八十九話
「緋神。宇宙へと上がりました。日本上空での捜索任務に入りました」
「こちら高木。了解した異変があり次第、報告を頼む」
高木は枢木の自宅を訪ねた後に危機管理室へと戻ってきていた。自分のしたことは法律に反してはいないがギリギリだった事には違いない。
高木は自分の職責にかけて日本へのテロを最低限に抑える覚悟があった。本来であれば士官学校を卒業した時に任官を拒否するつもりであった。任官拒否する候補生は少ないが存在する。他の職業に就いてもギフトホルダーであれば活躍出来る。自衛隊・警察以外にも情報分析官を必要としている。高度に発達した情報社会で敵は目に見えない。情報は武器でありそれで助けられる命も少なくないのだ。
「中国機に対するスクランブルが十を越えました。基地司令が対応の指示を要請しています」
統合幕僚本部では、撃墜を許可していたが、その判断は常に対応したパイロットに任されていた。電子機器でロックオンし、発射の判断をするのはいつでも人の手でしか出来ない。機械に発射の判断を任せることは出来ない。機械が人を殺せない様に制御しているのは人類が安心して眠る為でもある。身近に機械は幾らでもある。MUCDでも使い方によっては人を殺す事が出来るのだ。
機械はあくまでも機械であり、使う者によって毒にも薬にもなる。高木は多くの情報を扱ってきた。人の命に関わるものもそうでないものも入り混じっている。有益な情報を得ても使い方を間違えれば意味がない事を肌で感じとっていた。自分にとって必要でないことも誰かが必要とすることもある。
「閣僚会議の議事資料に提出。国会で承認される防衛出動についての資料集めを頼む」
今日本にとっての脅威は中国だけでない。友好国アメリカも日本で諜報活動を行っては闇へと事実を葬りさっていた。沖縄で起こる在日米軍の兵士による犯罪も日本の感情を悪化させており、表向きは友好的な態度をとるようになったロシアも北方領土返還後は日本の採掘会社に敵対的買収を民間企業を装って行い、最先端の研究をしていた大学には大量の留学生を送り込み復権を目指していた。
「ロシアの動向にも目を光らせておけ、中国籍の船に対して海自による臨検を行う。内閣の指示によって積極的自衛権の行使がされる。関係部署との連絡を密に、些細な情報でも報告させよ」
自衛隊の情報幹部も多く投入されていた。全ての情報を一本化する為に重要性が高いものから危機管理室へと伝達される仕組みになっていた。公安が掴んでいた要監視者の行動監視は行われており、大使館・総領事館に対しても監視体制が敷かれていた。
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「中国大使に対してのペルソナ・ノン・グラータについては如何なさいますか」
ペルソナ・ノン・グラータは在日大使に対しての外交官特権の剥奪である。不逮捕特権を始めとした様々な特権を外交官は有している。犯罪などの行為によって接授国は一方的に通告でき、通告された国は大使を一定期間内に自国へと返還するかを判断しなくてはならない。中国政府の公式な発表は未だなされておらず、日本は中国に対して批難声明を出した。
国連での安保理決議では自国の領海に侵入してきた中国艦隊に対する自衛権の行使であり日本に非はないと主張する予定だ。日米安全保障条約に基づいてアメリカは集団的自衛権の行使を行う準備があると衛星通信による日米首脳会議で話し合いが持たれたが日本はあくまでも独力で解決するつもりだった。多くの火種を抱えている現状で無用な挑発は避けるべきだというのが日本の主張だ。不可解な点が多く、国策として戦争を選んだのであれば彼我の戦力の分析も出来ておらずお粗末過ぎるからだ。
「外交官特権の剥奪は中国を刺激する事になりませんか、また多くの企業が中国に進出しています。彼等の安全の保障はどうするのですか」
経済産業大臣である保科は慎重論を述べた。安価な労働力は商品の価格に反映される。昔ほど中国の労働力に依存はしていなかったが、中国の労働市場が日本にとって完全に切り離せるものではないのだから当然だった。
「保科大臣。何を温い事を言っているのだ。日本は中国に侵略されていようとしているのだ。侵略者に対して隙を見せれば日本は侮られ、食い物にされるだけだ」
蓮田防衛大臣は政治家としての能力は高いのだが、差別的なところがある。愛国心があることは悪いことではないが何事も行き過ぎれば毒になる典型的な例だ。
「外務大臣としては外交官特権の剥奪に賛成できない。対話の道は残しておくべきであり、外交を通じて問題を解決するのが我々の仕事だ」
「だが、それでは国民を護ることは出来ない。何の為の軍なのだ。こういう時に自衛隊を動かさなくてどうするのだ」
「蓮田大臣。落ち着きたまえ。君の愛国心は立派だが戦争は得るものは少なく、損失は大きい。中国軍には対応が必要だが、やり過ぎてもまた禍恨を生む事になるのだ」
黙って会議の行く末を見ていた中曽根だったが、中国を脅威と認識している点は蓮田と同じだった。保科も歴史的背景や経済的損失を度外視すれば中国に痛い目を見させる事も必要だとすら感じていた。その時に蓮田の下へ事務次官が報告に来た。国枝の補佐として活躍した彼は優秀であり、大臣が無能でも官僚が優秀であれば組織が回る典型的なパターンだった。
「大臣。現場指揮を執っていた木野一等特佐より報告があります。中国艦隊の制圧が完了し、その身柄を捕虜として扱うか通常の犯罪者として扱うかの指示が欲しいとの事です」
「只今の報告で領海内に侵入した中国艦隊の制圧が終了した模様です。その身柄についての対応は如何なさいますか」
それは交戦者資格を認めるかという事でもあった。通常、テロリストは捕虜としての資格を持たない。正規軍である中国軍の軍人を捕虜として認めるということは日本と中国が戦争状態であると公に認めることである。政治の問題であって軍は文民によって統制されていなくてはならない。軍部が力を持つ事は平和を乱すことになる。日本は過去の過ちから学び繰り返さないために必要なことだった。
「中国政府には幾度となく連絡をとろうとしている。在中大使は中国国内での暴動の発生を報告しており、在中大使館職員の退避の指示を仰いでいます」
源三は淡々と事実のみを述べた。大使の管轄は外務省にあり、担当大臣である源三が責任を持つ。複数の情報源から同様の報告がなされており、確度の高い情報だ。
「ここまできたら開戦を宣言するしかない。私は最も愚かな総理として名を残すことになるだろう」
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報道陣が集まっていた首相官邸にて日本を揺るがす重大な発表がなされようとされていた。国会議事堂には与党議員を始めとして野党議員が続々と集まっていた。
「中曽根総理より重大な発表がなされると報道各社へ通達がされました。本日、関東一帯に対する非常事態宣言がされたばかりであり、その発表に注目が集まっております」
テロにより日本は混乱の中にあると言って良かった。予定されていた番組を取り止め、臨時特報番組が放映されそれが更なる不安を煽っていた。報道協定が結ばれており、不用意な報道を避ける為に日本政府は真実のみを各社へと伝えていた。特オチを恐れる報道各社を制御する為に行ったのは中曽根の指示だった。
「お集まりして頂いた報道陣の皆様に残念なお知らせがあります。テロを受けて日本領海に展開していた海上自衛隊は中国艦隊に対して領海外への退避勧告を行いましたが、中国艦隊は海上自衛隊の自衛艦へと発砲。応戦することとなりました」
ここまでは予め報道規制を敷いていたが事実として資料に掲載されていた。
「日本政府としましてこの時点をもって防衛出動を決定し、これから行われます臨時国会にて議会の承認を行う予定となっております。日本政府は中国との戦争状態であると認定し防衛活動を行うこととなります」
日中開戦。数年前の一部の青年将校による暴走は決して報道される事はなかった。機密指定がされアメリカは制裁決議を行おうとしたが、日本は政治的圧力に屈することなく毅然とした態度をとった。中国が本気になって攻めてくれば日本にも必ず被害が出る。日本が中国を占領する戦略的価値は低くかえって荷物を背負わされるようなものなのだから当たり前だ。そして記者会見に臨席した石川官房長官は機密指定が解除された文書を各社へと配った。
「お手元の資料にありますように日本は中国からの攻撃を受けています。数年前は一部の将校による蜂起でしたが今回は中国政府の意思として戦闘行為が行われたと推測されます。日本国民の皆様には落ち着いて行動していただきたい。自衛隊はいざという時の為に訓練を積んできました。日本は専守専衛の下、戦時国際法に基づいて自衛権の行使を行います」
「質疑応答に移りたいと思います」
一斉に各社から質問が寄せられる。多くは中国との戦争に勝てるのかということであり、国民の生活が制限されるのではないかという不安からの質問もあった。
「以上で記者会見を終了させて頂きたいと思います」
そう宣言したところで記者が中曽根に近づいてきた。懐に手を入れたかと思えば鈍い音がした。それは会場に配備された警察官によるものであり、記者は抵抗するがGID錠をかけられている。
「中曽根総理を退避させろ。SP、他の記者は警察に任せ、避難経路の消毒を行え」
「了解。総理、こちらへどうぞ」
逮捕した記者は銃を所持していた。中国産であり、安価なだけあって性能は悪い。
「他の記者の皆様方も落ち着いて誘導員の指示に従って下さい」
全国に生放送された中曽根の宣言は国民の不安を煽る結果となってしまった。中国人を敵視する日本人は多く、傍若無人に振る舞う中国人は過去の過ちがなければここまで助長するまで放置されることはなかっただろう。日中開戦が与える影響は計り知れず国難の時代を迎えようとしていた。
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国連大使である兵藤は政府から送られてくる情報に戸惑っていた。艦砲による攻撃。それは日本の領海内で行われた事だという。国連の存在意義は形骸化していたが日本は正当性を主張する為にも安保理での批難決議を採択しなくてはならない。中国の国連大使と接触しようとしたが中国は日本に対しての外交チャンネルを閉じており、常任理事国として拒否権を発動すると思われている為に日本にできる事は如何に戦火を拡大させないで中国軍から日本を防衛するかその一点であった。
「大使。政府専用機にて倉橋大臣が明日未明に到着する予定です」
「分かった。在中大使館からの連絡はないか」
「ありません。日本の主張は既に草案が出来ております。内容の確認をお願い致します」
超伝導コアシステムの情報開示を行わなかったことで日本は一度、国連から批難を受けた。超伝導コア搭載型の兵器は少なかったが核に代わる戦略兵器として各国に警戒されたのだ。しかし、日本は戦争をここ千年近く行っておらず憲法が改定された際にも疑念を抱く各国に対して日本は理解を求めた。国土の防衛に努め対テロ戦争においても主戦力とはならなかったが人道支援を行った。自衛権の行使はしても自ら戦力を起こす事はないと国際社会で認識されており、ウロボロスに対する宣言も国際情勢を考慮の上で積極的自衛権の行使したと各国は判断していた。
「状況は悪い。アメリカ国連大使とロシア国連大使による三ヵ国会議の実現に向けて動き始めてくれ」
アメリカは日本側につくだろう。そうなると気になるのはロシアの動向だった。ロシアとアメリカは再三に渡り超伝導コアの引き渡しを求めており、それは世界の軍事バランスを保つ為にだと表向きはされていたが、他国に遅れをとりたくないという大国の意地だろう。アメリカは日本と友好関係にありロシアに技術が渡る前に手にする事で軍事的優位性を保ちたいのだろうが日本からしてみればアメリカもロシアも軍事力を背景に相手に要求を飲ませるヤクザみたいなものだった。
安全保障理事会において中国の軍事活動が問題になるのは火を見るより明らかである。その相手が日本であり、他国も対岸の火事ではいられない。レアメタルを内需に使用し、輸出はほとんど行っていない日本だったが、アメリカは例外であり精密機械にはレアメタルは必要不可欠だ。時代の変遷に伴い文明の穀物は鉄からレアメタルとなっており、日用品から兵器まで様々な部品の材料として使用されていた。それに伴い日本と同様に経済大国へと成長した国もある。
中国軍は空母の運用を行っているが、その空母に搭載されている戦闘機はお世辞にも高性能とは言えなかった。燃料の高騰に伴いパイロットの訓練時間は年六十時間を下回っていたとされている。日本は海上封鎖をされてしまえば陸の孤島となってしまうために対艦・対潜能力に力を入れており、防衛出動が決定されてからは哨戒機と対潜装備をした戦闘機が領海内の巡回を行っていた。
「アメリカ国連大使とは連絡がつきました。日本と同様に中国国連大使に向けて探りを入れている様ですが、結果は良くないようです」
兵藤は指定された会談場所へと赴いた。
「兵藤大使。お久しぶりです。我がアメリカは中国の軍事行動に対して遺憾の意を表する。大統領は日本との関係を憂慮され、我が国の最精鋭の部隊を日本の応援に向かわせる準備があります」
「中曽根総理も大統領に向けてメッセージを出しましたが状況は芳しくありません。しかし、日本はあくまでも個別自衛権の行使であり、集団的自衛権の行使については慎重になるべきだと考えております」
「しかし、日本はウロボロスに対しても防衛出動をすることになったと聞き及んでいます。貴国にとって二面作戦を行うほど人的、余裕はないのでは」
最新兵器を使うのは人である。馴致訓練も必要であり、戦闘機パイロットであれば機種ごとの訓練が必要になる。どんな最新兵器でも使いこなせていないのであれば意味がない。高性能であれば良いと言う訳でもなくその国の地形にあった防衛に必要な兵器を購入し運用する必要がある。日本は所謂、戦術・戦略爆撃機を有していない。まず日本から他国に侵略するという事が想定されておらず、通常の対地装備で十分だと考えている。それならば対潜・対艦装備に力を入れて敵を日本の国土に上陸させない方が有意義で、国土は多数の戦車と少数のアーマーで防衛した方が効率的だからだ。
「ええ。日本は無理の無い範囲で兵器の充実化を図ってきました。国民にも公表されたヤマトプロトワンはアーマーとしては旧型となりましたが、他国のアーマーとは一線を画する機体です」
ヤマトプロトワンの設計思想が地上での運用試験であり、ヤマタノオロチが収集したデータを元に発展させたのがヤマトゼロ式である。装備の換装を行うことで陸だけではなく宇宙でも戦える様に設計されている。緋神は宇宙空間でも戦闘は可能だが防御には不安が残る。ヤマトゼロ式は宇宙空間では緋神の護衛を主な任務とし、宇宙戦闘艦またはアーマーの対処にあたる。ヤマトプロトワンが宇宙空間でも使用できる様になったのは改修を受けたからであり、基本型だった為に改修費用を抑えることが可能だった。
それにウロボロスに対しての軍事行動は国連の安保理によって決議された制裁である。多国籍軍は統制の出来ていない烏合の衆であったが個別でみればアメリカやロシアは軍事大国であり、一国でも対処は可能だとされていた。ウロボロスによるエデンは多くの難民を生みだし、一国で全てを受け入れるのは不可能だ。軍事行動には金がかかり人類の共通の敵であるウロボロスを壊滅させるのは急務であった為に負担を分担する意味合いが強く常任理事は拒否権を発動することなく可決された。
「我が国はその技術は一国によって占有されるべきではないと考えています。もし各国に配備されていたのであれば、戦いの犠牲はもっと少なくて済んだと考えております」
そうは言うがどこの国がそこまで強力な兵器を他国に売るだろうか。当のアメリカだって議会の決議によって当時、最新式であったステルス戦闘機の輸出を禁じ、友好国であった日本にも輸出が行われることはなかった。韓国は他国から輸入した空母のブラックボックスを開けてしまい使用不可な状況に陥ったとされているがあの国は癒着によって最新兵器をくず鉄にする国なので例外としてもアメリカやロシア・中国などの大国に超伝導コアが渡れば解析し新たな脅威となることは明白であった。
「安全保障上の観点から輸出が禁止されているだけであり、軍事運用は超伝導コアの性質の極一部でしかありません。軌道エレベータにより恒久的に安価なエネルギーが得られるのであれば不要であり、日本は世界にその技術を広く提供しております」
特許料を支払いたくないからという理由で安易な行動に出た中国に対して責任までは取れない。大国であれば然るべき費用を請求するが、ODA(政府開発援助)によって技術提供も併せて行うことで経済格差を無くす様に努力していた。
「今は中国に対する制裁について議論すべきでしょう。この件に関しては貴国の理解を得られると考えております」
一時間に渡る日米国連大使の会談は日本にとって有意義なものとなった。




