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邪魔な駒の取り除き方 (謀将編)

 新公方足利義栄の治世の始まりは順調そうに見えた。

 裏で彼を操る三好長慶と織田信長という二人が対立する気配を見せていないからだ。

 三好家は畿内の統治に時間を欲していたし、織田家は信濃を支配する武田家が第五次川中島合戦で敗北して弱体化した隙を突いて伊勢制圧に全力を傾けていたのだ。

 だが、その治世が長くないという事も畿内の人々はうっすらと感じていたのである。

 彼が病弱であるというのは隠す事ができずに人々の耳に入っていたし、長く幕府を見続けていた公家や京の町衆は二人の実力者が並び立つという事が無いと分かっていたからだ。

 だからこそ、ひっそりと闇で囁かれる噂は次の二つに絞られる。


 次の将軍は誰がなるのか?

 次の将軍を織田信長は推すのか?


 そんな闇の囁きとは関係ない場所で、想定外の火がつくことになった。

 場所は因幡国。

 武田高信の幕府への降伏だった。


 武田高信は山陰における下克上の申し子である。

 山名家の客将から因幡国一国を切り取った乱世の梟雄だが、その背景には尼子家弱体化を狙った毛利家の支援があった。

 だが、尼子との戦いの長期化と畿内の政情から毛利家と山名家が急接近し、後ろ盾を失った武田高信はその力を急速に失いつつあったのである。

 窮した武田高信は逆転を賭けて幕府に接近した。

 彼が擁立した傀儡の守護山名豊弘が幕府に忠誠を誓い、その守護を認めてもらおうとしたのである。

 この動きに但馬国守護山名豊国は反発して、守護位を認めないようにと使者を京に送っていた。

 山名家のお家争いと下克上、それに毛利と尼子家の山陰覇権が絡んだ爆弾をどのように処理するかだけでも胃が痛くなる。

 だが、武田高信は我々の考えの上を超えた。

 使者として自身が一族郎党を連れて若狭から京に上がったのである。

 実質的な因幡放棄に周辺諸侯は誰もが唖然とし、空いた因幡に我もと群がった。

 尼子家と山名家が因幡国で合戦に及び、事態は更に変化する。

 山名家は幕府に忠誠を誓った為に、尼子家が幕府に歯向かったというロジックが成立してしまったのである。

 尼子家とて、新公方の為に挨拶のために使者を送ってはいる。

 だが、山名家はその前に使者を送って、いや、俺の若狭後詰に絡んで送らされていた。

 この手の揉め事について、挨拶を先にした方が有利になるのは言うまでもない。

 そして、就任したての新公方は舐められる訳にはいかない。

 形だけとはいえ尼子討伐令が出され、更に上洛した武田高信を奉公衆に取り立てた上で、尼子討伐軍として島津忠親や浦上政宗と共に送り出す事が決まってしまっていた。


「裏が取れました。

 武田高信の畿内滞在の費用を出していたのは九州の神屋です」


 俺の所にこの一連の動きが届いた時には既に討伐令が出された後。

 一連の事態にうろたえた尼子家が鉢屋衆を使って俺につなぎをとり、頭を抱えながら裏を調べた結果出てきたのはある意味当然とも言えた毛利元就の謀略の残滓だった。

 ここまで見事に決められると遠く離れた岸和田城では何も動くことができない。


「お仲間にもう少し速く言えと伝えておけ」


 俺の呻き声に男の娘くノ一が抗議する。

 こいつも一連の動きを知って頭を抱えたからあまり強く言えなかったりするのだが。


「無茶言わないでよ!

 ご主人の所にこうやって繋ぎをつけるのだって苦労しているんだからね!!」


 この時代当たり前なのだが、情報が即座に届くなんてことがないので、その伝達と妨害に多くの間者組織は力を注いでいる。

 そんな間者で有名なのが忍者で、戦国時代において忍者の身分は実は低い。

 それは大名の保護を受けられないという解釈が取れるが、同時に大名の保護を受けないという解釈も成り立つ。

 果心等が良い例だが、情報という売り手産業を扱うからあえて派遣の方が都合がいいのだ。

 下手に大名の庇護を受けた場合、その大名の浮沈に組織が露骨に左右される。

 また、間者働きをする忍者の側面として、この時代の流浪の民や迫害された民という側面が見えてくる。

 だからこそ、本来彼らは大名からの誘惑を警戒するのだ。

 で、そんな連中の粛清は合戦時以外を除いて、よほどのことがないとやらないのがこの業界のルールだ。

 裏切った彼らですら取引に出してくる情報は、彼ら流浪の民唯一の武器なのだから。

 だが、この例外にある家がある。

 毛利家だ。

 忍者を率いた杉原盛重を武将として登用し、ついには城主にまでしてしまっていた。

 毛利家における諜報戦の強さはこのあたりにもある。

 毛利が繁栄している限り強気に出れるし、流浪の民達の情報の売り買いに楔を打ち込めるのだ。

 これで組織がボロボロにされたのが、尼子家に仕えた鉢屋衆である。

 鉢屋衆は尼子家が本拠地である月山富田城まで攻めこまれた時に、毛利側への寝返りを画策していた。

 持っている情報と握っているネットワークは、普通の大名家ならば十二分に取引に使えるものだからだ。

 だが、稀代の謀将である毛利元就は己が管理できない情報ネットワークを自由にさせる事の意味を十二分に分かっていた。

 この申し出を毛利元就は拒否するだけでなく、鉢屋衆を弾圧して組織をガタガタにしてしまっていた。

 毛利軍出雲撤退後に尼子家が回復が遅いのとか、武田高信の幕府への降伏からはじまった一連の仕掛けに尼子が後手に回ったのもこんな理由がある。

 瀬戸内水軍を抱えて九州と畿内を直結している毛利にくらべて、組織がガタガタになった尼子家が苦労するのはある意味仕方がない。

 もちろん、そんな時のために果心のような畿内専属の忍者を雇うなんて事もあるのだが、それでも今回の一件ひどすぎる。


「大体、武田高信がこっちにやってきたのってご主人のせいなんだからね!」

「え?

 俺??」


 井筒女之助の抗議に俺は我を忘れる。

 正直その自覚が無いので首をかしげていたら、井筒女之助が頬を膨らませてその理由を告げる。


「ご主人が畿内にいる事で地方の大名が幕府や朝廷に目をつけたんじゃない。

 尼子討伐軍の島津や浦上はその流れにいるんだよ!」


 そうだった。

 俺という見本があるが故に、地方で手に入らない幕府や朝廷というブランドを地方武家が手に入れようとしだしている。

 それをコントロールすることは一忍者組織でも不可能に近い。


「それだけでは無いですよ。

 ご主人周りで接触しようとする間者がかなり増えています」


 口を挟んだ果心の報告に、俺は眉を潜める。

 そのあたりについては果心に一任していたからだ。

 だからこそ、ここでそういう報告をするという事には何か意味がある。


「こちらで防げていますが、いくつか死体で見つかっています。

 こちらが手を出していないにも関わらずです」


「毛利か?」


「おそらく。

 雇った間者でしょう」


 流れ者や迫害された民出身の間者の場合、最終的な衝突は避ける傾向がある。

 畿内における伊賀や甲賀忍者はそんな流れにあり、もちろん殺し合いもするが避けられる殺し合いは出来る限り避けるのが彼らの流儀だ。

 合戦すら始まっていない現状で、こういう形で死体が出るというのはそれだけで異常である。

 それを意味することは一つだ。

 毛利直轄の忍者がこっちに来ているという事。


「防げるか?」


「内容によるかと」


 俺の質問に果心は解釈ができる答えを返す。

 その後の説明でその意味を知って俺は頭を抱えざるを得ない。


「御身については大丈夫でしょう。

 私も居るし、井筒女之助も居ます。

 ですが、入る情報については全て疑う必要があります」


 毛利による意図的な情報シャットアウトの可能性を果心が指摘する。

 つまり、綺麗に決められた武田高信がらみの仕掛けは、俺が介入できないようにそのあたりの情報を止められた可能性があるのだ。

 距離が遠い。

 俺がいる岸和田と幕府がある京都は五百年も経てば一日で行ける距離だ。

 だが、この時代早くて三日、下手したら五日近いタイムラグがある。

 そして事が起こっているのは、山陰の因幡国。

 全部の主導権は毛利元就が握っていた。

 ため息をつく。


「大鶴宗秋と臼杵鑑速を呼んでくれ。

 二人と相談して決める」


 井筒女之助に二人を呼びに行かせ、その後姿を見ながら果心にも告げる。


「有明と明月も呼んでくれ」


「……九州に帰るので?」


 察した果心に俺は苦笑して答える。

 元々帰らないといけない身ではあるのだ。


「また戻ってこれたらいいが、九州も悪くは無い土地だぞ」


「毛利が何かを仕掛ける必要が無いでしょうから」


 そのやり取りに果心の皮肉が浮かぶ。

 毛利元就が九州に何か仕掛ける必要が無いからだ。

 だが、それを俺は口にするつもりはなかった。




「……」

「……」


 果心及び井筒女之助の報告を受けた大鶴宗秋の顔色が真っ青になる。

 一方、さすが加判衆というべきか臼杵鑑速は顔色ひとつ変えずにその報告を聞いた。


「どっちにせよ九州に戻らねばならぬ。

 残れば毛利に好き勝手言いふられて、豊後より刺客がやってくるからな」


 俺は臼杵鑑速に尋ねる。

 彼は敵ではないが、それだけで意見が聞けるというのが大きい。


「俺が帰る際に、三つは手が欲しいと言ったな。

 あと一つ何か浮かびそうか?」


 三好長慶とのコネと商人たちを使った買収の他にあと一手何か用意しろと臼杵鑑連はアドバイスをくれた。

 だが、そのあと一手が未だ思いつかないでいた。


「一条がらみで、何か功績をと考えておりましたが、詰めが甘くきつい所ですな。

 もう少し時があれば形にできたのですが、早く畿内より出るべきかと」


 下手に残る方が悪手なのは俺も理解している。

 とはいえ、手無しで九州に戻っても粛清されるのが目に見えている。

 こういう時に有明や明月に話を振っても答えが出るわけもないので、彼女たちも黙って俺を見つめるのみ。

 一手足りないが、とりあえず土佐まで出てそこで考えるかという妥協案を考えだした時に、障子向こうから声がかけられる。


「殿。

 九州より火急の文が臼杵殿に届けられてございます」


 田中久兵衛の声に皆の顔に緊張の色が走る。

 臼杵鑑速あての火急の文となると、大友家の一大事に違いないからだ。

 下手したら、その文に俺の粛清命令が書かれているかもしれない。


「構わん。

 文を臼杵殿にお渡しせよ」


 井筒女之助が障子を開けて田中久兵衛を中に入れる。

 田中久兵衛から文を受け取った臼杵鑑速はその場にて文を読みだして、安堵の溜息を皆に聞こえるように漏らした。


「ご安心なされよ。

 烏帽子親殿からだ」  


 その一言で俺の顔が引きつる。

 臼杵鑑速は高橋鑑種が毛利元就と繋がっている事を知らない。

 疑ってはいるだろうが、高橋鑑種はその尻尾を未だ見せていない。

 そして、臼杵鑑速から見せてもらった内容は、俺が欲しかった最後の一手が記されていたのである。


「肥前不穏。

 少弐政興殿が肥前帰還の動きを見せ、竜造寺家が蠢動。

 双方の間で国人衆達の取り合いが発生。

 豊後のお屋形様にも文を送り、指示を仰ぐ所存」


 ああ。なるほど。

 こうやってきたか。毛利元就。

 少弐政興は門司合戦の裏で行われた宗像攻めで筑前に領地を得たが、彼が帰りたがっているのは肥前である。

 そして、その少弐政興を駒として使った一人が俺だった。

 肥前で戦が起きたら、その混乱と後始末に俺の責任が発生してしまう。

 帰還後豊後で即粛清では無く、この肥前不穏の責任を取らせた方が粛清の言い訳になる。

 同時に、これをうまく片付けたら生き残りの選択肢が一気に広がる。

 罠を回避した先が袋小路のようだが、このままでは詰む以上袋小路に逃れる時間そのものが貴重なものだった。

 そこまで見据えた上で、この罠を掴ませるか。毛利元就。

 その書状を見せながら俺は宣言する。


「最後の一手が手に入った。

 九州に帰るぞ」


 たとえそれが罠だと知っても、帰るしか選択肢がなかった。

 そして、その罠の構築者である毛利元就を信用する事が、現在の俺の生き残りが一番高いという事を俺は信じることにした。




 毛利元就は今俺を殺す必要がない。

 何故ならば、俺、菊池鎮成という駒は、肥後で大友家に謀反を起こさせる時にその効果を一番発揮するのだから。

 現在の毛利家の方針は九州ではなく、尼子家なのだから。

 そして、毛利元就に何度もしてやられた大友家は、それを一番警戒しているのだから。




 笑うしかない。

 味方よりも敵の打算を信用しなければならないこの戦国という時代を。

 かといって、それを嘆いて首を落とされる気はさらさらなかった。

 毛利元就が垂らした蜘蛛の糸を使って、俺は九州に帰り、生き残る為に足掻く。

 その先は見えないが足掻くしか今の俺にできる事は無かった。


「八郎」


 有明が声をかける。

 その顔を見て少しだけ落ち着く俺がいる。


「死なないさ。

 また皆でここに戻ってこよう」


 それが何の保証もない強がりなのは俺が一番良くわかっていた。

Q あの駒邪魔だな……


覇王「取り除くか、味方にするか」

謀将「別盤を用意して、そっちに移そう」




なお、今山エンドの場合ここから繋げるつもりでした。

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