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八十六話

イワンコフはウロボロスに少女と警察官から奪った拳銃を引き渡し都内に潜伏していた。全国的に検問や警察官のパトロールが行われていたが、問題はない。何故ならイワンコフが居るこの場所には日本の国家権力は介入できないからだ。日本における治外法権は大使館と総領事館に対して認められている。


外国に居る自国民の保護は政府としての義務であり、イワンコフもまたロシア国民の一人として日本政府には秘密で匿われていた。大使館や総領事館に属する車は外交特権の対象となり、例え目に見える範囲にいたとしても警察官ではイワンコフを拘束する事は出来ないのだ。イワンコフが庇護を求めて来るかもしれないと判断した大河は警察に対して監視を要請したが既に敷地に入った状態であり監視が到着する前だった為に出入りが無くては発覚する事もない。


源三に呼び出されたロシア大使はイワンコフが大使館で匿われていることを把握していた。イワンコフは確かに自国で服役した経験を持つが軍務に就き国に貢献したのは紛れもない事実だった。駐在武官として派遣されているロシア兵士はイワンコフの元部下であり、命を助けた恩があった。ロシア政府としても日本が混乱するのは都合が良い。世界をリードするのは日本でも米国でもなく祖国ロシアでないといけないと考えていたからだ。


日本のアーマーの性能は世界の二世代は先を行っていると言われている。各国は核技術を応用した疑似超伝導コアシステムの構築には成功したが、オリジナルのコピーとされている超伝導コアの性能には及ばなかった。日本の超伝導コアの軍事利用は極限定的でありアーマーの精鋭部隊も一個中隊に満たないとされている。軍事機密となっている為に確証はないが、日本の護衛艦の数隻に利用されており、地道な諜報活動の結果、電子戦特化型護衛艦【昴】型に搭載されているという情報を掴んでいた。


精密機械の塊でもある戦闘艦を統制する役割を担っている。中東に派兵された際にも旗艦としての役割を果たした。軍事的な優位性も政治的な優位性もなくなって来ているのだ。ロシアとアメリカが二大大国と言われてきたのは過去の事になりつつある。ロシアにとって米国と日本は仮想敵国になっており、自国の存在感を世界にアピールするためには日本が弱体化することによって相対的に地位を上げるしかない。


「日本政府が君の引き渡しを要求してきても我が国はそれを受け入れる事はない。安心したまえ」


今回の仕事をイワンコフはウロボロスの構成員となる自分に対してのテストだと考えていた。戦闘力だけで言えば戦闘の得意なクラウンといい勝負が出来るだろう。たがクラウンに求められる資質は戦闘力だけではなく、世界を支配しようとするウロボロスにとって内政・外交手腕が必要になるのだ。数年前からウロボロスが目をつけていたギフトホルダーはこぞってウロボロスの一員となったのだ。イワンコフは祖国の高官の能天気さに呆れつつも踊って貰う事にした。


「ええ。私ほどの愛国者はそう見つからないでしょう」


「祖国の為に」


「祖国の為に」


駐在大使から渡されたウオッカを飲み干しイワンコフは時が来るのを待っていた。


――――


「榊分隊長。異常ありません」


榊はヤタガラスの指揮下で活躍した士官候補生の一人であり順調に出世し、現在は二等特尉となっていた。テロで出動した士官候補生の中でテロリストを拘束するのに貢献したのは彼等の分隊のみで、その活躍によって将来を期待されていた。


「三曹。市内の様子はどうだった」


「どこも静かなものでした。学校などの教育期間は臨時休校となりどうしても外せない仕事のあるサラリーマンくらいしか町にいませんでした」


「そうか。ご苦労」


三曹は敬礼をして去っていった。榊はノーマルの高射隊の指揮官となっていた。若い頃に色々な経験を積むのは無駄ではなく、機械が制御しているとは言え完全にオートメーション化は出来ない為に人の手による作業は必要となる。高射隊の扱う兵器は高額であり、威力も高い。チームワークは必要不可欠であり、ノーマルの事をよく知るにはうってつけの部隊だ。核ミサイルの脅威度は下がったとはいえ誰かが就かなくてはならない任務であり指揮官は部下を信頼して任せれば良かった。


陸幕からの命令で湾岸部へと戦闘配置された榊は嫌な予感がしてならなかった。ここは見渡しが良いがミサイルの熱源を監視衛星が察知した時には迎撃に残された時間は少ない。衛星兵器の所持は国際条約で禁止されていた為にミサイルの攻撃はミサイルによって迎撃を行わなくてはならないのだ。イギリス艦隊の壊滅は衝撃的な事件であり、当時の報道は過熱した。中には自衛隊の出発を遅らせる行動をとった記者に批判が集中した。いくら技術の進歩があっても物事に絶対はない。動揺する国民を宥めつつ任務を遂行するのは困難だが不可能を可能にしなければ日本の未来は明るくないだろう。朝の十時を過ぎた頃であり、この時の榊は中国に対しての防衛出動命令が下るとは考えていなかった。


――――


「仙崎教官。進展はありましたか」


「総理は防衛出動の決定を行った。これから臨時国会が開かれ防衛出動の承認と関連法案の修正が行われるだろう」


大志としては無理矢理に連れてこられる位なら士官学校に残っていた方がましだと考えていた。大規模ハッキングの影響で内閣危機管理室の情報収集能力は落ちていた。判断する為には情報が必要であり、情報により決断が左右される。多くの国民の運命を左右する決断は慎重に行われなくてはならない。その責任は中曽根の両肩にかかっていたが補佐する立場の内閣危機管理室のメンバーも焦りを隠せなくなっていた。


「そうですか。量子コンピュータで解析を行えと言われてもまだ未成年に出す命令ではないですよね」


「言わなくても察しはついてるだろう。自衛官を志す者として命令には従うしかない」


脱柵した挙げ句に懲戒解雇になりかけた要が大志に説教できる立場ではなかったが、教官としては士官候補生に対して教導しなくてはならない。面倒なことだか人は立場に縛られるものなのだ。


「報酬も出るし実績になる。戦闘系なら自衛官でもない者に要請は出来ないが倉橋候補生のギフトなら仕方がないことだ」


表向きは強化系のギフトとして生活している大志であったが神経系を強化出来るホルダーもいるために不審には思われていなかった。情報処理に特化したギフトホルダーによる情報分析は危機管理室が一括して行っていた。報告書という形で神奈川の田舎町の駅で起きた銃撃戦の報告書も提出されており、死亡した犯人の司法解剖と逮捕された犯人の調書もその中にはあった。海自からの情報で中国との領海付近での行動が活発となっているらしい。護衛艦は日本領海を全てカバーするのは不可能だが、哨戒機による警戒は継続して行われていた。


米国として戦争をしても十年は持つと言われるまでになった自衛隊は他国にとって脅威でしかなく、米中露が共同作戦を実行すればひとたまりもないだろう。日本とアメリカの関係は決して悪くはなかったが日本が常任理事国入りをしてからは以前ほど密接なものではなくなっていた。世界大戦が起きれば日米連合VS中露連合との戦いになると予想されているが日本はあくまでも中立を保ち自国の防衛に徹すると考えられていたため仮定の話でしかなかった。


イワンコフの過去の軍歴を見た大志は敵対したくない一人だと考えた。ゲリラ化した兵士・民兵を大量に殺したロシアの英雄だったからだ。平時に人を殺せば殺人者でしかないが、国・仲間を守る為に百人を殺せば英雄だ。スナイパーとして敵勢力の脅威となった要は参謀としても優れており、大河に並ぶ実績を挙げていたが日本人の感覚としては人殺しが英雄になることはない。それが例え誰かが必ずやらなくてはいけなかったことだとしてもだ。


日本が大幅に劣化させた超伝導コアを各国に配っても状況は悪化するだけだろう。人々の生活を良くする発明は積極的に広められるべきだが人間は愚かである。三人いれば派閥が出来て対立する。規模が大きくなったものが国であり、帰属意識が争いを生むのだ。自分だけにしか興味のない人間しかいなければそれはそれで殺伐とした世界だろうが少なくとも戦争は起きない理想な世界とも言える。


「この件が解決するまでは合宿も延期が決定された」


順当な判断だがそれは予知を回避したとは言い切れない。確実に被害を抑える為には賢明かもしれないが予知回避が別の惨劇を生まないとは限らないからだ。大志は要と話をしながら情報解析を行っていたが気象衛星と昨日の現場のデータを比較したところ違和感を感じた。


「仙崎教官。質問があります」


「許可する」


気象衛星には現在地を確認できる様にGPSが搭載されている。


「通信衛星にも気象衛星にも衝突しない様にGPSが搭載され軌道上を旋回していますが、どれも微妙に予定位置よりもずれていませんか」


気象衛星による気象データと地上で観測された降水量には極わずかではあるが誤差があり、精度が高くなった天気予報は外れる確率を低くした。既に使用されていない人工衛星も多くあり互いが干渉しない様にするためにはミサイルによる破壊や衛星軌道上から押し出すことで解決する方法がとられていたが、推進力なしに移動することは困難で破壊には破片が地上に降り注ぐリスクからスペースデブリとなったり再利用される事が多かった。


大規模ハッキングによって現在のデータに遅延もしくは改竄が行われている可能性もあったが、何等かの思帷があるなら無視出来ないものなので大志は要へと問いかけたのだ。GPSを利用した軍事兵器は多い。ミサイルの標的に向かって飛翔するようにプログラムされており、標的とミサイルの位置は軍事衛星から得たGPSを利用している。日本が防衛に使用したミサイルが僚艦や自国の領土を誤爆する可能性を孕んでおり防衛上、極めて重要な情報と言えた。


「大志。一緒に来てくれ」


大志と要が訪ねたの情報分析官として高木を補佐する砂山一等特尉だ。砂山は過去ヤタガラスに在籍しており、オペレーターとして戦闘班の後方支援を行っていたが、その実力を買われて統合幕僚本部の所属となったエリートである。


「砂山分析官。高木二等特佐はいますか」


「仙崎次長。高木は今、休暇中で私が自衛隊の筆頭分析官の代理です」


「そうですか。優先的に調べてほしい事が出来ました。これは超能力管理局からの正式な要請と考えて下さい」


もし日本国土に向けて核ミサイルが発射された場合、GPSが本当に狂わされていた場合、迎撃に失敗する可能性が高くなることを意味する。目視出来ない場合は精密射撃が必要となるがアーマーは最終防衛ラインであり優秀なギフトホルダーが乗っていなかった場合、座標計算が間に合わず迎撃失敗もしくは目視距離での爆発でアーマー乗りだけではなく、多くの国民の命を危険に晒す事になる。


「領海に散開している海自にも特記情報として注意勧告をして下さい。艦隊指揮官である木野一等特佐であれば応急処置くらいは可能でしょう」


要に対して敬礼して部下に指示を出す。要も砂山に対して返礼して自身も分析作業へと加わった。


――――


「艦長。砂山一等特尉より入電」


「繋げ」


雄三は中国艦隊の不審な動きに対して領海上での待機命令を海幕から受けて出動していた。防衛識別圏への侵入を防ぐ空母としては艦上戦闘機搭載護衛艦【富士】型は別の指揮官が指揮を執っているが艦載機は空自所属であった為に指揮権は雄三にはない。


「こちら砂山です。GPS情報が改竄されている可能性があります。兵器を使用する際には留意して下さい」


「了解した。こちらでも確認する」


「橋本。各兵器のシステムチェックを頼む。念のため手動で目標を狙える様に砲雷科に通達」


館長席に座る雄三はシステムチェックを急いで行っていた。測量による対象物への誤差は哨戒機を飛ばす事で確認する。目視による誤差は無いように思えたが護衛艦二隻と哨戒機一機で作った三角形を大きくすると確かに誤差とは言えない座標の差異があった。電脳により機械と一体化することで高速での処理を可能としていたがもしこれが昴ではなくミサイル護衛艦であったのなら不可能な芸当だった。


「僚艦に通達。GPSによる管制射撃を禁ずる。熱源誘導もしくは哨戒機による測定による攻撃のみを認める」


「艦長。打電終了しました。対艦・対潜戦闘機は如何なさいますか」


「艦上待機だ。昴であれば中国軍艦の攻撃は電子的に無効化できる可能性が高い。空対空ミサイルを積んだ空自パイロットから優先的に発進できる様に準備を頼む」


雄三は橋本に一時艦内指揮を頼み各艦へのロックオンがされた際に使用するEMCの最終チェックに入っていた。最初のEMCの段階でミサイルを逸らせれば良いができなかった場合には実弾による破壊が必要になる。普段であれば高確率で撃墜できるがミサイルによる撃墜は期待できず、艦砲による撃墜には限度があるからだ。一番良いのは先制攻撃で一気に殲滅することだが、日本の交戦規定が厳しい事には間違いなく、内閣総理大臣である中曽根が命じない限りは不可能だ。


現時点では治安出動であり、防衛大臣による防衛出動待機の状態である。領海を守る海自は海保と連携を行っているが臨検や拿捕・追跡は基本的には海自の役割だ。武装した船舶に対して海保の武器では対応できないことがある。漁船であっても重火器が配備されていないとは限らず対応にあたる自衛官・海上保安官は緊張を強いられる事になる。中国が日本海域付近に艦隊を派遣するのは挑発行為であり見逃す事は出来ない。空母と言っても老朽艦の改修艦であり海軍の力の弱いアジア諸国であれば脅威となり得るが日本は国土を海に囲まれており陸続きの国はないために世界に誇れるだけの海上戦力を有していた。複数の艦上戦闘機搭載型護衛艦を有する事で空母として運用していたが、搭載機の数は正規の空母に比べると少ない。


性能の差からそれで充分だとされているが、数は力である事も否定出来ない事実だ。質で上回る日本に対して中国は量で対抗するしか無かったが、大多数の意見は日本が最終的に勝利するだろうがそれなりの損失は受けると言うのが諸外国の見方となっている。


「中国艦隊が領海に対して接近しています」


「警告を行え」


「こちらは日本海上自衛隊である。貴船は日本の領海に接近しているが日本政府は許可していない。領海に侵入した場合、各権利の行使を行う。繰り返す・・・」


英語・中国語・ロシア語・韓国語での警告が行われる。軍艦旗は中国のものが掲げられているが、念のために四ヵ国語での警告を行う事となったのだ。


「発砲してきました」


「各艦。交戦を許可する」


雄三は直に危機管理室への報告を行う。攻撃された以上は応戦するしかなく、その判断は現場指揮官に委ねられるが国への報告は必要だった。


「全機発進。基地に対してのスクランブル要請を忘れるな」


突然の中国海軍の侵略は日本の首脳を驚かせたが、敵対してしまった以上は徹底的に叩き潰すしかない。雄三は艦隊指揮を二等特佐へと委譲してジャミングとロックオン作業に努めるのであった。

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