 その声がどこか寂しく聞こえたのは、その事実を認めたくなかったからだろう。


「田中久兵衛、田原新七郎。

 八幡浜と喜木津に人をやって噂話を集めろ。

 阿波三好家で謀反が発生した」


「!」

「承知」


 呆然とする田原新七郎が即座に動いた田中久兵衛の後を追って出てゆく。

 小少将の言葉の意味を理解した果心も少しだけ故人の事を思って目を閉じる。


「まずは詳細を。

 そうでなければ話ができませぬ」


 無駄に色っぽい小少将の話をまとめるとこうなる。

 阿波守護細川真之が篠原自遁に唆されて篠原長房を粛清。

 三好義賢が篠原自遁を処分しようとした所、細川真之が三好義賢を呼び出して手の者が刺殺。

 三好義賢は覚悟していたらしく、小少将をこの時点で逃したらしい。

 そのまま、佐伯水軍が運営する弁才船を捕まえてここにやってきたという訳だ。


「こちらが主計助様あてにと豊前守様が書かれた文でございます」


 その書状には己の子供ゆえに手が打てなかった懺悔と、かつての主君を殺した後悔が綴られていたがそこは割愛しよう。

 重要なのはただ一つだけ。

 この謀反、阿波守護細川真之の粛清劇では終わらず、その正当性を誇示するために阿波に残っていた足利義助を担ぎ出していた。

 次期公方候補で現公方足利義栄の体調が思わしくない中、これが許されると踏んだ。

 いや、囁いたやつが居ると三好義賢は書状に書き残していた。

 篠原自遁ではないのだろう。

 そんな謀略をかましてくれるチート野郎に俺は心当たりがあった。いやな事に。


「十河殿をこちらに呼び寄せる。

 阿波の混乱で入ってもらうのは確定だが、情報が足りぬ。

 下手に土佐に置いて襲われたらどうにもならぬ」


「ただちに使いを!」


 果心が立ち上がって部屋から出てゆく。

 それを見ながら、小少将は彼女にとっての本題を切り出した。


「わたくし、今や己が身一つしか無いのですが、この体でよろしければ大友殿に捧げますわ。

 ですからどうか仇を……」


「小少将殿。

 ここに来るまで、何人男を食べましたか?」


 誰が見ても分かる小芝居をあっさりと止めて、小少将は本音をぶっちゃける。

 それがかえって背筋に悪寒を走らせた。


「あはっ♥

 私、貴方に惚れましたのよ。

 一晩で三人も相手にするその精力に。

 私をそれで溶かしてくださいませ♥」


 ここまで自分本位だと清々しいものがある。

 とはいえこれに手を出すほど俺も馬鹿ではない。

 なお頭と下半身は別物とだけ付け加えておく。


「弁才船には二十人ほど男衆が乗っているけど、阿波からここまで数日かかるから……」

「あれ多分全員食べているわよ。

 そして、食べきったと」

「……」


 おい。スタイリッシュ遊女と白拍子。

 スタイリッシュ女武者にそんな知識教えるんじゃない。

 彼女真っ赤になってうつむいているじゃないか。

 あと三人共俺の股間を見るな。体と頭は別物なんだ。お願いだから。


「こちらで御身をお預かりすることについては異存はございません。

 ですが、俺は四人に増えた奥で手一杯ですので男漁りは別の所でどうぞ」


「嬉しい。

 全部食べて良いのですね♪」


 いやそうじゃない。




 毛利元就最後の一撃は、その日の夜に最後の早船に乗って現れた長宗我部元親である。

 聞くと軍勢を連れて遅れるより一刻も早く俺の耳に入れたかったという事で、その重要度が分かる。

 宿毛まで馬を飛ばし、そこから早船を乗り継いだ彼は、その情報を口に出した。




「水心の実家石谷家よりの急報です。

 堺大樹足利義維様の手勢が興福寺を襲撃。

 一乗院覚慶様は和田惟政の手を借りて逃亡。

 三好亜相様はたいそうお怒りになられ、京は一触即発の事態になっているそうです」




 一条家が狙われる。

 これはある程度読んでいた。


 阿波三好家の内乱。

 これも最悪だが想定していた。


 だが、これは読めなかった。

 というか、読める方がおかしい。


 石谷家からの情報を元にした長宗我部元親の話はこうだ。

 三好義賢粛清の急報は翌日には畿内の三好中枢部に届き、厳重な箝口令が敷かれたらしい。

 その理由は阿波守護細川真之の旗印になっていた足利義助の存在だ。

 公表して討伐したら足利義助にも傷がつく。

 三好家は淡路に居た安宅冬康を大将にしてこの乱の鎮圧を命じ、秘密裏に万一に備えて将軍候補の確保に入ろうとした。

 それが興福寺に居た一乗院覚慶こと、後の足利義昭である。

 この動きに激怒したのが堺大樹足利義維。

 一乗院覚慶の確保が確認できたら、足利義助ごと細川真之を討伐しかねないと恐れたのである。

 運悪く、俺から始まった幕府への地方武家の奉公による直轄兵力の拡大は、興福寺襲撃程度の兵力を捻出できていた。

 足利義維の命による興福寺襲撃は、興福寺確保に走った三好家手勢とぶつかり衝突。合戦が発生。

 三好長慶の激怒というのはこれに起因しているらしい。

 一方、興福寺襲撃において身の危険を察した一乗院覚慶は逃亡。

 足利義輝に仕えていた和田惟政の手を借りて彼の領地である近江国甲賀に逃亡したという。

 近江国の現在の支配者は織田信長だ。

 一番渡してはいけない人物に一番渡したくない旗印が転がり込んだ事になる。


「一応毛利殿の文には、大友殿の心を折れと書いているので……もしかして折れてます?」


 いつの間にか、毛利と文のやり取りしていたのかよ。長宗我部元親よ。

 史実でもやっていたらしいから腹も立たないが、かわいくテヘペロみたいな顔をしないでくれ。

 昼間の肉食系ビッチと違って萌えるから。その顔は。


「それはもう笑うしかないぐらいにぽっきりと」


 二人して笑う。

 笑うしか無いのだ。

 何しろ二人共勝っているのだから。

 毛利元就に勝ちを譲られたのだから。

 長宗我部元親は一条家の内紛に介入してもいいし、阿波の混乱に乗じて安芸家に喧嘩をふっかけてもいい。

 何しろ俺という頼れる人間が居る。

 俺は俺で西園寺家十万石征服という大勝利が確定されてしまった。

 その結果としての南予拘束といろいろな厄介事を見なければだが。

 俺の間違いは史実にこだわり続けた事だ。

 尼子滅亡の後に毛利は九州に上がったので、それに向けて色々手を打ったつもりだった。

 だが、毛利からすれば対毛利メタを張っている九州より、俺が居なくなった畿内の朝廷や幕府対策の方を優先させたのだろう。

 毛利元就の寿命があるうちに、幸鶴丸こと毛利輝元への円滑な家督継承を狙って。

 その為に、大友の影響力が強い現三好政権をぶち壊した。  



 読めるか!!!!!



「一応、心を折るための台詞用意したんですけど聞きます?」


「敗軍の追い討ちは武家功績稼ぎの場。

 覚悟しましょう」


 姿勢を正した俺に、長宗我部元親は姿勢を正して笑顔を作ってその言葉を口にした。

 ああ。

 この言葉は心が折れる。


「これを蹴ったら、私が敵に回りますよ♪」




 後日談その一


「ご主人ずるい!

 僕ってのがありながら、あんなのといちゃいちゃして!!」


 長宗我部元親と笑いあった翌日。

 盛大に嫉妬する僕っ娘くノ一をなだめる為に、しばらく頭なでなでをする羽目に。

 それを見ていた女衆も「ずるい!」と言い出して結局全員の頭をなでなでする羽目に。

 なお、全員の中にしっかりと小少将が入っている事も付け加えておく。

 その為に貴重な一日を失う事になった。

 おのれ毛利!




 後日談その二


 長宗我部元親との政治的会談なのだが、またも単身お忍び旅行なので報復にと水心にチクった。

 彼の恨み言と惚気が書かれた抗議文がやってきたのはそれから数週間後の事である。

 ざまぁ。

西園寺公朝 さいおんじ きんとも

和田惟政  わだ これまさ

足利義昭  あしかが よしあき

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