戦国ガチャ SレアとSSSレア
せっかく博多に居るので、買い物でもしようかと考える。
で、女性陣を連れて買い物をする事にした。
さて、ここで言う買い物というのは日常品や武具などではなく、南蛮交易および大陸交易の拠点である博多でしか手に入らないものである。
銭はあるから適当に漁る事にしよう。
滞在先の神屋の番頭を連れての倉見物。
権力と銭の力は偉大である。
「朝鮮からは何が来ているんだ?」
俺の質問に番頭が朝鮮交易の蔵を開ける。
積まれた荷が神屋の力を物語っていた。
「食料や朝鮮人参あとは磁器ですね」
永禄の飢饉の際に博多が飢えなかった理由の一つである。
なお、銭で朝鮮の食料を買い取った結果、半島側も大飢饉に見舞われたらしい。
少なくとも、博多では食料は買ってくるものという認識があるという証拠である。
半島から輸出された米・麦・大豆は貴重な食料供給源として、倭寇経由でこの地に運び込まれていた。
それは肥前大乱で博多への食料供給ルートが脅かされた為に、高値でも買ってきた価値ある不良債権とも言えよう。
「飢饉だけは怖いからなぁ。
買えるならば大陸からも買うか」
「戦の規模が大きくなってきていますからな。
うちを含めた大店はそれを見越しつつあります」
戦国大名の出現と合戦の常態化、そして天候不順による食料確保の必要性によって消費地である都市は同時に食料集積地としての側面を出すようになってくる。
彼らはよそから食料を買わないと飢える為、その交易については安全保障とも絡んで大名に物が言える武器にもなろうとしていたのである。
大名は兵糧確保のためにも彼ら商人の力を必要とし、その力を警戒する羽目に陥る。
という訳で、俺は軽いジャブを神屋の番頭にぶつける事にした。
「この蔵の食料を買い取りたい。
問題はないだろう?」
「えっ?
いや、そのぉ……」
言いよどむ番頭。
ビンゴである。
「大枚はたいて買ってきたのだろう。
戦も終わったし、腐らせるのも悪かろう。
市場の価格で良いなら、俺が引き取ってやるぞ」
汗だらだら。
声にも震えが出る。
この番頭はまだまだ青い。
青い俺が言えることではないが。
「申し訳ございませぬ。
既に買い手が決まっておりまして」
「何だ。
これは出雲に持って行く荷だったのか」
「……」
絶句する神屋の番頭に俺は苦笑しつつも同情する。
万一に備えて高値で確保した食料だが、兵糧として毛利に売れば元は取れるという訳だ。
さすが商人である。
「安心しろ。
豊後にこの話はするつもりはないよ」
明らかにほっとした後に青ざめる神屋の番頭。
そりゃそうだろう。
黙っている代わりに、いろいろまけてくれと暗に言っているのだから。
「御曹司がお求めなのは、朝鮮人参や磁器でございますか?」
万能薬である朝鮮人参はそれゆえにえらく高価だったりするが、正直買う物を決めていなかったりする。
だが、果心が俺に一言。
「閨で使う薬に使いたいので、朝鮮人参はぜひお求めに」
うわ。
番頭の視線が痛い。
そりゃ、毎夜毎夜女を三人閨に入れてご乱交は隠してないからわかるが、指摘されないからこそ視線がすごく物を言っている。
「お買い上げありがとうございます」
なんか一矢報いた感じのどや顔番頭を放置して今度は別の蔵の中を物色する。
今度の蔵は南蛮交易の蔵で見た目が華やかなことこの上ない。
「何かお気にめす物はありましたでしょうか?」
「いろいろ気に入ったものがあるがさすがにこの蔵全部買い取ったら……うおっ!」
言葉が止まったのは、蔵から出た俺の前に現れた四足の動物のおかげである。
そいつは角で俺を威嚇しながら鳴き声をあげた。
「めー!」
「何これ?」
「害はなさそうですが……」
「見たことはないわね」
「大きい!」
女性陣の感想を一通り聴き終えた神屋の番頭が商品の説明をする。
まあ、俺はこの商品鳴き声でわかったんだが。
「山羊ともうします。
大陸の方から渡ってきた家畜で、琉球などではこの肉を焼いて食べたりするとの事。
我らは神仏の教えから食べる事はしないのですがね。
これを南蛮人達が求めるのですよ」
あっ。
なんとなく察した。
だが、知らない女性陣はその察しを理解できない。
「ねぇ。
どうして南蛮人達はこれを買うの?」
聞いてきたのはよりにもよって男の娘だった。
さすがに番頭が可哀想になったので、俺から説明することにする。
「南蛮人達の船旅は数年がかりの旅だ。
で、その間船で女日照りが続くと、争いの元になるだろう。
こいつは、その時に女の代わりをするのさ」
「……///」
「……///」
「……///」
何赤くなっている。遊女二人。
あと神屋の番頭。お前も赤くなるんじゃない。
知らなかったのか?
「せっかくだ。
これもつがいを数頭ずつもらおうか」
「!」
「!」
「!」
「!」
なぜ驚く。
有明に明月に井筒女之助よ。
あとついでに神屋の番頭も。
「……先に言っておくが、これを女の代わりにするなんて事は微塵も考えていないからな」
「そうだよ!
いざとなったら僕を使うからこんな畜生の出番はないんだよ!」
とりあえず、男の娘の妄言は放置して俺は山羊の効能を説明する。
この時期によくぞやってきたという感じの家畜なのだ。こいつは。
「こいつは基本何でも食べる。
雑草や木の根とかでも大丈夫だ。
それで、肉もそうだが、乳が出るのでその乳が栄養になる。
さらにこいつの毛は着物にできるし、革も使い道が多い。
まぁ、大量に育てると山や森が荒れるという事もあるが、きちんと数を抑えて育てるならば山奥の村の大事な収入になる」
俺は山羊を撫でながら説明を続ける。
既に猫城にはこれを育てる場所を用意しようと心に決めていた。
「で、この大きさだ。
そこそこの物が運べる。
真面目に民百姓の暮らしが変わるぞ。
牛や馬を使える農家にはいらんだろうが、その下の連中の生活が大きく変わるんだ」
たかが山羊と侮るなかれ。
そこそこの山々に覆われているこの国において、貧困農家を救える家畜なのだから。
そこまで説明して、俺は神屋の番頭に大規模ビジネスを持ちかけることにした。
「どうだ。
ここまで説明したらこれが大儲けの種だというのは理解しただろう。
全部俺が引き取ってもいい。
この山羊を大規模に大陸から持ってこれないか?」
「昼間は番頭に勉強させて頂いたようで」
その日の夜。
大規模ビジネス提案なので、トップとの会談という訳で神屋紹策との宴席である。
なれたもので、有明・果心・井筒女之助が着飾った遊女姿で神屋側要人の接待中。
明月は裏方で、神屋側要人につける遊女の手配をしてもらっていた。
「何、知っていたことを話したまでさ。
長く太宰府に居たからな。
書物を読む時間だけはあった」
盃を交わしながら互いの隙を窺う。
先手を切ったのは神屋紹策だった。
「御曹司の話が本当だとして、そのような優れた家畜は万民に届けるべきかと」
要するに、
「戦略物資として大友家に囲い込みをせずに、他の大名家、特に毛利家に流しても良いよね?」
という確認である。
まあ、拒否しても良いのだがこの手の話は必ず漏れるし、そもそも入手先の神屋が毛利とつながっている。
こういう所では派手に恩を売っておくことにしよう。
「そうだな。
俺も畿内で仁将なんて呼ばれた身だ。
九州でもそれぐらいの良きことはすべきだろうよ」
流してもいいが、かわりに俺の名を売るのに協力しろという条件を提示する。
この手の名売りは大名家からの警戒を買うが、民からの支持を得られて大名家への徳として認識される。
粛清の危険は少し下がったが、だからといって警戒を緩めるほどではない。
「さすがですな。
九州の民も、御曹司のことを仁将として認識するでしょうな」
取引成立である。
そして、優れた商人というのは一つのビジネスを一つの会談で片付けたりしない。
複数の案件を一括して片付けようとする。
「御曹司に一つ、ご相談したい事があるのですが……」
ほらきた。
どんな提案が来るかと思ったら、思った以上の大商談のお誘いだった。
「博多に南蛮船がやってくるようになって、博多の商人達が競ってその船を模した船を作っているのはご存知でしょう。
山羊の件もそうなのですが、とにかく大陸から荷を運ぶには大きな船が足りませぬ。
よろしければ、一口お乗りになりませぬか?」
なるほど。
銭はあるがだからと言って俺に声をかける理由……
「堺か」
「はい」
大陸交易および南蛮交易をこちらから行う場合、末次船や荒木船みたいなジャンク船やガレオン船の技術やデザインを融合させた独自の和船が必要になる。
その和船の航続距離は大陸交易前提だから、寄港地は必要だがおそろしく長くなる。
つまり、大陸南部から琉球経由の堺という黒潮ルートがそのまま使えるのだ。
そして、俺はその交易ルートの終点である堺から大規模消費地である京に絶大な影響力がある。
毛利に媚を売りながら大友にも近づく。
これぞ博多商人の真骨頂だろう。
「構わんぞ。
芦屋を港にしている水軍将に伝がある。
船を増やして彼らを使おう」
ついでだ。
船を増やすのだから、少し宝探しでもしてみるか。
「ならば、一つ探してほしい物がある」
「何でしょうか?」
山羊がSレアならば、今から俺が言うのはSSSレアのお宝である。
銭に任せて当たりが出るとは限らないあたりガチャみたいなものだが、回せるのはおそらく博多か堺しか無理だろう。
「食い物だ。
大陸の南や呂宋あたりで栽培されている芋なんだが……飢饉に強いらしい」
「ほぅ……」
そのSSSレアの名前は唐芋。
別名さつまいもという。
手に入れば、日本の飢饉状況を劇的に変える戦略物資。
あえてそれを俺は神屋に晒すことにした。
「隠して探せば、もうけも独り占めでしょうに?」
「俺が商人で、船に乗って呂宋に行けたら話は別さ。
だが、行くにはちと身分が重くなっちまった」
山羊とさつまいもの普及がどれだけ西日本の飢餓を改善できるか分からない。
だが、その改善は確実に歴史を変える。
少なくとも食えないから戦をするという理由は減る。
その希望的観測でも、現状の合戦リスクを下げるのならば俺にとっては美味しい取引だ。
せっかくだから釘も刺しておくか。
「蔵に眠っていた食料を買おうとして、先に買い手がいると断られたよ。
出雲に運ぶらしいが、あっちはどうなっているんだろうな?」
「尼子は風前の灯らしく。
あの尼子が滅ぶとは思いもしませんでしたとも」
大内・大友・少弐・尼子。
西日本の戦乱に絡んでいた守護大名達も残るは大友のみ。
史実では大友すら戦国の世と共に歴史に消える事になる。
そんな感慨を酒とともに飲み干して、神屋紹策にさらなる情報を求める。
「で、どこまで話せる?」
「尼子家重臣宇山久兼殿が当主尼子義久殿によってお手打ちされたとか」
月山富田城の戦いは尼子家の士気崩壊が博多にまで届くまでの状況になっていた。
おそらく、もう毛利の優勢は動かない。
尼子の敗北の後に毛利が攻めてくるのは確定。
結局、毛利元就の思うがまま、俺は尼子戦に関与できずに尼子滅亡を傍観する羽目になった。
「商いが続いて良いじゃないか」
「御曹司こそ。
伊予の戦の話はここにも届いております。
既に一条家は伊予に侵攻し、西園寺家と激しく戦っているとか。
それに参加なさるのでしょう」
第二戦線構築すら関与できなかった。
まだ絡めはするが、戦略的には俺の負けだ。
「まあな。
俺も神屋殿も商売が忙しくて良い事じゃないか」
「山羊とその芋の件。
たしかにお引き受けしましょう」
「結局、私達って何しに来たのかしらね?」
その日の夜。
有明の指摘にたまらず俺は笑い転げる。
全くそのとおりだ。
ネームドチートの影に怯え、それに最大限の警戒をした結果大前提の戦略行動の策定を忘れ、国人衆達の動きに翻弄されて博多くんだりまで出向いただけに終わったのだから。
「ちょっと、どうしたのよ?
八郎?」
「八郎様。
何かそんなに面白かったので?」
「私にもさっぱり……」
そんな間抜けな動きをした俺を毛利元就が、竜造寺隆信が、鍋島信生が見逃す訳がなかった。
俺は、負けるべくして負けたのだ。
それをはっきりと認識できたのだから。
最後の部分は『肥前大乱 あとしまつ』の最後に移すかもしれません。