八十四話
ウロボロスの幹部であり、クラウンの一人である女は現在の状況に満足していた。日本に対しての攻撃は上手く行っており、日本は事態の収拾に努めてはいるが本命である作戦には気付いていないようだったからだ。
宣言文にあった神の雷とは衛星兵器による首都東京への攻撃である。ミサイル攻撃であったのならばICBM(大陸間弾道ミサイル)でも撃墜することは不可能ではない。早期警戒網を構築し、予知のギフトホルダーの補助があれば最終的には高確率で本土に届くことなく撃墜される。しかし、衛星兵器となると発射さえされてしまえば防ぐのは困難であり、防衛手段としては有効手段が殆んどないと言って良い状況だ。
宇宙から降り注ぐ金属片は大気圏で燃え尽きる事はない。レーザータイプの衛星兵器は大気で減衰しても消滅することなく、目標に着弾する。大量の熱量は核を凌駕する威力であり、放射能汚染の心配もない。気象衛星に偽装された衛星兵器はウロボロスが中東を支配した際の混乱に生じて各国の軌道衛星上に配備されている。
大量破壊兵器は条約によって禁止されていたが、大国は他国に秘匿しながら所持されているとされている。アメリカやロシアは以前として核を保有していたが、人類が地球を何回も滅ぼせるだけの核を有していたとしても技術の進化によって別の意味で核抑止論が成立していた。
「発射時刻まで凡そ四十八時間。太陽光発電によって電力の充電は順調です」
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高木は大河からの連絡を受けて調査に乗り出していた。大河の権限は陸上自衛隊において陸上幕僚長に次ぐものだった。その権限は国家防衛に関して絶大なものであり、防衛機密に対するアクセス権を臨時貸与された高木は国土防衛に必要な情報の収集以外にギフトホルダーの個人情報へとアクセスしていた。
個人情報保護法がどうかと言っている場合ではないと判断していた。精神感応系や特殊系に属する管理データを閲覧している。ここにあるのは自衛隊と警察の政府関係者に対するデータのみだが、この行為が国土防衛上に必要なものであったとしても違法行為すれすれのグレーゾーンである。大河がギフトホルダーの個人情報を知り得たのは、優秀な者を特殊部隊員としてスカウトする為であり、ギフトレベルがギフトの全てではないと言え重要な意味を持つのは否定し難い事実だった。
ギフトレベル一でも組織に所属していれば登録され、大元の超能力管理局にあるデータには、全ての国民に登録義務がある。通報した女性がこの中に居る可能性は物凄く低い。二十歳以上の女性でも対象者は千人以上にも及び高木一人で調べられる量ではなかったが通常業務に加えて危機管理室での情報収集もあった。しかし大河の懸念は高木も感じていた。
何故なら木野林檎が超能力開発幼年学校から誘拐された犯人とされるのが国際テロリストの一人でありウロボロスの幹部ともされるドールマスターの仕業だと考えられていたからだ。警察の必死の捜索にも関わらず犯人の手掛かりは殆んど無かった。対ギフト対策が万全にとられていた筈の学校での犯行が防げないのであれば何処でも結果は変わらないだろう。
マインドハックが精神感応系に該当するがドールマスターがその能力を有しているとは限らない。精神感応系には精神感応系に対して耐性を持つが木野林檎が持つギフトは薬効強化であり強化系のギフトホルダーだった。無防備に洗脳されていた可能性を考慮して徹底的な調査が為されたが政府としての判断は白であり監視の意味も含めて自衛隊士官学校へと入学が許可され順調に自衛官としての道を歩み始めていたのだ。
その当時の報告書を高木は読んでいた。警備責任者となった要は杉崎の事を疑っていたが、内部調査によって疑惑は残ったものの政府の監視下に置きU対策課によって行動確認は常にされていた。護るべき国民の中にウロボロスの思想に感化されたギフトホルダーがノーマルを虐殺する。それは到底受け入れられるものではない。
「枢木に捜査依頼をするしかないか」
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枢木蓮次は政府の要請に従って協力するレベル八のサイコメトラーだった。才能研究機関にも捜査協力しているが人嫌いで有名だった。制御し辛い強い力は弊害しか生まなかったのだ。彼に身体的な接触をしようとする者は少ない。誰だって過去に知られたくないことはひとつぐらいある。GIDによって抑制していてもギフトは否応なく発動してしまう。無意識に発現するギフトは残酷で自分に関する感情を優先して抽出しまう事が多い。自分を愛していると感じていた両親を読んでしまったとき感じた感情は恐怖だったのだ。
「晴彦。訪ねてくるなんて珍しいな」
「済まない。蓮次。君の力が必要だ」
非公式に協力する見返りに枢木は強力な設置型GIDを自宅に設置されていた。それがあって枢木は普通の人間と同じ様に生活できるのだ。だが高木は枢木が普通の人間として暮らしたいと知っていながらも貴重なその能力を必要とする人間が居る限りは要請する事を止められないだろう。一人の運命と数千万人の命を比べてはいけないが、自衛官として友に犠牲を強いるのは高木としても不本意であった。
大河から渡された予知通報の音声を高木は預かっていた。高レベルホルダーによる調査は既に行われていたが音声による情報はギフトホルダーの感受性によって得られる情報は異なる。身体的接触が最も多くの情報を得られるのは言うまでもない。
「この音声データは非常宣言が為された一連の事件に関係していると思われる。極秘で頼む」
「大河と言いお前と言い。俺がこの力を良く思っていないのは分かってるだろう」
「一般人のお前を巻き込むのは不本意だが、日本に住んでいる以上は他人事ではない」
高位ギフトホルダーの年収さえあれば政府協力費は大した金額ではない。特許を幾つも取得しているものもいればその分野の権威として高額の報酬が約束されているからだ。戦闘系のギフトホルダーの殆んどは自衛隊・警察・海上保安庁に所属しており、その収入はギフトの有用性によって二百万~三百万くらい高いものなのだ。政府としてはギフトホルダーを管理下に置きたいという思惑もあるが能力に対して正当な報酬を出しているに過ぎない。
「分かった。視る」
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鬱蒼とした森の中、同じ服を着た少年・少女がいる。背中には背嚢を背負い、手には小銃を所持している。毎年、見られる自衛隊士官候補生によるキャンプの風景だろう。辺りには森に溶け込んで教官と思わしき大人が少年・少女を監視していた。森は人による最低限の手入れはしてあるが、獣道からは猪が顔を覗かせていた。
「・・・ああ。またこの風景なの。あの子の運命は変えられないということなの」
場面は変わりキャンプ地に近づいて安心したのか警戒心を解いている。五人組のうちの中央に居た男の子は周囲の警戒を促していた。眼鏡をかけた男の子は疲労していて顔が下がっていた。その時は唐突に訪れた。一番後ろを警戒していた筈の男の子が懐から拳銃を取り出して中央で分隊の指揮を執っていた男の子に向けて発砲した。
眼鏡をかけた男の子は偶々、後ろを振り返り仲間が銃を出した事に取り乱しつつも指揮官の男の子の子を突き飛ばし、銃を発砲した男の子の射線上へと入ってしまった。銃弾は腹部を貫通し真っ赤な血で服を汚してしまっている。指揮官の男の子はギフトを発動させたのだろう。瞬く間に発砲した男の子を制圧した・・・・。
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「済まない。水と今の自衛隊士官候補生の全ての顔写真が欲しい」
「蓮次、大丈夫なのか」
「ああ。普通なら間接的な音声だけでここまで視ることは出来ない。被害者の身内か高位ギフトホルダーでないと不可能だ」
枢木は高木から渡された資料のうち護衛優先度の高い候補生から確認した。
「倉橋の息子が本来であれば撃たれるはずだったが庇われた。撃ったのは佐竹彰と言う候補生だ。この分隊の顔写真をくれ」
仲間が撃たれた事で泣いていたのは苺だった。比較的に男性より女性の方が血に慣れていると言われるがこの量で突如として仲間だと思っていた人物に撃たれれば混乱もするだろう。
「この倉橋分隊で間違いない。通報者の情報は分からないがこの情報なら予知のホルダーが予見していただろう」
「いや。予知されたのは候補生が撃たれることだけであって人物の特定には至っていなかった。報告書に纏めてくれないか」
知り得た情報を文字に起こして客観的に記述していく。枢木は大志が生まれた時に会っていたが人付き合い自体を避ける様になっていた為に親友の息子であっても会ったのも数度のみだ。会話をした事もなければ親友の息子というだけの繋がりしかないが、大河と同じ様に大志が日本の未来を背負っていくのだと感じた。
精神感応系のギフトホルダーの勘は馬鹿に出来ない。一般人に比べて遥かに的中率が高いのだ。枢木には大志がトリプルホルダーだという情報は開示されなかった。協力者とはいえ報せない方が良い情報は多い。優先度の高さから枢木はダブルホルダーだと考えていたが、単一能力の高レベルホルダーかも知れないと考えていたのだ。
能力が重視される士官学校において彰が席次が低いのに護衛優先度が高いのは貴重なダブルホルダーという事は政府関係の仕事をしていなくても分かることだ。大志と彰そして期上の女子士官候補生。それ例外の士官候補生の順位に優劣はつけられていなかった。強いて言えば小澤実継。この生徒のギフトか能力を買って要が要護衛対象としていた。
「庇ったのは小澤士官候補生だ。出血量から生死は五分五分と言ったところだろう」
「蓮次。協力に感謝する」
「良いさ。大河や要・晴彦には学生時代に世話になったからな」
高木は枢木の家を辞去した。そして電話をかけたのは大河だった。上官・部下という形で必要な事であったし、枢木の家は衛星通信であっても妨害する強力な電波が出ていたからだ。旧友を温めるのは何時でも出来ることだ。事件を解決した後に改めて出向く事にする高木であった。
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「倉橋陸将。高木二等特佐より秘匿暗号通信です」
「解析してこっちに持って来てくれ。アーマー部隊に侵入口の閉鎖を命じて一度、部隊には基地への帰還命令を出せ」
「了解」
枢木の協力は中曽根にも報告していない非公式なものだ。官房機密費から出ないのであれば大河がポケットマネーで支払うつもりであった。テロを受けて給料の三割を各地の復興予算として寄付している。悪しき伝統とならない為に大河には三ヶ月の減俸処分が下ったがこれは対外的にテロ鎮圧の指揮を執った指揮官が何の責任も負わないのは国民感情を悪化させるということでありこの期間は統合幕僚長を始めとした全ての自衛隊幹部に下った処分であった。
「解析でました」
「こっちに転送してくれ」
公務で支給されるMUCDには全て個人IDが割り当てられており、この報告書は高木個人が所有しているMUCDから送信されたものであった。誰が誰宛に送った物なのかそしてその内容は幹部クラスに与えられる権限によって閲覧することが可能だ。そして使われた暗号は自衛隊で使用されるものだったが、情報分析官は解読のツールを使用しただけで中身については知らされていなかった。当然、限られた人間にしか開示出来ない情報はある。そして高木がもたらした情報は表沙汰に出来るものでないのだから適切な対応だと言える。
「全員。席を外せ。緊急以外で通信を通すな」
内規どころか法律違反ぎりぎりである。テロ特措法によって大規模のテロが予想される時には内閣総理大臣もしくは関係大臣の指示によって可能となるが大河は自衛隊幹部ではあるが大臣ではない。父、源三に連絡を取り根回しが必要となる案件だった。
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源三は大河からの連絡に頭を痛めていた。枢木の事は知っていた。政府関係者であれば高レベルホルダーに依頼する機会は一般人よりも多くなり、まして息子の友人ともなれば尚更である。源三は外務大臣としてアメリカ・ロシアの駐日大使を呼び出し状況の説明を求めていた。友好国アメリカは帰化して自国の国民ではなくなったが、元軍人である彼らが銃撃戦に巻き込まれたのは不運な事であり、遺憾の意を表明しただけであった。
トライデントに所属する元アメリカ兵の全てが公安の監視対象となっている訳ではないが、拘束された者達は準監視対象となっていた。警察官の数も決まっており全ての要監視対象者の行動を確認することは難しいがトイレで救出された要救助者が警察官だったのは問題だった。救助された時には身分証を所持しておらず、サイコメトラーによって身元の割り出しを行った結果判明した。
救助された警察官は目覚めた時にはその日の記憶を失っていた。サイコメトラーによって記憶の抽出作業が行われるが無意識状態にあったのか靄がかかっていてこれ以上の情報は得られないだろうと神奈川県警の幹部は判断した。その情報は内閣危機管理室に報告されることなく、業務報告書の片隅へと記載されるに留まった。
ロシアの対応はまさに日本を馬鹿にしているとしか思えないものだった。イワンコフはロシア元兵士ではあるが軍法会議によって不名誉除隊となっており、ロシアとしては全ての国民を監視していない。偶々、日本で犯罪を起こしたロシア人が元軍人であっただけでロシア政府は関与していないとの見解を出した。駅で起きた銃撃戦においても同様で日本の手に余るならロシアとしては協力するのはやぶさかではないと意思表示をしてきたのだ。
日本政府は拘束したロシア諜報員と思われる一名を銃刀法違反、殺人未遂、公務執行妨害の複数の容疑で起訴し、厳重警備の置かれた拘置所へと移送することを直に決定した。国選・私選を問わずに弁護士の弁護を論破し、確実に服役させるのが日本の検事に与えられた役割であり国家の威信をかけて有罪判決を勝ち取る為に担当検事となった那須地方検事には優秀な部下と日本政府によって臨時ではあるがギフトホルダーの護衛がつけられることになった。
そんな中での大河の報告だ。テロ特措法の権限者の中には外務大臣も含まれるが基本的には内閣総理大臣と法務大臣が執行宣言書に署名する事が命令となり、関係部署が動く事になる。テロ支援国家によるものでなければ源三が署名しても効力はなく、ウロボロスによるテロだと確定しない以上は源三に出来る事は少ない。
内閣総辞職によって政治的な空白が出来るのは痛いが一連の事件が終息した後の話でありそれまでは現役の外務大臣として国益を守る必要が源三にはあった。源三は受話器をとって中曽根へと電話する事にした。




