ばば様の言うとおり
設定が甘いのでかる~く読み流してください。
「セレス、お前とエミリアン殿下との婚約が決まった」
夕餉の後の家族団欒の場で父から告げれらた時『ああ、もうそんな時期なのね』と他人事のように思っていた。
「お父様、お願いがあるのですが」
「なんだ?言ってみろ」
公式の場では厳つい表情の父の顔の筋肉は家族の前ではだらしなく崩れる。
特に母と私の前で……
一応、溺愛されていることは知っていますよ。
父だけではなく、兄や従兄たちにも……
「もし、正式な婚姻を結ぶまでに殿下に他の想い人が出来た時は、この婚約をすぐに破棄できるようにしてほしいのです」
私の言葉に父を始め、家族全員が驚愕の表情を浮かべた。
「どういう意味だ?お前の婚約は殿下自ら希望されて父さんが反対していたのを強引に推し進めたんだぞ。殿下が心変わりするというのか?」
困惑を隠せない兄は、今回私の婚約者となった殿下の学友であり側近であり親友である。
「5年前…5歳の時に神殿で魔力の適性検査をした時にばば様に言われました」
私は軽く瞳を伏せ、当時の事を語った。
話を聞き終えたお父様とお兄様はきつく拳を握りプルプルと震えている。
ええ、怒りに震えていると言えば分りやすいでしょう。
「私も侯爵家の人間。お父様やお兄様の役に立つための政略結婚することは幼い頃より覚悟しております」
「お前を政治の道具にするわけないだろうが!」
父の怒りの声にローテーブルに置かれたティーカップがカタカタと震えた。
「お父様、だから約束をしてほしいのです。この先、殿下に他の想い人が出来た時は、速やかにこの婚約を破棄してもらうように……」
「分かった。しかし、ばば様も酷い予言をされたものだ」
深々とソファに背を預ける父に私はクスリと笑う。
「でもおかげで私は、嫉妬に狂った醜い姿を公に晒す事がなくなりますわ。まあ、殿下に捨てられたら婚姻は難しくなるでしょうが……」
「…………」
「エミリアン様は素敵なお方です。きっと私などすぐにお捨てになるでしょう。ばば様の予言通りに」
「では、婚約自体を断ろう」
「無駄だと思います。殿下も婚約者をお決めになる年ですが、地位的にも年齢的にも殿下に釣り合うのは今現在私のみ。諸外国の王女様方は年が上過ぎたり、幼すぎたりで最終的に侯爵家の私が一番無難だと判断したからお父様も仕方なく許可したのではないですか?」
父は兄と顔を見合わせると深いため息をついた。
「どこから情報を集めてくるのか……わかった。セレスの条件を陛下と殿下に伝えよう」
「ありがとうございます。ちゃんと条件書に署名を貰ってくださいね。お父様」
にっこりと微笑むと父も兄もぎこちない笑みを浮かべた。
静かに傍観していたお母様は紅茶を一口飲んだ後
「では、私は王妃様の方に釘を刺しておきましょう。あの方、セレスが生まれた時から王子の嫁にと五月蠅かったですからね。王子に想い人が出来てもセレスを正妃に、想い人を側室にとか言い出しそうだし」
にっこり笑顔だけど背景にブリザードが見えるのは気のせいだと思いたい。
そして、5年後。
やはり、殿下には想い人が出来ました。
ええ、ばば様の仰る通り『男爵家の庶子』である少女が殿下の心を射止めました。
殿下が男爵令嬢に熱を上げると同時に我が家は婚約破棄の手続きに入りました。
陛下と王妃様は思いとどまるよう仰いましたが、婚約を結んだ時の条件書(私と殿下それと陛下と王妃様と神殿の神官長様とうちの両親のサイン入り)を突き付けて承諾させました。
この出来事は社交界で知らぬ者がいないほどにあっという間に話が広まりました。
男爵令嬢にイジメ?
そんなことしていませんよ?
そんなことして何になるのです。
自分の名に傷が付くだけではありませんか。
そもそも、殿下の心変わりは最初から分かっていたことです。
私は齢5歳にして恋愛事に無関心になりました。
どんなにお慕いしても最終的に捨てられ、最悪命まで奪われると予言されましたからね。
なら、殿下に淡い想いなど持たなければ自分が傷つくことはない。
まだ、ほんの小さな灯りだった殿下への想いはこの時に凍らせました。
それに、貴族の娘に生まれたからには政略結婚は当たり前。
結婚後に相手を愛おしく想うことが出来ればラッキー。
出来なければ世間の体裁を考えて仮面夫婦になればいい。
貴族にとって恋愛など『遊戯』でしかない。
そんな考えを持つようになっていました。
母や兄はこんな私の考えを改めようと努力しましたが無駄でした。
ええ、私は考えを変えることがなかったのです。
それに、正直言えば私には王子妃なんて面倒な地位はいりません。
まあ、男爵令嬢様は『王子妃』目当てで殿下に近づき、あと少しで手に届くところまで来たようですが。
「お父様」
書斎にて持ち帰った仕事を処理していた父に面会を申し出たらあっさりと許可が下りました。
「どうした?セレス」
「私を修道院に行かせてください」
「なに?」
「しばらく修道院に行かせてください」
重ねて言うと父は最大限の声量で反対しました。
父の声に執事やメイドたちが何事かと父の書斎になだれ込んできました。
取り乱している父を横目に私が淡々と『修道院に行きたい』と申し出たことを言ったら大騒ぎになりました。
この騒ぎを治めたのは母でした。
上に下にと騒ぐ父と使用人を一喝し、話し合いの場を設けたのです。
私から話を聞いた母は
「いいのではないのかしら?殿下と男爵令嬢には娘の受けた仕打ちを存分に受けて貰う予定でしたから……精神面から攻めたほうが効果は大きそうね」
にやりと黒い笑みを浮かべる母に落ち着きを取り戻した父も黒い笑みを浮かべました。
「なるほど……その手があったか」
修道院に入ると言っても俗世を捨てるわけではありません。
心身ともに傷を負った者達を癒す場としてこの国では修道院が存在しているのです。
今回の私のように一方的に婚約破棄され、社交界に居づらい人たちの避難場所でもあります。
大抵1~2年で社交界に復帰する方が大半です。
そのまま修道女になる方もいらっしゃいます。
父や母には内緒ですが私は後者です。
ええ、修道女になるつもりなのです。
父と母は私が修道院に入ることによって『娘の名を傷つけた。どう責任とってくれるんだ!5年間も束縛しておいて!』と堂々と公言するつもりのようです。
そうです。
5年間。
私は5年間、殿下の婚約者として社交界で振る舞っていました。
この5年間、宮中行事、宮中作法、本国はもちろん、周辺諸外国の歴史、言葉の勉強、外交など王子妃に必要な教育を受けてきました。
社交界デビュー前からの友人との交流も制限されていました。
殿下が侯爵家を訪ねて来た時はちゃんと婚約者らしく対応しましたよ。
周囲からは仲の良い二人とよく言われていました。
ただ、どこに行くにも護衛が付きまとい心休まるのは侯爵家の中だけでしたけどね。
それでも決して王子妃候補(あえて候補といわせて)として奢ることなく、殿下を立てていましたよ?
母と共に淑女の鑑とも言われていましたわよ?
何事もなければ私の16の誕生日に婚姻が成立していました。
ええ、私の誕生日1か月前に婚約破棄しましたが、それが何か?
あ、婚約破棄は王家からということになっています。
ええ、父と兄と一族が結託してそう見える様に仕向けました。
私と殿下の婚約成立から婚約破棄の出来事は近隣諸国にまで知れ渡っています。
これで私の名に傷がつかないわけがない。
強引に婚約を結ばれ婚姻成立直前に捨てられた女(位の低い女に負けた女)と見られているのですよ、今の私は!
ばば様の予言でこうなることを知っていたとしても傷つかないわけないじゃないですか。
だから私は修道院に逃げました。
その逃げ場所でばば様の最後の予言が待ち受けているとも知らずに……
ばば様は昨年、亡くなる直前に私をお呼びになりました。
「辛い思いをさせてすまないね。だが、あんたを捨てた男とあんたから男を奪った女には必ず報いが起きる。そして、あんたには新しい光が降り注ぐ。ほんの少し我慢すれば、あんたを大切にしてくれる人が現れる……あんたが凍らせた氷を溶かしてくれる人は必ずあんたの元に来る。その時、その手を掴めばあんたは幸せな生涯を送れるから……」
結果から申し上げると、ばば様の言うとおりでした。
私が修道院に入ってすぐにエミリアン様と男爵令嬢は婚約発表をされました。
貴族達からは白い目で見られているそうです。
彼等の味方はほぼいないとか……(兄情報)
婚約が成立したその場でエミリアン様は王位継承権を返上(剥奪と言った方が正しいかもしれません)し、一介の騎士となる事。
さらに男爵家へ婿養子に入られることが国王陛下より発表されたそうです。
これには男爵令嬢が『話が違う!私は王子妃になって……』と明らかに地位目当てであることが公になったのですが、国王陛下が発表したことは覆りませんでした。
そして、私はというと……
修道院に隣接している孤児院で子供達に読み書きを教えている時に知り合った一人の青年から熱烈なアプローチを受けました。
最初はただの知り合いから徐々に親しくなっていき、修道院に入って(出会って)2年目の冬。
「この雪が解けたら僕は故郷に帰らなければなりません。その時、一緒に来てくれませんか?」
と言われました。
すぐには答えられず雪が解けるまで待ってもらうことにしました。
冬の間中、考えました。
私は恋というものを知りません。
自分が傷つくことに臆病になり、逃げていたのですから。
でも、彼と離れるのは寂しいと……
彼の隣に私以外の女性がいるのを見ると胸が苦しくなります。
「あなたはもう『恋』を知っているはずです。『恋』は楽しいばかりではありません。むしろ苦しい事の方が多いのです。その胸の苦しみが何よりの証拠。元第二王子の時には感じなかった痛みではありませんか?」
「私はあの方の手を取っていいのでしょうか」
私の問いに院長様はにっこり笑うだけでした。
春。
雪が解け、あの方が故郷に帰られる前日。
私は正直に今の気持ちを彼に伝えました。
彼は嬉しそうに微笑むと私を抱きしめました。
数日後、ベルティエ侯爵家では盛大なお祝いの宴が開かれたのでした。
『あんたはこの国の王子と婚約を結ぶが婚姻直前に捨てられるだろう。
だけど、絶望してはならぬ。
あんたを命を懸けて守ってくれる人が必ず現れてくれるからね』
5歳の時、宮廷魔導士だったばば様が仰ったとおりになりました。
ばば様は預言者だったのでしょうか。
次の新作用に考えていたモノ。
途中で「あー、これよくあるパターンだわ」ということで短編に変更。
軽く読み流していただければ幸いです。
ジャンルを『恋愛』にしていいのだろうか微妙な所(笑)
2015.4.23の活動報告にて活かしきれていないキャラ紹介をアップしました。