平和とは戦と戦の間の時間のことである
「そこは屋敷にするから。
こっちは蔵にするんだっけ?」
「道を広くするのだろう?
誰か聞いてこい!」
「堀はどこから掘るんだ?」
岸和田城周辺は岸和田城籠城戦の際にまた荒れてしまっていた。
空堀と木盾が間に合わず隠れられると籠城戦に支障が出たので、住民を避難させた後でこちらで焼いたのである。
その為に現在復興の木槌が鳴り響いている。
ついでとばかりに街道整備にも手をつけての大規模開発に乗り出している。
籠城のためとはいえ城下町を焼くのはあまり気持ちの良いものではない。
二度としないためにも、城下町を堀と柵で囲う事を決意する。
「しかし、よく手を貸してくれましたな」
田中久兵衛と柳生宗厳を連れてその現場を見物していた俺が声をかけると、復興の監督をしていた僧が笑って返事をする。
卜半斎了珍。
貝塚御坊の地頭であり一向宗に帰依している為に僧侶姿で今回の復興を手伝っている。
「門徒に手を出さなかったお礼という訳で」
岸和田城籠城戦にて門徒に手出しをしなかった事で、この地の一向宗からの支持を得たのは統治においてプラスに作用する。
一向宗が俺の所に来て街の復興をするのならばと、周辺の国人衆が駆けつけるのもある意味自然な流れだろう。
まとめ役である沼間清成や淡輪隆重が手勢を連れて交代でやってきて復興を手伝ってくれていた。
御恩と奉公というのは逆の関係も成り立つ。
俺みたいに御恩と奉公を求めない主人に対して、奉公の押し売りをするのだ。
正確には、岸和田城籠城戦においてまったく出番のなかった国人衆達が復興によって奉公を売り、それに合わせて俺が彼らを守る理由を買うという所だろうか。
まあ、最終的には彼らの利益になるので俺も乗ることにしたが。
「何なら、街の中に寺を建ててもいいぞ。
こちらの指示に従うという条件つきだが」
俺の提案に卜半斎了珍の顔が曇る。
こちらの条件から、裏を悟ったらしい。
「失礼ですが、門徒と争うなんて事を考えておられるので?」
「人質か。
悪くない選択だが、それをして恨まれるのも損だ」
この時代の畿内は宗教勢力の争いが激しく、それぞれの宗派が互いに殺し合いをした事すらある。
それが表面的にせよ収まったのは、三好長慶の抜群の政治力によってである。
なお、堺の街は商人の町という事で日蓮宗が多いが、このあたりは本願寺のお膝元なので一向宗が多かったりする。
その為、国人衆や一向宗門徒取り込みの為の街になる以上、一向宗門徒の街になるのは仕方ないと割り切っての誘いだったりする。
「単純に街を任せようと思ったのさ。
この街を使う連中は、門徒が多いだろうからな。
銭を街に落としてくれる間は、文句は言わんさ」
岸和田城は石山本願寺と紀伊の間に位置し、陸路海路より本願寺参りの門徒が行き来している。
で、その揉め事ならば門徒間で処理した方が揉め事は少ない。
要するに、街を作ったはいいが誰がその街を維持発展するかという話で、場所代をもらってそれを一向宗に丸投げするつもり満々だったのである。
「そこまでするのでしたら、いっその事帰依すればよろしいのに」
卜半斎了珍が利を持って誘う。
一向宗門徒になったら、全部回しますよという誘いを俺は苦笑して断った。
「俺も元寺暮らしでな。
こんな世でなかったらきっと頭を丸めてお経でも読んでいただろうよ。
その義理があって、帰依まではかんべんしてくれ」
そういう会話を振れば、必然的にどこの宗派かと食いついてくる訳で。
「失礼ですが、どちらの宗派で?」
「天台宗。
筑前国大宰府、安楽寺天満宮さ」
宗派は違うが、理解はあるという殿様演出で彼らの心を掴む事に成功する。
三好長慶のように。
沼間清成が俺の方にやってくるの見て、卜半斎了珍が一礼して離れてゆく。
このあたりの宗教勢力と国人衆の関係というのも見ていて面白いものがある。
つかず離れず、そうでないとこの畿内では戦に巻き込まれかねないのだろう。
「殿。
こちらにいらっしゃいましたか」
「何だ?
問題でもあったか?」
沼間清成も、俺の事を殿と呼ぶ。
若狭後詰の功績が和泉まで轟いている証拠である。
「街の市を楽市にするそうで?」
「ああ。
ついでに楽座にもするぞ。
堺の商人達から文句でもきたか?」
楽市楽座というのは、簡単にいえばこちらに場所代さえ払えば自由に商売ができる場所を提供する政策だ。
同時に既得権益を思いっきり侵害するので、諸刃の剣になりやすい。
「それについては何も言わなかったのですが、かわりに地元の商人達が」
「なるほどな」
俺の苦笑に沼間清成は汗をかくしかない。
大都市堺の近くにあって、既得権益に縛られない新都市ができようとしているのだから、地元の商人達にとってビジネスチャンスなのだ。
うまく食い込みたいと考えるのは自然である。
さっきも言ったが、堺の商人は日蓮宗で、このあたりの商人は一向宗が多い。
そういう意味でも住み分けは大事なのだ。
「卜半斎了珍殿に街の差配を頼んだが、うまい返事はもらえなかった。
街を任せる奉行は現在募集中だ。
やる気はあるか?」
俺の誘いに沼間清成は条件をつけた。
このあたり彼が国人衆の有力者であって大名ではないと分かる。
「淡輪殿も入れてくだされ」
大名ならば全責任を負うが、儲けも総取り。
だが、こういう形での合議ならば、責任も儲けも分担である。
大乱が続く畿内にあって、彼ら国人衆は安定を欲しているのだろう。
「いいだろう。
二人で卜半斎了珍殿を説得してくれ。
それが条件だ」
「かしこまりました」
ふらふらと建設途中の街を歩いていたら、田中久兵衛がうむうむと何か納得したような顔をしている。
「どうした?
一人で何か納得しているようだが?」
「あ。いえ。
殿のその智謀の元がどこから来たのかと」
教育機関が未発達なこの時代、そもそも教育をうけるという事が特権階級である事を示していた。
そして、そんな特権階級のゴミ捨て場が宗教施設とも言えなくもない。
こうして、宗教も俗世に汚れてゆくのである。
「学問についてはそうですが、武についてはあまり熱心に学ばなかったようで」
柳生宗厳がちくりと皮肉る。
それについて俺はわざとらしく苦笑してごまかした。
「そりゃそうだろう。
俺程度の武で戦場で活躍できるとは思えんからな」
こういうやり取りの背景として、柳生宗厳が俺自身の才を惜しんでいるからに他ならない。
試しにと木刀で手合わせして、それがバレてしまったのである。
「本当に惜しいですなぁ。
小さき時より鍛えておけば、天下にその剣を轟かせたものを……」
彼にバレ、彼が惜しんだのは剣道の型である。
戦の世が終わり斬る事に特化した武士の世を経て、スポーツと化したその型は殺し合いの無作法では手にはいらない美しさを持っていたらしい。
そこに彼は、剣というものの先を見たらしい。
いい加減に覚えていた俺の型からそれを見つけるのだから、この剣豪も大概だろう。
「だが、剣を極めた公方様は戦場にて、鉄砲に討ち取られたぞ」
で、そんな彼を言いくるめるのに足利義輝の最後は実に都合が良かったり。
そんな事を言いながら、港の方に出向く。
岸和田城は海に面した城であり、当然港の設備を作っている。
その港も街と繋げて商売に使おうと考えていた。
「これは殿」
「構わん。
作業を続けてくれ」
頭を下げようとした淡輪隆重を手で制す。
今、やっているのは船溜まりと呼ばれる船着場の拡大と船掛場と呼ばれる造船施設の確保である。
俺には佐伯惟教という自前の水軍衆が居て、土佐経由で九州と繋がっている。
そのルートだけでもそこそこ上りがあるのだが、紀伊からの一向宗巡礼を取り込むならばそれで食っている淡輪隆重にも分け前を上げなければならないというわけだ。
「で、どんな感じだ?」
「紀伊から人を乗せて本願寺へ。
帰りは堺に寄って物を運ぶが基本になるかと。
蔵は確実に使われるかと」
特に堺帰りの船は貴重品が多い。
具体的に言うと、鉄砲とその製造の為の物資だ。
この時期の紀伊は、雑賀衆や根来衆によって鉄砲製造をはじめとした工業が発達していたのである。
そういうものの流れの間に岸和田城はある。
蔵を建てて物の流れを管理できるならば、堺と紀伊双方にありがたられるだろう。
「まあ、堺に泊められぬ船が引っ張れれば御の字ではあるが」
「それよりも漁港として魚が手に入るのが大きいのでは?」
堺という消費地が近くにあるから、それに特化して魚や塩を堺に売るという訳だ。
手堅い商売というのも大きい。
船溜まりで船が嵐を避けられるし、船掛場での船の建造と修理は近隣水軍衆からの需要を取り込める。
船建造に使う木材はもちろん紀伊や土佐経由で船で運ばれる事になる。
「正直、港の確保には困っておりましたからな。
殿には足を向けて寝れませぬ」
岸和田城ぐらいの規模の城だとここまでの事ができる。
それをする資金と時間が与えられるならば。
まあ、俺でもこの城について手をつけていない場所がある。
防御施設とかだ。
守りを固める前に、まずは収入を。
その収入自体が国人衆に還元される限り、どんな守りよりも強力に働くだろうと確信しての岸和田城復興政策である。
「ところで殿。
沼間殿と話したのですが、国人衆達から娘を城にて働かせたいとの申し出が」
淡輪隆重が切り出した提案に俺はげんなりとする。
人質であり、俺に抱かれて親族扱い狙いの下心ありが見え見えである。
「いらぬ。
俺を女の上で討ち死にさせるつもりか?」
まぁ、閨に毎回三人連れ込んでやっていれば、そんな事も言われて仕方がないだろう。
淡輪隆重がじと目で俺を睨む。
「それならば、城内に作らせているあれはどう説明するおつもりで?」
淡輪隆重が言った城内に作らせているあれとは、三の丸の一角を占めて港と街の中間点に位置する楼閣である。
いや。ぶっちゃけよう。
遊郭である。
港町につきものの女の確保と、情報収集と収入確保の場所として。
何よりも、有明や明月や果心や井筒女之助が一番輝ける場所なので俺の趣味を押し通した一品である。
堺から大工を呼んで作らせている木造四階の楼閣は宿と賭場も兼ねている。
働く女達の半分がくノ一で、残りの半分は売られてきた女達である。
ついでに言うと、十万近い将兵がぶつかった教興寺合戦で大量の後家が生まれて、その処遇にどこも頭を抱えていた。
ひどい所だと、補陀落渡海にかこつけて女達を南蛮船に売り払っているという救いの無さ。
これでも救えた女達は百人を超えないというのが己の偽善ぶりを示して実にいやな気持にさせる。
「海が遠くまで見えますな」
「物見台も兼ねているからな」
出来上がった楼閣から海を眺める。
海の先には四国が見える。
(この城、いつまで持てるのだろうな……)
海を眺めながらそう心に呟く。
織田信長が暴れた場合、確実に一向宗とぶち当たる。
そうなると必然的にこの岸和田城は戦に巻き込まれるだろう。
せめて、彼が襲ってきても取引ができる程度の繁栄は用意しておこうと決意していた。
だから、俺の想定外がこの時にやってきたのはある意味必然なのかもしれない。
「あれ?
船が一隻こっちに向かってきますよ」
「あれは佐伯殿の船だな」
田中久兵衛が声を出し、それを柳生宗厳がたしなめる。
九州や土佐の荷を積んできたのだろう。
それ以外のものまで積んでいるとはその時には知らなかったのである。
「お久しぶりでございます。御曹司」
組織の代替わりというのは、外交のシーズンであり、情報収集のシーズンでもある。
岸和田城の広間にて対面しているのは臼杵鑑速で、彼は大友家の名代として新将軍への挨拶をするために畿内の地にやってきたのである。
「そろそろ大友にお戻りになりませぬか?」
挨拶の後の本題で、臼杵鑑速はさっそく切り出してくる。
三好長慶が送った、和泉守護の件の回答らしい。
「九州の地で飼い殺しか?」
「功績は賞せねばなりませぬ」
あえて建前で臼杵鑑速は押す。
どういう事かというと、俺の所属が大友家のままになっているからである。
その為、功績を立ててもそれを賞する場合、大友義鎮が賞さないといけない。
例えて言うならば、三好家における俺の立ち位置はあくまで派遣社員。
で、その派遣社員が派遣先大企業の役員に抜擢されたとなると、派遣元は色々と困るわけだ。
「で、和泉守護を捨てるだけの賞とは何であろうな?」
あえて意地悪な質問をするが、臼杵鑑速は表情を変えずに原則論で逃げた。
「それはお屋形様が決めることにて」
うちの城に遊郭はデフォ。
なお、九州某所には歓楽街を丸ごと城にしたビッチな姫巫女様がいるらしい。