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元間者と元くノ一と男の娘 【系図あり】

 九州から来た大鶴宗秋の所にいる郎党の一人は、月に一度堺に足を伸ばす。

 大友鎮成の本陣の旗持として馬廻に入っている彼は大鶴宗秋の信頼厚く、九州に残した大鶴宗秋の息子に文を届ける為で、神屋の船を使って文が届くようになっている。

 季節のこと、互いの近況のこと、九州情勢等、大鶴宗秋にとって公私に渡り重要な情報交換になっていた。


「では、こちらを」

「たしかに。

 この後はどちらに?」


 堺出店を任された神屋の番頭は文を預かると、社交辞令ととして郎党の男に尋ねる。

 郎党の男は愛想笑いを浮かべて今夜の宿を告げた。


「戻るには日が暮れているので、宿に泊まって息抜きでもしようかと」


「よろしければ、良い宿をご紹介しますが?」


 社交辞令的な誘いを郎党の男は愛想笑いのまま断る。

 文を届ける事ですら借りがあるのに、それ以上の借りは作りたくない。

 まぁ大友鎮成と神屋の関係を考えれば笑って済ませる借りなのだが、主君の顔を使うほどでも無いという訳だ。


「またにしましょう。

 今夜はのんびりと月を見ながら寝る事にしますよ」


 神屋を出た郎党の男はその足で仲屋の店の裏手に回る。

 裏口を叩いて合言葉を告げると、扉が開き郎党の男は懐から文を店の男に渡し、店の男から文を受け取って立ち去る。

 そして、今度こそ郎党の男は宿をとる。


「おい。

 宿を頼む。

 それと飯と酒だ」


「あいよ。

 旦那。

 女はどうする?」


 宿の女が足を洗いながら郎党の男に尋ねる。

 湯女、飯盛女と呼ばれる彼女達は宿で働く遊女でもある。


「気が向いたらにするよ」


「するならお早めにね。

 結構決まるの早いんだから」


 はきはきした口調で宿の女が笑う。

 年はとっているが老いているというほどではなく、熟れているというのが一番しっくりくるのだろう。


「そんなに早く決まるのか?」


「ここ最近戦続きでね。

 ここも都もお侍と足軽であふれているわよ。

 おかげで、私みたいな女も多くて、ここで働けなかったら都落ちって訳」


 教興寺合戦の結果大量の後家が生まれたが彼女達の働く場となるとそうはなく、こういう場所で体を売るか畿内より離れて体を売るかぐらいしかない。

 そういう意味では、交易都市堺の宿で働いている彼女は少なくともそれだけの器量があり、そういう器量が磨かれる場所に居た女という事が分かる。

 郎党の男は宿代飯代酒代に女代を含めた銭を宿の女に渡す。

 女も分かったもので、出された銭を数えて恭しく銭に頭を下げた。


「まいどあり。

 で、いつ行けばいい?」


 女の艶っぽい声に男はわざとらしい声で返事をする。


「できるだけ遅く。

 来なくても構わないぞ」


 この時代の宿は雑魚寝が当たり前であるのだが、当然銭を出せば個室みたいな所を用意する事もある。

 あと、雑魚寝の中誰かが女とやっている声を聞き続けるという生殺しから発生するトラブルを避けるために部屋を別にする事もあった。

 要するに、個室を確保する口実として女を利用した訳だが、女の方にもメリットがあってこの場合の飯と酒は男持ちかつ、客と共に寝るからその間何をしても良いという休暇扱いになる。

 密談をするにはもってこいの取引な訳だ。  

 もちろん、宿の女はそれを察した。


「わかったわ。

 欲しくなったら店の奴に声をかけて頂戴。

 髪をすいて待っていてあげる」


 宿の女が案内したのは宿の奥の小部屋で、宿の女が飯と酒瓶を置いて立ち去る。

 郎党の男は宿の女が出て行って周囲を確認し、誰も居ない事を確かめて平鎮教の刀を置いた。

 日が暮れているので行灯に火を灯す。


 そして、郎党の男は先ほど仲屋の店の男から受け取った文を取り出す。

 さっとその文の中身を確認し、安堵のため息をつく。

 彼が望まない命が書かれていなかったからだ。


「失礼します。

 先ほどの女ですが、お情けをいただきに参りました」


 先程の宿の女の声に男は文を懐にしまい、平鎮教の刀を手元に戻す。

 気配を探ると、少なくとも一人ではない。

 ちらりと外を見るが、人を避けるための奥の部屋が裏目に出て逃げられないと悟る。


「まだ女は欲しくないんだ。

 もう少し待っていてくれないか?」


「えー

 こっちは、待つ理由ないんだけど?」


 障子が開くと綺麗な遊女服を着た井筒女之助が微笑む。

 手が袖に隠れているが、そこにはクナイが握られていると本能的に分かった。


「はて?

 先ほどの女と違う気がするが、部屋を間違えていないか?」


 あくまでとぼけるが、なんとなく無駄と郎党の男は悟る。

 最近入ったこの男の娘が来ているという事は、これの上がいるに決まっているからだ。


「いえ。

 ここであっていますよ。

 その文についてお話をお聞きしたく」


 声は、先ほど確認した窓の方から聞こえてきた。

 こちらも流行の遊女服を着て果心が微笑んでいる。

 ある意味最悪でない事に郎党の男はほっとして、宿の女が持ってきた酒瓶から酒をお椀に注いだ。


「この文は我が主大鶴様もご存知。

 余計な詮索はしないで頂きたい」


「とは言われましても、八郎様に害の及ばないようにするのが我らの仕事ゆえ。

 佐伯様より、八郎様に絡みつく因縁は聞かせていただきました」


 それを聞いて郎党の男は満面の笑みを見せて酒をあおった。

 彼にそこまで話せる女ができた事を喜ぶ酒を。


「なら話は早い。

 お二方が察している通り、俺は大友家の間者で、万一の際の命を受けている」


 郎党の男の自白に果心と井筒女之助の空気が一気に下がる。

 だが、郎党の男は更に笑みを浮かべて楽しそうに酒を器に注ぐ。


「武田の歩き巫女に尼子の傀儡師よ。

 大友家中で八郎様を殺したいのは誰か分かるか?」


 互いに正体は把握済み。

 間者同士の戦いで殺し合いは最後に行う事。

 彼らの主戦場は諜報戦にこそある。


「貴方が大友家って言ったじゃないか」


 井筒女之助の分かりきったような顔に郎党の男は楽しそうに笑って突っ込む。

 その笑みに陰が入り、男の娘が少し引いたのだが気にしない。 


「大友家の何処がだ?

 少なくともお前らのご主君はそこまで知っているぞ」


「同紋衆では、答えに遠いという事ですか」


 果心のため息に郎党の男は酒をあおるふりをしながら、最重要警戒として舌戦を考える。

 実を言うとこの三者雇い主は違うが利害は一致している。


『八郎を粛清したくない』


という利害は。

 その上での情報交換と取引という場に既に舞台は映っていた。


「まずは長寿丸様を押す家だ。

 つまり正室奈多夫人の実家である奈多家だな」


「あれ?

 奈多家ってもしかして寵臣田原親賢の実家?」


 男の娘の指摘に郎党の男は薄く笑ったのみで話を続ける。

 果心にはその笑みで、大友家中の内部が深刻なまでに割れている事を否応なく理解した。


「次にあれの実家筋に当たる菊池家関連だ。

 あまりに多すぎて、府内でも掴みきれんらしい」


 この場合の狙うは殺害だけでなく、拉致も含まれている。

 八郎を旗印にした菊池家復興という線と、大友家に尻尾を振って甘い汁を吸っている菊池一族や菊池旧臣が邪魔になる八郎を排除する線が、同時に府内に届いているという訳だ。


「で、ここからが本題だ。

 八郎も知らんだろうから奴には言うなよ」


 そう言って郎党の男は灯籠の火で煙管に火をつける。

 煙草の煙が上るのを見ながら、郎党の男はそれを口にした。


「同紋衆がお屋形様を見限った場合、奴が大友家当主になるという動きはあるがあれは囮だ。

 本命は別の所にある」


 郎党の男も彼の本当の雇い主である角隈石宗から聞かされて唖然としたものだ。

 そして、それを笑って放置している大名大友義鎮の豪胆さと孤独を思わずにはいられない。


「大内家が滅んだ大寧寺の変は、謀反人陶晴賢が大内義隆のお子を用意できなかったのが全てだ。

 それを知っているから、同紋衆はお屋形様を見限る場合、お子の確保を考える。

 長寿丸様は田原親賢や奈多家が死ぬ気で守るだろう。

 だが、姫君は別だ。

 それを同紋衆の誰かとくっつける」


 何を言わんとしているのかかつての主家であった武田家の過去を思い出して察した果心は表情を変えずに受け止め、男の娘は話についていけないらしく首をかしげる。

 ここまで言えば、有能な間者だからこそ八郎には何も言わないだろう。

 だからこそ、郎党の男は爆弾を炸裂させた。


「吉弘鎮理。

 加判衆の一人で親の吉弘鑑理は先代大友義鑑様の姫をもらい、お屋形様とはいとこに当たる彼が同紋衆の切り札だ」


「え?え?え?

 ちょっと待ってよ!

 どうしてそんな切り札がご主人と一緒に島流しみたく畿内に流れているの!?」


 井筒女之助の質問に答える前に郎党の男は煙管を吸う。

 口から吐き出した煙を眺めながら、その答えを口にした。


「簡単な話さ。

 吉弘鎮理は『万一大友に背いたら八郎の命を奪え』と命じられてここに来ている。

 だが、それを理由に府内から逃げ出したのさ」


 察した果心が先回りして答えを口にした。

 それは、八郎にとっても他人事ではなかった。


「奈多夫人にまた男子ができたからですか?」


「そのとおりだ。

 八郎と同じく、万一の代えとしての吉弘鎮理の価値が落ち、彼もまた奈多家や他の同紋衆から狙われかねない立場になった。

 だから逃げたと言う訳だ」


 おおむね話す事は話したので、郎党の男は最後のネタバラシをする。

 抱えていたものを吐き出したせいか酒と煙草が美味い。


「俺が受けた命は八郎の監視と万一の際における粛清。

 それに最近は吉弘鎮理の監視と粛清まで命じられている。

 やっと八郎の気持ちが理解できたよ。

 大名なんてなるもんじゃないとな。

 お前らの主はそんな闇からこの畿内に逃れてきた。

 その闇払うことはできるか?」


 その問いに果心は問いで返す。


「失礼ですが、八郎様と親しき仲のよう。

 お味方にはなられてくださらないので?」


 多分この二人は八郎との過去を知らない。

 それを知っているのは、大鶴宗秋・有明・明月と名乗っているお色の三人だけで、顔と姿を変えた彼の事を知っているのは大鶴宗秋しか居ない。

 八郎の情けと、同紋衆への脅しの手札として生かされている彼は寂しそうに笑ってそれを断った。


「意地があるんだよ。

 男ってのはな」


「……あったの?

 そんなの??」


「互いに殺し合いをした仲だ。

 顔を見たら斬ると言われたよ」


 話も終わりとばかりに、果心と井筒女之助の殺気が消える。

 取引は終わった。

 少なくとも彼を殺す必要はない。

 ここで彼を殺せば、その次に送られる間者への対処を考えないといけなくなるからだ。


「ついでだ。

 怪しい動きをしている家がある。

 手土産がわりに持っていけ」


 去ろうとした二人に郎党の男はニヤリと笑ってそのついでを口にした。

 彼にとってはまだ裏の取れない話だが、この二人なら裏を取るだろう。


「門司合戦と秋月謀叛、許斐岳合戦で八郎の武名は大いに上がったが、同時に領地を得た高橋鑑種への嫉妬も増えた。

 八郎の烏帽子親という事もあって、そっちから恨みをもらっているふしがある。

 気をつけるといい」


 日本の組織は頭を押さえても意味がない。

 中間層まで含めた『空気』を掌握しないと意思決定ができないのだ。

 それはこの戦国の世でも変わらない。


「何処です?

 その家は?」


 果心の問いに、郎党の男はその家の名前をあっさりと口にした。

 高橋家と共に博多の管理をし、代替わりがあって加判衆の座を維持した為にこれらの騒動で領地を求めず、大鶴宗秋の元寄親で彼の活躍に他の寄子から嫉妬が出る家の名前を。



「臼杵家だ」

挿絵(By みてみん)

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