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九十二話

警察官達は苛ついていた。日本各地では確実に治安が悪化しており、交代で休んではいたものの睡眠時間は十分だとは言えなかったからだ。ノーマル至上主義を掲げる旭会への強制捜査は熾烈であり、銃撃戦へと発展していた。


ノーマルの伝統的な特殊部隊SATは容疑者を上手く無効化していたが、警察官も負傷し、近隣の警察病院へと搬入されていた。負傷した容疑者も搬入されていたが、治療の優先順位は警察官よりも低い。治療にあたる医師達は患者を平等に扱おうとしたが警察の福利厚生施設であり、容疑者の治療が後回しになることを黙認するしかなかったのだ。


「薬が足りないぞ。麻酔と血液が無くなったら手術はできない。血液パックを赤十字から取り寄せろ」


「先生。どこの病院も同じです。今はまだ稀血の患者さんはいませんが、どの血液型も不足しており、この状況では輸血者を募る事もできないそうです」


造血用のナノマシンを投与していても限界はあった。緊急時には必要となる血液を予め採血し、冷凍保管する必要があるのは今も昔も変わらない。医療用ナノマシンによって手術の難易度は下がったが、切開や縫合は人の手によって行わなくてはならず手術には常にリスクが伴っていた。資本主義においては高所得者が高水準の治療を受けられるのが基本だ。医療費が掛からない代わりに税金が高かったり、国民皆保険制度を導入していたりするが、その本質は変わらない。臓器移植の順番待ちをしなくてはいいのは金持ちだけだ。高額医療補助制度によって助成が出るとしても数十万円から百数十万を出せる家庭は稀で医療保険は別途加入するのには、制約が大きくなり過ぎていざという時の備えが日々の生活を圧迫していた。


「東京消防庁です。四十代男性。意識障害あり、受け入れは可能でしょうか」


「可能です」


どこも人手不足で二次救急病院に指定されている東京警察病院は暴徒鎮圧に出動した隊員と暴動の参加者・被害者の治療にあたっていた。


「頭部CT急いで」


過去の事例によって頭部外傷を受けた患者が後発的ギフト発現者と認められた。脳の領域は謎も多く、何故、後発的ギフトホルダーが誕生するのか、原因は解明されていない。過去に行われた人工才能保持者計画では脳を意図的に傷付ける実験も行われたが多くは重篤な機能障害を発生させるだけで多くの屍を築きあげた。


「先生。心肺停止しました」


野戦病院の様な戦場がそこには広がっており、弱々しくなった命を救うべく、戦っていた。


――――


臨時国会が開かれ防衛出動の承認を行おうとした中曽根だったが、野党より内閣不信任案が提出された。与党議員達は素早く投票を済ませたが、野党議員はここで有り得ない戦術をとった。牛の歩みと書いて牛歩、ゆっくりと投票箱へと向かい投票に一時間をかけた議員もいた。国会の会期中に可決されなかった法律は廃案となるために野党議員が行う最後の悪足掻きであったが、日本はここで内閣の機能が低下することになった。


アメリカと違い日本は総理大臣に権利が集中していない。国民から選ばれた議員の中から間接的に選出されるからであり、議員は国民の選出者ではあったが多くの場合は代弁者ではなかった。テロを受けた当時の日本はウロボロスに対する軍事作戦への参加について世論は二つに割れていた。被害を受けた者達は国際テロリストを放置することは日本を国際社会から孤立させる事になると主張し、反対派は平和憲法を持つ日本が戦争に参加することは憲法違反だと申し立てをする一方でテロリストを容認する訳ではないと自己弁護した。国民の圧倒的な支持を受けていた中曽根の国連での表明に疑念を抱く者がいたのは事実だが、安全を考えればウロボロスの主張は危惧すべきものだと言う有識者の意見が中曽根の主張を後押しした。


国民の多くは野党に政権運営能力が乏しい事に気が付いていた。政権交代は久しく行われておらず、外国との強力なコネを持つ議員は与党に属している。しかも牛歩戦術をとった野党議員は無駄に声だけは大きい。国民の多くはできるなら戦争などやりたくない。与党議員ですら避けられない事態でなければ失う物は大きく得る物は少ない戦争などやりたくないのだ。戦争をすれば軍需産業は確かに潤うだろうが兵士が死亡すれば遺族に補償しなくてはならず、国営以外の建物も場合によっては補償の対象としなくてはならない。テロではない戦闘に巻き込まれた民間人の補償もしなくてはならない。線引きをするためには法律を制定しなくてはならず議論している時間も今は惜しいのだ。


日本の今後に関わる重大な懸案の為に衆議院議員臨時会は放送各社で放映することになっていた。戦争を避けられないと知った数千の国民は国会議事堂へとデモ行進を始めており、人数は時間と共に膨大な数へとなっていた。そうなれば、警察は治安を維持するために出動しなくてはならない。防衛出動が中曽根の指示によって発令されている以上は国会で不承認にならない限りは有効であり、アサルトライフルを装備した自衛官も民衆に向けて鋭い目線を送っていた。


――――


「各員。命令があるまで発砲するな。警察の機動隊によって催涙弾が発射される予定になっている。俺達はあくまで交戦員が出た時に鎮圧するのが任務だ」


どこまで侵略行為をしているかは未だ情報は不確かであった。竹島駐屯地や浜松原発への攻撃は陽導であり、国会議事堂がメインターゲットになる可能性が高いと防衛省幹部は判断していた。北海道道庁人質事件で人質となった朝倉知事も今では国政に参加する国会議員であり、テロに対して強硬姿勢を見せる議員は多い。そうでなければ議員には当選できなかったという経緯があった。日本は大国としてテロに屈する事はできなかった。強硬姿勢をとることが第二、第三のテロを生まない為に必要なのだ。


テロ事案に関しては裁判所も捜索令状を迅速に発行する様になった。旭会の事務所に警察官が踏み込むには法的根拠が必要で踏み込むのを躊躇った為に多くの人が殺害されたと考える司法関係者が多かったのだ。証拠採用されなければ現行犯逮捕されても容疑者は無罪で社会へと放たれる事になる。それは公共の利益に反する行為であり、警察官が施設に対して捜査権を行使する要件が緩和される事に繋がった。当然、裁判所は無制限の権限を警察に与えた訳ではない。本来守るべき警察が市民の生活を脅かす存在となっては元も子もない。警察権の行使はプライバシーの侵害と紙一重であり、慎重さが求められるため、政府直轄の特別捜査官に対して強い権限を与えることで警察官も間接的に行使できる様にとされたのだ。代表格が零課であり、優秀なギフトホルダーとノーマルで構成されたU対策課である。


「日本は戦争をするべきではない。内閣は総辞職せよ」


プラカードを掲げて行進するのは戦争否定派の急先鋒となった社会共生党の外部団体である。【社共党】はギフトホルダーとノーマルが共存できる社会の実現を目指して有志議員によって結成されたが衆・参議院を合わせても十五名を下回る弱小党である。ギフトホルダーとノーマルが同権である事に固執し、ギフトホルダーの給与がノーマルの平均的な給与を上回っているとしてノーマルの権利を追求することに重点をおいているためにギフトホルダーの受けは良くない。ただ、社会の低所得者からの一定の支持があるために無視することも難しいのだ。裏では旭会との繋がりも噂されており、政治団体としては黒に近いグレーである。


「この集会には許可は出ていない。直に解散せよ」


日本のデモは秩序があることで有名だ。所轄警察署に対して事前の申請を行ったうえでデモする団体が多い。警察も規模に応じた警備計画を練り、機動隊を派遣している。予定にないデモは取り締まりの対象であり、急遽、警察庁は白虎に対して出動要請を出した。隊長である明石は白虎隊員を連れて現場に急行しており、警備の指揮権も白虎へと移った。


「大宮はいるか」


大宮警部はギフトホルダーではあったが、キャリア組ではない。超能力開発幼年学校を卒業した後に大学へと進学し、警察官採用試験を合格した地方公務員である。


「隊長。ここにいます」


「大宮。機動隊員を連れて周囲の警戒を頼む。不審者に関しては職務執行法の範囲内での裁量を与える。それを超える場合は指示を待て」


ギフトホルダーの全てがエリートではない。明石はギフトレベルは六で実戦に通用するレベルであったが大宮はレベル四のサイコメトラーだ。レベル六を越えれば収入はある程度は保証されるが三以下は優秀なノーマルと殆んど変わらずギフト次第ではGIDによってギフトを抑制してノーマルとして生活している場合が多い。超能力開発幼年学校の入校条件はギフトホルダーであることでギフトもギフトレベルも問われない。ギフトホルダー全体から見ればギフトレベル四以下が大半を占め一部の素質を認められた者のみが専門の上級学校への進学を許可されるのだ。技術系には【日本特殊技能学校】への入学が許可され最終的にはそれぞれの分野での博士号を取得することが可能になっている。


「了解」


大宮は今の生活に満足していた。ギフトホルダーの世界は狭く、ギフトという才能が一生を左右する。ノーマルは能力次第で何者にもなれるがギフトホルダーはギフトによって将来の方向性を強制的に決められてしまうのだ。強化系であれば自衛隊や警察官、プロの格闘家になる者もいるが本人の努力ではどうにもならない高い壁が存在する。一部の高所得者に目が行き勝ちではあるが年収二百円以下の低所得ギフトホルダーも存在している。ギフトを犯罪に使用しない分別があるだけまだましだが、ギフトホルダーの光に強い関心を持ち過ぎな傾向が社会では強い。ギフトホルダーの犯罪者集団は各国に存在し、治安維持組織の重い負担となっているのだ。


大宮が明石の指示で巡回を行っている際に聞き慣れた音が鳴った。大宮は後方支援が主な任務ではあったが、特殊部隊員としての訓練を積んでおり、銃器に触る機会は他の一般の警察官よりも多い。


「機動隊員はデモに参加した一般人の避難誘導を頼む」


大宮が見たのは腹部を貫通し、服が血塗れになっている複数の人だった。大宮は犯人を特定するためには被害者に身体的な接触を行わなくてはならない。周囲の安全が確保されていない状態でギフトを発現させるのには危険が伴い、銃声を聞いた事によって群衆はパニック状態へと陥っていた。


人が多すぎて将棋倒しになり負傷している人も多い。ドクターカーも待機しているがこちらは国会議員に急病者や負傷者が出た時の為に待機しており、医師も二名いるがどちらも自衛官であった。政府の見解としては無許可で行われたデモで負傷者が出ても自己責任だと考えていた。中国軍が迫り所属不明の部隊が竹島を占拠した。国民に自重を促すのは政府として当然の事であり、今は平時ではないのだと理解しなくてはならない。


防衛省はテロリストや敵性国民となった中国人を発見次第、拘束や帰宅を促す様に自衛官に対して命令した。旅行客である中国人は大使館や総領事館に庇護を求めた。日本政府としても良識ある中国人に対して直ぐに何かをするつもりはなかった。中国人が多く集まる横浜中華街には警察官を派遣し監視しているがそれだけだった。非交戦者に対しての戦闘行為は戦争犯罪であり、国際社会から批難されて当然の行為であった。


「医務官を呼べ。機動隊は周囲に展開。不審者を発見次第、捕縛しろ」


阿鼻叫喚となっているが明石にはどうにもできない。逃げ惑う民衆から犯人を発見することは困難を極めるだろう。警官の指示に従って避難するならとにかく、秩序は完全に崩壊しており、制止を振り切った愚か者は後ろからくる人に押し倒され重傷を負っていた。


「こちら白虎隊。国会議事堂前で発砲事件発生。パワースーツ部隊の出動を要請する。合わせて救急隊の派遣も要請する」


「こちら対策本部、了解した。」


国会議事堂の警備は自衛隊の管轄となっていた。政府要人が集まる国会はテロリストや敵性国家からしてみれば格好の標的となる。白虎隊は壊滅的なダメージを受けてから時間をかけて再編されたが、練度は他の特殊部隊からみれば高いとは言えない。警視であり隊長となった明石ですらヤタガラスの訓練についていくので精一杯だった。警察と軍で任務の方向性には違いはあるが、犯人を逮捕・制圧する前に警察官が無事でいなければならないのは自衛官とも変わらない。


状況に応じた判断力は現場でしか身に付かず、疑似体験するのが訓練だった。制圧をSATに交渉をSITに学んだ白虎隊だったが、ギフトを使えるという点を除けば彼等に劣ってしまうのだ。それはギフトホルダーにはギフトホルダーをあてるという常識からみれば日本の警察はギフトホルダーに対して無防備であり、ウロボロスのテロを未然に防ぐことが出来ない事を意味していた。自衛隊の治安出動もそうだ。警察にとって治安出動は敗北を意味していた。


警察に対応できないからこそ自衛官が出動するのであって離島で急病人が出た際に行われる緊急搬送とは意味が異なるのだ。明石自身は警察が全てを行う必要はないと考えていた。必要であれば他の省庁に対して協力を要請すれば良いだけだが、警察庁長官の上木田は他者を蹴り落として出世してきただけあって自身の失態とかりかねない行為には消極的だった。イワンコフが元軍人でありギフトホルダーである以上はこの時期の訪日は警戒の対象となり、U対策課と情報共有を行い、事態にあたっていれば少女は保護出来ていたかもしれないのだ。


カーボンナノチューブを加工して作られた防弾・防刃盾で暴徒となりかけている民衆から身を守りながら、要救助者の回収を明石は指示した。


――――


青年は夜勤が終わり就寝していたがチャイムが鳴り無理矢理に起こされて機嫌が悪かった。


「こんな時間になんなんだ。こっちは夜勤明けで疲れているんだ」


「すみません。神奈川県警の者です」


「ドアに向けて警察手帳を開いて見せて下さい」


青年がそう言ったのにも理由はある。時刻は正午を少し過ぎたくらいであり、寝てからまだ三時間も経っていない。警察は事情聴取を終え仕事場であるコンビニまで送ってくれたが、夜勤を終えるまでは帰る事はできなかった。就業中にテレビを見る事もなく疲れていた為にそのまま眠ったが日本は大変な事になっていたのを青年は知らなかった。そして、警察官を名乗る人物によって起こされた。監禁事件が起きたばかりであり重要参考人になる青年は送ってくれた顔見知りの警察官に何かあれば携帯に連絡をしてくれと言われていたからだ。青年は名刺を取り出して電話をかけた。


「もしもし。今朝、名刺を渡された者ですが、渡部さんでしょうか」


「はい。どうかなさいましたか」


「警察官を名乗る人物が家まで来ているのですが何か御存じでしょうか」


渡部は調べるから少し待って欲しいと断って席を立った。何処かに電話をかけていると悟った警察官を名乗る人物は態度を豹変させた。


「お前が何をしたかは知っている。早くドアを開けろ」


ドアを殴り、道具を使って開けようとしているが、青年は空き巣被害にあったことがあり多少は家賃が高くなってもセキュリティが高いマンションに住んでいた。家賃を支払うのは痛い出費ではあったが安全には変えられなかった。ピッキング対策は万全であり、警察署からもそこまで離れていない。神奈川県警は警視庁の管理官である新田の指示により事件の重要参考人である青年を保護するためにマンション前に覆面パトカーを配置しており、銃器対策課と超能力管理局の特別執行官を待機させていた。


渡部から連絡を受けた警察官と特別執行官は青年の部屋の前へと急行した。青年を保護することは急務であり、特別執行官の権限を以て青年の部屋へ直接テレポートした。個別携帯用のGIDはギフトホルダーであれば個人用にカスタマイズされた物を政府から貸与されることも出来るが、住居などの公共機関以外の建物に関してはGIDの設置は任意であり、有償であった。軍で使用される特化型CGIDによってセキュリティとして設置されていたGIDを無効化した。電話で説明された青年も驚いていたが車へとテレポートをして警察に保護される事になった。警察を装った男は既に逃亡したが、警察によって緊急配備がされる事になった。冷静さを欠いていた青年だったが、渡部の顔を見ることで落ち着きを取り戻した。


「渡部さん何が起こっているんですか」


「君が目撃してから起きた一連の事件に関係しているとしか言い様がない。こちらの方は超能力管理局の特別執行官の四月一日(わたぬき)さんだ」


「残念ながら君の身柄は政府によって拘束される事になった。僅かながらだが政府協力金として日当もでる。我々の任務は君の安全の確保であり犯人逮捕への協力を要請する事にある」


協力とは言っているが強制的に従わせるだけの法的根拠があった。裁判所から発行された令状には国民保護法の特記事項として重大な事件に関わる証人の保護とギフトを用いての精神探索の許可の項目があり、これを拒否する事は出来ないとしていた。そこで得たプライバシーは事件に関係がないものに関しては公開されない守秘義務があったが、国民の権利が侵害されるのは事実であり、協力費としての報酬が渡される事になっていた。


「協力は十分にした筈ですが」


「申し訳ないがこれは強制だ。しかし、君の安全は政府が保証する。事件に巻き込まれると判断されれば別の戸籍を用意し生活を保証する」


青年にとって悪い話ではなかった。底辺の生活を抜け出すチャンスであり協力をすることに決めたのであった。

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