九十一話
俺は韓国系日本人だ。祖父の代より日本へと移住して日本で生まれ育った為に日本国籍を有している。祖父は韓国政府の諜報員として働いていたが韓国人であれば身体に異常がない限りは兵役の義務がある。そして諜報員となった祖父は韓国企業に勤める会社員として日本支部へと移動になり紆余曲折を経て日本資本の会社に転職した。父も日本で生まれた為に日本国籍を有しているが、韓国へは旅行ぐらいでしか行った事はないが祖父の役目を父が引き継ぎ日本人として生活していた。
そして俺は三世として自衛隊に入隊して陸自のエリートであるアーマーパイロットになった。俺と同様に普段は日本人として生活している韓国人は多い。知らないだけで第二次世界大戦後に困窮した日本人は自分の戸籍を売る事があった為に韓国人をルーツとした日本人は相当数いるだろう。
「古関。アーマーの起動には十五分はかかる。搭乗待機。発進準備が終わり次第、防衛行動に移れ」
「了解」
自衛隊の入隊審査を通過したことから綿密に計画が練られ、祖父と父は慎重に行動してきたのだろう。多くの軍隊がそうである様に自国籍を持たない者が軍に入隊を許可される事は少なくフランスや一部の国家だけが外国人の入隊を認めている。兵役の義務を課していない日本では不可能だと言えた。高校を卒業後に防衛大学に入学を志願した事は賭けだった。
警察もそうだが防衛大学の入学志願者に対しては徹底的な身元調査が行われ、その調査で問題有りと判断されれば公安の監視対象者となることもある。そしてその賭けに俺は勝った。成績優秀者として防衛大学を卒業し幹部としての道を歩き始めたのだ。最初は行ったこともない祖国、韓国に対して特別な感情は抱いていなかった。寧ろ日本人の様に韓国を嫌っていたのだ。二代続いた特殊任務は俺には関係がなかったし、今の生活で満足していたからだ。
そんな俺が日本人を嫌いになったのは高校生の頃だった。祖父が韓国人であった事を知った同級生は俺をいじめの対象とした。友達だと思っていた者もいじめに加わり俺は孤立した。教師は見て見ぬ振りをした。進学校で成績が優秀だった俺を妬んだ同級生が発端だったという事を後で知った。東大にも入学可能な成績だったが、俺が入学することで学校の進学実績になるのは癪だった。日本人への復讐を誓って俺は自衛隊の門を叩いたのだった。
「古関二尉。発進準備、完了しました」
「了解。発進する」
最大の脅威となるのは他のアーマー四機だった。隊長機を落とすのが最低条件であり、防衛行動を困難にする為に無線の封鎖と弾薬庫を抑える必要があった。
――――
「古関二尉。予定進路を逸脱しています」
臨時作戦本部が置かれオペレーターはそう司令へと報告した。そこで護衛に就いていたはずの三曹が本部内でアサルトライフルを乱射し、その場に居た隊員達は血の海へと沈んだ。突然の攻撃に対応が出来た者はおらず、奇跡的に軽傷で済んだのは同じく護衛として居合わせた一士のみだった。
「銃を地面に置け。無駄な抵抗はするな」
一士は三曹の指示に従ったが、その行動に対しての返答は冷たい鉛玉だった。
「古関二尉。応答を願う」
「こちら古関。作戦はどうなった」
「無事に本部を制圧した。後は二尉がアーマーを抑えるだけだ」
陸幕の無線連絡に対してそれらしい回答をしておき司令は対応に忙しいと返答を曖昧にした。時間は稼げないだろうが今はそれで十分であった。
――――
対馬駐屯地から派遣された輸送ヘリは隊員を乗せて竹島駐屯地の上空を旋回していた。敵の戦力が未知数である以上は戦闘機の編隊を送るのが一番であったが、対馬基地の戦闘機は韓国軍や中国軍を警戒しなくてはならず戦力を割くのは容易ではなかったのだ。それに海自の護衛艦が竹島に向けて進路をとったことで威力偵察の結果によって派遣する部隊を調整するという愚を自衛隊は犯していた。
幹部は他の対応で手一杯であり、青龍に対して応援要請を出した。海のスペシャリストであり、島奪還作戦の訓練を頻繁に行っている青龍がいれば不測の事態にも対応出来るというのが見解だった。ヤタガラス一個連隊八百人名に対して四獣の規模は三百人程度である。自衛隊で特殊部隊の扱いは特殊作戦群にギフトホルダーが混じっているだけであり、海・空に特化したギフトホルダーはそれだけいれば十分だと認識されていた。
ヤタガラスは戦闘班と支援班に分かれ東京・大阪・名古屋・福岡・札幌・広島・仙台・新潟に中隊(百名)が在中している。規定では連隊長の階級は将補としている。その連隊長補佐は連隊長の指名により選出されるが二等特佐以上の階級の者が就くが大抵の場合、実績により最終的に一等特佐へと昇進する。各支部の中隊長は一等特佐、中隊長補佐が二等特佐となり小隊長は三等特佐、分隊長は一等特尉、班長は二等特尉となる。同列の場合は先任が基本的に隊長格となるが分隊長以下の隊員には指揮権が無いためにあくまでも先任が指示してるのであって命令ではない。
独立した部隊である為に内閣総理大臣の指揮の下で動く部隊でありギフトホルダーの中でも強い権限が与えられている理由である。と言っても隊長が出した指示に意見する事はあっても抗命する事は稀なので軍隊としての指揮系統は確立されている。操縦士は眼下で戦闘が行われているのを確認したがどう見ても日本のアーマーが同じ日本のアーマーを攻撃していた。中破した機体を見てみれば隊長機でありエマージェンシーコードを発信していた。通信機も破壊されたのか信号はそれだけだったが操縦士は副操縦士に命令して本部に異常を報告して後方待機する事にした。
――――
「哨戒機が交戦を確認しました」
「危機管理室に報告。自衛権を行使する」
対馬駐屯地は対馬基地との連携の為に統幕が設置されており、韓国や中国の動向に目を光らせていた。
「倉橋陸将と連絡はついたか」
「はい。映像でます」
大河の格好は制服ではなく、特殊部隊員が着る戦闘服だった。指揮官として前線で戦う意思表示であり、陸自に所属する全ギフトホルダーに対して訓練をつける時に着る格好である。
「ご苦労。楽にしろ」
歴戦の指揮官に畏怖を抱くと同時にここまで頼りになる存在はいないだろう。
「本作戦は俺が指揮を執る。そのことは既に中曽根総理もご了承して頂いている。貴官らの役割は到着するまで敵を食い止めることだ」
自衛隊の特殊部隊から選出された一個小隊で数が分からない敵と戦う事を大河は選んだ。分隊長クラス数名を加えただけで後は特殊部隊員と言っても経験の浅い者を連れていく。集結しつつある部隊もそのまま大河の指揮下に入る予定だが戦力としては過少であり、アーマーに対応できるのかと対馬駐屯地の幹部達は疑問に思った。
「倉橋陸将。我々も援護をすべきではないでしょうか」
「これ以上は戦力を割けない。俺が戦場に出るのも我が儘でしかない。作戦予定時刻が過ぎた場合は高射隊による指定位置への攻撃を頼む。連絡は以上だ」
作戦が立案され実行に移される以上は自衛官としてただ命令に従うだけだ。対馬駐屯地司令は部下へと命令を出して防御体制へと移行することにした。不可能を可能にしてきた男を信じるしかなかった。
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「大志。大河が竹島へ移動するみたいだ」
要は高木から戦局の情報を得ており、危機管理室には日本の防衛に関する情報が集約されていた。大河が出撃することは機密事項であったが量子コンピュータの置いてあるこの部屋には今は大志と要しかいない。
「要さんは作戦に参加しなくて良いの」
高木がオペレーターとして参加し、大河は指揮権を静岡基地司令に一度戻している。要は書類上は文民となったが、要の戦闘経験が無くなった訳ではなく、許可を取る手間を惜しまなければ銃を所持することも可能だ。発砲すれば超能力管理局に報告書を提出しなければならず士官学校でも同じ為に極力であればしたくないと考えているが手元には銃が収納されているアタッシュケースがあり、個人認証用のナノマシンで使用する事が可能となっていた。
「退役軍人に何を期待しているんだ。それに俺は御守りで忙しいんだぞ」
先程から要のMUCDは鳴りっぱなしである。次長という立場ではあるが、超能力管理局はギフトホルダーを管理しており、ギフトホルダーが公務員であった場合にはそれほど多くの手間とならないが、民間人のギフト不正利用を取り締まるのは超能力管理局の仕事であるからだ。
ギフトホルダーは緊急避難としてギフトを使用する事は認められており、監視カメラはギフトの波長を捉える事が出来る様になっている。犯罪行為の抑止力としては絶大な効果をもたらしていたが、監視社会となった事は間違いなく公共機関、特に病院や学校、市役所などでは設置型GIDによって著しく使用は制限されていたが、非常事態宣言が為された今、ギフト不正使用者を逮捕する実働部隊である警察、超能力管理局の執行部隊は対応に追われ、それどころではなかったのだ。
上司が無能だと苦労するのは優秀な部下だ。要が所属するのは要人警護部であり、部長は当初は一定の理解を示したが林檎誘拐事件において情報を要が故意に伝達しなかった事によって立場上は対立しなくてはならなくなった。超能力管理局の局長であればどの省庁に対しても顔がきく。有能であるギフトホルダーはどの場所でも優遇されるものでギフト使用に関して強い権限を持つ超能力管理局と対立して良いことはないからだ。
平時に優秀な上司が非常時には役に立たないなどままあることだ。利害調整には長けていても自衛官や警察官などの治安関係者は事後承認の形でギフトを使用する。GID・CGIDによって使用履歴が管理されるが、一瞬が生死を分ける状態で承認を一々待っていられないと言うのが現実だ。だからといって治安関係者や民間人の不正使用を見逃す訳には行かず、状況によって不正使用と緊急避難の境は曖昧なのだ。細かく地域に分けられてはいるが全国的にギフト使用の周波が確認されており、許容範囲を完全に越えていた。
「ギフトの不正使用は犯罪に使用されない限りは警告で済むものなんじゃないの。繰り返せば流石に任意動向を求められるらしいけど有罪になる可能性は低いでしょ」
「そうなんだがな。ギフトホルダーは無意識で発現してしまうこともある。成人にGIDの所持を義務付けていないのは監視システムによって検知できるからだが、執行者としては一件一件を確認し違法性を認知したら起訴しなくてはならないものなんだよ」
大抵の場合は面倒に巻き込まれない為に使用を控える。ノーマルの犯罪者に対してギフトを発現したギフトホルダーが過剰防衛に問われた事もある。検察や裁判所はギフト犯罪に関わる専門部署を設置したが裁判には公開の原則があり、それはギフトホルダーを潜在的な脅威下に晒す行為となり得る。
「誘拐された少女の顔写真で検索をかけているけど手がかりはなし。初動捜査の遅れが事態をややこしくしているね」
少なくとも神奈川に閉じ込めておければ打てる手段は今よりも多かった筈だ。ギフト犯罪は時間との勝負であり、外国人の犯罪者であれば時間が被害者の救出率を著しく変動させる。
「イワンコフの所在も分かっていないとなると手の打ち様がないな。高木からの情報待ちだが問題は増えるばかりだ」
大志としては少女を救出したいが、それは自衛官としての自覚が芽生え始めているからであってそれが成人した男性でも変わらない。報道されたエデンの状況は凄惨の一言だった。日本も邦人救出と人道支援の名の下に自衛隊を派遣したが、ウロボロス内部に内通者を作るまでに至っておらず、連日、民間人が処刑される映像がインターネットに流出した。安全な場所から議論していても始まらないが、日本は防衛に特化しており他国を攻めるのは軍事シュミレーションの中だけだ。
制止に従わなかった子供を射殺することになった自衛官もいる。日本での倫理観はエデンでは足を引っ張る要因でしかなかった。アメリカは現地民の反感を買いテロの標的となった。元々、反米意識の強い地域だったが救いの手を差し伸べたアメリカをも攻撃するとは思わず本土爆撃が過激となる切っ掛けとなってしまった。
大志はウロボロス隔離政策が有効な手段の一つだと考え始めていた。秘匿義務はあったが大志は超伝導コアの製造方法を知っている数少ない一人だった。惑星を改造する技術力は未だ人類にはなかったが、技術は何れ不可能を可能にするという確信が大志にはあった。大規模ハッキングに対する防衛策が有効に機能し始めたからこそ余裕ができ始めており、大志は要に促されて仮眠をとる事になった。
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戦闘準備を終えた大河は戦闘機での移動中だった。音速を越える機体での移動は脳に負担をかけるテレポートより確実であり、大河が搭乗した戦闘機は指揮系統を強化した特別製である。対馬駐屯地に対策本部を置き、竹島駐屯地を奪還後は速やかに帰投する予定となっていた。駐屯地とはいえ竹島にも戦闘機の発着場の整備はされている。護衛艦に搭載される機体もあれば駐屯地にはヘリで行く事も多いからだ。
敵に占領された為に自衛隊機であっても敵が使用している可能性が高い。起動に認証が必要な第七世代戦闘機以外は他人でも操縦は可能で、スクランブル発進した自衛隊機によって空域は封鎖されていた。戦闘機は軍事機密の塊であるが故に破壊命令が統幕によって出ていた。アーマーと違い超伝導コアを使用した機体は制式採用していない。既存のエネルギーで稼働させるのに充分であり、数が必要な航空機に適していないからでもある。
超伝導コアを搭載させれば必然的にエンジンが大きくなり重量が増す。攻撃があたればほぼ墜落するしかない戦闘機に載せられるほど小型化に成功していないという実情があるために爆撃機を有していない日本には不必要である。イギリス艦隊に使用された疑似超伝導コアシステムはアメリカでも使用されているものだがそれはコピーされ日本で配備された超伝導コアよりも劣っている。数世代は先を行っているという文言は伊達ではなく、現行では人類の精神の発達にそぐわないものだ。
核も考え様によっては人類にとって画期的なエネルギーだ。核汚染物質など欠点もあるが火力発電に比べて安価なエネルギーであることには変わりはない。だからこそクリーンエネルギーである超伝導コアが発生させるエネルギーは異質であり、日本は多額の資金を投じて太陽光発電システムの構築に躍起になっているのだ。新たな争いを生むかもしれないがエネルギー問題の大半を解決できると信じて。
対馬駐屯地には既に奪還作戦に参加する分隊が揃っていた。ギフトホルダーとして高位の者たちであり、特殊部隊員として経験もある。軍系と警察系特殊部隊ではその目的が異なるが、様々な技能を取得している。
「敬礼」
分隊長達は麾下の部隊から集めた。他の隊員にはヤタガラスでの経験はないが特殊部隊が最後の砦である事実は変えられない。
「楽にしろ。作戦は簡潔だ。アーマーを無効化した後に一般隊員を交えた基地制圧作戦が実行される」
分隊十五名によって核搭載型アーマーを少なくとも四機は無効化しなくてはならないと考えられていた。防衛についていた百名が組織的な抵抗をしているかは現在はっきりしておらず時間が経つ程に隊員の生命は危険に晒される事になる。
「時間との勝負だ。アーマーの相手は厄介だ。外部干渉を受け付けない可能性が高い。テレポーターによって接近し、制圧する」
外部からの攻撃は装甲が弾くだろう。個人携行武器で害せるかは分からない。戦車の主砲をも防ぐ。アーマーのコックピット外からのギフト発現を阻害する加工が為されており、それはパイロットのギフトを阻害するものでないのだ。移動用ヘリに隊員は詰め込まれて作戦区域である竹島へと移動する。応答が無くなってから既に一時間以上が経過しており、隊内部に内通者がいると判断。
竹島駐屯地に派遣された隊員の内部調査も始まっている。公安局外事課の刑事達は大忙しであり、急ぎで行われていたが、結果は分かっていない。旭会の構成員の逮捕は別件で行われており逮捕者は弁護士を立て警察に抗議していた。国内の混乱が外国に付け入る隙を与えるのは分かりきっていた。
治安維持の為に不当に国民の権利が制限されるのは好ましいことではない。非常時だと言って行われた行為が軍閥化を推し進め引き返しのできない事態へと邁進することとなるだろう。だが、ここまで来たら歩みを止める事はできない。今ある治安を守るのもまた政府の責任だからだ。大河は戻れないと知りつつも歩みを止める事はなかった。




