南予戦役 その1 【地図あり】
南予遠征の陣立が固まる。
肥前の騒動が短期間で終結し、久々の大規模遠征という事もあって豊後の国人衆の鼻息が荒いが、それを追い返しつつの陣立である。
南予後詰軍
総大将 大友鎮成 (有明・明月・果心・井筒女之助・田中久兵衛・田原新七郎)
馬廻 小野鎮幸 五百
豊後衆 家老 大鶴宗秋 千
雄城長房 千
吉弘鎮理 千
一万田鑑実 千
浪人衆 十河重存 五百
白井胤治 五百
戦目付 朽網鑑康 千
合計 六千五百
増えた分は、押し付けられた分と言ったほうがいい。
豊後での名家になる雄城家や吉弘家や一万田家は、実家筋から主力を持ってきている力の入れようである。
で、どうしても断れない筋を馬廻と大鶴宗秋の陣に入れ、さらにそこから漏れた連中を浪人衆として編成し白井胤治に任せることにした。
ここで志願したのが十河重存である。
「四国の戦でただ見ていただけでは笑われまする。
どうか浪人衆の一隊を任せてもらいたい」
断ると角が立つし、かといって浪人衆なんて怪しげな連中に十河重存の身を守らせるなんてしたくはない。
その為、土佐経由で阿波の三好義賢に連絡をとって、急遽十河家の郎党を連れて来てもらうことに。
そのあたりを兼ねて、彼の四国上陸は最後になる予定である。
一方、今回の戦いにおける戦目付である朽網鑑康は自ら志願したらしいが、その理由は彼の兄が入田親誠という事に他ならない。
朽網鑑康は次男ゆえに朽網親満の乱で粛清された朽網家に養子に行き、それで大友二階崩れの粛清を免れた過去を持つ。
それゆえ、冷遇された入田義実を猫城代に抜擢した俺に恩義を感じての志願だそうな。
つまり、何かやらかしても朽網鑑康は目をつぶるし、それを大友宗麟以下加判衆は黙認するというメッセージなのだ。
感謝すると同時に、組織上の致命的欠陥を目の当たりにして頭が痛くなるが見なかった事にしよう。
話がそれた。
これらの軍勢に加えて、水軍衆が制海権確保のために出撃する事になる。
水軍衆 佐伯惟教 安宅船一隻、関船十隻、小早船五十隻 弁才船十隻
若林鎮興 安宅船一隻、関船十隻、小早船五十隻
田原お蝶 安宅船一隻、関船十隻、小早船五十隻 末次船一隻 弁才船十隻
火山神九郎 末次船五隻、弁才船十隻
人数すくなくね?
なんて考えているそこの貴方。
今から船の乗員を言うので覚悟するように。
安宅船 水夫八十人 兵士六十人
関船 水夫四十人 兵士四十人
小早 水夫二十人 兵士十人
弁才船 水夫二十人 乗員可能人数 百人
末次船 水夫百人 乗員可能人数 二百人
という訳で、水軍衆の人員を計算してみよう。
水軍衆 佐伯惟教 二千五百
若林鎮興 二千五百
田原お蝶 三千
火山神九郎 千
人数が多めなのは、交代要員込みだからである。
また、制海権奪取後は戦闘要員がいらなくなるから、その分は兵士や物資兵糧を運んでもらうことになる。
という訳で、お待ちかねの出陣兵力だ。
合計 一万五千五百
府内が戦の空気に酔うのも無理は無い。
それだけの兵が動き、それだけの物資が動くのだ。
という事は、しくじったらいいダメージが大友家に入ることを意味する。
おっと忘れていた。
現在既に合戦を行っている一条軍の情報も足しておこう。
一条軍
総大将 津野定勝 二千
家老 土居宗珊 千
長宗我部元親 千
安芸国虎 千
合計 五千
総兵力 二万五百
西園寺家十万石相当の領土を得るために、動員する兵数が二万を超えるというこの大出費。
しかも、上陸する兵数は6500だから、一条軍と合わせて一万というこの救いの無さ。
なお、この戦の最中に兵站に使う船の為に交易収支が落ちる事も付け加えると、
「この戦しなくてよくね?」
と言いたくなるのを我慢する。
勝っても赤字確定。
負けたら大赤字確定である。
それでも多くの武士達は、土地を求めてこの不毛な収支の戦を全国で繰り広げている。
それは大友家も例外ではない。
この大赤字の南予の領地を使って九州内の領地整理のスペースを作らないと、対毛利戦時の国人衆寝返りで致命傷を受けかねないのだ。
そして、この赤字でも毛利が後詰に来てくれたら、毛利の財務状況にさらなる一撃を加えられる。
銭で毛利の足を縛れる可能性がある以上、この赤字は必要経費なのだ。
「壮観だな」
現在府内港に停泊しているのは、浦部衆の船団と火山神九郎が率いる船団である。
戦そのものは既に始まっていた。
佐田岬半島の国人衆の調略を若林鎮興が行いつつ毛利水軍を警戒し、佐伯惟教は先陣として吉弘鎮理の手勢を護衛付きで土佐宿毛に送り届けているはずだ。
で、問題はこの府内の船団である。
「さて。
何処に使うかな……」
候補はいくつかある。
その一は弁才船と末次船を待機させての西園寺家水軍衆の撃滅。
西園寺家水軍衆の規模は関船二十隻、小早船百隻ぐらいと見積もられている。
戦えば潰せるが、輸送船団の邪魔をする規模の戦力なので早く潰してしまうにこした事は無い。
そして、西園寺水軍に決戦を強要する為には、どうしても伊予に拠点を作る必要があった。
その候補地は二つ。
一つは佐田岬半島。
もう一つは、古より海賊島として名高い日振島である。
佐田岬半島を拠点にする場合、距離が近いのと陸路で八幡浜を狙えるというのがある。
もちろんデメリットもあって、細長い佐田岬半島での戦闘だと寡兵で守られるというのと、毛利軍勢力圏に佐田岬半島北側は入っているので毛利水軍が出てくると途端に泥沼になる。
一方、日振島は佐田岬半島南側の宇和海の島なのでそういう問題はないが、日振島制圧、西園寺水軍撃滅による制海権確保、豊後から後詰上陸と時間がかかるのがデメリットである。
「ここは確実に日振島で行くか。
誰か。
田原殿を呼んできてくれ!」
「呼びましたか?
御曹司」
「ああ……」
うん。
このパターンまただよ。
スタイリッシュ女武者のお蝶がそこに居た。
そのでかい胸を陣羽織だけで隠して前は褌ときたもんだ。
そこにしびれる憧れない。
「これぐらいしないと、奥の方に負けるので」
お蝶の一言に視線をそらすスタイリッシュ歩き巫女とスタイリッシュ遊女とスタイリッシュ白拍子のお三方。
一応自覚はあるらしい。
だが、彼女の色気はそこではない。
太ももである。
海の上ゆえ身軽を信条にした程よく焼けた褐色の生足。
初めてあった時とは全く違う健康的なエロスに満ちた肢体を惜しげも無く晒していた。
「ご安心を。
戦の最中でもできるように船を仕立てましたから。
ぜひ御曹司御座船としてお使いください。
奥の方もご一緒に」
ちょっと待て田原家。
まさか、あの一隻の末次船はその為に用意したのか?
その財力の無駄遣いに本気度が透けて見える。
「つかぬことを聞くが、田原は戦をどう考えているのだ?」
「御曹司から子種をえることが全てですが何か?」
ここまでストレートにぶっちゃけられると笑いしか出てこない。
つまり、彼女が率いる浦部衆三千は彼女の持参金であり、船団全てが沈められても彼女のお腹に俺の種が実るのならば、田原の勝利であり、大友の勝利であると。
ここまで政治全振りでやってくるとは思わなかった。
「……まあ、末次船は動く御殿であり、動く城塞でもあるからなぁ……」
「瀬戸内で使うには大きすぎます。
いかがですか?
我が田原の本気は」
にっこりと可憐に笑うお蝶に、言おうとした言葉を飲み込んでただ笑顔を返す。
そんなの見せつけるから、大友宗家から警戒されるんだよと。
なお、飲み込んだ理由はその言葉がそのままブーメランになって己に跳ね返るからである。
「日振島を攻めてくれ」
「かしこまりました。
船大将として御曹司に勝利の報告をお届けしましょう」
もちろん全力で止めたのは言うまでもない。
日振島をめぐる大友水軍と西園寺水軍の戦いは、激しい海戦の結果大友水軍の勝利に終わった。
船大将であるお蝶を置いてきたにもかかわらず副将岐部鑑泰率いる浦部衆は奮闘し、法華津前延率いる西園寺水軍の関船全部と小早七十八隻を沈めて日振島を占領したのである。
その分損害も大きく、一隻しかない安宅船を沈められた他に、関船五隻、小早八隻を沈められている。
法華津前延は取り逃がしたが残った船で組織的抵抗をするには無理があり、豊後からの輸送はある程度の護衛をつければほぼ届く状況になったのである。
南予の戦はいよいよ陸の戦に移ろうとしていた。
日振島沖海戦
大友軍 岐部鑑泰 安宅船一隻、関船十隻、小早船五十隻
西園寺軍 法華津前延 関船二十隻、小早船百隻
損害
大友軍 安宅船一隻、関船五隻、小早船八隻
西園寺軍 関船二十隻、小早船七十八隻
主人公の関わらない戦闘に揺らぎを持たせるためにサイコロを振ってみた。
意外性とそこからのつじつま合わせが思った以上に楽しいので、少しずつ導入する予定。
朽網鑑康 くたみ あきやす
岐部鑑泰 きべ あきやす
法華津前延 ほけづ さきのぶ